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異変と燻り

 ふと、久しぶりだなと、和樹はそんなことを思った。

 見上げた先には、青く晴れ渡った空。

 周囲に広がる喧騒は、少々煩いぐらいではあったが、だからといって邪魔に思うほどでもない。

 隣を見れば、そこに居るのは気安いと言っていいだろう相手であり……こうして二人だけで居るのは、本当に久しぶりであった。


「そういえば、こうして二人だけで居るのは、随分と久しぶりな気がしますね?」


 そんなことを考えていると、ほとんど同じような感想が雪姫の口から放たれた。

 ついその顔をマジマジと眺めてしまい、自然と苦笑めいた笑みが浮かぶ。


「え……な、なんですか? 別におかしなことは言ってないですよね? もしかして、何処かおかしいですか?」


 そう言って自分の身体を見渡しだした姿に、今度こそはっきりとした笑みが浮かんだ。

 申し訳ないとは思いつつ、その様子が妙におかしかったのである。


「いや、悪い、そういうことじゃなくてだな……雪姫が言ったのとほぼ同時に、同じようなことを思ってたから、つい、な」

「えっ? ……ふむふむ、なるほど……まさか、考えることまでも同調してしまうとは。やはり私達は運命の赤い糸で結ばれていたということですね!」

「同調することと赤い糸は何の関連性もないけどな」


 いつも通りの戯言に、いつも通り適当な言葉を返しながら、歩を進める。

 別に遊びに来たわけでもなければ、当然のようにデートなどをしているわけでもないのだ。


 背負っている袋からは相応の重さが肩へと伝わり、中の物同士がぶつかって、音を鳴らす。

 入っているのは、マッドベアーなどの主にランク三の魔物の素材である。

 要するに、和樹達はそれを換金しに来た、ということであった。


「それにしても、こういう時にはつくづくアイテムボックスも使えてたら、と思うな。そうすれば、肉や毛皮は嵩張るから置いてくる、ってこともなかっただろうに」

「確かにその方が便利ではあったでしょうが……その場合、テオさん達とはまったく関わっていなかった可能性もあります」

「あー……確かに、アイテムボックスが使えるなら、そもそも解体を気にする必要がなくなるのか」

「倒したものをそのまま提出してしまえばいいだけですからね。諸経費がかかってしまいますが、正直そこまで気になるほどのものでもないですし」

「つまりテオ達を雇う意味がなくなる、か。その場合、自然とリオと関わってた可能性も消えるわけだし……リオの身がどうなってたかってのは、あまり考えたくないことだな」

「どう考えても、愉快な状況にはなりませんからね」

「ふむ……つまり結果的には、アイテムボックスが使えなくてよかった、ってことなのか?」

「あくまでも結果論でしかありませんが……まあ何事も、いい面もあれば悪い面もある、ということではないでしょうか?」


 そんなことを話している間に、見覚えのある建物の姿が見えてくる。

 改めて言うまでもなく、ギルド会館であった。


 和樹達が何故二人だけでそこに訪れているかというと、リオの暴走の件で若干うやむやになってはいたが、そもそもリオが暴走したのは、テオ達が襲われかけたからである。

 下手人の身元は確認が取れていないが、その際の発言などを聞く限りでは、ほぼ間違いなく解体屋の関係者であるとのことだ。

 それを考えれば、テオ達を街に連れて来るわけにはいかないだろう。

 周囲に居れば守りきれる自信はあるが、街の中では人の数も多く、さすがに万が一のことを警戒しなければならなかった。


 となると、三人は除外するとして、残りは誰が来ても大丈夫ではあるだろうが……かといって全員で来てしまうのも、それはそれで問題だ。

 あそこに屋敷があるのは、既に公然のこととなっており、遠く危険ではあるが行けない場所ではない。

 街中ではないためきちんと警戒していれば問題はないが、少なくともそのために警戒と対処が可能な人材が残っている必要がある。

 諸々のことを考えた結果、和樹と雪姫が街に来て、残りが館で待機ということになったのであった。


 ちなみに荷台を持ってきていないのは、これも万が一のことを考えてである。

 別に荷台を壊された程度問題はないのだが……荷台は和樹達のものではないし、それはかつてテオ達が自分達の財産をはたいて買ったものだ。

 幾らでも買い換えられるとはいえ、壊される可能性は避けるべきであり、正直それでも問題はない。

 新しいものを買っていないのも同様であり、そんなわけで二人は持てる範囲のものだけを持ち、換金に来たのであった。


「というわけで換金と、一応ついでの報告にも来たわけだが……何か少し騒がしくないか?」


 元々ギルドはその性質上、常にある程度騒がしいものではある。

 だが今日はそれが何処か余分に感じられ……もしかしてリオの件と何か関係があるのか、ということを思いながら、遠回しに聞いてみたわけだが……それに対しサティアが浮かべた表情は、苦笑であった。


「確かに少し騒がしくはあるけど、これは別に突然こうなったわけじゃないんだよ?」

「そうなんですか……? 確かに、特に最近はあまりここに来てはいなかったですが」

「まあ、そうだね。そのこともあるし、キミ達はこっちのことをあまり気にしていなかったから知らなかっただろうけど、少しずつこうなるための前兆はあったのさ。表面化したのがここ最近なのは事実だけどね」

「具体的には何があったんだ?」

「ふむ……今のところキミ達に関係はないけど、まあ知っておいて損はないかな? 実はだね……最近ちょっとばかり、魔物の活動が活発になっているように見えるんだよね」


 具体的には、魔物との遭遇率や、単純に数が多いような気がする、とのことだ。

 または逆に遭遇率が減っていたり、数が少ないような気がする、という話もあるらしい。


 だがそういう話がありながらも、見える、という表現なのは、あくまでも体感の話でしかないからである。

 正確なそれらが記録されているわけでもなければ、記録しているわけでもない。

 故に、見える、と、そういうことなのだ。


「でもエリア内の魔物の数ってのは基本的にほぼ決まってるだろ?」

「まあ倒したところからしかリポップしないからね。多少移動するにしてもそこまでじゃないし、普通ならその通りなんだけど……だから、活動が活発になってるように見える、ってことなのさ」

「活発に活動している結果、一部の場所から魔物が移動し、別の場所に来た。そのことで遭遇率が上がり数が増えた、ということでしょうか?」

「少なくとも、そういう風に考えられてる、ってことだね。それが事実なのか否かは、ボクの方からは言及しないけど」


 その何処か遠回しな言い方に、和樹は溜息を吐き出した。

 そもそも、それが事実でないのであれば、サティアはこんな話をしていないだろうからだ。

 大体にして、先ほども言っていたではないか。

 今のところ関係はない、と。

 それはつまり、そういうことなのだろう。


「ああでも幾つか、普通なら有り得ないような報告もされてはいるけどね」

「普通なら有り得ないような報告?」

「そうだね、まあそれを一番最初にしたのはキミなんだけど」

「は……?」


 そんな報告をした覚えはなかったが……いや、と、そこで思い出す。

 もしかすると――


「ホワイトラビット、か?」

「そういうことだね。まああれほどのことは起こっていないけど、ランク二の狩場にランク三の魔物が現れた、という報告とかがあってね」

「え……それって大変なことなんじゃないですか? それに、以前にも同じようなことがあったんですか?」

「ああ、まあ、ホワイトラビットが何故か街のすぐ傍に現れたってことがな。テオ達がそれに襲われてて、偶然通りかかった俺が助けたんだが……」

「なるほど……テオさん達と知り合いだったのは、それが理由だったんですね」

「まあだからそれは問題なかったんだが……そっちは大丈夫だったのか? あの時ほどじゃないにしても、十分大事だろ?」

「まあね。ただ、そこはちょうどとあるクランの子達が狩場にしてたところだったんだけど、その子達が頑張ってくれてね」

「もしかして、倒したんですか? そこを狩場にしていたってことは、ランク三だったんですよね?」

「かなりギリギリみたいだったけど、ね。そもそもランク三目前って言われてた子達だし……まあ、ランク二の中でもその子達じゃなければ無理だっただろうけど」

「それは問題にならなかったのか? 実際倒せたとはいえ、かなり問題だろ」

「彼らはそれが理由でランク三になれて逆に喜んでたしね。冒険者の間では、武勇伝のような扱いにはなってはいても、問題にはなっていなそうかな。それ単体では、の話だけど」

「……話の流れからしますと、他にも似たようなことが起こっている、ということですか?」

「そうだね。他はほとんどランク二がランク一に紛れ込んだ、とかいう話だけど、そっちにはランク二の子達がよく混ざってるからね。それほど問題なく狩られてはいるんだけど」


 それはどう考えても、今は問題とはなっていない、というだけのことであった。

 そんなことが続けば、間違いなく何処かで大きな問題となってくるだろう。


「いや……問題になりつつあるからこその、この騒ぎか?」

「ま、そういうことだね」


 周囲に視線を向けてみれば、何処となく冒険者達の顔は険しく、また所々で職員に詰めかかりそうな雰囲気すら漂わせている。

 街中で感じたざわめきを強く、一箇所に押し込めたような感じ、といったところだろうか。


「ああ、もしかして街が少し騒がしい感じがしたのも、そのせいか? てっきり先日のことが原因なのかと思ったが」

「そっちのことは、このこともあってか皆もうあまり気にしてないんじゃないかな? その余裕がない、とも言うけど。まあ、基本この街は冒険者で回ってる街だからね。冒険者がピリピリしてれば、街の雰囲気にも影響はあるさ」

「あまりよくない感じですね……」

「それが分かってはいても、こっちから何かするわけにもいかないしね」

「ギルドは中立、か……」


 揶揄するように呟くも、サティアは肩を竦めるだけだ。

 まあ何かするなどとは最初から思っていないため、今更の話ではあるのだが。

 ともあれ。


「ところで、それは全体的に起こってるようなことなのか? それとも、一部地域限定の話なのか?」


 もしも和樹達が今狩場としているあそこでも起こるようならば、普段よりもさらに警戒度を上げる必要があるだろう。

 ランク四になったところで和樹達には何の違いもないが、テオ達にとっては文字通りの意味で死活問題だ。

 それに、マルク達に注意を呼びかける必要もあるだろう。

 レオンあたりは喜びそうだが、ランク五と言えども、ランク五の魔物相手と常にやりあえるわけではないのだ。

 ランク四を狩るつもりで赴きランク五と出会ったりしたら、少しシャレにならない。


「さて、それはむしろこっちが聞きたい話なんだけどね? 何せそっち方面を狩場にしているのは、キミ達しかいないんだから。何か変わったこととかあったりしないかい?」

「特にそういうことはなかったと思いますけど……なかったですよね?」

「ない……はずだな。まあ一応帰ったらマルク達にも話聞いてみるか」


 ないだろうとは思いつつも、サティアの顔を見やる。

 再度肩を竦められ、和樹は溜息を吐き出した。


















 というわけで、戻って早々に話をしてみたわけだが――


「特にこっちではそういうことはないかな? 皆は何か気になることとかあった?」

「わたしも特にないかしらね」

「以下同文にゃ」

「むしろオレとしちゃ起こって欲しいぐらいなんだがな……ランク五が唐突に乱入してくるとか、滾るじゃねえか」


 色々な意味で予想通りのことに、和樹は安堵と呆れの混ざったような息を吐き出した。

 まあとりあえず、そっち方面のことはあまり気にしなくてもよさそうである。

 勿論、油断は大敵だが。


「むしろ、そっちに何もなかったのかが僕としては気になるけどね」

「残念ですが、何もありませんでした……勿論性的な意味で、ですが」

「黙ってろ馬鹿。こっちも特に何もなかったな。視線を感じることすらなかったから、多分今日は最初から何もするつもりがなかったんだろう」

「平穏なのは、いいことなんだけれどね……」

「ふむ……もう何もするつもりはないのか、それとも今はそんな余裕がない、ということなのか。あっちはその性質上下位冒険者が多いはずだし、放っておけば離れかねない。その人達のフォローをするとなると、それなりに人手が必要だろうしね」

「実際どうなのかは、今すぐ判別するのは無理にゃね。それが収まってからじゃにゃいと……収まるものなのかは分からにゃいけど」

「というか、話を聞く限りでは、あの時点では既に今回のことが始まってたみたいなんだが……となると、その最中にテオ達をどうにかしようとしたってことになるんだよな」

「んー、意外とその時点で余裕があったのか……んにゃ? もしかして、逆なのかにゃ? そんなことが起こってるからこそ、排除しようとしたのかにゃ?」

「はぁ? んだそりゃ? んなことして何の意味があるってんだ?」

「いや……そこが本当に繋がるんなら、別に難しい話でもない、かな? 自分達に属してないテオ達……というかまあ、僕達、だね。そんな僕達に邪魔されないため、出来れば排除、不可能なら遠ざけるためだ」

「物騒すぎて、出来ればあまり考えたいことではないわねえ」

「でも、避けては通れないことだ。本当にそうだったんだとしたら、テオ達が襲われたのは捕まえるため、なんだろうね。そこで何らかの交渉材料にするつもりだった、ってとこかな」

「それはこの話がなくてもそうだと思ってたことだけどにゃ」

「七面倒くせえやつらだな……ちまちましたことしねえで正面からきやがれっての」

「レオンに正面から立ち向かえる人は、そう多くないと思うわよ? 勿論、その人達がしようとしていること、したことは許されることではないけれど」

「何にせよ、キナ臭いことになってきたもんだな……」

「ですね……まあそれもまた、分かっていたことではありますが」


 もっとも、その二つが無関係だろうが何だろうが、既に喧嘩を売られた以上は黙っていることなどは出来ないのだろうが。

 状況証拠でしかないし、出来れば面倒事を起こしたくはない。

 そう思ってはいても、向こうがそれを聞いてくれるかは、別の問題なのだ。


 というか、ほぼ間違いなく聞くつもりはないのだろう。

 でなければ、一方的に喧嘩を売ってくることなど有り得ない。

 証拠がなかったというのは、あくまでもそれが失敗したから意味のあることだ。

 成功していれば、何らかの手段をこちらに対し取ってきたはずである。


 或いは、ずっと屋敷に引き篭もっていれば、向こうもちょっかいを出してくることはないのかもしれないが――


「そういうことにもいかなそう、か」

「少なくとも、現在進行形であっちで何かが起こっているのは間違いがないですからね」


 それを放っておくというのも、一つの手ではあろう。

 少なくともそれで当面は、面倒なことにも、厄介なことにも関わらないで済む。


 だがそれが出来るほど和樹達は冷酷ではなかったし、それなりにあの街には世話に恩というものがある。

 それを無視することも出来ず、放っておくというのは、実質的に選択できない手段であった。


 となれば、やることは一つだ。


「僕達はあそこの街に直接的にはそれほど世話になってはないけど、間接的にはそれなりに世話にもなってるしね。カズキ達と出会えたのもその一つだし」

「仮に何かが起こって、それが終わったとしても、その後で間違いなく面倒なことに巻き込まれそうだしにゃ……なら、早めに巻き込まれても大差はないにゃ」

「何しようとしてるのかは分かんねえが、面白そうな匂いだけはしてるぜ? 仲間外れには、まさかしねえよな?」

「何事もないのが一番だけれど……それが出来ないのならば、抗うしかないわね」


 まだ具体的に何をするとは決まっていない。

 そもそも、何が起こっているのか、人為的なのかそうではないのか、それすらも分かってはいないのだ。

 それと解体屋が関係ない場合、そっちも別に対処する必要があるが……それでも、やることに変わりはない。


「しばらくは忙しくなりそうですね?」

「ま、街の様子を探ったりと、ほんの少しだけやることが増えるだけだ。そこの猫娘なんかは、そういうの得意そうだしな」

「その得意だと思ってた自信を粉砕しといて、よく言ったもんだにゃ」

「それは責任転嫁って言うんだぜ? 知ってたか? 他人のせいにする前に、テメエのその下手くそなもんをどうにかすんだな」

「むぅ……筋肉ダルマの癖に正論吐くとか生意気にゃ。いいにゃ、見てるがいいにゃ! ここで頑張って、汚名返上名誉挽回、にゃ!」

「ふふ、そっちは頑張ってくれそうだし、わたし達はどうしようかしら?」

「情報がある程度揃ってからが本番だろうけど、関わると決めた以上は僕達も暢気にしてるわけにもいかないしね……なら、僕達はこの周辺を調べてみようか。ここら辺もここ辺で、色々とキナ臭いし、ね」


 互いにやることを確認しながら、顔を見合わせる。

 そして、その決意を示すように、頷き合うのであった。

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