白銀の終わり
不知火和樹という名の少年は、基本的に才能に乏しい少年である。
或いは、不器用、であったり、要領が悪い、などという言い方もあるが、何にせよ確かなのは、VRMMOというゲームをプレイするにあたって、それは致命的だったということだろう。
VRMMO――仮想現実大規模多人数オンラインを遊ぶにあたって、最も重要なものはプレイヤースキルである。
これはかつてパソコンなどで遊んでいたMMOの時代からそうではあったが、それをより顕著にしたものと考えてもらって問題ない。
何せVRMMOとは、当たり前だが自分の身体を動かして遊ぶのである。
どれだけデータ上のステータスが高かろうが、動かす人間がへっぽこであれば宝の持ち腐れにしかならないし、逆に現実では凄腕の剣術家などであれば、ステータスなどは飾りとなってしまうのだ。
勿論それは極端な例ではあるし、実際にはレベル差がありすぎるとそもそも攻撃が通らないということが起こりえる。
だから本当の意味でステータスが無意味になるということはないのだが……それでも結局のところ、プレイヤースキルが最重要という事実が覆ることはないのだ。
和樹がそのことを実感するのに、半年も必要なかった。
それは明確な数値となって、現れることとなったからだ。
二百と百。
それが何かと言うと、レベルである。
後者がその時点の和樹のものであり、前者は同日に始めほぼ一緒にやってきた友人のものだ。
友人には才能があり、和樹にはなかった。
数値の差は即ち才能の差であり、どう考えても友人が和樹に無理やり合わせているのは確実であった。
そして何より和樹を打ちのめしたのは、無理やり合わせて同じ狩場に居たというのに、その結果だったということだ。
つまり友人が仮に常に適正な狩場に居たとしたら、もっと差は広がっていたということである。
膝を屈するには、十分な理由であった。
それでも止めることがなかったのは、才能の有無とそれが楽しいかどうかはまるで関係がなかったからだろう。
とはいえ何事にも言えることだが、ただやるだけでも十分に楽しいが、上手くなれれば、勝てるようになれればより面白くなるのは道理だ。
和樹が最優を目指したのは、そんな理由からであった。
和樹より上のものは、幾らでも居る。
単純にステータスであったり、接近戦での腕前だったり、遠距離戦での戦闘能力であったり。
或いは支援能力であったり、生産能力であったり……それぞれの得意分野でまともに戦えば、和樹は同等のランクに居るものどころか、一つや二つ劣る者にすら負けるだろう。
だがそれは、まともに戦えば、の話だ。
接近戦に秀でている者に、劣っていると分かっている者が接近戦を挑むのは馬鹿の行いである。
最低限捌くことが出来れば十分であり、あとはひたすら遠距離からの攻撃を仕掛けてやればいいのだ。
ずるい?
本当の変態はそれでも構わずに斬り捨ててくるので、それが出来ないのは努力か才能が足りないだけである。
遠距離に秀でているならば、こちらは接近を、或いは罠を仕掛け、支援ならばバフデバフのみならず直接攻撃して援護すればいい。
生産能力はバリエーションなどで張り合えばいいし、究極的にはそれは互いの助け合いが全ての分野である。
正直に言ってしまえば、腕前を上げる目的以外に張り合う意味は薄い。
要は、足りないのであれば、足りないなりに片っ端から継ぎ接ぎし補えばいい、という話だ。
そのための最優であり、そのためだけの最優である。
足りない全てを十全に活かす為に、無駄とも言えるスキル構成をし、ステータスを上げスキルの引き上げを行なう。
カンストに至るまでの全ては、そこに注ぎ込んだのだ。
だが逆に言うならば、和樹はそれだけのことして、ようやく最優になれる程度でしかないのであった。
そもそも最優とは言うものの、それは所詮器用貧乏の別名である。
端的に言ってしまうのであれば、和樹はどう足掻いても同レベル帯の相手には勝つことが出来ない。
相手の弱点を突くことで負けないことは出来るのだが、そこから勝ちを得るための一手が足りていないのだ。
しかし。
だからこそ和樹は、格下相手には滅法強かった。
相手の長所を潰した上で、一方的に弱点を攻撃出来るからである。
そしてそれは、まともに戦おうとすれば倍以上のレベルが必要だとされるボス系の魔物であっても、例外ではなかった。
「ま、要は各種ステータスが高く万能抗体を持ち、必中系を除けば一度食らった攻撃は二度と通じないってだけだしな」
それが普通ならばどんな意味を持つかなどは、和樹には関係のない話だ。
シルバーウルフのレベルは四百強……即ち、パーティーレベルの平均が九百必要だとされる相手であろうとも、である。
カンスト済み――レベル九百九十九の和樹からすれば、四百だろうと九百だろうと、大差はないのであった。
「さて、と……」
呟きながらさらに一歩を進むが、それと同時にシルバーウルフが大きく後ろに跳躍する。
着地し唸り声を上げている様子を見るに、随分と警戒をしているようだ。
先ほどの一撃がそれほど堪えたのかと思い、だが和樹は無造作に歩を進めていく。
そのまま先ほどまでシルバーウルフが居た場所を通り過ぎ――瞬間、足元どころか、周囲数メートルに及ぶ地面が凍り付いた。
「お……?」
『グルルルルァァァアアア!』
直後、それに合わせるかの如く……否、実際に合わせたのだろう。
吼えたその声に従い、周辺の気温が急激なまでに下がっていく。
それは先ほどのもののように、思考能力や身体能力を奪う、などという生易しいものではない。
勿論その効果もなくなったわけではないが――
「ふむ……これは割と真面目に予想外だったな」
気温の低下は、かなり離れているはずの和樹の元にまで届いていた。
というよりは、それが本来の目的であり、効果だ。
広域殲滅スキル。
下手に数だけを集めても無意味だと言われる所以である。
当然和樹はその存在を知っていたし、忘れていたわけではない。
だが予想外だと言ったのも本音であり……まさかこんなに即効で使ってくるとは思わなかったのだ。
そのスキルは本来もっと追い詰めてから使われるはずのものなのである。
しかも……と、周囲に視線を向けその効果範囲を調べてみれば、ギリギリ瑠璃に届かないところに設定されているようであった。
まさか偶然だということはないだろう。
かわそうとすればどうなるのかを、暗に語っているのだ。
それもまた、和樹の知るシルバーウルフにはない行動パターンであった。
もっと言ってしまうならば、思考と、そう言うべきものかも知れないが。
「なるほど……これも楔から解き放たれた影響の一つ、か」
などと顎に手を当て頷いている間にも気温の低下は進み、既に結晶が生じ始めている。
スキルの発動まで、もう間もなくといったところだろう。
「和樹……!?」
後ろから届いた声に、和樹は苦笑を浮かべた。
和樹よりも余程切羽詰っているその声からすると、どうにも彼女は和樹がここから抜け出せないのだと考えているようである。
やはり彼女にとって自分は、まだ助ける対象であるようだと、そんなことを思い……それと、相手のスキルが完成したのはほぼ同時であった。
一瞬にして数十メートルを超える氷塊がその場に作り出され、和樹の身体が閉じ込められる。
さらにはシルバーウルフの周囲に現れたのは、大小様々な氷の礫。
合計で百ほどはあるだろうそれが、その場に停滞し、四肢に力を漲らせた身体が駆けるのと同時に、解き放たれた。
普通に考えれば、礫は氷塊にぶつかるだけだろうが、双方共にシルバーウルフによって作り出されたものだ。
通常の法則上にないそれらは、当たり前のように通過し、その僅かに後を追い、やはりシルバーウルフの身体は分厚い氷の壁をすり抜ける。
目標に向け、一直線に突き進んだ。
そして勿論それらだけが例外なのであって、その中に居る人物は対象外である。
身動きの取れない身体へと、礫は当然のように直撃するだろうし、シルバーウルフの腕はそれを粉砕するだろう。
それはこの場の支配者が誰であるのかを考えれば道理であり、当たり前の摂理でしかない。
まあ、もっとも――
「俺には関係のない話だけどな」
動かないはずの氷の中で、確かに唇が動き――
――アクティブスキル、エクストラスキル:レーヴァテイン。
瞬間、顕現した炎によって全てが焼き尽くされた。
白で覆われていた世界が、一瞬にして赤で塗り潰される。
広がり、立ち昇る焔は自身と主以外のものの存在を許さず――
「とはいっても、さすがに本体は無理か」
直後にそれを裂いて現れたのは、鋭い牙の並んだ口だ。
それでもその白銀の毛並みは乱れ、所々焼き焦げている。
高い炎耐性を持つ相手だということを考えれば、十分だろう。
それに元々、近寄らせることにこそ意味があるのだ。
水も残さずに気化し、空気が熱を持つ中を、向かってくるそれに向けて拳を振るう。
そして。
「まあ神話から考えるとちょっと腕が食われそうな気がしないでもないんだが……さすがに無用な心配か」
――アクティブスキル、エクストラスキル:トールハンマー。
迸る雷を直接口内に叩き込み、一瞬で全身を駆け巡ったそれが瞬時に弾けた。
『―――――――――!!!』
「ほぼゼロ距離からの弱点属性は、かなり効くだろ?」
声にならない叫び声を上げている相手に語り掛け、だが攻撃の手は緩めない。
突き出した腕とは逆、右の腕を後方に伸ばすと、その腕を中心にして三つの魔法陣が宙に浮かび上がった。
それぞれ異なる方向へと回転を始めたそれらから光が溢れ、軋むような音と共に紫電が走る。
正直なところ、かなりの大盤振る舞いではあるのだが――
「時間がないしな。あっさり終わるのは、許してくれ」
伸ばしていた腕を裏返し、掌を上に向ければ、その先に現れたのは小さな光の玉だ。
しかしそれはすぐに拳大ほどの大きさになり、それに伴って魔法陣の回転の速度と溢れる光の量が増す。
音と紫電も、さらに激しいものとなり、振り被るように、腕をもう少しだけ引き――
――アクティブスキル、エクストラスキル:ミストルテイン。
振り抜くと同時、極限にまで溢れた光の塊を、眼前のそれへと叩き込んだ。
だが叩き込まれたそれは、その場に留まりはしなかった。
矢か、或いは槍のように細く長く伸びると、その先へと突き進んでいく。
それを阻めるものは存在せず、触れるものは端から光の粒子となり、同化する。
それは魔物の肉体であろうとも例外ではなく、シルバーウルフの身体は一瞬で貫かれ、蒸発すると、後には光の軌跡だけが残された。
腕を振り抜いた状態で、しばしそれを眺めていた和樹は、残心を解くようにゆっくりと態勢を戻すと、ようやく息を一つ吐き出す。
それから後ろを振り返ると、何処か呆れたような顔をしている瑠璃がこちらを眺めていた。
「……エクストラスキル三連とか、ちょっとやりすぎじゃないのかしら?」
「どうせこの後でそこまで使うことはないだろうしな。それで時間が短縮できるなら、問題ないだろ」
「確かにそれはそうなのだけれど……」
何やら他にも言いたいことがありそうではあったが、瑠璃はただ溜息を吐き出しただけであった。
まあ実際のところ、悠長に話していられる時間はない。
座り込んでいる瑠璃に近付き、手を伸ばせば、数瞬瑠璃は逡巡しているようであったものの、もう一つ息を吐き出すと、素直に掴まり立ち上がる。
「さて、これから街の方に急いで戻らなきゃならないが、いけるか?」
「当たり前でしょう? 誰に言っているつもりなのかしら?」
「それは失礼したな。頼もしい限りだ」
和樹が苦笑のような笑みを向ければ、返ってきたのは不敵な笑みだ。
それに複雑な感情が呼び起こされるが、やはり浸っている場合ではない。
手を離すと、互いに頷き合い、先へと視線を向ける。
そして。
全力で、その場からの移動を開始したのであった。




