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行動開始

「……は?」


 その言葉が誰の口から出たのか、和樹には分からなかった。

 自分の口なのかもしれないし、他の誰かなのかもしれない。

 確かなことは、ただ一つ。

 誰がそう言ってもおかしくないほどに、その場に居る全員が驚いた、ということであった。


「街に向かって魔物が大挙してやってくる、ですか……? それが本当のことなら……いえ、ミアさんがそんな嘘を吐く理由がありませんか……」

「にゃ。でも厳密には、街に向かってる、っていうのは間違いにゃ。あくまでも街の方向に向かってるってだけにゃし。まあ十分問題にゃけど」

「ふむ……だとしたら、あまりのんびりしている暇はなさそうだね。でもその様子からすると、街の方には行ってないんだよね?」

「先にあっちに伝えるべきかとも思ったんにゃけど……やってくる魔物の中にはランク四も混じってたからにゃ」

「そっか……今街を拠点にしているランク四の冒険者は、確か二組しかいないのよね?」

「しかもそのうちの片方は、おそらく解体屋側にゃ。となれば、下手すると街にいない可能性だってあるにゃ」

「つまりオレ達の出番だってことだろ? はっ、面白そうな展開じゃねえか」

「不謹慎にゃよ、筋肉ダルマ。まあでもそういうことだから、先にこっちに来たにゃ」

「まあ、確かに悪くない……というか、真っ当な判断だな。それにしても、街の方向に向かってる、か……その様子は見たんだよな?」

「にゃ。ちょっとだけだけどにゃ。でもアレはそうとしか言えないような感じだったにゃ。最初は誘導でもされてるのかと思ったんにゃけど……どっちかというとアレは、逃げてる、って感じだったにゃね」

「逃げてる、か……つまり、その魔物が原因ってことか?」

「少なくともあちしはそう思ったにゃね」

「ふむ……」

「魔物が魔物から逃げ出す、ですか……そんなことあるんですか?」

「ないとは言い切れないんじゃないか? ミアの話を聞く限りではかなり強力な魔物のようだし……その性質次第では有り得ない話じゃないはずだ」


 普通であれば、強力な存在というのは歓迎されて然るものだ。

 群れの頂点が強力ならば、群れもまた強力となるからである。


 だがそれが強すぎ、且つ横暴な存在であった場合は、どうなるか。

 群れを引き連れるようなものではなく、一人で暴れるようなものならば。

 魔物だって結局のところは、動物の一種だ。

 それから逃げようとするだろうし、それが強力であれば強力であるほど、遠くに逃げようとするだろう。

 そう考えればやはり、有り得ない話ではない。


「ふむ……ミアが出会ったっていう魔物のことを、カズキは知ってるのかい? 生憎と僕は覚えがないんだけど」

「俺もさすがにミアの言葉だけじゃな。ただ、聞いた話の通りだとするならば、俺を除いたこの屋敷に居る全員が一斉に掛かったところで厳しい……いや、言葉を濁さずに言うなら、瞬殺されるだけだろうな」

「そりゃまた是非やり合いてえやつだが……言ってる場合でもねえか」

「状況が許したとしても許可は出来ないけどな」

「ですが、ミアさんを助けた人は、その魔物と戦うために一人で残ったんですよね……? 大丈夫なんでしょうか?」


 大丈夫……なはずはないだろう。

 現れたのが誰なのかは検討が付いている。

 だが幾らアイツでも、そんなものと単独で戦うのは無謀だ。

 例えそれしか方法が残っていなかったのだとしても、である。


「……ったく、あのバカは。本当に変わってないな」

「はい? 何か言いましたか?」

「いや、独り言だから気にするな。まあとりあえずどうするか、って……聞くまでもないか」

「そうね。動こう、ということは既に決まっていたもの。それに、今回は確実に街の危機でしょう? なら、放っておくわけにはいかないわ」

「にゃ。それで、どうやって動くにゃ?」


 その言葉と同時、皆の視線が自分に集まったことに、和樹は首を傾げた。

 それは和樹と雪姫はどう動くのだ、と聞いているようにも取れたが……まあ、そういうことではないだろう。

 マルク達も含めて、この場に居る者達はどうやって動けばいいのかと、そういう問いかけである。

 つまりそれは――


「それを俺が決めてもいいのか? そっちのパーティーのリーダーはマルクだろ?」

「それは結構今更、かな? 僕達はこうして君達に厄介になってる立場だし、ランクのことを除けば、明らかに君達の方が様々な面で上なのは明らかだ。それを考えれば、君に判断を仰ぐというのは自然な流れさ」

「そんなもんかね……正直あんま自信はないんだが」

「大丈夫ですよ、和樹さん。私が保証しますから」

「お前の保障がそもそも当てになるのか、という疑問があるんだが……まあ、ありがとうな。とりあえずそういうことなら、時間もないしとっとと決めるか」


 戸惑っている暇も、躊躇っている暇もない。

 ミアの話によれば、魔物達は一心不乱に一方向に向かっているという話なのだ。

 無駄に時間を使ってしまえば使ってしまうほど、手遅れになる可能性は高くなる。


 それが途中で止まる、ということはないだろう。

 話に聞いた通りだとすれば、多少の距離などは問題にならないからだ。

 少なくとも街に差し掛かった程度では止まりはしないだろうし、途中に邪魔なものがあったならば薙ぎ払ってでも逃げるだろう。


「……よし。なら、まずはレオンとマルクは街の北側に向かってくれ」

「北側……つまり、こっちに来る魔物達の対応、ということかな?」

「そういうことだ」


 魔物達がやってくるのは、北側から、ということらしい。

 当たり前だが、これを防がなければどうしようもない。

 街には結界があるが、状況を考えれば効果は薄いと思われる。

 街に魔物の侵入を許してしまえば、大惨事だろう。

 なんとしても、それだけでは避けなければならない。


 しかも、これはただ倒すだけでは駄目なのだ。

 ランク三や四はそれでも構わないが、ランク二の魔物の場合、リポップの場所がそこに固定されてしまう可能性がある。

 それはつまり、ランク一の狩場の一つがランク二のものになってしまうだけではなく、街のすぐ傍にランク二の魔物が出現するようになってしまう、ということだ。

 ランク二をメインで倒すような冒険者には助かるだろうが、全体的に見れば不利益にしか成りえないだろう。


 それを避ける方法は、二つ。

 スキル等で遥か彼方に吹き飛ばすか、敢えて街に侵入させてそこで倒すか、だ。

 前者は言うまでもなく、後者は街が結界によってリポップ禁止となっているために、強制的に元の出現地点に戻るからである。


 ただ何にせよこれは、乱戦の中で的確にそれだけをどうにかしなければならない。

 相応の腕と判断能力が必要になるだろうが、この二人ならば大丈夫だろう。


「大変だし、重要な役回りだね」

「だが代わりにもっとも美味しいとこだぜ? 仮にランク四が来たところで、問題はねえしな。まあちと面倒くさくはあるが、そのぐらいなら仕方ねえし、文句はねえ」

「まあ、任せた。で、次はマリーだが、マリーは街の方を頼む」

「街、ということは、二人が敢えて見逃した魔物への対応、ということかしら?」

「基本的にはそうだな」


 ランク二とはいえ、一般人にしてみれば十分過ぎるほどの脅威である。

 誰かが倒さねばならないが、こちらの作戦で素通りさせる以上はこちらが責任を持って倒す必要があるだろう。


 とはいえ、正確には街の中にまで誘き寄せる必要はないはずだ。

 結界はある程度余裕を持って展開しているはずなので、街の手前で倒してしまっても問題はないだろう。

 遠距離や範囲攻撃を得意とするマリーが適任である。


「分かったわ。ええ、一匹足りとも、街の中には侵入させないでみせる」

「頼んだ。次は雪姫だが、雪姫はこの後すぐに街の方に向かってくれ。全力で、な」

「私は街に今回のことを伝える役目、ということですか?」

「そういうことだ」


 対応していれば勝手に知ることになるだろうが、事前に知っているといないのとでは、対応や心構え的な面で色々と異なってくるだろう。

 伝えられる時間は早ければ早いほどによく、故にこの中で最も移動速度の速い雪姫が適している。


「あれ? 私よりも、和樹さんの方が速いですよね?」

「そうなんだが……俺はちょっとやることがあるからな。そっちは任せた」

「はあ……まあ、分かりました。それで、伝えた後はどうすれば? それと、伝える先はギルドでいいんですよね?」

「そうだな、ギルドが一番的確なはずだ。そもそもお偉いさんに伝えようにも、俺達じゃ伝がないしな。一般人とかのことも含めて、ギルドが何とかしてくれるだろう。で、ギルドに伝えた後は、街の周辺で遊撃に出てくれ」


 魔物は逃げているだけであり、街に向かっているというわけではない。

 ということは、かなりの数が周辺にも散らばるはずだ。

 勿論その全てを対処するのは不可能だが、そっちに行っていた魔物が、その後で街に向かってこないとも言い切れない。

 色々な意味で、出来る範囲までならばやっておいた方がいいだろう。


「なるほど、了解しました」

「ところで、あちしの名前が出てこないんにゃけど……もしかして、汚名を返上することも出来なかったあちしは何もするなってことかにゃ……!?」

「何で被害妄想っぽくなってんだよ。むしろ十分な仕事は果たしただろ。同じように動いてた俺達は何も掴めなかったわけだしな。まあ何もするなってのはある意味で間違ってないが」

「にゃ!?」

「正確には待機……いざって時の追加要員ではあるが、どっちかというとテオ達のために残す感じだな」

「テオ達のため、かにゃ……?」


 この屋敷には物理的に魔物が近寄れないようにしてはいるが、この状況というのは不安もあるはずだ。

 それを和らげるには一人は残っておいた方がよく、最も戦闘能力が低いミアの役割となった、ということである。


 それに状況を考えれば、何が起こってもおかしくはない。

 例えそれが無駄になるとしても、その時のための人員は残しておくべきだろう。


「うにゃ……理由は分かったんにゃけど、街の方はいいのかにゃ?」

「生憎と俺は赤の他人のために何でもやってやれるほど博愛精神に溢れてはいないんでな。知り合い重視だ。まあ街の方にも知り合いは残ってるが……四人も派遣するんだから、それで我慢してもらうしかないな」

「うむむー……まあでも確かに、全員が動き回ってるってわけにもいかにゃいか。分かったにゃ」

「さて、というわけでこんな感じの振り分けになったわけだが……何かあるか?」

「僕は特にないかな? うん、妥当だと思うよ」

「オレもさっき言った通りだ。文句はねえよ」

「わたしもないわね」

「以下同文にゃ」

「役割分担としては問題ないと思うんですが……和樹さんはどうするんですか?」

「俺はさっき言ったようにやることがある。それが終わったらマルク達に合流することになるとは思うが……正直出来るかどうかは微妙なとこだな。とりあえずここを出たら、すぐに別行動になることは確実だが」


 他に何かあるかと問いかければ、全員が首を横に振った。


「よし、じゃあ時間もないし、行動開始だ」


 頷き、慌しく動き始めた。













 いつでも動けるように備えていたこともあり、それぞれの準備は即座に終わった。

 テオ達に事情の説明をしている暇はなかったが、ミアが残ることを考えれば問題はないだろう。

 和樹達が出発した後で、それとなく説明してくれるはずだ。


 ミアを除くあの場に居た全員が屋敷の前で集まり、最後にもう一度それぞれがやることを確認する。

 それも終われば、後は移動するだけであり――彼女が現れたのは、そんな時であった。


「リオも連れて行くです」

「何しに行くのかは……分かってるみたいだな」

「これでも耳はいいですから、全部聞いてたです。……何でもやりますから、リオにも何かさせて欲しいんです」


 突発的な行動、というわけではなさそうだった。

 全部、というのが何処から何処までなのかは分からないが……様子を見るに、今回だけではなく前回の話し合いも聞いているのかもしれない。

 そしてその上で、自分のやるべきことを決めたのだろう。


 それは間違いなく、助かる話ではあった。

 現状戦力も人手も、十分とは言えないのだ。

 そこにリオが加わってくれるとなれば助かるし、考えなかったわけではない。


 だが。


「多分想像してるのよりも大変だぞ? 色々な意味で、な」


 それは街に対しその姿を見せるということだ。

 どこで動くにしたところで、間違いなく誰かに見られ、その話は広まってしまうだろう。

 リオのやってしまったこと、それからまだ時間も経っていないことも考えれば、厄介事の一つや二つでは済まないかもしれない。


「全部承知の上です」


 それでも、真っ直ぐに見詰めてくる瞳には、覚悟の意思が宿っていた。

 微塵の揺らぎもなく、何があっても全てを受け入れると語っている。


 ただ、その問題はリオにだけ降りかかるわけではない。

 共に居る以上は、和樹達も当然のように無関係ではいられないのだ。

 せめてもう少し時間が空けば色々と手も取れただろうが、事が公になれば、和樹達だけではなく、ギルドの方にも色々と迷惑がかかるだろう。

 最悪、追放される可能性すら否定は出来ない。


 しかしそこで仲間の方を眺めてみれば、苦笑だったり笑みだったり肩を竦めたりと、どうやら好きにしろということらしかった。

 それは時間がないというのもあるのかもしれないが、おそらくはどれだけ時間があったとしても結論に違いはなかっただろう。


 そして和樹の答えは、リオを助けたあの時点で決まっていた。


「……分かった。なら、そうだな……雪姫、任せていいか?」

「分かりました、任せてください」

「というわけで、リオは雪姫と同行だ」

「分かったです。よろしくお願いするです」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「やることに関しては改めて言うまでもないだろうが、街への報告と街の周辺での遊撃だ。どっちもしっかりやれよ?」


 街への報告も入ってることに、リオは僅かに驚きの表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締めると頷く。

 それに頷きを返し、周囲を眺めれば、今度こそ問題はなさそうだ。


「それじゃあ、行くぞ」


 互いに頷き合い、まず雪姫とリオが、少し遅れてマルク達が街に向けて駆けていく。

 その背中を眺めた後で、前を向くと、和樹も自分のやるべきことに向けて駆け出すのであった。

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