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最終防衛ライン

「さて……どうしたものかしらね」


 視線の先の光景を眺めながら、誰に言うでもなくマリーは独りごちた。

 そもそも周囲に語り掛けるような誰かは存在していないのだが、そこら辺はご愛嬌だろう。

 まあ、誰かに居られたとしても、それはそれで困るのだが。


 それは独り言を誰かに聞かれたら恥ずかしいとかそんなことではなく、単純に戦力配置の都合上だ。

 マリーが現在居るのは、街のほぼ目の前である。

 正直に言って、本来ならばそこに防衛線を張るのは勿論のこと、人を配置することすら無駄だ。

 何故ならば、そんなところで戦おうとすれば、間違いなく街に流れ弾が飛んでいくからである。

 敢えてギリギリのところで戦う意味もなく、最終防衛ラインを敷くにしてももっと先に敷く必要があるのだ。


 まあ今回は事情が事情のため、一応そこが最終防衛ラインとなってはいるが……仮にそうでなかったとしても、マリーの配置は同じような場所になっていただろう。

 何故ならば、今回のようなことさえなければ、本来マリー自身が戦うということはないからである。


 サポート職であるマリーが戦うということは、それは既に負けたも同然の状況なのだ。

 勿論戦えないというわけではないのだが、それ以上の働きをこなし、結果的により多くの戦果を味方に与えるのがマリーの役割である。

 ならばこそ、その手も借りなければならないような状況というのは、負けが確定しているようなものなのだ。


 今回にしたって、マリーが居なければ戦線はとうの昔に崩壊していただろう。

 それはユキ達が参戦してきたことを考えても、同じことだ。


 それにサポートと一言で言ってもマリーの担っている役目は多岐に渡っている。

 味方の強化や敵の弱体化は勿論のこと、全戦場の把握というものも、実はマリーがこなしているのだ。

 ただしマリーがしていることは、把握し、それをマルクに伝えることまでである。

 そこからどう動くのかを最終的に判断しているのは、マルク自身だ。


 ちなみに伝えるとは言っても、ウィスパーの存在を知らなかった以上、その方法は独自のものである。

 単純な光による信号というものもあるが、どうしてもそちらに一瞬視線が奪われてしまうため、余程の緊急時以外は使うことはない。

 ではどうしているのかというと、それは強化と弱体化による伝達方法である。


 特に最も分かりやすいのは、敵の弱体化だろうか。

 弱体化といっても様々な種類があるが、その際に使用するのは移動速度の鈍足化である。

 抜かれそうな場所、脆そうな場所に向かう敵の足を鈍くし、他の場所の敵のそれは敢えて変えないのだ。

 そうすることで敵の動きを変え、その意図をマルクに知らせるのである。


 とはいえそれは言うほど簡単ではない。

 戦場というのは基本的に乱戦だ。

 その状況で、後衛に属するとはいえ、常に細かな敵の変化を見逃さずにいるのは非常に集中力のいることである。


 だがそれを成し遂げるからこそマルクはリーダーなのであり、ランク五なのだ。

 同時に、そんなことが可能なほどに修練と信頼とを重ねてきた証でもあるのだが……そこら辺は蛇足である。


 ともあれ、そういった事情により、マリーは戦場の流れを読むことに長けているのだが……その経験と知識によって導き出される答えは一つであった。

 即ち、逃走一択である。


「まあ、するわけにはいかないから、実際にはしないけれどね」


 それでも、可能ならばしたいというのが本音でもあった。


 正直なところ、今も戦線が維持されているのは奇跡的としか言いようがないのだ。

 ほんの些細な切っ掛けさえあれば、容易に崩されてしまうだろう。


 そしてそうなってしまってからでは、遅いのである。

 それから離脱しようとしても、おそらく全員での生還は不可能だろう。

 最悪、全滅という可能性すらある。


 街からの増援は期待出来ない。

 というよりは、期待してはいけない、と言うべきだろうか。

 理由は単純であり、今誰かをあそこに投入したところで、それは邪魔にしかならないからだ。

 勿論ランク五相応の力がある者ならば別だが、あの街にそんな者が居るかは疑問であるし、居たとしても協力してくれるのかも疑問である。


 それは冒険者そのものというよりは、ギルドの判断として、ということだ。

 ギルドはユキ達が知らせたはずなので当然のように街を守ることを前提として動いていただろうが……この状況を見て、まだ街を守ろうとするかは怪しい。

 それよりも、避難する側の護衛に当たらせた方がまだ芽があるからだ。

 所詮一パーセントか二パーセントかという割合の世界ではあるが、それでもより高い方に賭けるのはむしろ当然のことだろう。


 だからマリーもその判断を責めるようなことはないが……マリー達もこの場を離れるかどうかは、また別の話である。

 例え戦場の状況が逃走一択だとしても、だ。

 そこで逃げ出すぐらいならば、最初からこんなところに来てはいないのである。


「とはいえ、そう思っているというだけじゃあどうしようもないのよねえ」


 こういう時、マリーは自分の役割が非常に歯痒く感じる。

 皆をサポートすることの重要さもその成果も、誰よりも分かってはいるつもりではあるのだが、それでも自分の動きでは大局を変えることは出来ないのだ。

 どれだけ状況を読めようと、不利なのが分かろうとも、打開できる力がなければ意味がない。


 今自分達の中で、最もそれに長けているのは、ユキだろう。

 単純な瞬間攻撃力で言えばリオだが、攻撃の範囲や応用能力等も考えればユキに軍配が上がる。

 それはレオンは勿論のこと、マルクの状況把握・操作能力を加味したところで及びも付かない場所だ。


「わたし達も結構研鑽を積んできたつもりなのだけれどね……」


 自分達が最強などと思ったことはないが、それでも大抵の相手ならば、状況や努力次第ではどうにか出来るとも思っていた。

 しかしあの二人は駄目だ。

 どうしても勝ち筋が見えない。

 マルクに聞いてみたところ、マルクも同感であるらしく、だがその時の何処か遠くを見るような目が印象に残っている。


 おそらくマルクは、自分達よりも遥かに上の存在が居ることを知っていたのだろう。

 或いは、二百年前の英雄のことに思いを馳せていたのかもしれない。

 一度会ったことがあるという話を聞いた覚えがある。


 英雄という存在はマリーも知ってはいるが、正直そこまでのものだとは思っていなかった。

 自分達でもその端にぐらいは引っかかるのではないかという自負があったのだが……どうやらその程度ではなかったらしい。


「英雄と言えば……カズキ君はどうしてるのかしらねえ」


 厳密に言うならば、自分達がそれほどの存在ではないということに気付いたのは、カズキの力を目の当たりにした時だろう。

 マルクも冷静さを取り繕おうとしていたようだが、あの後は妙に興奮していたのを覚えている。

 きっとああいうのが、英雄の力というのだ。

 だからこそ、カズキは最初から敵うかどうかという枠組みにすら入ってはいないのである。


 だがそのカズキが現れる様子はなく、自分達よりも遥かに上の実力を持つユキ達でさえ現状を打破することは出来ない。

 となれば――


「……奇跡に頼るしかないのかしらね」


 暢気なことを言っている自覚はマリーにもあったが、実際そのぐらいしか手が残されていないのだから仕方がないだろう。

 事ここに至れば自分でなくとも現状がどういうものなのかなどはとうに気付いているだろうに、誰も引くことがないというのはそういうことなのだ。

 勿論カズキがやってくればまだどうとでもなるだろうが、それは逆に言うならば現状がカズキのせいだということにもなりかねない。


 しかしそれは違うだろう。

 カズキが無責任にこの場を放っておいているとは思わないし、このことは皆で決めたことだ。

 誰か一人が欠けた程度で失敗するのであれば、それはきっと最初から何かが間違っていたのである。


「まあそのことも含めて、皆承知の上ではあるんでしょうけどね」


 ともかく、やれるだけのことをやるということに変わりはない。

 ただし、先ほどから少し気になることがあるのだが。


「魔物が強くなった……というよりはしぶとくなった、という感じなのかしらね」


 後のことを考え結界内で魔物を倒すという作戦であったが、とうにそれは破棄されている。

 範囲攻撃でさえも結界内限定としていたのだが、そんな余裕はないということで範囲の限定を解除したのだ。

 そのせいで結界外に居た魔物も倒されてしまい、後が大変なことになるだろうが、今はそれどころではない。

 そのおかげで何とかなってもいたのだが、少し前から、それで倒すことの出来る魔物の数が明らかに減っていた。


「現れている魔物のランクは、特に変わっていないみたいなのだけど……どういうことかしら」


 戦線が崩壊寸前となっているのは、それが大きい。

 要は単純に戦力で押し負けているというよりは、一体を倒すのに時間がかかりすぎて欠片も余裕がない状態なのだ。

 一手でも手を誤れば、そのまま次々と他の魔物が抜けてきてしまうのである。

 それでもこのままであれば、ギリギリのところで凌ぎ続けることは出来るだろうが……それは、これ以上の敵が出てこなければ、の話だ。

 今より少しでも強力な敵が現れた瞬間に、呆気なく瓦解してしまうだろう。


 そして今のところそうなってしまう可能性は、極めて高い。


「でもわたしに出来ることはサポートだけ、か」


 それを卑下することはないが、どうしても、何度だって考えてしまう。

 現状を打破出来る力があれば、と。


 勿論切り札の一つぐらいはあるが、それを切ってしまうのは悪手だ。

 後が続かなければ、何の意味もないのである。

 とはいえ――


「……どうやら、迷っている暇はなさそうね」


 呟きと同時、今までの比ではない轟音と衝撃が、周囲に響き渡った。

 自分達の誰かがやったことではない。

 どころか、視界の中では特に異変らしい異変は起こってすらいなかった。


 否、それは言いすぎか。

 視界に変化は確かに起こっていた。

 一体の新しい魔物が、視界には映っていたのだ。


 だがそれは……。


「身体が大きいだけ、というのであればいいのだけど……さすがにそれは望み薄よねえ」


 既にかなりの巨体が並ぶ中においてすら、それは頭一つ分抜けていた。

 しかも問題なのは、それは四足歩行状態でそれだった、ということだろうか。

 それよりも頭一つ分小さいまものが、二足歩行状態だというのに、だ。

 それを考えれば、どれだけの巨体を誇るのだという話であるし……先ほどの音は、ほぼ間違いなくアレが起こしたものだろう。

 だとすれば、願望に縋ったところで意味はない。


 何よりも、それ以上そんな思考を続けている余裕はなかった。


「っ!? まずっ、皆……!」


 視界に映った光景に咄嗟に叫ぶが……それが届くのよりも先に。

 振り上げられたそれの腕が振り下ろされ、眼前にある全てのものが薙ぎ払われた。

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