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初めてのしっそう

 最初から直球でいこう。キリタニは同級生はおろか、下からも上からも避けられている。転入生である彼がなぜこのような事態に陥ったか。それを話そう。


 自分が通う高校を褒めるというのは、いささか宗教的に聞こえる場合が多いが俺が通う志久坂学園の学力は客観的に相対的みて高かった。故に彼の様な一見、盗んだバイクで走り出す見た目をしている生徒は転入試験に受からないものと思われた。が、しかし彼は勉学が出来た。難なく試験を通過、その後、学年トップのメガネ君を無きものとする暴挙を果たした。これは「知識」で打ち負かしたということである。そして同時に「力」でも打ちのめしていた。

 事の発端は二学期の中間テストだ。キリタニは諸事情で二学期の中間テスト直前に転入してきた。これが災いする。

 ここでキーパーソン、いやそんなに大した男ではないが紹介しておこう。前・秀才君である。キリタニではない。勉強が唯一の取り柄で真面目をウリにした"誇り高き"秀才君である。そんな彼も今では前・秀才君と表記せざるを得なくなった。

 これまでのテストで頂点しかとってこなかった前・秀才君はいつものように張り出された二学期の中間テストの校内順位を足音高く見に行ったわけだが、結果はどこの馬の骨とも分からぬ転校生に敗北。それも惨敗。そそくさと逃げるようにその場を去ったと聞く。これだけで済めば良かったのだがそうはいかない。

 前・秀才君がキリタニ本人に直接モノを言う度胸があって欲しかったのだが、彼は陰険にして陰湿、性悪にして狡猾。クズの中のクズ。かの大魔神ロキが認めるであろう下衆であった彼はまだ学園に来て間もない無防備な転校生に尾ひれを付けに付けまくった。転校生の派手な容姿もそれを手伝った。カンニングの噂さえ広まった。前・秀才君の外道さに生徒が気付かなかったのも上手く効いた。キリタニは転校間もなくして、孤独になる。 

 周囲の変化に勘づき原因を知った転校生キリタニは良い意味でも悪い意味でもアクティブであった。

 なんと驚くべきことに前・秀才君、本人に殴りこ…おおっと失礼、対談を成立させた。キリタニの伝聞なので詳細は知らないが、放課後キリタニから、体育館の裏側へ来るように呼び出された前・秀才君は、開口一番に噂の出元が自分だとあっさり自白したらしい。その後、彼から出てくる言葉は謝罪の意が微塵も無かった。キリタニを馬鹿にし、更にはキリタニの家族まで馬鹿にしたと聞く。すると、キリタニは前・秀才君に殴りかかったそうな。相当頭に来ていたのであろう。しかし、いくらキリタニが精神的な苦痛を被っていようと、暴力事件で大事なのはどちらが物理的な加害者なのかである。事情が加味されることは少ない。それにやっちゃったら弁解もできない。

 機の悪さもメガネ君を味方した。キリタニに近付く者は転入当初はいた。近付く者は全てワルそうなキリタニとつるむ俺ワル格好いいと思っちゃう典型的な阿呆だった。一朝一夕で得た自分の最大限のワルな言動、容姿を取りキリタニにくっつく様は滑稽だったのは語るに及ばない。あまりの爪の甘さは「悪」ではなく「ワル」と可愛げのある表現が似合う。そんな下らない輩にはキリタニが相手にするわけ…と言いたいところだがそんなことはない。キリタニ自身も喋ればただの気さくな青年だ。そういったモテたいだけの連中も取り込みキリタニコミュニティは規模を大きくした。

 しかし、完成披露宴も間近に開こうとしていた頃に暴力騒動だ。取り巻きはキリタニがガチモンだと分かり怖じ気づき、そそくさと彼のもとを去った。残ったものは一人もいない。キリタニコミュニティは完成を目の前にし灰塵に帰したのである。そして今は彼の不遇を哀れみ慈愛に満ちた俺が相手をしていることは前にも話した。

 

 なぜこんなどうでもいいキリタニの話をしたのか。髪の話をした方が良いのではないか。

 偶然か必然か今回のキーパーソンはその前・秀才君ことメガネ君が関わる話だ。




 「いってきまーす。」

 誰に聞かすわけでもない小さい声で発し、家を出る。

 この頃あまり寝れてない。原因、勿論はっきりしている。シルルとの夜の個人レッスンだろう。如何わしい雰囲気がそれとなく漂う言い方だが、全くやましいことなど一つもない。そもそもシルルの性別が不明だ。見た目は黒ケサランパサランだし、ボイスも中性的だ。女性と言われれば女声に聞こえるし、男性と言われれば男声に。判断材料は皆無に等しい。喋り口調は格式ばった男口調ではあるが、男口調系女子の可能性も否定できない。体の触り心地はぷにぷにである意味女性的だ。しかしある意味に過ぎない。といって迷っても仕方ないので便宜上は彼にしてある。

 脱線した車両を戻そう。

 個人レッスンとは無論召喚のあれやこれやである。自称年齢不詳なだけあって年の功があり、教えるのは上手い。一々小言を挟まなければ金を払ってやっても良いくらいには。

 キリタニ、柿川の経過…といっても一週間も経っていないが報告しよう。

 キリタニ、彼は幼少の頃から、父親からなぜか闘いの稽古(俺の予想だと護身の為)をつけられており、その際なぜか刃物の取り扱いと称し木刀を振り回していたので大丈夫、と言われたが突っ込みどころがありありだ。だが、俺自身、キリタニのグールの首斬りを目にしているのでキリタニの腕は確かだろう。俺も柿川も持つのも恐いのでキリタニに任してある。刀は家で振り回していると聞いた。危なくないのか、一緒に暮らしてる妹さんは、そう尋ねると、「鞘付けてるし、かんなはなんも聞いてこねーよ?」と返された。聞きたい答えとは違ったが、問題なさそうなので置いておいた。妹と二人暮らしなのは知っていたが彼は一軒家に住んでるらしい。本来は父親と妹と彼ですむ予定だったらしいが、父親が仕事でいなくなり二人だけで暮らしているとのことだ。

 話の中に、母親が出ていなかったことに何らかの事情があると察したが、それを穿くる勇気もない。興味こそ湧いたがそれでキリタニを傷つけてしまっても誰も得をしない。求知欲を抑え、今後一切この事は忘れることにした。彼から自発的に喋るのを待とう。

 何はともあれ、キリタニは刀を安全に振るっているらしい。館の主の手記の文言は気になるがシルル鑑定でもキリタニが持つ限りは大丈夫との鑑定結果なので安心だ。本当は不安だがいざとなったら俺が責任を持つ。


 次は柿川についてだ。

 柿川の仕事は至って簡単、危険な魅力を上げちゃうイヤリングの管理だ。柿川自身、暇らしく二日に一日くらいの割合で館に訪れた。ちなみに俺はクウヤや図形の関係で館にほぼ毎日いる。住み心地は良いのが救いだ。そんな暇な柿川は館に来てから必ずすることは、シルルを俺から奪い取り、その悪魔の感触を味わう。魅惑の悪魔の感触とはかけている。上手い。この匠の技を誰も俺を褒めかったので自分で自分を誉める。上手い。

 そうして、その悪魔の感触を味わった後はイヤリングの制御―――もとい魔力操作になる。魔力を通さなければイヤリングはただのイヤリングなのだ。

 イヤリングの概要は端折って説明させてもらうが、イヤリングが魅力を発するのではなく、イヤリングを着けた者の魅力を上げるものだと認識して欲しい。魔力を通すことで力を発揮し、決して魔力を消費して魅力の底上げを行っているのではない。故に通す魔力の量で魅力の調節が可能だ。

 ここで魔力ってなんなの?という疑問があがるかもしれないが、古来より、遍く生命が持つスピリチュアルパワーと思っておいて欲しい。不可思議な現象を起こすモトになり、個体により差はあれど命ある者の体には必ずそれが存在する。かといって誰しもが扱えるのではない。人類全てがその存在を知らないが証拠で、極々限られた者しかその存在を知らない。

 イヤリングの話に戻ると、柿川はまだイヤリングを着けた訓練をしていない。魔力は認知さえできれば誰でも扱える代物で、柿川はシルルによって認知させられ扱えることが出来るようになった。認知の方法は強制的に魔力を使わせるのだ。俺の時はシルル召喚やグール召喚が重なり、なんとなく掴んだ。柿川は俺より膨大な魔力量を有し、俺より遥かに優れた魔力操作のセンスがあった。少しだけ時間的なアドバンテージを持つ俺をほんの半日で凌駕した。

 それならばイヤリングも、もう扱えるかのように思われたが、事実は寧ろその逆で、強大過ぎる魔力量がイヤリングの効果を極端に引き出してしまうのだ。柿川は本当に魔力操作に長けているが、力が大きい分、微調整がままならない。顕微鏡で例えると彼女は微動ねじを動かしているが、我々からしたら、粗動ねじを動かしているようなものだ。言ってしまえば単位が違う。我々の1kgは彼女にとって1g。比率は不鮮明だが、イメージはそれで正解だ。

 故に柿川は魔力操作の技術を磨くことに殉じている。彼女のセンスならイヤリングを使いこなす日はそう遠くないように思える。


 学校に近付き、学生の姿がちらほら見えだす。基本的に一人の俺はイヤホンをつけるか、生徒の会話を盗み聞く。盗み聞きと言っても耳に入る声量で喋る彼らが悪いのである。

 「そうえばさ、あのNo.1メガネさ、休んだらしいぜ。」

 「え?あのインフルエンザでありながらも授業が欠かせないという理由で冷や汗だくだくで顔色がめちゃくちゃ悪いまま気合いで登校したけど、先生から帰宅命令が出され一時間目で帰っちゃったけどインフルエンザウイルスは確かに残して、生徒陣も去ることながら教師陣をも襲った第一次志久坂学園バイオハザードを起こして、つい最近ではイカつめ転校生に殴られたあのNo.1メガネ君が!?」

 「お、おう。あの一日の平均勉強時間10時間越えと噂され、起床時間、学習開始時間、就寝時間の三点固定をきっちりこなすと噂され、生き甲斐が勉強ではなく勉強が生き甲斐という驚異の逆転現象を起こすほど勉強に明け暮れたと噂され、霞みを食って生きていると噂され、涅槃寂静(ニルヴァーナ)に至ったと噂されるあのNo.1メガネ君がだよ。」

 やけに説明口調で、二人目に関しては何一つ正しい情報を言っていない。察したと思うがNo.1メガネ君とはそう、前・秀才君。キリタニに殴られた前・秀才君である。


 「うるさいぞ君達。」


 「うわっ、ごめん!」

 「本人登場…。」

 チッと舌打ちをし賑やかな二人の間を通りすぎていく顔色の悪い丸眼鏡をかけた少年。そうあのNo.1メガネ君である。鋭い目付きと整えられたマッシュルームヘアー間違いない。

 「本物だよ!本物!」

 「めずらしかねーだろ。でも調子悪そうだな。」

 メガネ君は大股の早足でずんずん進んでいく。しかし、心なしか足取りがおぼつかない。いつもはしっかりと地を踏み蹴るような歩き方だっただけに違和感を抱く。

 普段より目付きの悪くなったメガネ君は、隠す気もない俺の視線に不快な感情を抱いたらしく、敵意を持った睨みで俺を射る。目線を逸らすのは負けだと変な意地を持つ俺は目がそらせず、睨み合いの場が続く。それもメガネ君が俺を追い越すことにより終わりを告げた。しかし、この前のメガネ君なら俺のような矮小な存在、気にすることもなかったはずだが、どのような心境なのだろう。

 「カシオ、カシオ。」

 バックから声がする。シルルしかないので、前を見ながら言葉に応じる。

 「なんだ?」

 「感じる。」

 「ノーサンキューだな。」

 「良いのか?聞かなくて?貴様のような馬鹿に我が忠告するのも珍しいのだぞ?」

 「言ってくれ。」

 「気配を感じる。」

 「それって…」


 「え?鹿追、もしかしてバッグの中にシルルちゃんいる?」

 言の葉を接ごうとするところで、小声で横から声がかけられる。シルルを知っていて、ちゃんと呼称する。一人しかいない。

 「いるな。」

 シルル本人が答える。

 「ちょっと借りてく。」

 そう言って声の主はバッグから顔を出していたシルルをかっさらう。

 「お…おい!」

 「ぬいぐるみって言ったら大丈夫だって。そこらへんは私も弁えてるから安心して。」

 「それではな、カシオ。」

 柿川は満足げな顔でシルルをプニプニしながら俺から離れていく。

 柿川の気配かーい。と心で突っ込む。

 不満ではないが柿川は俺から接する時、壁を作って話す。話しかけられる内容もシルルの事以外では必要最低限のことだ。客観的に見て嫌われているだろう。いや嫌われるという表現はおこがましいか。

 などと考えていると、突然、意識の喪失感が襲ってくる。視界が白くなり、じわじわと頭の奥で何かが蠢く感覚を脳が受容する。気持ちの悪さを朧気ながら覚え、歩を止めてその感覚が収まるのを待つ。時間が経つとすぅと視界が明瞭になり目眩の終わりを告げる。

 ふぅとため息を放ち、学校へ向かう。





 「はぁ…それでシルルがいなくなった…と。」

 俺の言葉に朝とは大違いの情けない顔で頷く柿川。

 「まあ、信頼して預けた俺も悪いからな…。」

 後悔も混じり溜め息と同時に言葉が零れる。

 「お、おい。カシオその言い方だとなぁ…。」

 そんなつもりではなかったが、嫌味の類いに聞こえたらしくキリタニは苦笑する。

 「あぁ…いや、そういうつもりでは無かったんだけどな…。」

 溜め息を吐く。

 「カシオ、お前、俺以外友達居ねーだろ!?」

 呆れた顔のキリタニを見て俺は、俺の言葉を刺々しくする原因が、やっと溜め息だと気づいた。しかし、時は既に遅く柿川は更に所在なさげな顔をしている。

 「ホントにごめんなさい…。」

 柿川の謝罪に誰も答えられず居心地の悪い沈黙が満ちる。




 昼休みのことである。四限目の体育を終えて、更衣室から教室へ返っている途中キリタニから声をかけられた。緊急事態だと告げられ連れられて来たのは屋上ではなく屋上に通じる扉の前だ。屋上は鍵が掛かっていて入れない。今時屋上に大の字になって寝転ぶ経験なんて早々ない。開けられてもやるつもりはないが。

 そんなことはさておき、そこには柿川が落ち着かない様子で立っていた。その“らしくない”様子の理由は勿論シルルの所在が不明なったからである。話を聞いてみると、体育の前まで――更衣室まではシルルを連れてきていたらしい。スクールバッグに突っ込めば良いものを、なぜ、そこまで連れてきたのかと訪ねると、バッグの中に閉じ込めるのは可哀想だったからとのことだ。これはシルル管理を指導しなかった俺も悪い。昼休みまでにシルルの回収を行うこともできた。が、俺は彼女とのコミュニケーションに多少の恐怖心も抱いていたのだろう。話しかけるのを避けていた。

 分かる範囲の記憶で最後シルルがどこにいたのかというと、柿川は更衣後、脱いだ衣類の上にシルルを置いた。それから、そこにいるように言いつけた後、体育の授業に向かった。そして、体育が終わり更衣室に戻ってみるとシルルがいなくなっていたというのだ。

 焦った柿川は更衣室とその周辺を探し回ったが見つからず、今に至る。


 「ま、まーシルルのことだし、どこかで浮いてるんじゃねーか?」

 「それが問題なんだよ…。」

 「私が言うのも何だけど、ばれちゃいけないもんね…。」

 「けど、別に見つかってもよくねーか?」

 「は?お前何言って…」

 「だってよ。別に誰に見つかってシルルがどうなろうと俺らの知ったこっちゃねーだろ。カシオも分かってるとは思うけどよ、アイツだって悪魔だぜ?

 今でこそ、残念な感じだけどよ、力を取り戻したら何するかわかんねーぜ。てか、アイツはそう言ってるしな。俺はてっきりカシオは俺らをシルルから遠ざけるために、シルルと暮らすっつー身代わりしてると思ってたぜ?」

 キリタニはあまり見せない、感情を消したような表情だ。試しているかのような物言いは少しだけ、腹が立つ。

 「俺がそんな善人なら、尚更見過ごせないだろ。で、俺はそんな善人じゃない、ただ、そうだな…シルルがなんかやって誰かが被害被るってのは嫌かな。召喚したの俺だしな。」

 「結局、善人じゃない…。」

 「ん?何か言ったか?柿川?」

 「いや、なんにも。」

 そんな我々の様子を見て、キリタニは一笑、肩をすくめ、落とす。

 「ま、答えは分かってたけどな。にしてもカシオは恥ずかしがり屋だな。」

 「な、何言ってんだよ。」

 彼には全てお見通しのようだ。恥ずかしくなり顔の血流が良くなるのが分かる。

 「ちょっと、気持ちの悪い雰囲気の中、私が言うのも何だけど急いだほうが良くない?」

 キリタニと俺は無言で頷いた。

 「じゃあ、探しにいこー。私が言うのも何だけど。」

 柿川が「私が言うのも何だけど」を鉄板ネタにしたところで、我々はやっとシルル捜索にとりかかる。

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