ハイエナと悲鳴
城門を後にした和樹は、いつも通りの光景を目にすると、思い切り溜息を吐き出した。
何というか、いつものことながらも、やる気の削がれる光景である。
朝早くからご苦労なことだとは思うが、何故その熱意を別の方向に向けられないのか、とも思う。
いや、実際のところそっちに熱意を向けている者も居るはずなのだが……あの中に埋もれてしまっては、違いを見出すことは難しかった。
そんなことを思っている和樹の視線の先にあるのは、昨日と同じように城壁と結界との間に集まり群れている人の姿だ。
彼らも冒険者だということは既に説明した通りだが、もう少し具体的に彼らが何であるのかを言ってしまうと、ハイエナ、といったところだろう。
より厳密には、ハイエナ行為をしようとしている者達、ではあるが……まあ、違いなどはあるまい。
最底辺の冒険者の中で、さらに最底辺に位置するという意味では、何の違いもないのである。
そんな彼らの視線の先を辿ってみれば、そこに居たのは一組の冒険者であった。
少年が二人に、少女が一人。
街からそれほど離れていない場所で、一匹のホーンラビットを相手に三人がかりで戦っている。
その動きは、正直に言ってしまえば拙い。
和樹よりも明らかに年下であるし、おそらくはまだ冒険者になってからそう日が経っていないのだろう。
誰がどう見ても、多くの部分で無駄な動きをしていた。
だが三人で戦えている、ということを考えれば、彼らの動きは十分過ぎるものである。
何せ本来は、六人で戦うものなのだ。
そこを三人で、しかも動きが拙いのに戦えている、ということは、彼らに才能があるということを示している。
中でも特に秀でていると和樹が感じるのは、少女だ。
最も動きに無駄が多く、だが同時に鋭い。
今もホーンラビットの突撃を大げさにかわしては、直後に渾身の一撃を見舞っていた。
一見するとちぐはぐにも思える動きだが、そうではない。
おそらくは、単純に身体能力が高いのと――
「……多分、感じすぎてるんだろうな」
要は、危険察知能力が高すぎるのだ。
先に反応しすぎるために、結果的に大きく動かざるを得なくなる。
そこを堪え、必要最小限の動きにすればいい、と言うのは簡単だが、それをするためには経験が足りていないのだろう。
逆に言うならば、経験さえ足りればかなり動けるようになるはずだ。
問題は、才能に振り回されている現状から、そこまで辿り着くことが出来るか、ということだが……。
「ふむ……心配はなさそう、か」
渾身の一撃を見舞い、食らわせたのはよかったのだが、その後で少女は明らかな隙を見せていた。
ホーンラビットはまだ倒れておらず、間違いなくそこを狙われてしまう状況だ。
しかしホーンラビットが動くよりも先に、少年の一人が動いていた。
機先を制するように、その顔先へと剣が振り下ろされる。
もっともそれは飛び退かれることで、かわされてしまうが――
「ちっ、テオ!」
「分かってる……!」
それに合わせる形で、もう一人の少年が、後方から剣を叩き込む。
少年の力では、そこで致命傷を与えることは出来ないようだが……それは、隙を作り出すのには、十分過ぎる行動であった。
視線の先に居るのは、体勢を整えた少女。
「フィーネ!」
「……っ!」
一閃。
首元を狙ったそれは、違うことなく吸い込まれていき……今度こそ、その首を刎ね飛ばした。
「……いい連携だな」
ホーンラビットを無事倒せたことで喜んでいる三人を眺めながら、和樹は先の攻防を思い出していた。
少女は図抜けているが、残りの二人もそこまで劣っているわけではない。
何より互いの意図を汲んでの動きが巧く、急増のチームワークではああはいかないだろう。
おそらくは元々信頼関係にあった者達がパーティーを組んだのだ。
そうであれば、余計なトラブルもないだろうし……人数が少ないのが気になるが、それでもそう遠くない内にランクを上げるのではないだろうか。
少なくとも、平均年数ほどにはかからないに違いない。
「なんて、偉そうに感想を言ってる場合じゃない、か」
うかうかしてたら、というか、このままであれば、余裕で和樹も追い抜かれてしまうだろう。
悠長にしていられる余裕は、ないのだ。
そうして気持ちを新たにしていると、不意に舌打ちが聞こえた。
眉を潜めながら視線を向けてみれば、案の定あの集団の内の何人かが、憎らしげな顔をしながら彼らのことを眺めている。
何か彼らに恨みがある、というわけではなく、単に嫉妬だろう。
彼らに才能があることは、多少の覚えがあれば理解出来ることだ。
ついでに言えば、彼らが倒した獲物を丸ごと袋に詰めてしまったのも、その理由の一つか。
解体しなければ、おこぼれを貰おうにも、貰えないからである。
中には彼らの倍は生きていそうな者も居るというのに、さもしいものだ、などと思うが……まあ、言ったところで仕方のないことだ。
或いは、だからこそ、なのかもしれないし……これもまた、冒険者の一面なのである。
彼らがハイエナであるということは既に述べた通りだが、具体的に何をしようとしているのかと言えば、解体時に生じる余分なものを横からいただこうとしているのだ。
要は、和樹が捨てていた、ホーンラビットの肉などである。
余程腹が減ってでもいなければ誰も食べない、とは言ったが……つまり彼らは、その余程腹が減っている者に該当するのだ。
他にも、持ちきれなくなったり、欠けて不要と判断し捨てられた素材などを拾うこともある。
素材は依頼を受けていなくとも換金が可能であり、欠けたようなものでも、ものによっては買い取ってくれることもあるのだ。
そうして、何とか腹を満たすためのものを、金と成るものを得ようとしているのが、彼らなのである。
彼らは基本的に、自分で魔物を狩ろうとはしない。
最初はそのつもりがあったのだろうが、既にその恐怖と痛みを知り、諦めたからだ。
別に依頼は魔物討伐だけではなく、街中でも出来るような安全なものも存在しているので、ならば大人しくそちらをやれと言う話なのだが……彼らはそれを頑なにやろうとはしない。
その理由は、おそらくはなけなしのプライドなのだろう。
基本的に、冒険者の中でも、討伐をせず街中の依頼のみをしているような者達は軽蔑の対象となることがある。
誰からというと、同じ冒険者からだ。
自分達は魔物と戦うという危険な真似をしているのに、何お前らは安全なことしかしていないんだ、ということである。
和樹からすれば心底くだらないと思うのだが、言っても仕方のないことだ。
つまり彼らは、それを回避するために、こんな真似をしているのである。
安全なだけあり、街の方の報酬は安いのだが……下手をすれば、それよりも低い金しか手に入らないのに、だ。
本当に、その熱意を別のところに向ければいいのにと思うところである。
とはいえ、この場に居る者達が、全てが全てそういう者達というわけではない。
中には、勉強の為にここに居る者も居るからだ。
冒険者というものは、なろうと思えば簡単になることが可能である。
冒険者ギルドに行けば、十分もかからずになれるのだ。
事実和樹もそうして冒険者になり……だが、問題なのはそこからである。
要するに、どうやって魔物と戦っていくのか、ということだ。
単純に生きていくだけならば、安全な依頼だけを行なっていくだけでもいいが、それは本当に最低限の生活しかすることは出来ない。
虫の湧く宿で、腐りかけのパンだけを食べていくような、人としての尊厳すらあるのか定かではないような生活だ。
それを嫌うからこそ、大半の冒険者は魔物と戦おうとする。
しかしどうやってその方法を知るかといえば、誰かに教わるか、誰かのを見て覚えるか、実践して覚えるか、しかない。
最も難しいのは、言うまでもなく一番最後のだ。
何せ半々どころか、九割方はその時点で死ぬ。
生き残れるのは、才能があるか運がいいかのどっちかだ。
そして運がいい者の方はその大半がこの時点で諦め、その半分ぐらいがああしてハイエナと化すのである。
最も簡単なのは、誰かに教わる、ということだろう。
だがこれはあくまでも、教えてくれる誰かを見つけることが出来れば、の話である。
冒険者ギルドから、というのは不可能だ。
別に冒険者ギルドは、相互扶助組織ではないのである。
国家に属すこととなっているとはいえ、実質的には派遣屋に近い。
冒険者のために何かをしてくれることはなく、誰かに教わろうとすれば自分で探すしかないのだ。
とはいえ自分の飯の種をそう簡単に教えてくれるような人物が冒険者をやっているわけがなく、基本的にその場合はその人物の下に付くことになる。
要は雑用とか、そういうことをやらされるようになる、ということだ。
ただこれもそれで教えてくれたらいい方で、最悪好きなように使いまわされたあげくやっぱりやめたということも少なくない。
教われるのであれば難易度は低いが、そこに辿り着くまでの難易度が高い方法なのだ。
というわけで、結果的に最もやりやすいのは誰かのを見て覚える、ということになる。
つまりは、実際に戦っている同業者の動きを見る、ということだ。
それは同時に、魔物の動きを見る、ということでもある。
好き勝手に動くように見えても、魔物の動きというのはある程度のパターンがあったり、何らかの予備動作があったりするのだ。
それを見極める上で、見るという行為は十分有効である。
だが冒険者になったばかりの者が、戦場のど真ん中でそんなことをしてれば自殺と変わらないし、他の冒険者にとっても迷惑だ。
そのため、安全な場所からジッと眺め勉強している、ということである。
まあもっとも、実際に実行するのは最も少ない方法ではあるのだが。
おそらく一番多いのは、何だかんだで実践しようとする者だろう。
冒険者になった時点で、他の手段を取れるほど余裕がある者が多くはない、ということでもあるのだが……。
「……俺だったら、どの方法を取ってただろうな」
基本的に和樹は説明書を読まないタイプだが、さすがに命がかかった状況であればそんなわけにもいかないだろう。
かといって不確かな方法に頼るというのも柄ではなく……本当にただの無力な一般人としてこの世界に来てしまっていたとしたら、もしかしたら和樹もあの集団の一部になっていたのかもしれない。
勿論見て勉強する為に、ではあるが。
そんなことを考えながら、和樹はそこから視線を外した。
いつまでも、余計な時間を使っている暇はないのである。
特に自分よりも年下の少年達が頑張っているのを見たとなれば、尚更だ。
さて、自分も頑張らなければと歩き出し――甲高い悲鳴がその耳に届いたのは、そんな時のことであった。