いつも通りの始まり
冒険者という者達は、基本的に刹那的な生き方をする者が多い。
宵越しの銭は持たない主義というか、何と言うか。
昼間依頼で金を稼ぎ、夜になったら酒を飲み飯を食らい、朝まで騒ぎ、昼になったら起きだす。
また依頼に行っては金を稼ぎ……と、基本的にはその繰り返しだ。
そして。
やがて魔物に食い殺される。
それが冒険者という者達の生き方の、典型的なパターンだ。
逆に言うならば、大半の冒険者はその最後を理解しているが故に、刹那的に生きるしかないとも言えるだろう。
どれだけ金を溜め質素に生きようとも、死ぬ時は呆気なく死んでしまうのである。
ならば快楽を優先した方が余程マシと、そういうことだ。
そうしなければやっていられない、と言うことも出来るが。
ともあれ。
そうした理由により、朝のギルドというのは、夕方のように混雑してはいない。
大半の冒険者が、未だ夢の中なのである。
もっとも、和樹がそこに居るのはそれを狙ってというわけではなく、単に元の世界からの習慣として朝目が覚めてしまうから、というのが主な理由ではあるが。
二度寝はする気になれず、かといって他にやれるようなこともないから仕方なく来ている、といった感じなのである。
「まあ、ボクとしては暇にならずに済むからありがたいんだけどね」
「別に俺が来なくても、暇になるほど人が来ないわけじゃないだろ」
呆れたように息を吐き出しながら、和樹は周囲を見回す。
混雑していないとはいえ、人がいないわけではない。
受付カウンターに座り、冒険者の相手をする受付嬢は目の前以外にも複数人居るが、その人数を考えれば未だ冒険者の数の方が多いぐらいでなのである。
「とはいえ、彼らの全てがボク達のところに来るわけではないからね。実質的には、ほぼ同数といったところさ」
「……ああ、そういえばそうだったな」
和樹は一人で行動しているために忘れがちだが、基本的に冒険者というのは一人で行動することはない。
その理由は単純であり、普通は魔物と一対一でなど戦うことが出来ないからだ。
厳密には戦うだけならば出来るが、それは遠回しな……いや、簡易的な自殺と何の違いもない。
ゲームではあるまいし、冒険者になったからといって、唐突に魔物と戦えるような力が生えてくるわけではないのだ。
冒険者と名乗るだけの者と魔物が戦えば、一方的に冒険者が殺されるのは当たり前のことである。
故に、冒険者というものは他の冒険者と組もうとするし、ギルドもそれを基本として扱う。
周囲に居る冒険者達も、そのほとんどは複数人の集団――パーティーとして活動しているため、実際に受付に来るのはその中の一人でしかない、ということなのである。
「ボクとしてはキミも早くそうなって欲しいんだけどねぇ」
「嫌味かそれは?」
「いやいや、純粋な親切心からさ。最近のキミはちょっとやる気が低下してるように見えるからね」
「……そういうつもりはないんだけどな」
だが否定しきれるかというと、微妙なところだろう。
事実、結果は出ていない。
やる気はあるが結果が伴っていないだけ、と主張するには、半年という時間は少々長すぎであった。
「ま、実際にはボクもそこまで心配しているわけではないんだけどね。それより、今日はどうするんだい? もっとも、わざわざ聞く必要はない気もするけど」
「そうだな。討伐以外することないしな」
「一応他にも残ってはいるから、検討してもいいんだよ?」
「残ってるとは言っても、割のいいのはなくなってるんだろ?」
「そりゃね。キミは冒険者全般からすれば大分早起きだけど、そういうのを狙ってる人はもっと早いし」
何のことかといえば、依頼の話である。
冒険者がギルドで依頼を受ける場合、まずは受付窓口にまで来る必要があるが、当然のように常に同じ依頼があるわけではない。
内容は依頼主によって千差万別であるし、報酬もまた同様だ。
誰かが受ければその依頼はなくなるし、その優先順位は早い者勝ちである。
だからこそ、割のいい依頼を狙っている冒険者は、朝一でギルドにやってくるのだ。
とはいえ、勿論全ての依頼が無条件に受けられるわけではない。
ギルドが間を仲介しているとはいえ……いや、だからこそ、特定の冒険者にしか受けることが出来ないと判断するような依頼も存在している。
中でも最も分かりやすいのは、魔物の討伐依頼だろう。
これは街から出されている依頼であり、特別に誰がどれだけ受けようともなくなることはない。
リポップの件からも分かる通り、魔物というのは幾ら倒しても倒しきれるものではないからだ。
だが魔物というのは、様々な種類がおり、その強さも様々だ。
故にギルドは把握している魔物の全てを五つのランクに分類し、区分している。
一番下がランク一であり、一番上がランク五。
一つランクが上がる毎に、魔物の強さ、脅威度が上がっている、という寸法だ。
そして冒険者も同様に五つのランクに分けられており、基本的には同ランク以下の魔物しか討伐してはいけないと決められている。
別に破ったところでお咎めなどはないのだが……まあ、大抵の場合は、破った時点でお咎めなど受けることが出来ない状態になっているので、気にする必要はないだろう。
当然同ランクだからといって全ての魔物が同じ強さというわけではないが、そこは冒険者達自身が判断するところだ。
一応ギルド側で最低限の決まりは作ってあるが、結局最終的には自己責任なのである。
ただ、討伐に関しては守る必要はないが、依頼に関しては絶対だ。
魔物を討伐することは出来ても、その討伐依頼を受けることは出来ない、ということである。
何が違うのかといえば、単純に受け取ることが出来る報酬の問題だ。
魔物を討伐したことを証明するためにはその魔物の決まった素材が必要だが、そこで受け取る報酬というのは、その素材の分と依頼達成分の報酬、両方合わせてのものなのである。
だから討伐依頼を受けずに素材だけを提出しても、受けることの出来る報酬はかなり減ってしまうのだ。
また、討伐に関しては無理やりすることも可能だが、依頼に関してはそもそも提示されないので受けようがない、ということでもある。
ランクが設定してある依頼に関しては、それに達していない冒険者の前にはそもそも提示されないのだ。
そのため、無理やり受けようにも受けることは出来ないのである。
ちなみに、現在の和樹のランクは一のままだ。
冒険者のランクが単純な強さを基準にしていればまた違っていただろうが、ギルドはランクの基準を貢献度というものに設定している。
これは要するに、どれだけ依頼を達成したのかという、累積基準だ。
依頼をこなせばこなすだけ積み重なっていき、それが基準値にまで達した時になって、ようやくランクが次に上がる、というわけである。
単純に強さで振り分けていないのは、その基準となるものが存在していないからだ。
ゲームではないのだから、普通はその強さを可視化することなどは出来ないのであり、ならば依頼の達成数という分かりやすいものにしてしまう、ということである。
さらには依頼によって貢献度は異なっており、討伐依頼の方が高い。
というか、基本的に討伐依頼をある程度こなさなくては次のランクに上がれないように設定されており、自然と実力が付く頃に次のランクに上がれるようになっているのだ。
もっとも、それにしたところで気の長い話であり……半年ほどの間、和樹が毎日五件分の討伐依頼をこなしていてもランクが上がらないのは、単純にその程度ではランクというものは上がらないからである。
平均五年。
それが、ランク一から二に上がるために必要な年月であった。
勿論才能がある者によってはもっとその時間が短くもなるが、要するにそれは討伐数が増えるということである。
他の冒険者にしたところで、徐々に増えていくのが当然であり、そもそもホーンラビット五体というのは、ランク一の冒険者にしてみたところで、決して多くはない数なのだ。
まあそれは先にした、冒険者は一つのパーティーを最小構成単位とする、ということにも関わってくるのだが。
何せ基本的なパーティーの人数は、六人である。
つまり一人一匹倒すだけで、討伐数は六体となるのだ。
当然一人で一匹倒すのはそう簡単なことではないのだが、冒険者を続けることが出来ていればそのうち可能になることでもある。
それを考えれば、今のままでは和樹は、五年経ったところでランク一のままだろう。
今のままならば、の話ではあるが。
「さて、まあ、ともかく今回も魔物討伐依頼でいいんだね? ホーンラビットでいいのかい?」
「他に条件に合いそうなのがいればそっちにするんだけどな」
「生憎キミと同じように、こっちの状況も半年前から何も変わっていないからねぇ。ま、何もしようとしてないんだから、当然なんだけどね。今は育成期間のようなものだし、それを待つとなるとあと半年は必要かな? 実際にはそこまで待つ必要はないだろうけど」
「そんな悠長なことでいいのか?」
「色々なところからせっつかれてはいるみたいだけど、こればっかりはね。焦ったところで失敗したら元も子もないし、慎重にいこうとしてるみたいだよ?」
「まあ事が事だけに仕方ないこと、か」
「魔物が存在している土地を開拓していこうっていうんだからね。時間なんて幾らあっても足りないぐらいさ」
城塞都市カルデア。
この街の名であり、同時に開拓都市カルデアなどという名でも呼ばれている。
通称、人類の最前線。
人類の生存圏において西の最果てに位置しており、その先の魔物の存在している土地を開拓せんとする者達の最前線だ。
そしてそれが、この街が冒険者を必要としている理由でもあった。
つまりは、冒険者を開拓のために使用しようということなのである。
厳密には、そのために魔物の露払いをさせるため、ということではあるが、必要であることに違いはない。
この街で冒険者をやっているこということは、開拓に参加するということでもあり……必然的に、和樹もその一員となっていた。
もっとも、和樹がここに居るのは自ら望んでのことではなく、最悪街から離れてしまえばいいだけなのだが、今のところその予定はない。
何だかんだといって、半年もの間世話になっている街なのだ。
何らかの形でその恩を返せるならばそうしようと、今のところはそんなことを考えているのであった。
「ま、それじゃあその時に少しでも力になれるように、今日も頑張りますかね」
「そうだね、キミならきっと、かなりの力になってくれるだろうさ。その時を目指して頑張ってくれ」
そう言って笑みを浮かべる受付嬢に、和樹は肩を竦めて返す。
背を向けると、今日こそはと思いながら、いつもの場所へと向かうのであった。