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とある少年の叫び

「ラウル……!?」


 目の前の光景を前に、テオは咄嗟に叫んでいた。


 それが望ましいことではないのは、当然のように理解している。

 まだ成ってから三ヶ月程度とはいえ、テオも既に冒険者の一人なのだ。

 魔物を前にして視線を、意識を逸らすことがどれほど愚かな行為なのかは、それこそ身を以って経験している。


 だが頭で理解できていたとしても、友人が魔物に吹き飛ばされてたのを目にして平静さを保っていられるかどうかは、また別の話だ。

 いつ、どのようにして攻撃されたのかが分からないともなれば、尚更である。


 無事を確認するために振り返り――


「――っ!?」


 次の瞬間、テオが覚えたものは疑問であった。


 漆黒に染まった視界。

 振り返った先で一体何が、と思い、しかしすぐにそうではないということに気付く。


 最初に覚えた違和感は、匂いであった。

 土と草の匂いが、常に比べ妙に強く、だが遅れてやってきた感触に納得する。


 それを感じたのは、顔だ。

 柔らかく、僅かに湿り、何処か覚えがある。


 すぐに、それが匂いの元であることに気付き、なるほどならば視界が利かなくなっているのも当然だと思い――瞬間、全身を衝撃が貫いた。


「がっ……!?」


 それは、痛みだ。

 今更思い出したかのように全身が痛みを訴え、搾り出された息が吐き出される。

 今すぐこの場を転げ回りたい衝動に襲われ、だが痛みによってそれは果たされない。


 痛みだけはあるというのに、身体の感覚はないという矛盾。

 しかしそんな状況だからこそか、思考だけは澄み渡っていた。


 まず何があったのかは明白だろう。

 テオは今地面に倒れているのであり……つまりは、ラウルと同じように吹き飛ばされたのだ。


 まあ、当然である。

 魔物を前にして、決定的な隙を見せたのだ。

 攻撃されないわけがない。


 だが同時にそれは、不可解でもあった。


 ここは街から最も近い狩場だ。

 ランク一の冒険者にとっては最良の狩場などとも呼ばれているが、その理由の一つは、この場に出現する魔物がホーンラビットだけだということである。


 ホーンラビットは最弱の魔物と呼ばれてはいるものの、ランク一の冒険者にしてみれば十分以上に脅威であり、それ以上の魔物に関しては言うまでもないだろう。

 故にそれのみと戦え、さらには不測の事態があれば即座に街に逃げ帰ることが出来るからこそ、ここが最良などと呼ばれてはいるのだが……そのホーンラビットにしたところで、ここまではない。


 それはそうだろう。

 一撃で戦闘不能にされてしまっては、ランク一の冒険者など全滅だ。

 勿論当たり所次第では一撃で殺されてしまうようなこともあるが、さすがにこれはない。


 そもそも、経験が未だ浅く、動揺して余所見をしていたとはいえ、テオだって冒険者だ。

 ホーンラビットは何度も戦っており……だからこそ、分かる。

 一瞬の隙を見せたところで、何をされたのか分からないような攻撃をされることはない、と。


 そもそも、先のラウルの時のことだってそうだ。

 あの時は後ろから見ていたというのに、それでも何が起こったのかが分からなかったのである。

 吹き飛ばされたということが分かったのだって、視界の端に一瞬その姿を捉えることが出来たから分かったのであり、瞬きでもしていれば見逃していたかもしれないようなものであった。


 もし全てのホーンラビットがそんなことを出来るというのであれば、ホーンラビットはランク一になどなっていなかったはずだ。

 ということは、必然的にアレはホーンラビットではなかった、ということになるのだが……いや、そういうことなのだろう。

 見た目がホーンラビットそのものだとはいえ、確かにアレはいつものような現れ方をしたのではなかった。


 いつものように瞬時にその場に現れるのではなく、アレは歩いてきたのだ。

 正確には跳ねてきた、とでも言うべきかもしれないが……まあ、大差はないだろう。


 重要なのは、それがここではない別の場所からやってきた、ということであり……だがテオ達はそのことを、重く受け止めてはいなかった。

 何故ならば、稀にではあるものの、そういったことがある、ということを、聞いていたからだ。

 魔物は、その現れ方はともかくとして、それ以外の生態は他の生物と違いがない。

 何かを食べることで生きていて、それを探すために、他の場所へと移動することもある、と。


 だから珍しいこともあったものだと、その程度のことしか考えておらず、つまりはそれが間違いであったと――


「……おい、いつまで寝たままでいんだよ」


 声に、身体が反応した。

 そしてその時になってようやく、身体が動かせるようになっているということに気付く。

 未だ激痛は続いているし、出来ればこのまま倒れたままでいたかったが、その感情を抑えながら顔を上げる。


「ったく、ようやく起きやがったか」


 そこに居たのは、ラウルであった。

 こちらに視線を向けた後で、あっちを見ろとでも言いたげに前方を向く。


「アイツが頑張ってんだ。いつまでも俺らだけ寝てるわけにゃいかねえだろ?」


 その声に導かれるようにテオも視線を前に向けてみれば、そこに居たのは当たり前と言うべきか、フィーネだ。

 だがただそこに居るわけではなく、それは戦闘を行いながらであった。

 相手は勿論、先ほどテオとラウルがやられてしまったアレである。


「ま、あの調子じゃ俺らが行ったところで邪魔にしかならない気もするがな」


 ラウルの言う通りであった。

 そう、テオ達が一瞬でやられてしまったというのに、フィーネは戦闘を行うことが出来ているのだ。

 しかも見たところ、互角に、だ。


 そんなところに行ったとしても、おそらくテオ達は足手纏いにしかならないだろう。

 だが、そういう問題ではないということを、テオ達は理解していた。


「にしてもアイツ、あそこまで出来たんだな……ったく、追いつくのが大変そうだぜ」


 というか、そもそもの話、実力以前の問題でもある。

 テオは激痛が収まっておらずまともに歩けるかも怪しい状況であるし……それは、ラウルも同様だ。


 むしろ、ラウルの方が酷いかもしれない。

 いつも通りの軽口こそ叩いてはいるが……その顔は苦しげに歪められ、腹部からは血が溢れ出している。

 どう考えても、すぐに治療が必要な傷だ。


 しかしそのためには、街に戻る必要があり、一人では無理だろうから、もう一人付き添いが必要だろう。

 フィーネが戦闘中である以上、それはテオの役割となり……要するにそれは、フィーネを見捨てるということだ。


 互角に戦えていようとも関係はない。

 否、そもそも互角に戦えてなどはいないのだ。

 例えそう見えているのだとしても、それは間違いであり――


「……そうだね」


 頷き、激痛を抑えながら、テオはゆっくりと立ち上がった。

 それは本当にゆっくりであり、その時点でこの後まともに動くことが出来ないのは明らかではあったが、ラウルはそれを一瞥しただけで何も言わず、フィーネの方に向き直る。


「んじゃ、とっとと援護に行くか」


 告げ、一歩を踏み出し――顔をさらに歪めたのは、そういうことだろう。

 だがテオもそれには何も言わずに、後に続き――同じように、顔を歪めた。


 しかしそれでも、二人は一歩ずつ確実に、ゆっくりと前に進んでいく。

 フィーネに近付いていく。


「ところでラウル、フィーネが戦い始めてからどれぐらい経ってるか分かる?」

「さあな。俺も気が付いたのはお前が俺の隣に吹っ飛んできてからだし……その時にはもうアイツは戦い始めてたからな。その後すぐにお前は起きたし……まあでも、一分は経ってないんじゃねえか?」

「……そっか」


 その言葉に、痛みとは違う意味でテオは顔を顰めた。

 見る余裕はないが、おそらくはラウルも同じような顔をしているだろう。

 一分も経ってはいない。

 だがそれは、一分近くならば経っている、ということではあるのだ。


「……急がないとね」

「……ああ」


 遅々として進まない足を、それでも二人は懸命に動かす。

 そうしなければ……そうしても何も変わりはしないだろうが、それでも。

 フィーネが殺されるのを、遠くからただ眺めているのだけは、我慢がならなかった。


 フィーネが互角に戦えているように見えるのには、理由がある。

 テオ達と同時期に冒険者になった以上、それは当然のことだ。

 確かにフィーネにはテオ達よりも才能があり、実際に今の時点でも腕の差が出始めてはいたが……それでも、アレと互角に戦えるほどではない。

 それは、一つのスキルによるものであった。


 テオ達がまだ村に居て、冒険者になるなど夢にも思わなかった頃、一度だけそれを見たことがある。


 ――リミットブレイク。


 本来の何倍もの力を引き出すことが出来るスキルだと、そう聞いた。


 それを羨ましいと思ったのは、当時のテオ達にとってはスキルというのは憧れでしかなかったからだ。

 だが今では、そう思ってはいない。

 未だにスキルに憧れがあるのは変わらないが、使用したら文字通りの意味で何も出来なくなってしまうようなものを、羨ましいと思うはずがないだろう。


 しかも有効時間は、僅かに一分ほど。

 それを過ぎれば、フィーネは指一本まともに動かせなくなってしまう。

 そうなれば、嬲り殺しにされるだけだ。


 もっとも、それを使わなかったとしても、結果は変わらなかっただろうが。

 眼前の光景を眺めながら、テオはやっぱりと、そう思う。

 アレはホーンラビットなどではなかったのだ、と。

 ホーンラビットがあんな動きを出来るわけがない。


 話にしか聞いたことがないランク二か……或いは、ランク三にまでいっているのかもしれない。

 アレは、そういう魔物だ。


 それと拮抗することが出来るのだから、凄まじいスキルだとは思うが……それでも、デメリットが大きすぎるだろう。

 とはいえ、それを逃走に使用していればフィーネだけでも助かることは出来ただろうに……。

 それを考え、テオは小さく息を吐き出す。

 まあそもそも、あれを使用した理由が、おそらくは自分達を助けるためだったのだろうから、それは最初から無理な話なのだろうが。


 一分敵を引きつけ、その間にテオ達が逃げる。

 フィーネはおそらく、そのつもりだったのだ。

 だが勿論テオ達にそのつもりはないし……多分、そうしようとしても、この有様では無理だっただろう。

 何にせよ結末は変わらなかったと、そういうことだ。


 しかし無駄だったと、そう言うつもりはないし、言わせるつもりはない。

 せめて――


「……このままやられるとか、あの人たちの期待通りみたいで気にいらないしね」

「ん? ……ああ、そうだな」


 テオが何を指して言っているのかを理解したのだろう。

 ラウルは何かに挑戦するように、不敵に笑った。

 それに答えるようにテオも笑い、意識を向けたのは後方だ。

 そこで多分、自分達が死ぬことを期待しているのだろう同業者達に、反抗するつもりで足を前に進める。


 それは被害妄想なのかもしれないが……そうではないということを、テオ達は身を以って知っていた。

 だから最初から、助けを求めることもしない。

 無意味だからだ。


 故に同じく無意味でも……テオ達にとっては意味のあることのために、さらに足を進め――ふと、フィーネと目が合った。


「……なん、で?」


 その目が見開かれ、呟かれた言葉に、テオは苦笑を浮かべる。

 おそらくは本気で、自分が敵を引きつけていればテオ達は逃げてくれるだろうと、フィーネはそう思っていたのだ。

 それは逆に言えば、テオ達はフィーネを見捨てると思われていたということなのだが……まあ、その辺の話をするのは後である。


 話をする機会が訪れることは、多分ないだろうが。


「……テオ、ラウル……逃げ、て……!」


 それでもそう言い募るフィーネに、まったくと溜息が漏れる。

 だから、テオ達にそんなことが出来るはずが、ないだろうに。


 惚れた女を見捨てて生き延びるようなクソ野郎になるつもりなどは、ないのだ。


 それよりは、一瞬でも長く生き延びさせる方を選びたいと、そう思い――


「……あ」

「……っ!」


 瞬間、フィーネの身体から全ての力が抜けたのが、分かった。


 時間切れ。


 思った瞬間、全ての力を振り絞って飛び込もうと足に力を入れ――今まで以上の激痛が走り、足から力が抜けた。

 伸ばした手に意味はなく……倒れ行く視界の中、諦めたような笑みを浮かべるフィーネの向こう側に、飛び掛ろうとしているホーンラビットに似た何かの姿を見る。


 ふざけるな、と思い、それでもやはり意味はない。

 倒れこむ寸前、自分のものではない、何かが倒れこんだような音が耳に届いたが、それは多分ラウルが立てたものなのだろう。

 同じようなことをしなくてもいいではないかと、苦笑と呆れと諦めの混ざったようなものが口元に浮かび――それでも。


 伸ばした手を引くことはなく、諦めずに前を向き……どうしようもない現実に、口が開く。

 助けを求めるつもりなどはなかった。

 けれども。

 誰か、アイツを助けてください、と。

 音にならない声を叫び、無意味に、無情に、それはフィーネに迫り……地面に顔が叩きつけられ、視界が反転する。


 ――刹那。

 フィーネとそれとの間に、誰かが割って入ったような、そんな光景が見えた気がした。

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