終幕は一筋の閃光と共に
「お前の友人が馬鹿すぎるんだが、本当にどうにかならんのか、アレ?」
「残念だけど、わたしも説教をする側だからどうにもすることは出来ないわね」
「いや、説教する側だってんなら、どうにかする側でもあるんじゃないのか?」
「説教した程度でどうにかなるのならば、あんな馬鹿なことをするわけないでしょう?」
「なるほど、確かに道理だな」
そんなことを話しながら歩を進めていくと、視界に映ったのは随分と間の抜けた顔をした雪姫の姿であった。
目を瞬き口を半開きにし、擬音で表すならば、ぼけーっとでもなりそうなそれは、まるで寝起きのようですらある。
「おい、女の子が人目に晒しちゃいけない顔をしてる気がするんだが、どう思う?」
「どうやら説教するべき項目がさらに一つ増えたようね」
「ちなみに、今何項目ぐらいあるんだ?」
「そうね……累計で三十ぐらいかしら」
「思ってた以上に多いな」
「そう? これでも随分と厳選したつもりなのだけれど」
などと、ウィットに富んだ会話を続けているというのに、相変わらず雪姫の反応はいまいちだ。
というか、無反応である。
その様子を眺め、和樹は首を傾げた。
「ふむ……反応がないな。もしかして、何かを間違えたか?」
「やはり最初が派手過ぎたのではないかしら? だからもう少し抑え目でいった方がいい、と言ったのに」
「いや、だってあの美味しい場面だぞ? 派手にいかないって選択肢はないだろ」
「まあ、確かにそれは同意するけれど」
「だろ? というわけで、何がまずかったのか指摘してくれると助かる。次の参考にするから」
「そう都合よく次があるかしら?」
「なかったら別にいいが、あった時に困るだろ? 連続で失敗とかいう事態は避けたい」
「……それもそうね。まあ、指摘されたところでわたしには関係ないから、どうでもいいのだけれど」
「そりゃまた随分と自信満々だな。問題は俺にのみあったって?」
「わたしはほとんど何もしていないもの。問題があったとしたらあなたの方だっていうのは、自明の理でしょう?」
そんなことを言っている間も、やはり雪姫に反応はない。
だがさらに会話を続けている間に、その口が閉じられ、二人の顔を交互に眺め……やがて、徐に溜息が吐き出された。
「色々と言いたいことはありますが……とりあえず、和樹さんと瑠璃さんは知り合いだったんですか? どうにも親しそうな雰囲気を醸し出していますが」
「知り合いというか……幼馴染、でいいのか?」
「そうね……別に家が近所ということはなかったけれど、幼稚園からずっと同じクラスだったのだし、それでいいのではないかしら?」
「割とガチなやつじゃないですか……いえ、まあ、いいです。愛を育むのに、時間は関係ありませんから。そうですよね、和樹さん!」
「何故そこで俺に振る」
「というか、この娘こんな感じだったかしら……? わたしの知っている雪姫とは少し違う気がするのだけど……あなた何をしたの?」
「だから何故俺に振るのかと。そもそも俺が知ってるこいつは最初からこんな感じだったぞ?」
「そう……ということは、異世界に来てしまったストレスからなのね。可哀想に」
「あれ、何か私今軽くディスられていません? 心なしか私を見る目も生暖かいものになっているような……って、いえ、そうではありません。というか、何故のんびりとしているんですか!?」
焦ったような雪姫の様子に、和樹は首を傾げた。
状況を理解できていないわけでは、勿論ない。
現実逃避をしているわけでも当然なく……というよりは、状況を理解しているからこそ、のんびりとしているのだ。
「と言われてもだな……何か焦ってやらなくちゃならないようなことが残ってるのか?」
「……え?」
そこでようやく雪姫は周囲を眺め……何かに気付いたように、目を見開いた。
まあ、当たり前の話だが、のんびりしているということは、それが可能な状況にあるということである。
魔物に逐次襲撃されるような状況では、のんびりとしていられはしないだろう。
つまり……現在この周辺に、魔物の姿は一体たりとも存在していないと、そういうことであった。
「まあ俺達は後方からやってきたわけだしな。とりあえず目に付くやつを片っ端から倒していってたし……そうせざるを得なかったってだけでもあるが」
「残っていたのも、先ほどのニーズヘッグが全て倒してしまったみたいね。むしろ大変なのは、これからのような気もするけれど」
「少なくとも元の状況に戻るまで、色んなもんは延期だろうしな……。ま、そこら辺を考えるのはギルドの役目だ。後は任せるさ」
「他には、途中で逸れていってしまった魔物だけれど……これも、今すぐどうこう出来るものでもないわね」
「そっちもギルド任せだな。まあ、後には色々引きそうだし、完全解決ってわけにはいかないが、それでもとりあえずは」
「和樹さ――」
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
――アクティブスキル、ソードスキル:奥義一閃。
――アクティブスキル、ソードスキル:雷切。
――アクティブスキル、マジックスキル:エンチャント・ホーリー。
――コンボ:絶技・滅。
振り返った瞬間、視界は光に溢れていた。
だが何が起こっているのかを理解している以上、驚く必要はない。
ただそれに向かって、腰の剣を握っていた腕を振り抜く。
それだけで済んだ。
それだけでそれは消し飛び、視界が晴れる。
後に残ったのは、変わらぬ平原と……再生しつつある、半壊した龍であった。
「ん、って、あれ……?」
「ちっ、一応念のために用心はしてたが……備えあれば憂いなし、だな」
「……さすがに今のはないわね」
「あん? 何がだ?」
「今アレが放ったのってブレスでしょう? それも、おそらくは本気の。それを剣の一振りで無効化するなんて、非常識過ぎるわ」
「いや、そんなことを言われても困るんだが……それに、簡単そうに見えたかもしれんが、タイミングがかなりシビアなんだぞ? 失敗したら当たり前のように直撃するだけだしな」
そもそも、無効化するだけ、という時点で可愛いものである。
和樹の知る中には、そのまま吸収するだけでなく、無条件で反射したり、攻撃どころか相手ごと消滅するようなスキルを持っている者達だって居たのだ。
それを考えれば、むしろどこら辺が最優なのかという話ですらある。
「それはどう考えても比較する相手が間違っているでしょうに……まあ、それよりもアレだけれど、また、ということなのかしら?」
「いや、どうも違うっぽいな。多分完全に再生が終わればはっきりするとは思うが……見た限りだと何処も腐ってないし、崩壊してもいない。多分、本当の意味での堕とし子だ」
「本当の意味での……?」
所謂ゾンビと呼ばれているもの達は、厳密な意味で言えば失敗作だ。
何せ邪神の力というものは、本来の力を発揮することが出来れば、世界から拒絶されようともそれを何の問題にもしないからである。
腐りもしなければ、崩壊もしない。
世界からの干渉など跳ね除けるほどの力が、邪神の力にはあるのだ。
それは同じ消滅からの再生を可能とした、フレースヴェルグであっても変わりはない。
あそこまでのことが可能な個体も稀ではあるのだが、結局のところ崩壊してしまっては意味がないのだ。
しかしそれよりもさらに稀に……それこそ、この大陸中を探しても一体居るかどうか、という確率ではあるが、中には完全に邪神の力との融和を可能とするようなものも、存在しているのである。
言ってしまえば、邪神本体もまたそうだったとも言えるし……それが、本当の意味での邪神の堕とし子なのだ。
「それがアレだ、と?」
「多分、だがな」
「……二人が何を言っているのかはいまいちよく理解できていないんですが……つまり、どういうことなんですか?」
「そうだな、単純に言ってしまえば、アレは本来のニーズヘッグよりも強力になってる上に、消滅したとしても復活する……要するに、不死属性が付いた、ってことだな」
不死属性というのは、読んで字の如し、である。
どれだけダメージを与えたとしても、例え体力をゼロにしたとしても、死ぬことはないのだ。
「それはつまり……もうどうしようもない、ということでしょうか?」
「いえ……不死属性は非常に珍しいけれど、対抗するためのスキルが存在しているわ。逆に言えばそれがないとどうしようもないのだけれど……あなたのミストルテインも、その一つよね?」
「よく知ってるな? ミストルテインが作られたのも、その情報がばら撒かれたのも、お前が引退してる最中にあったことのはずだが」
「エクストラスキルなのだから、そのぐらいは知っていて当然でしょう? そもそもそれほど数があるものでもないのだし」
「それもそうか」
ミストルテインは、単純に威力が高いだけのスキルではない。
対全特攻。
相手がどんな特色を持っていようとも、その抵抗の全てを無効化し貫くスキルだ。
例え不死属性であろうとも、完膚なきまでに消滅させることが出来る。
ただし。
「何にせよ、それを使用すれば問題なく倒せる、ということなのですよね? なら」
「いや、それが早々上手い話ばかりでもなくてだな……ミストルテインは、一日に一回しか撃てないっていう制限がある」
「……その話、わたしは聞いたことがないのだけれど?」
「そりゃエクストラスキルってのは切り札だぞ? 全部の情報を公開するわけがないだろ」
「え、ですが、一日に一回、というのならば別に問題はありませんよね? ……まさか」
「少し前に思いっきり使ったな」
「……何故一日に一回しか使えないのに、あの時使ったのかしら?」
「ついカッとなってやった。反省はあまりしていない」
「してください。というか……では、どうするんですか?」
「ん? ああ、問題ない。あくまでもミストルテインは不死に対抗できるスキルの一つに過ぎないからな。対抗できるスキルは瑠璃も持ってるし」
「そうなんですか?」
「……よく覚えているわね。使ってみせたことはないと思うのだけれど」
「取ったときに散々自慢してきたのは何処のどいつだってーの。それより、ブレスの反動が解けたら面倒だ。とっとと終わらせよう」
「それもそうね。なら、後は頼んだわよ」
――アクティブスキル、エクストラスキル:ラーズグリーズの剣。
瞬間、和樹の身体が淡い光に包まれた。
特に力が湧いてくる、などという効果がわるわけでもないのだが、何となく感覚を確かめるように拳を握り締める。
ラーズグリーズの剣は、エクストラスキルの中でもサポート系のスキルだ。
ただし先に述べたように、ステータス等がアップするわけではない。
また剣という名前こそ付いてはいるものの、剣を振るった際に何らかの効果が付随するわけではなく、だが効果が付随するという点では合っている。
その効果というのは、ミストルテインと似ている、というか、ほぼ同じものだ。
相手がどのような特性を持っていようとも関係なく、攻撃の全てを伝えることが出来るようになる。
そのための剣を与えるという、そういうスキルだ。
それ自体には何の攻撃力もないが、和樹であれば関係はない。
先ほどのように相手を倒せば、それで終わるからだ。
『――――――――!!!』
そのことを本能で理解しているのか、ニーズヘッグが音に鳴らない声で叫ぶ。
だが動く気配がないのは、動くことが出来ないからである。
ブレスというのは強力な攻撃手段だが、その分反動が大きい。
普通に放つだけではしばらく攻撃が出来ない、程度のものでしかないが、本気で放った後は行動そのものが不可能になってしまう程に、だ。
だから本来は追い込まれ、後がない状態にしか使わないのであるが、復活するとはいえ一度殺されたのと、隙だらけに見えたのが、それを放ってしまった理由なのだろう。
まあ、何にせよ、やることは一つだ。
足に力を入れ、蹴り付け――
「恨むなとは言わないし、むしろ存分に恨んでくれて構わない。だから――眠ろ」
――アクティブスキル、サポートスキル:先手必勝。
――アクティブスキル、サポートスキル:怪力無双。
――アクティブスキル、サポートスキル:一意専心。
――アクティブスキル、サポートスキル:領域掌握。
――アクティブスキル、サポートスキル:乱舞・百花繚乱。
――アクティブスキル、ソードスキル:奥義一閃。
――コンボ:極技・閃。
振るい、描かれた剣閃は無数。
辿った軌跡も無数であれば、ただの一つも同じものは存在していない。
だがだからこそ、その結果はたった一つにのみ集束していく。
無数から成る一は、まるで閃光の如く通り過ぎる。
故に、閃。
着地と同時、振り返るまでもなく結末は分かっていた。
だから何も言わず、血払いをするように一度剣を振るうと腰に仕舞い、息を一つ吐き出す。
そうしてから振り返れば、既に龍の姿はなく、離れた場所には雪姫と瑠璃が笑みでこちらを眺め、その後ろには無事被害を出さずに済んだ街の景色が広がっていた。
「やれやれ……色々と予想外のことはあったが、何とか無事に終わった、か」
街の前には傷ついたレオン達が倒れていたり、魔物達の処理が残っていたりと、完璧に出来たわけでもなければ、問題も山積みではあるのだが……とりあえずは、今度こそ本当に終わったと、そう言っても構わないだろう。
後のことは、また後で考えればいいのである。
ともあれ。
まずはこの喜びを分かち合うべく、和樹は雪姫達の元へと歩き出すのであった。