まにまに召喚
サマンではなくサモンです。
けど、サモナーではなくサマナーです。
耳に付けたイヤホンがロックと呼ばれる音楽を鼓膜に届ける。
こうやって音楽を楽しみ無思考で足を機械的に動かしていればいつの間にか、学校へ到着する。いつものパターンだ。
大音量で音楽を聴きながら公の場所を歩く行為は褒められたモノでは無いが日々の無駄「移動」を有意義に変えるにはイヤホンは必須だった。しかし、危険なので推奨はしない。一切の責任も取らない。助長する意もない。お前の真似したらイヤホンのコードが自転車の車輪に巻きこまれて壊れちまったじゃねえか!、といった苦情は当方、シカオイクレームセンターは受け付けておりません。と、阿呆な事を考えれば尚、時間は早く過ぎる。
言ってる間に建てたばかりの白い校舎が見えてくる。
やけに荘厳な校門をくぐり下足室で靴を履き替え校内へ、本館二階の、自分の教室の左が窓の席に付き授業の準備を済ます。そして他のクラスメイトになど目もくれず机に突っ伏す。友達がいない訳ではない、飽くまで受け身なだけだ。だから、これもいつものパターンだ。イレギュラーは無い。
おはよう、とクラスの女子達が挨拶しあっている声も、男子の他愛ない会話も、変鉄ない日常だ。
「お、朝からダウンか。早いな。」
自分に向けられた声だが、無視。これも、いつものパターンだ。
「かー、樫男は今日もしょっぺーな。そんな塩辛態度だから不気味がられてるんだよ。」
この一文もテンプレートを少しいじっているだけに過ぎない。だから答えるに値しない。もう一度、無視。そして声の主は俺に無視されることは分かっているので、それも汲み取る意で顔は上げない。声の主が粘り強くコミュニケーションを求めてくることも、俺も、もちろん承知。俺と彼との短い付き合いの間に出来た習慣だ、いや慣習か。ちなみにこの一方通行コミュニケーションもいつものパターン。
「今日はお日柄もよく、ね?いや、曇ってんな…」
「それ、天候の状態で使う言葉じゃねーよ。後、今日は…仏滅だからお日柄は悪い。」
しまった。顔をあげ、つい答えてしまった。
「仏滅?なんだ?それ?仏が滅される的な?末法思想?危ないなカシオ。日本だから良いけどな?」
「学校一の秀才君が面白い冗談を言うんだね。」
秀才君、のところをとりわけ強調する。
「いやぁ、それを言われると、ねぇ…ハハ」
いや、照れんのかよ…これは口に出さない。
金色に染められた短い髪をかきながら、桐谷力太は照れている。俺に無視され続けた声の主の正体でもある。
端的に彼の容姿を言えば不良だ。気崩した制服に金髪、ピアスは見受けられないが、その内必ず穴を空けるだろう、多分。性格もそんなに見た目と変わりない。と言っても不良特有の弱者への威圧的な態度とかは全くなく、パーソナルスペースにやたら入り込んでくる。要するにフレンドリーだ。時々、腹が立つ程度には。
しかし、その気さくさと頭の良さなら、俺以外の無愛想ではない友達も作れるだろうに、何故ここへ来るのか——という問いは、今の彼の置かれた状況からするとひどいアイロニーに聞こえる。が、その状況は今は語らない。端的にいうと彼はこの志久坂学園のほとんどの生徒から非好意的な感情を抱かれている。
ちなみに彼が秀才というのは客観的事実でこの私立志久坂学園二年生の頂点に座している。定期テスト、校内模試、共に天辺を取り、今はまだ出ていないが総合成績も一位だろう。
彼はこの二学期から入ることになった転校生でクラスメイトであり、色々あって彼も——失礼、彼“は”一人だ。
彼はいつも孤高の道を行く俺にシンパシーを感じたらしく、仲良くしようや、とすり寄ってきた。失敬だが俺には友達も喋る相手もいる。俺は受け身なだけだ。敢えて独りを選択している。これを孤高というのだ。そこを勘違いしないで頂きたい。そこのあなたもだ。
「にしても、暇だなー。」
確かに暇だが、いや、暇じゃない。忙しい。一緒にするなと睨み付ける。
「放課後どっか行こーぜ。」
俺の渾身の睨みを意に介さず提案される。毎日毎日、言葉のスカッシュをこのような調子で続けることにより、毎朝の不毛な時間を不毛に転生させる。つまるところ不毛だ。
「まあ、今日は特に予定もないから、付き合うだけなら。」
ツンデレと言う訳ではなく、これは転入早々色々やらかして独りで寂しそうな彼への恩情だ。それに二つ返事で「行く行く!」と答えるとキリタニが付け上がり、余計に友達感を出してくるし、そうなっては恩情を与える側、施される側の関係が崩れるし、そもそもそんな「行く行く!」みたいなキャラじゃない。それにスカッシュよりはキャッチボールが好きだ。
「今日も、だろ?」
あながち間違いでもないので、言わせておく。
しかし、だんだん腹が立ってきたので反論の弁を述べようとするが、チャイムが鳴ったので渋々、座ることにした。
「じゃ、放課後な? すぐ帰んなよ? お前帰るのすげぇ早いから。」
そう言うとキリタニは己の席へと戻っていった。
キーンコーンカーンコーン。
標準的なベルが今日の分の授業の終わりを告げる。翩翻と翻るカーテンが忙しなく顔やら腕やらに当たってくる。
窓側の席は綺麗な空を見れる権利、心地良い風が受けれる権利と同時にカーテンの八つ当たりを受けなければならない義務がついてくる。権利とそれに伴う義務を学ばせる『窓際の席』はとても素晴らしいモノだと思った。まあ、カーテンを端に移動させれば義務は免除になるのだが、なにぶん日差しは秋といえど強い。
カーテンが無理なら窓閉めろよ、そう思ったならあなたは自身が愚か者だと早急に気付き出直して来て欲しい。秋風という女神の息吹きを享受しない他の選択肢はあるだろうか。いや、ない。
申し訳程度のホームルームが終了し、別れの挨拶をし、そのまま帰路につく。帰って何をしおうかしら、とニヤケ面を晒しながら門を出ると、大声で俺の名前を叫びながら走ってくる者がいた。
キリタニだ。完全に忘れていた。ごめんキリタニ。君への恩情措置も面倒になるときがある。口には出さず謝罪をして立ち止まる。
「帰んなって朝も昼休みも言ったよな?」
息を切らしながらキリタニは少し怒った様子である。金髪だから少し怖い。ここは一つ冗談でも。
「怒ってるか? なら殴れ、ほらこの右頬に。あのメガネのように思いっきり俺を。」
歯を食いしばり、いつでもいいぞと右頬をつき出す。
「おい?」
「冗談。すまん。君みたいに浅はかでした…それこそ暴力事件の時のように…」
「殴って欲しいならそう言え。」
拳を振りかざす動作をキリタニが取る。
「勘弁して下さい。」
両手をあげ降伏の意を示す。
非生産的な茶番劇を繰り広げるのにも飽き、モノレールで学校周辺の住宅街を抜け市街地へ赴くことにした。
ここからは野郎二人の特に面白みもない場面が続くため割愛させてもらう。しまった。愛着も何もないので「割愛」を使ってはダメだった。
「ただいま」
お帰り、の言葉はない。帰宅第一号のようだ。
手も洗わず直行で自室に向かい、倦怠感とともにへなへなとベッドに倒れる。ほとんど条件反射だ。このところ、ずっとこの調子だから流石に気が滅入る。寝不足ではないのだが、起きてもすることがない。
暫時、だれていたが気を奮い起こして机に放置されているPCの電源をつける。立ち上げが完了し、最初にブラウザにもオンラインゲームにもいかず、メールボックスを開く。大抵、企業の広告で溢れているが、たまに大事な用件もあるので毎日の確認は怠らない。何かに当選してるやも知れない。大抵スパムだが。
やれ携帯電話の通信速度が低下傾向にあるだの、やれ名前も知らない芸能人が結婚しただの、離婚しただの、浮気しただの、不倫しただの、しょうもないニュースがあるぐらいで、やはり例に漏れず広告で埋め尽くされていた。
だが、一つ、奇妙なメールを見つけた。
「なんだ…これ…?スパムメールか?」
内容はこんなものだった。
『日々お
怠惰かつだせいに
過ごす物よ。音にも聞け目にもミヨワレお誘へ。
さすればねが
いオカナへ
てやろうuぞ。
手順は古の通りだ↓
kkkkkkkkkケモノヲ用
意セヨソしテへきさグラムお地に描き中心に獣お置けそして我ガなお呼ぶのだ』
初読の感想はわーお、読みにくい、だ。「を」を「お」と表記してしまっていたり、無茶苦茶な変換にタイピング、多分バックを知らないため、できたkの増殖。嫌悪を抱いたが意味は大体通じた。ここには表記できないが文字化けも見当たった。
怪しさが尋常ではなかった。リンクも貼られていないので、ワンクリック詐欺の類でも無さそうで、何を目的としているかが全く読めない。文面通りの指示に従って得られるものも分からない。書かれている内容を行う意味ははっきり言ってゼロだった。
しかし、体は何かにとり憑かれたかの様に動き出していた。高揚に包まれながら少し肌寒い屋外へ気づけば出ていて動物を探していた。非日常を求めてきた結果、送られたメールならこれまでの滑稽な努力も報われるというモノだ。
獣などそこら辺に転がっていると思っていたが、意外にそうでもなかった。猫も犬も見当たらない。この時ばかりは身勝手にも自然を食い潰し幅を利かせた科学技術が憎く思えた。
「見つけた」
路地裏や、住宅街に希望は見出だせなく、公園に目星をつけたら大正解。何故かは知らないが艶を帯びた黒の鴉が木陰で横たわっていた。何故かは知らないがかなり弱っており近寄っても飛び立たない。いや飛べない。ケガを負っているようで大きな切り傷が翼に刻まれていた。血が流れどろどろと鈍く光を跳ね返す。鳴く気力も無いらしい。ただただ瀕死にも関わらなにかを覚悟した力強い瞳だけがこちらを見据えていた。やけに澄んだ瞳をしていたので、じぃっと見つめ返していると。
もう散る命だ。好きに使え。
弱りきった声で鴉がそう言った。空耳か。どちらにせよ、そうするつもりだったので願ったり叶ったりだ。微笑みを浮かべ、優しい声音で告げる。
「ああ、安心しろ。命を無駄にはしない。」
無駄にしない確証は無く馬鹿げているが一応答えてやった。すると偶然だろうが鴉の瞳の輝きはそれに合わせ花火のように輝きを一気に増し、失せた。
手を合わせ鴉の血を拝借させていただく。その血でコンクリートに直径40センチメートル大のヘキサグラムつまり六芒星を描く。血を指に付ける時、不思議と嫌悪はなく、寧ろ畏れおおきかった。
簡素な六芒星を描き終えると、六芒星の中心に鴉を恭しく慎重に置く。置いた際、鴉が動いた様な感触がしたが気のせいだろう。
鴉の羽の感触を手に残しながら一連の準備を終え立ち上がった瞬間、立ちくらみに似た目眩が起き、視界は白く白くなり全身から汗が出てくるのを客観的に感じた。まるで身体に精神が合致せず不具合を起こしている様だ。手足、頭、瞼も意志が疎通しない。
幾ばくかの時、金縛りに抵抗の意思を掲げ続けると白いもやがだんだん晴れ血の気が戻っていくのを主観的に感じとれるようになる。この時、どうやら自分はぶつぶつと何かを唱えていることが確認できた。
どうやら、何かを唱えているらしい、お経のように平坦に淡々と並べられていく言葉はふわふわと聞こえ、聴覚も未だ完全に戻っていないと分かる。何かの詠唱ではないのか、そう思った。
詠唱がピタリと止まると、身体は元通り自由を取り戻したが、同時に血の六芒星は怪しく紅く光りだす。それは点滅を繰り返す。光は点滅の回数を重ねるごとに強くなっていく。アミューズメントパークでしか見たことのない光景が眼前に広がっている。しかし、ここは広義ではアミューズメントパークに入るかもしれないが、ただの近所の公園だ。気づけば、どこからか何者かの高笑いも聞こえ出していた。
「フハハ! 人よ、よくやった!これほど簡単にいくとはな! フハハ! 我が人の世に降りたが最期、この地は我の物となろうぞ! フハハハハハ!」
六芒星から紅い線がコンクリートの地を走り複雑な幾何学模様を成し、その模様の隙間に解読不能な文字が刻まれていく。それらを展開し終えると、突如、視界は光の白さに支配される。その支配が終わると眼前には紅い光柱が天高く屹立し生暖かい風が場を包んでいた。
視覚、聴覚、触覚、のどれでもない第六感が強大で純粋な"力"を知覚し、ヒトの本能が死を警告している。
状況に頭が追い付いてきた時には、六芒星上の空間が歪みをみせグニャリグニャリと形を変えては、また変えを繰り返す。直視できない位に中心の六芒星は光を孕んでいたが、そこに一つの影を浮き出していた。おそらく"力"の正体だろう。今すぐ逃げ出したかったが死のもたらす恐怖は体を既に回り蝕んでいた。