鹿柿桐汁
説明わかりにくければ言って下さい。
「待てって柿川!」
今ならまだ言い訳ができる。しかし、今言い訳は本当に必要か?別に後から「あー、あれ?お化け屋敷の準備だよ~。」と誤魔化すことも可能だ。第一発見者でもない。如何にも三人組はもう逃げていったし。学校でもまあ、話しかけようと思えば。
なのだが、そうも行かない。柿川は叫んだ。「ギャアアアア!」と。あれは一見、スケルトンへの恐怖が生んだシャウトだ。しかし、俺は気づいていた。柿川は俺を見てから叫ぶため、息を吸い込んだのだ。そう、俺を見て叫んだのだ。これはなにを指すか慧眼をお持ちの読者諸兄の皆様は気づいているだろう。彼女は俺の何を恐れたのか。
俺の中学校にはある化け物が棲んでいると噂されていた。その化け物は、手入れが届いてない蓬髪だろうと、艶やかな濡れ髪を持つだろうと見境なく恐怖に陥れた者だった。その者の名は「髪切喰い鹿追」。
その化け物は又の名を鹿追樫雄といった。この作品の主人公当人である。
悲しい過去を思い出した。喫茶ではなんの問題もなかったはずなのだが。
恐らく骸骨を俺が率いているような構図になっていたのが問題だ。前にはリアリティ溢れる動く骸骨、その後ろに意味ありげに笑みを浮かべる髪切喰い鹿追。それは逃げ出して然りだ。
一階に降りると柿川は外へ通じるあの扉でガチャガチャとしていた。夢中で開けようしているが苦戦している。俺は逃げられていないことに安堵を覚えた。柿川はそんな妙に落ち着いた俺に気付き短い悲鳴をあげると更に力任せになる。そんな柿川に俺は一言。
「そこの扉は立て付け悪いぞ。」
安心させるために言ったが逆効果であった。更に乱暴なものとなる。距離を縮められずに傍観していると、階段からカタカタと転げるように三体のスケルトンが降りてくる。
スケルトンの標的は俺ではないと頭では分かっていた。が、俺の身体は恐怖に従順ですぐ腰を抜かす。情けない身体だ。
「待て!それは敵じゃない」
柿川へ向かうスケルトンに号令をかける。スケルトンは停止する。
ため息じみた深呼吸を終え、柿川にゆったりと近づく。スケルトンを制したので一定の安心は得られていると思ったからだ。柿川はいまだ諦めずドアをガチャガチャとしている。どんな言葉をかけるべきかと迷っていると、柿川は俺の方を見る、睨むという方が正しいか。
などと能天気に考え込んでいると、殴られた。不意の一発であった。綺麗なアッパーであった。そして良い拳でもあった。まっすぐとした誠実な拳だ。視界が波打つ。この感覚は…以前脳震盪を起こした時のものと同じだ。俺は柿川の不定形の赤の美を最後に見て、意識をあっけなく手放した。
意識の覚醒とともに勢い良く上体を起こす。これは毎朝の起床時にも行っている。
いつものベッドより寝心地が良い。館だ。
何故館にいるのか。いや、館に来たことは覚えている。何故寝ているのか。即座に一番近い記憶を探す。考える時の癖で顎を触る。
「…っ」
顎に雑な傷みを感じる。顎に何かしたか、そこから連想式で思い出す。
顎を殴られたのだった柿川に。悪人のようにねっとり距離を詰める俺に、柿川は恐怖を物ともせず打ん殴ったのだ。
あれから事はどうなったのだろうか。柿川の一撃からの記憶がまるでない。失神したのだろう。
誰もいない部屋を見渡すと本棚と机、衣装箪笥があるだけで寒々としている。一階は大部屋ばかりなので、ここは二階だろう。窓から日の具合を見ると、傾きかけていた。どれくらい寝ていたんだろう。
立ってみても問題ないので、部屋を出て俺は階段を降りる。
ここでこの屋敷の間取りを簡単に説明するのも悪くない。興味がないなら飛ばして構わない。
まず幾人をも悩ませた立て付けの悪い扉を抜けると広い玄関がお出迎え。
いきなり君は選択をしなければならない。手前には階段。右手には廊下。左手にも扉。この三択のうちどれかだ。
右手の廊下を選んだあなた。そんなあなたには幸運が訪れることだろう。右手の廊下に入ると水場がまとめられている。トイレ、浴場、洗面所などがあり、未だに使えるらしい。一体誰が光熱費、水道代を払っているのかは謎だ。俺はまだ使ってないので確証は持てないが、クウヤがモップを持って掃除していたので、あながち嘘でもないのかも。奥の方には物置もある。
左手の扉を選んだキミ。幸せが訪れるはずだ。左手の扉を開くとキッチンと繋がった広々とした食堂がお出迎え。食堂の奥にはまた部屋がある。そこはどういう用途に使うかは分からないがとても広い部屋がある。
階段を選んだおまえ。幸せが訪れたら良いなって思う。二階には部屋が集合している。この部屋のもと住人の数は多くないらしい。寝室と呼べる寝具がある部屋が二つ。書斎が一部屋。あとは家具が置かれていない空き部屋がほとんどだ。
先程、柿川を追い詰めた所には人はいなかった。というか、気絶して寝かされたのは嬉しいけど、アフターフォローが充実とは言いきれないな。「あぁ、気がつきましたね。」と言う係を一人は置いていくべきだ。話の流れとか展開的に。おっと要らぬことを書いたな。
玄関に人はいなかったが右の食堂の方から声がする。複数人の聞き覚えのある声だ。怪我人を置いて何をしているんだ、そんな顔で食堂に通じる扉を開ける。
そこではダイニングテーブルを挟んで椅子に座る柿川とキリタニがいた。キリタニの隣にはクウヤが立ち、その後ろにはスケルトン三兄弟が連なっている。柿川は不信感を露にしながらキリタニと会話し、キリタニはそんな柿川にいつも通りの調子で接している。シルルはどこだ、と探すと居た。柿川の膝に置かれ柿川にされるがままになっている。どうやら柿川もあの黒いぷにぷにの魔力に取り憑かれたらしい。抵抗していないのを見るに満更でもないらしい。因みに俺の時は嫌がった。シルルは時折二人の会話に口を挟むスタイルだった。会話の内容は主にこれまでの経緯だ。
俺がいない間に柿川の誤解は解けたらしい。
固まっているとキリタニに声をかけられる。
「お、カシオ起きたんだな。」
「永遠に寝ていれば良かったのだ。」
なんで僕にそんな辛辣なんですかシルルさんと思ったが、彼はコミュニケーションが下手なのは大体分かった。
「…。」
柿川は口を開いては閉じては繰り返している。急かすのも可哀想なので言葉を待つ。すると、椅子から立つと俺の前へ来て頭を下げる。
「その…さっきはごめん。」
「うーん…あれは俺も悪かったからな。あ、ナイスアッパーだったぞ。」
天空海濶アピールのため、冗談を入れてみたが柿川は皮肉と、とったらしい。アハハと苦笑をする。キリタニは、うわ、おまえ最悪だな、と顔に書いて俺に読ませてくる。
「あ、あー、そういえば、何でここに?」
「それは今、ここにいる理由?それともここに来た理由?」
「どっちも、かな。」
「それは」
来た理由は我々の秘密を探るためだ。探って互いに秘密を握りあってる図を作る。これは皆さまご存知の通りなので割愛する。
そして今ここにいる理由だが。
「今いる理由。そりゃあカシオ。お前がなんか追いかけたからだろ。」
「あ、そうか。そうだよな。後から言い訳しても大丈夫だったもんな。同級生はヤバいって勝手に思ってたっぽいな。」
本当はそこまで頭は回っていたが、ここは適当に今、気づいた態で誤魔化しておく。自分自身、何故走ったのか良くわかってない。
「シルルとクウヤとで、下に降りて来たら、カシオが失神してて。スケルトンはなんかアタフタしてて。柿川もなんかアタフタしてて意味が分からなかったからな。最初は。
けど、もうカシオがスケルトン操られるとこも、シルルも見られたし。こりゃあ、もう、言い訳の仕様がないな。と思って全部話したわけだ。」
柿川にも一通り説明は終えていたので、ある程度、俺に理解は持ってくれた。しかしキリタニとカシオの脚色を加えた説明と彼女自身が持つ俺の歪曲した人物像が柿川の中で、融合したせいで彼女の俺を見る目がおかしい。これまでは「髪の毛を取って喰う化け物を見る目」だったが現在は「髪の毛を得る為、悪魔召喚を行い、更に髪の毛を取って喰う化け物を見る目」になっている。これは由々しき事態だ、と、どこぞの非営利団体に糾弾しようと思い立つが馬鹿馬鹿しいので辞める。
「で、これからどうするんだ?」
「この館を本拠地にするためにさ、お化けが出る噂の館ってことにしようぜ。」
「だから、マジで死んでるだろ!お墓作らなきゃなんないなよな…スケルトン埋める…?」
「フッ…その必要は無い。スケルトンはスケルトンで置いておけ。供養なぞは不要だ。」
「んーけど、いつまでも置いとくわけには…」
「魔界に帰せばよい。必要な時には魔方陣を描き呼び出すだけだ。ああ、先刻は言えなかったが、呼ぶ、生むの違いはここだ。名を冠するモノを召喚するのが呼ぶ方だ。名を冠するモノとは、種とは別に名前を持つものの事だ。」
シルルは俺の質問を見越した様につらつらと説明をした。
名を冠するモノ、というのはつまり固有名詞を持つモノ。グールは種だ。クウヤは固有名詞。グールが欲しいなら生む方を。クウヤが欲しいなら呼ぶ方を。他にも当てはまる言い方をすると、他と分類されているモノを召喚するときには呼ぶ方を。その種だけで良いときは生む方を。こんなところだ。後、召喚者の力が召喚したものより大きいと問答無用で主従関係が結ばれる。同等、又はそれ以上となると、契約が必要になる。
スケルトンは種なので、今後を考え、三体のスケルトンを分類するため名前をつけた。頭蓋骨の形が違うのでマル、サンカク、シカク、と名付ける。偉く適当だと指摘されたが、ここで凝った名前にしてもイタいだけだ。
「けど、いちいち魔界に戻して呼ぶの面倒じゃないか?魔方陣何回書くことに何の?」
「フッ…グールやスケルトンを呼び出しているとき、貴様は魔力を常時吸いとられている。今は問題ないかも知れないがこれを面倒と言うと、どうなるんだろうな。明日には干からびているやも知れんな。」
「おいおい。早く言えよ。てか、もう来なくていいよ。帰したままにしよう。」
「明日は冗談だ。しかし、いつまでも出来ないようではいかん。そのために貴様が持つ光芒筆を使え。あれは慣れれば瞬時に魔方陣をどこでも描ける。」
「何で俺がやらないと…」
と、俺が駄々をこねると
「友の命を危険に晒した貴様が最低限することだ。また友人の命が危険になった時、貴様は傍観するだけか?」
やけに凄みがある声で、さっきを放ちながら言われたので俺は頷くしか無かった。そこまで怒る理由が分からない。
俺も露骨に不機嫌になり、シルルは殺気こそ消したが怒気を煮詰めて、キリタニも乾いた笑いを浮かべ、場の空気が悪くなったところで、柿川がどうにか雰囲気を和まそうとする。
「そ、そういえばさっきシルルちゃん、自分は魔界1の悪魔だ、って言ってたけど大丈夫なの?その…鹿追のま、魔力的なのは…」
シルルちゃん。「ちゃん」、とは、あの「ちゃん」だろうか。敬称の「ちゃん」だろうか。可愛い女の子とかの名前の後につけるあの「ちゃん」だろうか。そんなことを言ってしまうとシルルが怒気覇気殺気を漂わせ、死の恐怖を味わうだけ味わって、特に何もなくて、慰めるのがとても面倒くさくなる【死の手招き】をやられるぞ。すぐに取り消せと事態の緊急さを伝えるため柿川の方にジェスチャーを送る。が、柿川は何やってんの?みたいな顔で首を傾げる。毛先が揺れる。いやそんなことはどうでも良くて。そんなことをしていると、とうとうシルルが口を開く。俺の顔は絶望に彩られる。
「我ほどの高等悪魔になると己の魔力でこの世に姿を留められる。そこの阿呆面は魔力の量も質も中の中の中の上位だが我の分を工面すれば奴は本当に干からびる。」
「へーやっぱシルルちゃんは違うんだね。」
え、【死の手招き】は?「ちゃん」と言ったんだぞ。二度も。あの娘は。俺が言ったら絶対【死の手招き】してくる。これはすぐさま、どこぞの非営利団…このくだりも馬鹿馬鹿しいので辞める。どうせこの黒ケサランパサランは余りに矮小過ぎて居ても居なくても変わらない程度の量しか必要としてないに決まってる。
その黒ケサランパサランもあの下手くそな棒読みお世辞でよく騙されたものだ。最上位悪魔のくせにチョロ過ぎるのでは無いだろうか。こんなのが最上位だなんて、魔界の世も末だ。
などと人を馬鹿にするほど俺も賢く無いので、溜め息兼深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「お前の言い分だと暫くは俺の魔力持ちそうだから、|図形《マル、サンカク、シカク》もクウヤもこの館で放置するぞ?暫くは。その間に光芒筆の練習でもしときゃ良いだろ。」
「我の力を恐れたか…カシオ。まあ良い。それで問題ないだろう。」
「では解散で。」
間違ってもないので、否定も肯定もせず解散を告げる。
クウヤと図形に各自、人が来たら脅かすように伝えて帰り支度を始めると、柿川に話しかけられる。
「変なことになったけど言わないでね?バイトのこと。」
ここは至って紳士を装い目を見て話す、決して髪に目をやってはいけない。
「言っただろう。こっちには何の特もない。だから言わないし。お前も握ってるじゃん。俺達の秘密。てことで安心しろ。」
柿川は驚いた顔をしていた。後から聞いた話だがこの時、彼女は俺に髪の毛をどうにかされても良い覚悟で話しかけたが、拍子抜けだったらしい。それはそれでアリだったが俺はそこまで変態大魔神(髪)でもない。
話は終わったがまだ柿川は去らない。まだなにか?と問うと
「あのさ、シルルちゃんを貸して欲しいんだ…絶対目のつくところに置くし、何か企んでそうならすぐにやめさせるからさお願い!」
と上目遣いで頼まれた。上目遣いはまだしも、あの届かないと思っていた赤の魅惑の実が近づき、香りも鼻腔に刺激を与えてきて、クラっときていたが、すんでの所で踏みとどまり、距離をとる。
「あのプニプニサラサラは渡さん。」
もう少しカッコいいことを言えたが、本能に訴えかける誘惑につい本音がでる。
「そこをなんとか!」
「無理なものは無理!」
どちらも譲らずバチバチと視線が火花を散らし始めたところで、片方が先に目を逸らす。先に逸らしたのは柿川だ。俺は防衛戦に勝利したのだ。
「今回は譲ってあげるわ。シルルちゃんを精一杯愛でて待っておきなさい。」
そういう彼女の俺を見る目は少し変化したように思えた。思いたいだけか。
「言わずもがな。次はないが。」
そういい俺は彼女と別れ帰宅した。
その直後帰る道がほとんど一緒で恥ずかしさの極みを経験したのは言わずもがな。
間を取り持ったキリタニに今回ばかりは感謝しなければいけない。