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禁忌の存在と焦燥と

「って言われてもだな、こっちにも事情ってもんがあるわけでだな」

「……唐突に何を言い出しているのかしら?」

「いや、そろそろ誰かしらに文句の一つでも言われてそうだな、と思って」

「まあ、確かにそうね……予定では、とうに向こうに辿り着いているはずだったものね」

「ああ。こんなことさえなければ、な」


 思わず溜息を吐き出すも、それで何がどうなるわけでもない。

 だがそれを分かっていながらもせずにはいられないというのが、今の和樹の素直な心境なのであった。


「溜息を吐くと幸せが逃げるわよ?」

「絶賛逃げられている最中な場合はどうしたらいいんだ?」

「そうね……諦めればいいんじゃないかしら?」

「せめてそれでも諦めるなぐらいは言ってくれんかね?」


 そんな戯言を交わしながら、咄嗟に瑠璃を脇に抱える。

 地を蹴り地面から離れるのと、眼下が光に染まったのはほぼ同時であった。


 それに驚きがなかったのは、既に慣れたし予想通りだったからだ。

 ただし相方の方はそうでもなかったようで、呆れたような響きの声が脇の方から聞こえた。


「確かに完全に消滅させたはずよね……? 何で既に半分ぐらい再生しているのかしら……それに、あなたも驚いている様子はないし」

「予想出来てたからな。正直外れて欲しいとは思ってたが」


 二人の視線の先、光の晴れた遠い地面のそこでは、少しグロテスクな光景が展開されていた。

 何せ皮膚の内側どころか、内臓すらも丸出しな状態のものがそこには居るのだ。

 しかし急速にその肉体は再生をしており、皮膚なども既に作られ始め……だが同時に、所々が腐ってもいる。

 しかもその箇所は、少しずつ広がり始めても居るのだ。


 それは何処か矛盾した光景のようにも見えるが、そうではない。

 そうではないのだということを、和樹は知ってしまっていた。

 むしろそれのせいで、確信が出来てしまったと言えるかもしれない。


「ったく……嫌な予感ほど当たるとはよく言ったもんだ」

「それはつまり、アレが何なのかを知っている、ということよね? どういうことかしら?」

「それはどっちの意味でだ? まあアレが何であんなことになってるのかって言えば、ゾンビだからとしか言いようがないわけだが」

「……ゾンビ? わたしの知っているゾンビとは、何か違う気がするのだけれど?」


 まあそれはそうだろう。

 和樹達の知るゾンビというものと比べれば、眼下のそれはあまりに異質すぎる。

 身体を消滅させても再生し襲ってくるなど、それはゾンビではない別の何かだ。


 だがそれも当然のことである。

 それは所詮、元の世界での知識を元に想像したものでしかないからだ。

 そもそも――


「ま、所詮は俗称、っていうか、既存の名の中で最もそれっぽいのを適当に当てはめて呼ぶようになっただけのものらしいからな。本来の名は、呼び名が禁忌過ぎて呼べないからって理由で、な」

「……やはりあなたは、アレがどんなものなのかを、詳しく知っているようね? さっきも思ったし言ったのだけれど……それはどういうことなのかしら? わたしはそんなもののことを聞いたことはないのだけれど」


 向けられた訝しげな視線に、和樹は肩を竦めて返した。

 その疑問は正しいが、むしろそこに文句を言いたいのは和樹の方なのだ。

 何故こんな欲しくもない知識を持ってしまっているのか。


「……ま、厄介な情報源が居てな」

「まるで自分は望んでるわけではない、みたいに聞こえるけれど?」

「実際その通りだしな。言っただろ? 呼び名が禁忌過ぎて呼べないようなもんだってな。場所次第では、その名を口にしただけでも即斬首されかねないようなものらしいし」

「……そんなものが?」

「あるらしいぞ? あいつは二百年前の負の遺産だとか言ってたが……まあだから、むしろ知らない方が普通なわけだ。アレの本来の名が、邪神の堕とし子とかいうようなことは、な」

「……ちょっと待ちなさい」

「おう、どうした?」


 言いたいことは分かるが、敢えて首を傾げてみせる。

 返ってきたのは、半目の睨むような視線だ。


「今その名前は出来れば知らない方がいい、みたいな話をしていたのに、何故あなたはそれを口に出したのかしら?」

「一緒に巻き込まれろってことだよ。ここまで来たら今更だろ?」

「……確かに、今更な気はするのだけれど、あなたの手によってさらに引き戻せない場所にまで案内されそうな気がするのは、気のせいかしら?」

「こっちとしては最初からそのつもりだが、そこのどこかに疑問を感じる余地があったか?」

「いえ……ただの確認よ」


 諦めたような溜息に、再度を肩を竦めて返す。


 だが何も和樹はただの八つ当たりで瑠璃を巻き込もうとしているわけではない。

 そうした情報をアレが提示したということは、そこに何か意味があることなのだろうと思うからだ。

 さすがに面白半分でそんなことをしたりはしないだろう。


 そう思いたいという想いがあるのも、否定はしないが。


 しかしその考えが事実であったならば、その情報は知っておいた方がいいし、知らない方がまずいようなことすらも有り得る。

 ならば、多少の不利益に目を瞑ってでも教えておくべきだと、そういうことであった。


 まあこの情報が必要となる場面がここだけの可能性もあるが、それでも別にあって邪魔になるような知識ではないだろう。

 多分。


「まあ、というわけでアレの情報を教えておくが……邪神の堕とし子ってのは、その名前の通り、邪神と呼ばれる存在の力の一部を受けたもののことだ。全身が腐食していくのは、そのせいだな」

「邪神……そんなものもこの世界には居るのね」

「正確には、居た、だな。二百年前に滅んでるらしいからな」

「ああ、そういえば、負の遺産とか言っていたわね」

「そういうことだ。ちなみに禁忌に指定されてるのは邪神そのものだから、それ自体口にしない方がいいぞ」

「そう……覚えておくわ。出来れば知りたくなかったけれど。それで、力を受けたのに腐食していく、ということは、それはあのレベルの魔物でさえ耐え切れないようなもの、だということなのかしら?」

「いや、それはちょっと違うな」


 腐っていくのは、どちらかと言えば力の性質故だ。

 別に力に耐え切れないから腐る、というわけではなく、そこには魔物の強さすらも関係はない。

 というか耐えるも何も、元が死んでいる以上は、抵抗出来るはずもないのである。


「そう……そこは一応ゾンビらしいのね」

「死んでから発生するってのと、腐っていくってとこからゾンビって名を付けたらしいからな。そして力の性質と一言で言ってはみたものの、腐るのは、何で邪神が邪神って呼ばれてるのか、ってことにも関わってくる」


 要はその名の通りなのだ。

 その力や存在は本来この世界にあっていいものではなく、腐るのは世界から拒絶された結果なのである。


 だが即座に腐食しきり崩壊しないのは、逆にその力があるからだ。

 その力が宿主を崩壊させまいと、再生させ続けているのである。


「……なるほど。ということは、もしかして先ほど妙にしぶとかった個体が混じっていたのも?」

「それもゾンビが混ざってたってことなんだろうな。それなら同士討ちの件も説明が付く。世界から拒絶されてるってことは、世界に存在してる全ての存在の敵ってことでもあるからな。魔物もそれは例外じゃない。……すぐにその可能性に思い当たらなかったのは、あの時全滅させたと思ってたせいか? 討ち漏らしがあったのか、別のとこにも居たのか……」

「……あの時?」

「少し前にも遭遇したことがあってな。まあ俺が今住んでるとこで起こったことなんだが……そういえば、アレもそっち側の手引きで起こった可能性があるとか言ってたな。そもそもゾンビなんて早々いて居いもんでもないし、それを考えるとやっぱ討ち漏らしがあった可能性のが高いか……ちっ」

「居ていいものではない、というのはどういうことかしら?」

「言葉通りの意味だ。周囲の存在全てが敵に回るんだぞ? そんな中で、生き残っていられるわけがない。邪神そのものは、さっきも言った通り二百年前に倒されてるわけだしな」

「それは逆に二百年も経っているのに残党が残っていることが凄いとも言えるわね」

「まあな」


 そこら辺は、死体を媒介に増えるのも一つの要因といったところだろう。

 それに殺されるのは勿論のこと、そうではない死体に触れるだけで感染させることが出来るとも言われているのだ。

 まだその力を直接与えることが出来る何者かが残っている、などと言われることもあるが、さすがにそちらは眉唾物だろう。

 そんなことが出来るならば、とうにこの世界はゾンビで溢れていてもおかしくはないからだ。


「それにしても、ということは、あの魔物を倒しきれないのはその力のせい、ということは何となく分かったのだけれど……それにしては、他の魔物は普通に倒せていなかったかしら?」

「それは力の浸透度というか、相性みたいなもんか? 力との相性がよければ、力をより引きだせるようになる、ってことだ。ま、消滅から復帰出来るようなレベルのは早々いないだろうが。もし全部が全部そうだったとしたら、それこそこの世界はとっくの昔に終わってるしな」


 殺しても殺しきれることはなく、殺されたら向こうの戦力が増える。

 そんなものどんなクソゲーだという話だし、そうであったのならばそもそも邪神が倒されるということすらもなかったはずだ。


「まあ、確かにそれはそうね。だけど、アレに関しては、消滅させようとも倒しきれないことに違いはないのでしょう? 結局詰みじゃない……」

「ならやっぱりとうにこの世界は終わってるさ。まあ、よく見てみろ、あれの肉体は、腐ってるだけじゃないだろ?」

「何を言って――あれは、崩れていっている……?」


 再生とは言うものの、厳密にはそれは復元というべきものである。

 復元であるからして、そこには相応の力を必要とし、そこに力を必要とするが故に、世界からの拒絶に抗いきることが出来ない。

 その結果訪れるのは、腐るなどという中途半端なものではなく、もっとはっきりとした終焉だ。

 即ち、肉体の崩壊である。


「復元は腐敗してる部分に関しても行なわれてるから、つまり何もせずに待ってれば勝手に自滅するってことだな。というか、それ以外に方法はないとも言うが」

「……なるほど。どうしてさっきからまともに相手しないのかと思っていたけれど、そういうことだったのね」

「消滅させれば崩壊までの速度も上がるみたいだが、その分復元までの無駄な間も空くみたいだからな……」


 総合で考えれば時間に大差はないということであり、無駄に力を使わなければならない分消滅させる方が損だ。

 そして未だ挑発状態が解けていない以上は、この場から逃走することも出来ない。

 今は一分一秒が惜しいが、どうにもならない以上は逃げ回るのが最も賢い選択なのだ。


「それにしても、フレースヴェルグ、だったかしら? 話を聞いていると哀れにも思えてくるわね」

「要するに死体を勝手に使われてるようなもんだしな。にしてもまあ、大体状況は把握できてきたな」


 魔物達が何から逃げていたのかというと、ゾンビ達からだった、というわけである。

 確かにゾンビは世界の敵だ。

 例え魔物であろうともその存在を許容することは出来ないが……だからといって負けると分かっていて戦うかという話である。


 そして現在和樹達が逃げ回っている魔物の名は、フレースヴェルグ。

 何故その名を知っているのかといえば、シルバーウルフと同様の理由によるものだ。

 つまりは、それもランク五の、そういう魔物だということである。


 フレースヴェルグはシルバーウルフと比べれば弱いが、それでも戦えばシルバーウルフが勝つだろう、という程度の差でしかない。

 普通の魔物にしてみれば、強大すぎる存在であることに変わりはないのだ。


 しかしだからこそ、気になることがある。

 フレースヴェルグは、果たして何処から来たのか、ということだ。

 より厳密に言うならば、フレースヴェルグは死体を利用されただけなのか、ということでもある。

 他の魔物にでもやられて、そこを通りかかったゾンビによって感染させられた、とかだけならばいいが……。


「嫌な予感は増すばかりだが……今はどうすることも出来ない、か」


 ウィスパーで先ほどから語り掛けようとはしているのだが、その反応もない。

 単純に量が多すぎてそれどころではないのか……或いは。

 そんな思考をしながら地面に降り立ち、抱えていた瑠璃も下ろした。


「何にせよ、わたしに出来ることはあなたに抱えられることだけなのだけれどね。というか、これはもうずっと抱えられていた方がいいのではないかしら? 何故先ほどから、かわすごとに地面に下ろすの?」

「いや、確かにその方が手っ取り早くはあるんだが……男にずっと抱えられてるとか、普通に嫌じゃないか?」

「別にそんなことないわよ? むしろわたし的にはお姫様抱っこでもいいのだけれど?」

「両手が塞がるのはさすがに勘弁だな。いざという時に対応が出来ない。つまり俺的にはおんぶが最も妥当だな」

「……それなら脇に抱えられている方がマシかしら。あまり大差はないような気もするけれど」

「じゃあそうするか」


 その言葉通りに瑠璃を脇に抱えると、和樹はその場から飛び退いた。

 轟音と共に一瞬前まで居た地面が爆ぜ飛び、その衝撃に地面が揺れる。

 直撃すれば瑠璃は勿論のこと、和樹でも無傷というわけにはいかないだろうが……別に戯言を交わしているのは余裕があるからではない。

 そうして気を紛らわせていなければ、無駄に気が急いてしまうからだ。


 着地と同時にその巨体へと視線を向ければ、まだ崩壊した部分は一割というところだろう。

 時間と共に崩壊速度は増しているようなので、あと九倍分の時間はかからないだろうが……それでも、待つための時間は長すぎる。

 だが焦ったところで、どうにもなりはしないのだ。


「まああの娘もいるのでしょう? ならそう簡単にやられてしまうということもないでしょうし、何にせよ今のわたし達に出来ることは信じることだけよ」

「頭では分かってるんだかな。……何も出来ないってのは、歯痒いもんだ」


 無事を祈りながら溜息を吐き出し、動き出したそれに合わせ、地を蹴った。

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