新しい仲間
どさり……いや、どしん、だろうか?
そんな擬音と共に放り投げられたそれを眺め、和樹は掌で顔を覆いながら、溜息を吐き出した。
それを投げた当の本人は、その前で、どうですか、存分に褒めるといいです、とでも言いたげに薄い胸を逸らしているが、それもまた溜息の対象だ。
だが同時にそれは、和樹自身へと反省をもたらせるものでもあった。
倒す魔物をどうするべきという目的を話すのを、すっかり忘れていたことに気付いたのである。
だからこそ、何か言葉を待っている様子のリオには悪いが、掛けるべき言葉を持たなかったのだ。
望む結果ではなかった以上褒めるのは違うが、説明していなかったことを考えれば怒るのもまた違うだろう。
さてどうしたものかと考え――
「あ、あの……もしかして、リオ何か間違えたです?」
直後、一転して不安げにそんなことを言ってきたリオの姿を目にし、和樹は再度溜息を吐き出した。
しかしそれは、先のものとは種を別にするものだ。
先のそれとは違い、今度のは気付かれないようそっとであるし、何よりも呆れたのは完全に自分に対してであった。
誰が悪かったのかなど、一目瞭然だろう。
そしてリオは間違いなく、自身に出来る最善を尽くした。
ならばすることなどは、一つである。
「いや……ちゃんと見てたし、見事だったぞ。まあ、気の弱い奴が目にしたらちょっとしたトラウマになったかもしれない光景が展開されてたけどな」
「あ……ふ、ふふん、当たり前の結果です! この程度の魔物狩るのに、苦労なんてするわけねえのです!」
数瞬前までの様子は何処へいったのか。
泣いたカラスが何とやら、といったところではあるが、不安そうな顔をしているのよりは何倍もマシだろう。
ともあれ、そうしたところで、改めて地面に転がっているそれへを眺める。
上から半分が、綺麗に吹き飛んでしまっているマッドベアーの死体を、だ。
和樹が稀に作り出してしまっていたそれと異なるのは、リオはどう考えてもわざとそうしたのと、上半身は吹き飛んだというよりは、バラバラになった、というような状況であったことである。
前者に関しては考えるまでもない。
今のリオの様子と、明らかに全力で攻撃を仕掛けていたこととを合わせれば明白だろう。
後者の方は、そのままだ。
衝撃を受けきれずに吹き飛んだそれは、ミンチになりながら周囲にばら撒かれたのである。
トラウマというのは、そういう意味であった。
そのため肉や毛皮は無理でも、爪や牙ならば或いは残されている可能性はあったが……まあ、さすがにそんなものが散らばってる中であるのか分からないものを探すのは誰だって嫌だろう。
少なくとも和樹は嫌だし、誰にやってこいと言うつもりもない。
例えそれを掻き集めれば、ランク三だろうと無視することは出来ない額に換金できるのだとしても、だ。
ただそれは、あくまでもそんな状況だからであって、常に無視していいわけでもなければ、そもそも状況そのものを作り出すべきではない。
とりあえずは、何故そんな真似をしたのかを、聞きだす必要があった。
「ところで、見事なのは確かだったんだが……何でここまでしたんだ? リオなら無傷とはいかなくても、与える損傷は最小限で済ませられたはずだろう?」
「へ? そりゃ勿論出来たですけど……そんなことやっても意味ねえじゃねえですか。上の方は正直美味くもねえですし、大きすぎてここまで持ってくるの面倒でしたし……まあその分量は減っちまいますけど、あと二、三回同じことをすれば十分ですし。それとも、もしかして皆沢山食うです?」
首を傾げているリオは、どうやら本気で言っているようであった。
何となくそんな気はしていたし、ある意味当たり前ではあるのだが……価値観が異なる、ということを改めて認識し小さく息を吐き出す。
さて、どうやって、何処から説明したものかと考えながら――
「あー、というかだな、実は俺達にとってはむしろ上半身の方が重要でな」
「え……もしかしてカズキ達は脳みそとかを食う人です?」
「いや、そうでもなくてだな。俺達に必要なのは、主に爪や牙、それと毛皮だ」
「爪や牙? それはちっと食ったことがねえんですけど……美味いんです?」
「そろそろ食うことから離れろ」
「離れろって言われてもですね、それ以外にどうするです? 食う以外に用なんてねえじゃねえですか」
「いやいや、色々とあんだろ」
「そうだね。意外なところにも加工して使われてたりするし、だから換金額が高いんだし」
「……武器とかに、も」
そんなやり取りをしていると、思わずといった感じでテオ達も口を挟んできたが、やはりリオは首を傾げたままだ。
それは理解できないというよりは、ピンと来ていない、といった感じなのだろう。
「そもそも何で加工とかするです?」
「いや、何でって……」
「別に自分で好きなものを作れるんですから、必要ねえですよね?」
「……自分で、作れ、る?」
その言葉に、今度はテオ達の方が首を傾げる番であった。
ただそちらは、理解できない、といった方面ではあるが。
しかしそれも、無理ないことだろう。
何かを言い間違えているのか、或いは言葉が足りていないのか、などとテオ達は考えているのだろうが、そうではない。
リオはその言葉の通りに、好きなものを自分で作ることが出来るのだ。
そしてそれは、錬金術などとはまた別の方式によるものである。
だがそれを現状で正確に理解するというのは難しいものであり……というか、ほぼ不可能だ。
リオ以外にこの場でそれが出来ていたのは和樹のみではあるが、和樹だって先日にその目で見ていたのと、以前にちらっとそんな話を聞いたことがなければやはり理解することは出来なかっただろう。
雪姫やマルク達も、おそらく嘘ではないのだろう、程度のことは思っているはずだが、さすがに正確に把握するのは無理なことである。
故にテオ達のその反応は、当たり前のことであったのだ。
しかしそれをそのまま流してしまうのは、今後のことを考えればあまりよろしくはないだろう。
和樹がその言葉を補足したのは、そんな理由によるものであった。
「リオが言ってることの意味は、言葉の通りだぞ。……確か、ナノマテリアル、だったか?」
「です。というか、別にわざわざ確認するようなものでも……あれ? もしかして、そうじゃねえです?」
と、そこでようやく、リオは自分の認識の方がおかしい、ということに気付いたらしい。
皆の様子を眺めた後で向けられた疑問の視線に、和樹は肩を竦めて返した。
「そうだな。少なくとも俺の知ってる限りでは、それを使えるのはリオだけだ」
「ふむ……それは興味深い話だね。少なくとも僕は聞いたことがないものだ」
「詳しいことが聞きたければ、後で本人に存分に聞いとけ。教えてくれるかは知らないけどな。ま、ともかくそれのおかげで、リオは自分の好きなものを作れるわけだが、俺達にはそんなものは使えないからな。何かを作ろうと思えば色々なものが必要で、それの爪や牙とかもその一つだというわけだ」
厳密に言えば魔法などという例外も存在してはいるが、敢えて混ぜっ返して混乱させる必要もないだろう。
大体が、例外は普通ではないからこその例外なのだ。
大部分の人が使えないものに言及したところで、意味はない。
「むむぅ……何となくですが、理解は出来た、です? でも……ということは、やっぱりリオは失敗したですね」
「いや、それはこっちが言ってなかったのが悪いからな。リオはちゃんと自分のやるべきことをしただけで、それ謝る必要はない。まあ次からは考慮して欲しいけどな」
「……分かったです。次こそは、完璧にしてみせるです」
「……汚名挽、回?」
「いやいや、挽回しちゃ駄目でしょ」
「それは返上しとけ」
そんなやり取りを、和樹が苦笑を浮かべながら眺めていると、不意に視線を感じた。
とはいえそれはすぐ傍からのものであり、誰かということを確認するまでもない。
「なんだ、どうした?」
「いえ、色々と言いたいことはあるのですが……つまり、浮気ですか?」
「なんでだよ。色々とぶっ飛びすぎだろ、っていうか、どうしてそうなったのかまるで分からん」
「すみません……しばらく喋っていませんでしたから、このままでは私の影が薄くなるのではと危惧しまして、少し冗談を言ってみました」
「冗談になってない上にその心配は無用のものだから安心しろ」
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
そしてそれが起こったのは、そんな時のことであった。
周囲に魔物の姿がないことは、既に確認済みだ。
というか、だからこそリオはわざわざ離れた場所まで異動する必要があったのだから、それは当たり前のことである。
だが逆にそのことからも分かる通り、周囲とは視認可能な範囲と同義ではない。
そこにまで広げるのであれば、魔物の姿は存在しないわけではないのだ。
つまり魔物がこちらにやってくる、という状況は普通に有り得るのだが……その場合は危険察知が働くことはないだろう。
それよりも先に、普通に察知することが可能だからだ。
では結局のところ、現状はどういうことかというと、可能性として有り得るのは二つ。
通常では有り得ないほどの速度で敵、或いはその攻撃が迫っているか――
「敵がこの場でリポップしたか、か」
とはいえそれも、警戒していれば何の問題もないことである。
呟いた瞬間には、既にそれの頭部は吹き飛び、消滅していた。
「お見事です。やはり咄嗟に反応とかでは敵いませんね」
「さすがにここでまで負けてたら身の置き場がないからな。まあとはいえ、相変わらず咄嗟だとやり過ぎになるわけだが……言ったばかりでこれだと、示しが付かんな」
それでも止めることはなかったのは、放置して万が一のことがあったら困るからだ。
テオ達も正面からならばランク三程度の魔物相手の攻撃は捌けるようにはなってきたが、さすがに奇襲だと厳しい。
位置的にも雪姫がほぼ確実に反応できてはいただろうが……それでも万が一のことを考えれば、多少の損害に目を瞑ったほうがマシだろう。
「まあやり過ぎの方はともかくとして、相変わらずいい反応してるよねえ。僕も以前より反応早くなった自信があるんだけど、未だに気付いたら倒されてるし」
「むぅ……あちしは気付いたのとほぼ同時ぐらいにゃ。少しだけ早く反応できるようなってきたんにゃけど、まだまだにゃね……」
「そっちはオレの担当じゃねえからどうでもいいんだが、相変わらず攻撃の瞬間が見えやしねえ……ちっ、まだ鍛錬が足りねえか」
「わたしは全然分からなかったから、少し分かるだけでも十分凄いと思うけれど……」
「ですねぇ……僕も相変わらず全然ですし」
「ま、こっちは最初からんなもんだって分かってる分気楽だけどな……つっても、気を抜くわけにゃいかねえが」
「……いつか、追いつけるように、頑張、る」
ちなみに、皆既に同様のことを何度も経験したことがあるために気楽な様子だが、実は冒険者全体で言えばリポップの瞬間に居合わすというのは割と珍しい。
魔物のリポップが起こるタイミングというのは、その多くが夜だからだ。
故に多くの冒険者は、そのことを知識で知ってはいるものの、リポップの瞬間に初めて居合わせると驚くものであり……それは、リオも同様であった。
「……へ? 今のなんです? もしかして、ここの魔物は転移系を使えたりするんですか?」
もっとも、その種類は若干異なるようであるが。
「いやいや、今のがリポップだよ。まあ、僕達もそうだったし、驚くのは分かるけど」
「リポップ……? リポップって何です?」
「何って言われると困るが……魔物が……何って言やいいんだ?」
「……復活?」
「あー、それが分かりやすそうだな。一度倒した魔物が復活すること、か?」
「え? ……倒した魔物が復活するです? 何それ怖えです」
「……え?」
互いに顔を見合わせ、首を捻りあっているリオとテオ達の姿に、和樹は小さく息を吐き出した。
マルク達の方をそれとなく眺めてみれば、どうやらそちらも驚いている様子である。
驚いていないのは、この場では和樹と雪姫のみだ。
だがそれも、仕方のないことだろう。
何せこの世界では、それが当たり前のことなのだ。
しかも彼らの親どころか、その親が生まれた時点ですらそれは常識だったのである。
彼らが驚くのは、あくまでもリポップとはこんな風に起こるのかという、見慣れぬ現象に対してであり、リポップという現象そのものに驚くということは、彼らにとって想像の埒外なのだ。
和樹達が驚かなかったのは、ゲームという媒体があったからであり、それがなければ和樹達も同様に驚いていただろう。
価値観の相違は、こういったところでも現れるようであった。
「ま、リオには色々と事情があるからな。そんなこともあるだろ」
一応リオのことに関してはそういうことにしてある。
さすがに異世界から来た云々を話すのは時期尚早だ。
この場でリオが異世界出身だということを知っているのは、今のところ本人を除けば、その話をギルドで聞いた……というか聞かされた和樹と雪姫のみである。
まあ別に隠しているわけではないのだが、本人以外が口にしてしまうのも違うだろう。
これからどうするのかは、本人次第だ。
「ふむ、リポップを知らない、か……どんな場所に住んでいたのか、やっぱり興味あるね」
「むむ……もしかして、そんな場所があるのかにゃ? 一体どんな場所なのにゃ……」
「色々と確認が必要そうね。まあ、スキルとかは普通に使えるみたいだけど」
「スキル……って、何のことです?」
「あん? さっき普通に使ってやがっただろうが。それに、なのなんとかいうのも、スキルなんだろ?」
「スキルっての……まあ、あれだ。なんかしようとする時、カテゴリやスキル名が脳裏に浮かぶだろ? その時使ってるのがスキルだ」
「ああ、確かに、なんかたまに頭に浮かび上がりやがりますね。わかんねえですから、今まで無視してたですが……むむ? お、確かにこれ使うとなんか出やがるですね」
と、言っている間に、リオは実際に試していた。
掌の先に小さな弾丸を作成しながら、納得するように頷いている。
「お、それがなのなんとかってやつか?」
「です。にしても、本当に知らねえですか? 皆出来てたですけど」
「皆……?」
「一族の皆です。こっちにも一緒に来たはずですが……」
「その言い方ってことは、どっかではぐれたのかにゃ?」
「……気付いたらリオ一人だけだったです」
「そう……それは心細かったでしょうね」
「ふむ……ということは、リオの目的は、その人達を見つけて合流するってことになるのかな?」
「一応そのつもりではあるです」
「とはいえ、すぐにじゃないんだよね?」
「……まあ、助けてもらった恩とかも、あるですし」
「ま、探しに行くにしても、先立つもんが必要だろうしな、ちょうどいいんじゃねえか?」
「……しばらく、一緒?」
そんな会話を交わしている皆を横目に、雪姫がこちらへと視線を向けてきたが、和樹は肩を竦めて返した。
まあ詳しい話を聞いてみないことには何とも言えないが……正直なところその皆とやらを探すのは難しいだろう。
この世界の何処に居るのか……否、そもそもこの世界に居るのかすらも分からないのだ。
捜索難易度が高いとかいうレベルではない。
だがそれを決めるのはリオであって、和樹達が口にすべきことではないだろう。
出来ることがあるとすれば――
「そうだな、最初からそのつもりではあったが、とりあえずはしばらくはあそこに住みながら、俺達の手伝いでもしたらどうだ? 条件は後で話し合うことになるだろうが、ちゃんと金は出すしな」
「そうですね、色々と知っておいたことも多そうですし。そういったことも教えていきましょうか」
「む……確かに、その方がよさそうです。ですが、ただ世話になるだけのつもりはねえです。魔物がいっぱい必要だって言うんなら、リオがいっぱい狩ってやるです!」
言うや否や、周囲を素早く見渡し、次なる獲物を見つけたらしいリオが勢いよく飛び出していく。
その背を見送った後で、何となく皆で顔を見合わせ……やはり何となく、互いに苦笑を浮かべあうのであった。