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少年達のすべきこと

 これはさすがに今度こそ怒られるだろうなと、ミアは心の底から溜息を吐き出した。

 足を蹴り出し景色が高速で流れる中を、ちらりと後方に視線を移し、きちんと皆が着いてきている……着いてきてしまっているのを確認し、再度溜息を吐き出す。

 何故こんなことになってしまったのだろうかと思ったところで、後の祭りであった。


 地を蹴り、先に進みながら、脳裏を過ぎるのはこうなってしまった経緯だ。

 その切っ掛けとなったのは……やはり、カズキが出発した後のあれだろう。


 カズキ達が出発したことを確認したミアは、まずテオ達に現状の説明をすることにした。

 これから起こるであろうことと、これからすべきことである。

 まあもっともすべきこととは言っても、要は何もせずに大人しくていろ、ということだったのだが――


「……そのはずだったんだけどにゃあ……」


 もう一度後方を見やる。

 少し離れた場所にはテオ、ラウル、フィーネの三人が居て、必死になってミアの後を追いかけてきていた。


 端的に結論を言ってしまうならば、説明を終えた後も三人は食い下がってきたのだ。

 自分達にも何か出来ることがあるだろうから、街に向かいたい、と。


 勿論何度も断ったし、そのまま話を切り上げてしまうことも出来ただろう。

 だが何となく、それはしてはいけない気がしたのだ。

 というか、ちゃんと言い聞かせないと、勝手に向かってしまうような、そんな気がしたのである。


 まあしかし、ミアは正直それほど弁が立つ方ではない。

 情報等を収集するのは得意だが、それを使って相手を説き伏せたりするのは得意ではないのだ。


 なので、実力行使をすることにした。

 とはいっても、力で黙らせた、というわけではなく、条件を付けたのだ。

 手伝うというのならば、何よりも速度が必要である。

 だから、ミアの後に着いてくることが出来れば、それを認める、と。


 もう少し厳密に言うならば、それは三つ。

 一つ、ミアは最高速度の半分しか出さない。

 一つ、着いてくる場所は街が目視できる場所まで。

 一つ、誰か一人でも脱落したらその時点で全員戻る。


 正直無理難題だと思っていたのだが、テオ達がそれを受け入れてしまったのだからどうしようもない。

 まあそれでもミアは途中で諦めるだろうと思っていたこともあり、実行に移したのだが――


「……これはあちしが諦めるしかなさそうだにゃ」


 気が付けば、街まではもう近い……というか、実はミアは既に目視出来ている。

 テオ達はまだのようなので、達成出来てはいないのだが、さすがにここまで来てしまえば時間の問題だろう。

 そして、途中で戻ったのならばまだ言い訳のしようがあるが、手伝うとなった場合は言い訳のしようがないし、ここまで来て撤回することも出来ない。


 もっともぶっちゃけた話、フィーネはともかくとして、他二人が既に息も絶え絶えなので、これ街に着いても碌に出来ることがないんじゃないかと思わないのでもないのだが……。


「それも含めて、諦めろってことかにゃ」


 最終的にその条件を言い出したのはミア自身だ。

 ならば、ミアが責任を持って何とかしなければならないのだろう。

 喜びの声が後ろから上がるのを耳にしながら、ミアは大きく溜息を吐き出した。


 しかしそうと決まれば、これ以上グダグダと思考を続けることに意味はない。

 もう一つ息を吐き、意識を切り替えると、その場に足を止めた。

 あくまでも走っていたのは振り落とすためであり、街が目的地であったわけではないのだ。

 条件が達成されてしまった以上は、無駄に疲労させることに意味はない。

 むしろ本当に疲れるのがこれからなのだということを考えれば、尚更である。

 後ろを振り返ると、つんのめるようにして止まった三人が荒い呼吸を繰り返していたが、ミアはそれに構わずに口を開いた。


「まったく、まさか本当に達成されるなんて思ってもいなかったにゃ……まああちしが言い出したことだし、前言を撤回するつもりはないけどにゃ」


 そうして喋っている間も、三人の呼吸が落ち着く様子はない。

 というか、そもそもフィーネ意外は話を聞けているのかも怪しい状況である。


 だがそこで落ち着くのを待つ、という手段を取るつもりは、ミアには毛頭なかった。

 それは優しさではなく、甘さだ。

 三人の目的はここまでミアに着いてくることではなく、カズキ達を手伝うということなのである。


 そして自分達で決めた以上は、そこに責任を持たなければならない。

 ならばミアがすべきことは、後輩冒険者として甘やかすことではなく、同格の仲間として接することだ。

 故に。


「だけど、だからこそ、休んでる暇なんてないにゃよ? ……もうここからでも分かるぐらい、やばいことになってるんにゃし」


 ちらりと視線を街の北側へと向けてみれば、そこにあったのは、黒の波であった。

 距離がそれなりにある、というのもあるが、それ以上に異様なほどの数の魔物が密集しているせいで、一つの塊が押し寄せてきているようにしか見えないのだ。

 何も知らない者が見たならば、絶望しか覚えないかもしれない。


 ミアがそうなっていないのは、それがまだまだ本番ではないということを知っているからだ。

 あそこに居るのはまだランク一や二の魔物であり、迫りつつもある場所から先に進めていないのは、そこで食い止められているからである。

 或いは、食い止められているからこそ、未だその程度のものしか来てないのだと分かる、ということも出来るが……何にせよ、それは根本的な解決になっているわけではない。

 あくまでもミアでさえ、まだだから、でしかないのだ。


 その時が来てしまったらどうなるのかは分からないが……それでも、分かることというのもある。

 それは、食い止められているのは、自分の仲間達が頑張っていることと、自分達にもまだ出来ることがあるということだ。

 そのために、ここまで来たのだから。


「……っ、はぁっ……っ! 休まない、なんて……っ、当然、ですよ……! その、ために……っ、僕達は……っ、ここに、来た、ん、ですから……!」

「当然、っすね……っ、はぁっ……それでっ……俺達はっ……何を、っ……すれば、いいんっすかっ?」


 言葉と様子が一致していなかったが、ミアは敢えてそれを指摘することはなかった。

 ただ、即座にその言葉に応えることが出来なかったのは、別の理由によるものである。


 正直に言って、とりあえず来てはみたものの、何をすればいいのかミアにも分かっていなかったのだ。

 厳密に言うならば、すべきことは分かってはいるが、何からすればいいのか分かっていなかったのである。

 他の皆の状況が分かっていない以上、当たり前のことであった。


 ちらりと、再度北側へと視線を向ける。

 間違いなく最も過酷である場所があそこであることを考えれば、あそこを手伝うべきなのだろうが……さすがにテオ達を連れて行くわけにはいかないだろう。

 否、それはミア単独であったとしても同じことだ。

 戦力として考えた場合、ミアはそれほど役に立つことは出来ないのである。


 特にこの先のことを考えれば、尚更だ。

 せめてもう少し人数が居ればミアにも出来ることはあるのだが……何にせよテオ達を放り出すわけにはいかない以上は考えても詮無き事である。

 となれば――


『――ミアさん、今少し大丈夫ですか?』


 その声が聞こえたのは、そんな時のことであった。


 僅かに身体が跳ねるも、そのこと自体はそれほど驚くようなことではない。

 数度の試みからそれなりに慣れており……だが現状を考えれば、どうしても気まずさのようなものを覚えてしまう。

 何の解決にもならないが、それでも少しでも現状が発覚するのを遅らせるため、動揺を悟られないよう気をつけながら声を返した。


『大丈夫にゃけど……何かあったのかにゃ?』

『いえ、今のところ順調ではあるのですが……ミアさんは今どちらにいらっしゃるのかと思いまして』


 瞬間変な声を漏らさなかったことを、ミアは自分で自分を褒めたい気分であった。

 本来であれば、ミアは今でも屋敷に居るはずだ。

 そしてそれを前提とするならば、わざわざ今何処に居るのかなどと聞くはずがないのである。


 咄嗟に周囲を見渡すが、自分達以外の人影は見当たらなかった。

 突然の行動にテオ達が訝しげな視線を向けてくるも、それに応えていられる余裕はない。

 何故ばれたのか……或いは、ただのカマかけか。

 そうする意図が読めないものの、とりあえずは無難にとぼけてみることにした。


『ど、何処って、そりゃ勿論屋敷に居るに決まってるにゃ』

『おや、そうなのですか? てっきり今頃はテオさん達と共に、街の近くにまで来ているのではないかと思ったのですが』


 再度周囲を見渡すも、やはり人影は見当たらなければ視線も感じない。

 さらにとぼけてみるか悩み……一先ず少しだけ踏み込んでみることにした。


『な、なんでそう思ったにゃ?』

『正確に言いますと、私がそう思ったわけではなく、和樹さんがそう推測していた、と言うべきですね。おそらくテオさん達はジッとしていられないでしょうから、それをミアさんが牽引する形となり、ちょうど今ぐらいのタイミングで街の近くに来るだろう、とのことだったのですが』


 これはその通りだと肯定しても問題はなさそうな気もしたが、だからといって怒られないというわけでもない。

 予測されていたとしても、ミアが自身の役目を放棄したことに違いはないのだ。

 無駄だと分かってはいても、少しでも延命を図るべくとぼけ続ける。


『ふ、ふーん、そうだったのかにゃ』

『はい。ですが、予測が外れてしまったとなりますと、少し困ったことになってしまいますね……周辺の避難活動はミアさん達に引き継いで、私達はマルクさん達の手伝いに行く予定だったのですが。まあ、仕方ありません。マルクさん達に頑張ってもらうとしましょう』


 その言い方は卑怯だと思ったが、そういうことならば自身の保身のためにこれ以上黙っているのはまずいだろう。

 そもそも、どうせばれることなのだ。

 腹を括ると、諦めの息を一つ吐き出した。


『……にゃんか、掌の上で転がされてる気分にゃ』

『はい?』

『カズキの予測通り、ってことにゃ! 確かにあちし達は今街の近くに来てるにゃ……予測通りとはいえ、役割を放棄したことに違いはにゃいから、出来ればいいたくなかったんだけどにゃ……』

『いえ、別にミアさんは役割を放棄していませんよ?』

『にゃ……?』

『カズキさんも言っていたではないですか。テオさん達のためと、何かあった時のため、と』

『……あれってそういう意味かにゃ』


 そのことを理解し、ミアはがっくりと項垂れた。

 怒られないのはいいのだが、やはり掌の上で転がされてる気しかしなし、それはいい気分になれるものではないのである。


『というか、なら最初からそう言っておけばよかった気がするにゃ』

『その可能性が高かった、というだけで、テオさん達を巻き込みたかったわけではないですからね。屋敷に留まってくれていたならば、それに越したことはなかったんです。その場合の負担はマルクさん達に回っていたわけですが』

『なるほどだにゃ……まあとりあえず、あちし達は街の周辺を見回っていればいいのかにゃ?』

『ですね。私達も大雑把には見回りましたが、見落としているところもあると思いますから。そういうところは、実際にこの周辺で動いたことのあるテオさん達の方が適任でしょうし』

『にゃるほど……了解だにゃ。なら、マルク達の方は任せたにゃ』

『はい、任せてください』


 それきり声は聞こえなくなり、何気なくミアは北側へと視線を向けた。

 あそこにユキ達が向かってくれるというのならば、とりあえず大丈夫だろう。

 勿論完全に安心することは出来ないが……余程の何かでもなければ問題はないはずだ。


 むしろ問題があるとすれば、こっちの方か。

 どれだけ正面が安定していたとしても、距離が離れすぎていればそれを倒しきるのは難しい。

 別にそれらと自分達が遭遇したところでやはり問題があるわけではないが……自分達以外となれば話は別だ。

 そしてそれに関して意識を取られてしまえば、万が一が有り得ないとは言い切れない。

 それを防ぐ役割を与えられたとなれば、のんびりしている暇はなかった。


 テオ達へと視線を向ければ、多少なりとも呼吸は戻ってきているようだ。

 その瞳には変わらず力が入っており、自分達は何をすべきかと問いかけている。

 ミアが今何をしていたのか、大体のところは察しているようだ。


 やる気があれば何でもできるわけではないし、心配事がないでもないが……きっと問題はないだろう。

 否、例え想定外の何かがあったとしても、問題などは起こさせはしない。

 それがミアの役割であり、そのためにここに居るのだから。


 三人に負けないぐらいのやる気を出しながら、三人へとこれからやるべきことを説明するため、ミアはその口を開いたのであった。

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