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死の予感

「うん? ……ふむ、どうやらギリギリで間に合わなかった、かな? まあ本気で間に合わせるつもりがあったら、もっと前に伝えてたわけだけど」


 とはいえ、別に間に合わせないつもりだったわけでもない。

 どっちでも構わないと、そう思っていただけのことだ。


「ま、どうせ彼が何とかしてくれるだろうしね。ボクはここで、高みの見物とでも洒落込もうか。単に出来ることが何もないとも言うけど」


 視線の先にあるのは、雲一つない空。

 嵐の前の静けさ、とでも言うべき光景に、少女は満足そうに一つ、頷きを作った。













「うにゃあ……」


 視線の先の光景を眺めながら、ミアは呻き声ともつかない何かを搾り出した。

 それがどんな感情によって搾り出されたものなのかは、分からない。

 そもそも本人が理解できていないためだ。

 恐怖か、絶望か、諦観か、或いはその全てか。

 碌なものでないことだけは、確かであったが。


「こんなんどうしろっていうにゃ……」


 物陰に隠れたまま、地面に伏せるように身体を低くし、唸る。

 先ほどから頭の中では警告音が鳴りっぱなしだが、そんなものは見れば分かるのだ。

 しかし分かっていたところで、どうしようもない。

 何故こんなことにと悔いたくもなるが、それに意味などはなかった。


 ミアはあの話し合いをする前から、一部冒険者の動向に妙な点があることに気付いていた。

 というよりは、だからこそあんな結論に至ることになった、と言うべきだろうか。

 でなければ、どれだけ気に食わないとしても、邪推から冤罪と成りかねない結論を導くようなことはさすがにしない。


 それをあの場で説明しなかったのは、信頼関係のなせる業といっても過言ではないだろう。

 ミアがそう言うからには、確信があるのであり、そこを疑う必要はない。

 マルク達がそう思ってくれるのを知っているからこそ、わざわざ説明することはしなかったのである。


 ただ、少し意外だったのは、カズキ達がそこに言及しなかったことだ。

 ミアとマルク達の付き合いはそれなりに長く、冒険者となる前からの付き合いでもあるからして、確かな信頼関係を築くことが出来ている。

 だが当然のように、カズキ達とはそうではないのだ。

 共に同じ家に住んでいる、という時点である程度の信頼は互いに持ってはいるだろうが、それは互いの言うことを無条件に信じられるほどのものではない。

 少なくともミアならば、カズキが言ったことの全てを頭から信じるということはないだろう。


 もっとも、それを言い出すと、そもそも一度依頼で一緒だっただけの相手を家に泊める、という行為が有り得なくはあるし、事実当初は色々と疑ったりもしたのだが……今では、それがカズキ達の性質なのだろうと半ば納得してもいる。

 だからこそ、意外だったのは少しでしかないのだ。


 ともあれ、ミアが気付いた妙な動向というのは、その冒険達の向かう狩場が、普通あまり行かないような場所だということであった。

 冒険者の赴く狩場というのは、基本的にほぼ同じ場所であることがほとんどだ。

 これには幾つか理由があり、確かに獲物が被ることが多いが、実際にはそれほどの数を狩れるような冒険者は少ないこと。

 その懸念を心配するよりは、何かあった時のフォローを頼めるような者が近くに居る方がメリットが大きいこと。

 そもそも同時に複数の魔物を相手に出来る力量を持つ者が少ないため、逆に魔物の数が多すぎると危険であること。

 複数の目があれば、いざという時の抑止力になりやすいこと。

 そういった諸々のことを考えていけば、一箇所とは言わずとも、同じような場所に複数の冒険者達が集まるのは自然のこととすら言えるのだろう。


 勿論そうなると、魔物が居るのに誰も狩らない、という場所が発生してしまうが、何も冒険者は同ランクの魔物だけを狩るわけではない。

 安全を優先に考え、敢えて下のランクの魔物を狩る冒険者も存在しており、そういった者にとっては冒険者の数は少ない方がいいのだ。

 そうして上手い具合に散らばり、それでも狩り切れない魔物などは、時折ギルドが間引きの依頼を出すことで対応している。

 ランク三以上の狩場はそうもいかないので、極稀に事故が起こったりもするのだが、それはどうしようもないことと言えた。


 何にせよ、特に低ランクの冒険者達は群れて何ぼ、という傾向さえあるのだが、ミアが知った冒険者達はその常道から外れていたのである。

 ランクが高かった、ということはない。

 見るからにランク一だったというのに、敢えて人の少ない狩場へと向かっていたのだ。


 人の少ない狩場に低ランクの冒険者が向かうなど、理由は限られている。

 人に見られたくないような何かをしているか……或いは、避けているその場所で何かが起こるのを知っていたか、といったとこだろう。


 前者に関しては候補が多すぎて絞りきれないが、後者に関しては、状況を考えれば間違いなく魔物の活発化の件だろう。

 アレも厳密に言えば、魔物全体の活動が活発化しているわけではないのだ。

 あくまでも一部地域に限定しており……それはちょうど、冒険者達が固まるような場所で発生していた。


 とはいえそれだけならば、偶然ということも否定は出来ない。

 人が集まればそれだけ予想外のことが起こりやすい、というのは間違いなくあるからだ。

 だがそこまで重なると偶然と考える方が無理があり、となれば彼らは知っていたと考える方が自然である。


 しかしその彼らはランク一――独自の情報があるわけでもなく、調べることが出来るはずもない立場だ。

 とはいえそれは本来ならば、の話であり……後ろ盾となるような誰か、或いは何かがなければ、の話ではあるが。


「まあ、それだけならどうでもよかったんにゃけど……」


 解体屋がこの街で力を持ち、何か碌でもないことを企んでいる、というようなことは、少し調べれば誰にだって分かるようなことだ。

 おそらくは多少の関わりがあればランク一にすら分かっているだろうし、ギルドもそれを知りながらも見逃している節がある。

 そしてそれがどんなものなのかもまた、少し考えれば誰にだって分かるようなことなのだ。

 事が事だけに表には出ないことではあるし、軽々しく表で喋っていいことではないが、大体の者は知っているだろう。

 その上で、冒険者もギルドも、何もしていないのである。


 だがまあ、そんなものだろう。

 ギルドが国付きになっているのは、あくまでも結果的であるに過ぎない。

 そこに不満を持っている者もいるし、どうでもいいと思っている者も多い。

 その割合を考えれば、仮に正義感等から何かしらの行動を取ろうとしたものが居たところで、潰されてしまうのがオチだ。


 冒険者も似たようなものではあるが、こちらはもっと酷い。

 こういった言い方はミアはあまり好きではないのだが……所詮は冒険者なのだ。

 どれだけランクが上がり、周囲から認められたように見えたとしても、最底辺なのである。

 自分達さえよければいいという者達が、大多数なのだ。


 勿論そうではない者達も居るが、例えばこの街にそんな冒険者が居たとするならば、その者達はきっと開拓にも前向きで、協力的であっただろう。

 しかしその者達は全滅している。

 残された者達が何もしないのは、当たり前であった。


 だから、それは別にどうでもいいのだ。

 とはいえ、何も投げやりであったわけでもなければ、他人事のように思っていたわけでもない。

 単に、いざとなればどうとでもなると思っていただけなのである。

 何せミア達は、ランク五だ。

 ランク五は武力だけでなれるものではないが、同時に隔絶した武力がなければなれないものでもある。

 例え街一つを相手取ることになったとしても、遅れを取るつもりはなかった。

 なかった、のだが――


「うにゃあ……」


 再度唸るが、その程度のことで現状は好転しない。

 迂闊すぎたとも、自惚れが過ぎたとも思い、自省はするものの、やらなければならないことであったのも事実である。

 そしておそらくはその時点で、もうどうしようもないことであった。


 ミアがしていたことは、とりあえず魔物が活発になってるその原因を探るというものであった。

 それが最重要だろうという勘が働いたのもあるが、最も手っ取り早く調べることの出来たものだからでもある。


 冒険者の方を探るのも簡単ではあったが、その手間分の情報を得られるとは思えなかったのだ。

 おそらくは低ランクの冒険者にも何らかの手伝いをさせているとは思うが、まさか重要な何かを任せるはずがないだろう。

 冒険者は自分達さえよければそれで構わないが、だからこそ何をするか分からないのである。


 対策はしているとは思うが、万が一明るみに出たところで釈明可能なことしかないだろう。

 それは状況を掴むための切れ端にはなるかもしれないものの、辿る為の手間を考えれば旨みは薄い。

 ならば本命に近いだろう方を調べるほうが手っ取り早く、相応に危険ではあるだろうが、修羅場程度今更である。

 いざとなれば、最低限の情報だけを得て離脱すればいい。

 それは自信から得られた思考であるし、過信とは言えない程度の実力をミアが持っていたのは事実だ。

 少なくとも、ミアがそう判断するのは、その状況などからすれば間違いではなかったのである。


 では何が間違いだったのか。

 それは――ミアの視線の先に居る、その存在そのものだろう。


「そもそも、なんであんなものがここに……にゃ、どうしてあんなものが存在してるにゃ……」


 聞いてないにゃ、などと神に恨みを放ったところで、やはり現状はどうしようもない。

 どうしようもないが……それでも、現状を考えればこそ、言わずにはいられなかった。


 ミアが居る場所は、ランク四の狩場の一つである。

 魔物の動きなどを追ってきたら、ここに辿り着いたのだ。


 ランク四の狩場ということを考えれば、危険なのは当たり前である。

 ものによっては、ミアでも苦戦することはあるだろう。

 だがそれは戦おうとすればの話であり、回避する方法などは幾らでもある。

 警戒を怠ることはなかったし、油断などは微塵もなかった。


 ――その瞬間に死を感じるまでは、確かにそう思っていたのである。


 咄嗟に身を潜めることが出来たのは、そういった場所を狙って移動していたからではあるが、その瞬間に死ななかったのは間違いなく運によるものだろう。

 少なくともミアには、そうとしか思えなかった。


 同時にだからこそ、それから視線を外すことは出来なかった。

 そうして見ていてさえ、次の瞬間には自分の首が宙を舞っている光景を幻視するのだ。

 外したら最後、一秒後に生きていられる自信は微塵もない。


 視線の先に居るそれは、身体の大きさとしてはそれほどでもなかった。

 ホーンラビット程とは言わないが、マッドベアーよりも小さく、その八割もあればいい方だろう。

 少なくとも、この場に居るのに相応しいものではなかった。


 基本的に魔物というのは、ランクが上がる毎に体格も大きくなっていく。

 これは単純な理由だ。

 大きいということは、重いということであり、重いということは、ただそれだけで凶器となる。

 例えばマッドベアー一体と、その全体重と同じだけの重量が腕一つにある魔物とを比べるのであれば、どちらが脅威かなどは考えるまでもないだろう。


 また、大きく重いから遅い、と考えるのは早計だ。

 というよりは、事魔物に限って言うならば、はっきりと間違いだと言ってしまっても構わない。

 確かに体重が重いということは、それだけ足にかかる負担が増すということであり、それは移動をするにあたって障害となる。


 だがそれはつまり、ただ立っているというだけで常に足腰が鍛えられる、ということでもあるのだ。

 特に魔物は、鍛えれば鍛えるだけ強力となる存在である。

 負荷によって鍛えられたそれは、負担を遥かに超える力を魔物に与えるのだ。


 勿論中には例外もいるし、人がそうであるように魔物にもスキルというものがある。

 しかし鍛えられ高められた身体能力というのは、それだけで一つのスキルとも言えるのだ。

 レベルを上げて物理で殴れという格言もあるように、極まった身体能力は、それ一つで極技クラスのスキルにも匹敵し、生半可なスキルでは太刀打ちできないのである。


 ――逆に言うならば。

 それでも対等に、或いは上回れるというのならば、それはそれだけ所持しているスキルが強力だということであり……ランク五の魔物というのは、ほぼ全てがそんなものばかりであった。


 ランク五。

 それは要するに、規格外の総称だ。

 そこから先は判断するための物差しが存在していないから、全てを纏めて押し込んでいるに過ぎない。


 そしてそんな規格外の冒険者と呼ばれるミアであるからこそ、それが何であるのかがよく分かる。


「……ランク五」


 それも、ランク四から少し足を踏み外した程度の、ランク五の冒険者程度で相手に出来るものではないレベルの存在だ。

 規格外であるからこそ、そこにはピンもあればキリもいる。

 都市を滅ぼせるようなものもいれば……それこそ、国を滅ぼせるようなのもいる。

 アレは、そういうものであった。


 つまりは、国中のランク五を揃えてすら、勝てるか分からないような魔物である。

 幾らランク五とはいえ、ミアがどうにか出来るようなものではない。

 というか、こんなところに居ていいものではないし、そもそも存在していいものでもない。

 そんなものは昔話とか、邪神を倒すような英雄が居るからこそ辛うじて存在が許されるのであって――


「――あ」


 白銀の毛並みを持つそれが、ゆっくりと振り向いた。

 彼我の距離は、キロを優に超えている。

 だがそんなものは無意味だ。

 ミアが見えているのだから、それが見えないわけがない。

 目が合ったと思えるのも、気のせいなどでは有り得ず――


 ――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。


 咄嗟に飛び退けたのは、幸運以外の何物でもなかった。


 轟音と共に、隠れていた場所ごと周囲が吹き飛んだ。

 それでも生易しいと思えるのは、事実それは軽く薙いだ程度でしかないからだろう。

 本気で攻撃されていたら、飛び退いたところで意味などなかったかもしれない。

 そういった意味でも、運がよかったと言える。


 もっとも、中でも最も幸運だと思えたのは、カズキと出会えていたということであった。

 そうでなければ、危険察知などを手に入れることは出来ず、反応すら出来ないままに先の一瞬で既に肉塊と化していただろう。


 危険察知というスキルは、取得する方法自体は非常に簡単である。

 文字通り、危険の中に身を置き続ければいいだけだからだ。

 敢えて言葉にして現すならば、死の危険を百回感じ取る、ということになる。


 だがこれは一部の人間にとっては、非常に難しいことでもあった。

 ゲームであるからこそ、死の危険などという曖昧なものを感じ取るのは難しいのだ。

 それでも遊んでいる内に大抵はそれとなく覚えることの出来るものではあるのだが、中には覚えないまま高レベルになってしまった者なども存在していた程なのである。


 そしてそれは、特にこの世界では顕著であった。

 ただしどちらかと言うならば、逆方面に、である。

 死が日常の一部と化しているような場所では、死の危険などは当たり前過ぎて感じ取れるようなものではないのだ。


 さらに無駄に才能があったりすると、これはさらに悪化する。

 死は当たり前なのに、才能があるからそれを悠々と超えてしまうのだ。

 死の危険がそこにあるのに感じられず、だから危険察知を覚えることは出来ない。

 ミアは……というか、マルク達は全員がこれに当てはまっていた。


 なのに覚えることが出来たのは、カズキのおかげである。

 死の危険が感じ取れないのに、どうやって感じ取らせたのか。

 答えは単純である。

 圧倒的な死を、力を、目の前で見せてやればいいのだ。


 これは新人冒険者をランク五の魔物の前にぽいっと放り投げる行為に近い。

 例えどんな愚鈍であろうと、才能があろうとも、そこに死の危険を感じられない者は存在しないだろう。

 ただし実際にやったらその次の瞬間には肉塊と成っているだろうし、精神的な負荷が高すぎて、覚えることは出来たものの、ミアはその後で三日ほど寝込むことになったのだが……その甲斐は間違いなくあったと言えた。


「まあ、このまま生き延びられたら、の話だけどにゃ」


 軽口のようなものが呟かれるが、これは単にそうでもしなければこのまま押し潰されてしまいそうだからだ。

 対峙しているだけで分かる力量差。

 抵抗する気力が秒毎に削られていき、今すぐにでも全てを投げ捨て楽になってしまいたくなる。


 それでも投げ出さないのは、最低限の意地ぐらいはあるからだ。

 汚名返上を誓っておきながら何も出来ないなど、許せるわけがない。

 例えここで死ぬのだとしても、それは最後まで足掻いた後でのことである。


「……足掻くことですらも、難しそうだけど、にゃ」


 白銀のそれが動かないのは、おそらくはただの気まぐれだろう。

 様子見、などということは有り得ない。

 向こうの方が強いのは、どう考えても明らかだからだ。


 そもそも、仮に逃げ延びることに成功し、こんなのが居ることを知らせることが出来たところで、どうするというのか。

 抵抗することは無意味だ。

 ミアに死の恐怖を味あわせることの出来るカズキだとしても、どうにか出来るのかは分からない。

 そしてミアは少なくとも、カズキ以上に強いと思える冒険者の存在を知らなかった。


 とはいえ逃げたところで、どうなるのか。

 それにとっての距離というのが、どれだけ意味があるのかが分からない。

 先ほどのあの距離を、ほんの一瞬で移動するのだ。

 気まぐれにあの街のある方向へと足が向けば、僅かな時間の間に辿り着き、そのまま気まぐれのままに滅ぼされてしまうだろう。


 大体これは解体屋のやろうとしていたことと関係があるのだろうか。

 無関係とは思わないまでも、何となく予想外のことが起こっているのだろうという予感がある。

 こんなものを人の手でどうこうするなど、どう考えても不可能だからだ。


 これは天災だ。

 人に出来ることは、ただ祈ることだけ。

 それが現れないように、訪れないように。


 解体屋はどこかで誤ってそれに触れてしまったのだろう。

 結果がこれだ。

 既に誰に何を伝えたところで、どうにか出来るような段階にはない。


 それでも。

 それが分かっていても、やはりミアは諦めるつもりはなかった。


 無意味でも、不可能でも、せめて最後の一瞬までは――


「……っ」


 ――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。


 瞬間、ミアは悟った。

 自分が今から死ぬということを、だ。


 危険を察知出来ようが意味はない。

 相手の攻撃可能範囲がこちらの逃走可能範囲を超えていれば、何をしたところで変わらないのである。


 先ほどかわすことが出来たのは、距離があったからだ。

 そしてそれは既にほぼゼロに近い。

 どうしようもなかった。


 だがそれでも、ミアは最後まで諦めることはなかった。

 前を見据えながら、存在しないものに手を伸ばし続け――


「……まったく、何をしているのかしらね、わたしは。アレを一人で相手にしようなんて、無謀にも程があるわ」

「…………にゃ?」


 言葉と共に、白銀のそれが視界から消えた。

 否、それは正しくない。

 遅れて聞こえた轟音と、次の瞬間、地面に叩きつけられていたそれが証拠だ。


 何が起こったのかは分かる。

 攻撃して、吹き飛ばされたのだ。


 しかしそれが分かるのは、あくまでも状況からの推測に過ぎない。

 攻撃の瞬間どころか、それが当たった瞬間すら分からず……もっと言うならば、隣に居る少女が、いつの間にそこに現れたのかすら認識できてはいなかった。


 ただ間違いなく事実として分かるのは、少女がミアを助けてくれた、ということである。


「え、えっと……にゃ?」


 だが何かを言わなければならないとは思うのだが、その内容が思いつかずに言葉に窮す。

 というよりは、突然のことに頭が付いていっていない、というべきだろうか。

 完全に死を覚悟していたというのも、一因ではあるのだろうが。


「さて、咄嗟に出てきてはみたものの、どうしたものかしら。正直なところ、あまり有効な手段というものはないのよね。爆薬でもあれば別なのだけれど、さすがにこの世界にはないようだし……アイツ作れたりしないかしら? 今回のを借りということにして、色々と要求してみてもいいかもしれないわね。半分ぐらいはアイツのせいといっても過言ではないのだし」


 そんなことを呟きながら、少女の視線が動いた。

 黒い髪が流れ、黒の瞳の中にミアの姿が映る。


「とりあえず、アレはわたしが何とかするから、あなたは帰ってもいいわよ? いいえ、帰りなさい、と言うべきかしらね。アレが動いたのと連動して、あっちは色々と大変なことになっているでしょうし。……予想外のことが起こっているのに、結果的に狙い通りの展開になっているのが腹立たしいわね」


 その言葉に反論しようとし、しかしミアはその口を噤んだ。

 大変なことというのが気になったのもあるが、それよりも自分がここに居たところで無意味だということに気付いたからだ。

 いや、無意味というのは少しオブラートに包みすぎだろう。


「……分かったにゃ。どうせあちしがここに残っても足手纏いだろうしにゃ」

「ええ、察しがよくて助かるわ。今動くことが出来れば、止める事は不可能でも、多少の猶予は得られるでしょう」

「その内容は教えてもらえないのかにゃ?」

「時間が惜しいし、わたしも余裕があるわけじゃないの。それに、どうせ見ることになるわ」


 色々気になること、言いたいことはあったが、その全てを飲み込んで背を向けた。

 少女は冷静でいようとはしているようだが、何処か焦っている節もある。

 多分本当に急がなければならないようなことが起こっているのだと、そう察したからだ。


 だがそれでも、最後に一つ言わなければならないことがある。


「ありがとうにゃ。助かったにゃ」

「どういたしまして」


 背中を向けたままであるので、少女がどんな顔をしてそう言ったのかは分からない。

 しかし振り返ることはなく……背中から感じる重圧から逃げるようにして、ミアは勢いよくその場から駆け出したのであった。

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