最前線の凌ぎ合い
「さて、そろそろかな?」
「みてえだな」
その呟きと共に、マルクとレオンは足を止めた。
後方を振り向けば、まだ目視できる場所に街がある。
正直に言ってしまえば、もう少し先、せめてランク二の狩場にまでは辿り着きたかったところなのだが――
「ま、間に合っただけでも御の字なのに、それは贅沢を言いすぎかな? そこまで行ければ、もっと沢山の人の助けにはなったと思うんだけど……」
「才能あったり、鍛錬怠らなかったやつはとっくに逃げてんだろ。逃げ遅れたやつはただの間抜けで雑魚だ。どうせどっかで死ぬようなやつらなんだから、ここで死んだところで変わんねえだろうよ」
その言葉にマルクが苦笑を浮かべたのは、その割に随分カリカリしてるじゃないかと思ったからだ。
勿論それを口にしたらどうなるのかは分かっているので、そんなことはしないが。
そもそもレオンは口は確かに悪いものの、それが本音であることは多くはない。
根が不器用なだけなのだ。
多分今も状況が許すならば、ランク二の狩場にまで行きたいだろうに。
ランク二の冒険者というのは、色々と中途半端な者達だ。
レオンの言っていることは、一部は正しいが、一部は間違っている。
確かにそこで満足し胡坐をかいてしまっている者も少なくないが、幾ら才能があったとしても、未だ花咲いていない者達も、ランク二には沢山いるからだ。
勿論本当の意味で才能がある――ランク五に到達できるような者達は、簡単にランク三に到達するだろう。
だがそうではないもの、努力次第でようやくランク四に到達できるかもしれない、という者達は、割とそこで足踏みしてしまうことがあるのだ。
要は最初の壁にぶち当たるのがちょうどその時期ということであり……彼らは一般的には才能がある者達に分類される。
しかし才能があったところで、花開いていなければ、それを活かす事の出来るほどの経験がなければ、何の意味もないのだ。
そして視線の先の、ここからでは見えぬ戦場では、そんな者達が無残に殺されてしまっている可能性がある。
ランク三や四ならば、それは確かに自己責任だ。
そこにまで至ったのならば、この異常事態を巻き込まれる前に察知し逃げるか、或いは巻き込まれないように隠れる責任がある。
だがそれが未だないランク二が殺されてしまうのは……非常に勿体無い、というのがマルクの本音であった。
「……まあ、マリーやミアには聞かせられないような言葉だけどね」
「はっ、冒険者然としててオレは悪くねえと思うがな」
「ありがとう。正直、君の存在に僕はかなり救われてるよ」
「男に言われたところで嬉しくも何ともねえよ」
本当に嫌そうな顔をするレオンに、マルクは苦笑を漏らす。
まあ確かにその通りではあるのだろうが、それが本音であることに違いはないのだ。
何だかんだ言って、レオンは冷血からは程遠い。
むしろ冷血と言うべきなのは、マルクの方だ。
いつだって頭に先に浮かぶのは損得勘定が先で、それが仲間にとってどうなのかを考えてしまう。
カズキのことだって、そうだ。
仲間にとって益があると思ったから近付いたのであって……純粋に人の善意を信じていられたのは、果たしていつまでだっただろうか。
「ふん……テメエはオレらの司令塔だろうが。なら冷静な方がいいに決まってんだろ?」
「……レオン?」
僅かに呆然とした後、マルクはついといった感じで笑ってしまった。
それに目ざとく気付いたレオンが、眉を跳ね上げる。
「あぁ? 何笑ってやがる」
「いや、ごめん……レオンにそんなことを言われるとは、思わなかったからさ」
「ちっ……そりゃガラにもねえこと言って悪かったな」
「そういうわけじゃないんだけどね……」
ガラにもないこと、とはマルクは思わない。
というか、そもそも笑った理由は、出会いに起因するものだ。
口の悪さのこともあり、マルクはレオンに対し最初はかなり印象が悪かった。
多分レオンもそうだったのではないだろうか。
しかし色々なことがあってパーティーを組むようになり……気が付けば、先ほどのような言葉を交わすようにまでなっている。
そのことを不思議だと思い、笑ったのだ。
当時の自分に言ったとしても、間違いなく信じはしないだろう。
だがそんなレオンも、今は歴とした仲間だ。
勿論、マリーもミアも……カズキ達も、仲間である。
だからマルクは今、ここに居るのだ。
仲間達の願いを、叶える為に。
全てを救うことは出来ない。
しかし、出来うる限りの者を救う。
誰も口にはしなかったが、皆が願ったであろうそれを叶える為に、ここに居るのである。
そこまでを思い、ふとマルクの口元が緩んだ。
――どうやら、思っていたよりも近くに、善意というものは転がっていたらしい。
「さて……やろうか」
「おう」
足元から感じる地響きに、視界に映り始めた大量の影。
その多くはランク二だろうが、決して楽観出来るものではない。
ランク三やランク四が次に控えているし……下手をすればランク五すらも居る可能性がある。
しかもそれらは、間断なく訪れるだろう。
だがマルクに不安はなかった。
おそらくは、レオンもそうだろう。
それは生来の性質などとは関係がなく……きっとそれが、信頼というものなのだ。
一足早くレオンが踏み込み、マルクも構える。
レオンが敵陣に飲み込まれるよりも早く、マルクの放った風刃が、魔物の群れを斬り裂いた。
そうして始まった戦闘ではあるが、やはりと言うべきか、レオンの戦闘能力は圧倒的であった。
暴風というのが相応しく、レオンを中心にして周囲の魔物が軒並み吹き飛ばされ切り刻まれていく。
もっとも、その範囲はどう考えても異常だ。
レオンの手にしている剣は確かに巨大ではあるが、明らかにその範囲外の魔物にまで影響を与えている。
とはいえ、マルクはその理由について心当たりがあるのだが――
「この距離でも援護してみせるか……さすがだね」
ちらりと後方に視線を向ければ、小さくはあるが僅かに見覚えのある姿を目にすることが出来る。
マリーの援護の代物だと、そういうことだ。
「さて……いい加減僕も二人には負けてられないしね」
――アクティブスキル、マジックスキル:コンセントレーション。
――アクティブスキル、マジックスキル:メディテーション。
――アクティブスキル、マジックスキル:マジックブースター。
――アクティブスキル、マジックスキル:クイックスペル。
――アクティブスキル、マジックスキル:サンダーストーム。
右手を前方に向けた瞬間、空から降り注いだのは数十の雷だ。
当然レオンには当たらないようにしている……というか、そもそもレオンが攻撃し切れなかったものを倒すためのものである。
無駄に威力を高めたそれは、降り注いだ範囲も広く、認識できた全てを貫いた。
後に残ったのは、消し炭と化した、かつては魔物だったものだけである。
「まあそのせいであの周辺は匂いが酷いことになってる気がするけど……仕方ないことだよね、うん」
それに実際のところ、レオンは気にしてもいないだろう。
気にするほどの余裕がない、とも言えるが。
「実力的にはまったく脅威じゃないけど……この数が続くのは結構厄介、かな……?」
開けた視界の先には、地面は広がっていなかった。
魔物を掃討した先にいたのは、やはり魔物だ。
壁のようになって、変わらずこちらへと向かってきている。
「普通なら一部ぐらい怯むはずなんだけど……それほど後ろに居る魔物が脅威ってことなのか、或いは別の何かがあるのか……」
その姿は、まさに死に物狂いという言葉が相応しいほどだ。
マルクとて、こんな魔物の姿を見るのは、今までで一度しかない。
まるでそうしなければ死ぬと、本能で理解しているようですらあった。
別にレオンやマルクに向かって死なないと思っているわけではないだろう。
おそらくは、それよりもその場に留まっていた方が遥かに死の危険性が高い、ということなのであり――
「僕達が侮られてると憤るべきなのかもしれないけど……」
――アクティブスキル、マジックスキル:サンダーストーム。
雷を降らせながら呟くも、本気で言ったわけではない。
かつて同じような光景を見た時は、後ろに存在していたのはまさに理不尽の塊であった。
それと似たようなものが迫っているのだと思えば、妥当でしかないからだ。
まあさすがにそこまでのが来ているとは思わないが、それと似たような何かが起こっているのは確かなのだろう。
だから今回の本当の問題は、それだということになるのだろうが――
「ま、それは僕の役目じゃないしね」
投げやりになっているわけでもなければ、無責任に投げ捨ててるわけでもない。
言うならば、適材適所だ。
それは自分ではなく、ここには居ない他の誰かの役目だということを、知っているだけである。
信頼の一つだと、そう言ってしまっても構わないだろう。
そしてそれを分かっているからこそ、レオンはあそこで戦闘に専念しているのである。
――アクティブスキル、マジックスキル:グラン・バースト。
レオンが一旦引いてきたのに合わせ、前方に不可視の球体を数十ばら撒く。
本来であれば罠を兼ねたものなのだが、当たり前のようにそういった使い方をするわけではない。
それに魔物が触れた瞬間、近くにあったものが連鎖的に反応し、大爆発が引き起こされた。
「で、わざわざ引いてくるなんて、何かあったの? それとも、早々に飽きたとか?」
「はっ、最初からこの段階には期待しちゃいねえんだから飽きるも何もねえよ。だが、思ってたよりも数が多いからな……今のうちに支援受けといた方がいいと思っただけだ」
「ああ、確かにタイミング的には最善だったかもね」
言っている間に、マルク達の身体が淡く光る。
レオンの意図したことを、即座に理解した、ということだろう。
伊達に長い付き合いがあるわけではないのである。
「今のとこ取りこぼしはないとは思うけど……どう思う?」
「さすがに最初からここに来てねえのはどうしようもねえが……まあ、そっちはあいつらに期待だな。純粋にここだけの話となりゃ、多分ランク三までってとこか? 四が混じり始めたらちと辛えだろうな」
「やっぱそんなもんか……」
レオンは戦闘馬鹿ではあるが、決して馬鹿ではない。
他のことでは使おうとしないだけであり、戦闘に関する洞察ならばマルクも頼りにしているほどなのだ。
そのレオンの洞察とマルクの予測が同一であった以上、その結末が覆ることはないだろう。
即ち、ランク四の魔物が現れた時点で、戦線は瓦解する。
厳密にはそこまではいかないだろうが、かなりの数の魔物が抜けてしまうはずだ。
マリーも対処できなくなってしまうのが、そのタイミングだということである。
そうなってしまったら街にもそれなりの被害が出てしまうだろうが、それはもうどうしようもないだろう。
ギルドの方でも動いてくれてはいるだろうが、その時点で街に侵入する魔物はランク三だ。
ランク四を優先的に押さえ、それは何とかするが……あとは、それを撃退可能な冒険者がどれだけ残っているのか、というところである。
ただ、少なくともそう遠くない内に抑えることが出来なくなってしまうのは間違いがないが――
「あとは……別の要因となる何かがやってきてくれるのを期待、ってところかな?」
「はっ、別にそんなん必要ねえよ。あくまでもオレの想定するところでは、ってことだからな。それで無理なら……オレがそれを超えればいいってだけの話だろ?」
「また無茶言い出すなぁ……」
あまりに無茶すぎて、苦笑が漏れる。
だがそれしかないというのならば、やってやるしかないのだろう。
神頼みをするには早すぎる。
それをするのは、全てをやり尽くして限界を超えて、それでも無理だった時だけで十分なのだ。
あとは――
「仲間を信じるだけ、かな?」
「はっ……オレが終わらせる方が早えけどな!」
叫びと同時、支援を受けた身体が、先ほどよりも勢いよく飛び出し、突撃した。
暴虐の嵐は先の比ではなく、さらなる破壊で以って周囲を斬り刻む。
それにはさすがの魔物達も怯えたのか、僅かにその足が鈍るが、格好の的が出来上がるだけである。
――アクティブスキル、マジックスキル:サンダーストーム。
雷が降り注ぎ、消し炭となった先に、ようやく地面が見えた。
だが。
「早くも第二弾か……」
途中で追い抜かれたランク一と、追いついたランク二との混成部隊。
数は先ほどのそれよりも上だろう。
単純な脅威としては下になるが、それはマルク達からすれば大差はない。
故に問題となるのは数だけであるのだが……。
「ま、頑張るしかない、か」
二人だけの間とはいえ、最低限ランク四が到着するまでは自分達だけでこの場を持たす、などと大見得を切ったのだ。
少なくとも、それだけの仕事はこなさなければならないだろう。
レオンの腕が振り切られ、最後の一体が斬り捨てられる。
しかしその時にはもう、第二波は目と鼻の先だ。
吐き出したくなる溜息を押し殺し、代わりとでも言うかの如く拳を握り締め、開く。
――アクティブスキル、マジックスキル:ライトニングスピア。
掌の先に作り出した雷槍を、景気付けとばかりにぶち込んだ。