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目覚めは見知らぬ場所で

 目が覚めた時に思ったことは、まだ夢を見ているか、或いは死んでしまったのだろうということであった。

 だってそうでなければ、この状況の説明が付かない。

 背中が妙に頼りないと思ったら、押せば押すほど沈んでいくそれとか、頭の下にあった、これまた妙に柔らかいものとか。

 こんなものが、現実に存在するわけがないだろう。


「いえ……そういえば、魔女ってやつはどんな幻覚でも見せられるとか聞いたことがあるです。そうして満足させながら、現実ではゆっくりと煮込まれていくとか……まさか、このまま食べられるです!?」

「それはまた斬新な発想だな。というかその魔女は一体何がしたいんだ?」

「――っ!?」


 予想外の距離と方向から声が聞こえ、リオは咄嗟にその場から飛び退いた。

 いや、厳密にはそのつもりだった、というべきだろうか。

 足場が柔らかいという、経験したことのない状況に体勢を崩し、転げ落ちるようにして倒れこむ。

 床には絨毯が敷かれているのだが、さすがに衝撃を殺すようなものにはなっていない。

 小気味のいい音が、その場に響いた。


「元気みたいで一安心といったところだが、大丈夫か? 結構良い音がしたが」

「うぅ……痛えです……」

「まあ、そりゃそうだろうな。幾らすぐに治るとはいえ、半ば不意打ちみたいなもんだったしな」

「不覚です……って、そ、そうじゃねえです!」


 つい暢気に言葉を返してしまったが、リオは現状を思い出すと、すぐさま起き上がり、今度こそしっかりと後方に飛び退いた。

 獣のように四肢を地面に着き、威嚇するように喉を鳴らす。

 だがその相手は慌てることもなく、ゆっくりと立ち上がった。


「ま、警戒するのは分かるし当たり前の反応ではあるが、とりあえず落ち着いとけ。徒労に終わるだけだしな」


 そうしてこちらに顔を向け……そこでようやく、リオはその人物のことを知っていることに気付いた。

 もっとも知っているだけであり、名前も知りはしないのだが――


「……いえ。そういえば、フィーネがカズキとか読んでた……ような気がする、です?」

「ああ、一応そこら辺も覚えてはいるのか。なら話が早そうだな」


 言われ、リオはようやく思い出した。

 何故ここに居るのかは、推測でしかないが……それでも、自分が何をしてしまったのかは、はっきりと覚えている。

 フィーネには許しの言葉を貰ったとはいえ、やってしまったことに違いはなく……だがそこで、ふと首を傾げた。


 半ば無意識的に、喉へと手を伸ばす。

 しかしそうしてみても、喉の渇きは覚えなかった。

 既に日常の一部と成れ果て、慣れ果て……あの時、好き放題に血を飲んでも、一瞬たりとも収まらなかったというのに、だ。


「なんで、です……?」

「ん? ああ、吸血衝動が収まってるのか? なら一安心ってとこだな……」

「吸血衝動、です?」

「言葉の通り、吸血したくなる衝動ってやつだな。一応ある程度までは我慢出来るが、限界を超えたり何か切っ掛けがあったりすると、昨日のように暴走することになる。というか、冒険者殺しの話とかを聞くに、最初の頃は割と頻繁に暴走してたんじゃないか?」

「確かに、その通りですが……でも、ずっと収まってなかったのに、なんでです? それと、何でそんなことを知ってるんです?」

「何で知ってるかっていうと、まあ、そういうことを知ってる知り合いがいるからだな。それと衝動が収まったのは、多分俺の血を飲ませたからだ」

「……え?」


 その言葉に、再度リオは自身の喉に手を伸ばした。

 今度のそれは完全な無意識であったが、それでもやはり何の感触もないことに違いはない。

 勿論、飲まされたとかいう和樹の血も、感じることはなかった。


「っていうか、勝手に何してやがるです!?」

「ああ、いや、悪いとは思ったんだが、割とシャレにならない状況でもあったからな。勘弁してくれ」

「……どういうことです?」

「お前らの吸血衝動は、厳密に言えば血を欲してるってわけじゃないらしい。いや、確かに血を欲してることにも変わりはないんだが、その大元は防衛本能であり、生存本能だ。何せお前らは、そうしなければそのうち身体が崩壊して死ぬらしいからな」


 何を馬鹿な、と言うことは出来なかった。

 喉の渇きと共にあった、身体の痛み。

 アレは確かに、何故か本当的にまずいと思うようなものであった。

 経験していたことだからこそ、分かる。

 そうだと言われれば納得してしまうようなものが、アレにはあったのだ。

 とはいえ。


「……百歩譲ってそれはいいとして、何でそれで血が欲しくなるです? そもそも、何でそんなことになってるです? 別に病気とかになった覚えはねえですが」

「病気か……ある意味では言い得て妙かもな。ただしこの場合、迷い込んできた病原菌はそっちになるわけだが」

「……え?」

「異世界からやってきた人間ってのは、この世界にとってみれば病原菌みたいなもんだろ?」

「――っ!?」


 その言葉に、リオはさらに警戒を強め、目を細めた。

 そのことはフィーネにすら言ったことはなかったはずだ。

 どうやって知ったのか……否。

 そもそも、そんなことを知る手段はないはずである。


 この世界にやってきた時も、周囲には誰の姿もなかったはずだ。

 では一体何故――


「ま、警戒するのは分かるが、別に何をしようってわけじゃないぞ? ただ、自分の身体に何が起こってるのかぐらいは知りたいだろ? その説明をするのに必要だったから話しただけで」

「……そんなんわかんねえです」

「確かに、何もしないって証明するのは無理だな。が、証明するのは無理だが、その理由を口にすることだけは出来るぞ?」

「……一応聞くだけは聞いてやるです。どんな理由です?」

「単純だ。俺も異世界人だからな。同じ境遇の人間捕まえて何するもないだろ?」

「……え? 同じ、です?」


 まさかそんな人物が居るなどとは想像だにしておらず、つい警戒を緩め――だが慌てて気を引き締めた。

 そんなこと言葉でなら幾らでも言うことが出来るし――


「そもそもオメエみてえなの、見たことがねえです!」

「そりゃ異世界って言っても一つしかないわけじゃないしな。出身世界が違うんだから、見たことがないのは当然だろ?」

「むぅ……」


 言ってることは、確かに正しい。

 実際リオ達は、今までにも複数の世界を渡り歩いてきているのだ。

 その経験から、その言に一定以上の説得力があることも理解出来はするのだが――


「……信用出来ねえです」

「随分と警戒心が強いが……まあ、むしろそれが当然か? ちょっと助けただけですぐ信用されても、それはそれでちょっとチョロすぎるしな」

「……何言ってるのかよくわからねえですが、とりあえず馬鹿にされてるのだけは分かるです」

「いや、どっちかと言えば褒めてるんだが……まあ、いいや。とりあえず説明を続けるぞ」


 警戒をしているリオに構わず、目の前の人物――カズキは、説明を続けるつもりのようであった。

 警戒していようが、リオ程度であればどうとでも出来るということなのだろうか……?


 まあ確かに、一方的にやられていたことは記憶に新しい。

 アレはきっと意識がはっきりしていようがいまいが、結果が変わることはないだろう。

 そのぐらいの力の差は感じた。


 それにここから逃げようとしても、ここが何処がなのかが分からない以上は逃げようがない。

 そもそもこの世界で知っている場所の方が少ないが……だからこそ、迂闊に動くことが出来ないのだ。


 それに、自分の身体がどうなっているのかを知りたいというのも確かである。

 警戒は切らさず……それでも、リオも黙って聴くことにした。


「まあ要するに、世界が異物を排除しようとしてるのが、その原因ってわけだな。他人の血を取り込もうとしてるのは、欠けた自分を補おうとしてるのと、あとは一時的な擬態のため、ってことらしい。世界を限定的に騙そうとしてる、とかアイツは言ってたな」

「……騙そうとしてる、です?」

「自分以外のものを取り込むことで、一時的に混ざり合うことになるから……だったか? そうすることで、世界は迷うわけだ。それは本当に異物なのかどうか、ってな」

「……じゃあ、何で血なんです?」

「そこはさすがに分からんし聞いてもないが……まあ、比較的取り込みやすいからじゃないか? 他人の一部なら何でも可能だとは思うが……食う、とかいうのはさすがにアレだろ? 多分そこら辺を本能が総合的に考えて判断した結果だろうな」


 一応筋は通っている……の、だろうか?

 少なくともリオには反論すべき点は……いや。


「やっぱおかしいです。今までは別にそんなことなかったですし、そんなことが起こったなんて聞いたこともねえです」

「ん? もしかして、今までに何度も似たようなこと経験してるのか?」


 しまったです、と思ったが、既に遅い。

 余計な情報を与えてしまい……しかし与えてしまったならばもうどうしようもないことだ。

 それについてはどう説明するんですと、睨み付ける。


「ふむ……暴走した時以外は、基本人の前に出ないようにしたりと、妙に手馴れてる感じがあったのはそのせいか……? ま、それはともかくとして、さすがにその原因は分からんな。考えられるとしたら、他の世界はここと比べて元の世界と近しい世界か、或いは下位の世界だったとかなんじゃないか?」

「近しい世界、です……?」

「それなら異物とは判別されない可能性もあるだろうしな。病原菌ってよりは寄生虫って感じか? 中には共存できるもんも存在してるしな」

「……どっちにしろあんまいい言葉じゃねえです」


 だがそう考えれば、確かに納得できなくもない話だ。

 少なくとも、明確な矛盾は存在していない。


 ただ、それでも信じられるかと言われれば、いいとこ半々というところだろう。

 あまりに突拍子もなさ過ぎるし……しかし同時に、頭の何処かで納得している自分も居る。

 理性ではなく、本能でそれが正しいということを知っているような感覚というか……そんな感じだろうか。


 それにフィーネの知り合いのようだし、実質的に助けてくれたのも事実だ。

 それらのことを考えれば、信じても良いのかもしれないが……一先ずリオは保留ということにしておくことにした。

 まだ分からないことも多いし、すぐに結論付ける必要もないだろう、という思考の結果である。


「……とりあえずそれはいいですけど、一つ疑問があるです。昨日? は色々と血を取り込んだですけど、ずっと駄目だったのは何故なんです?」

「多分質と量の両方が足りなかったんじゃないか? 聞いた限りだとずっと我慢してたみたいだしな」

「むぅ……」


 唸りながら、一先ず今までの話を全て正しいものとして統合し、考えていく。

 そこから導き出される結論は――


「……つまり、リオはこれからずっと、血を飲まなくちゃならねえってことですか?」

「そういうことだな。というか、それを伝えるためにここまで話したわけだしな」

「血を……ですか」

「ま、要は今までの食事に一工程追加されただけ……とは気楽に考えられないかもしれないが、そんなものだとでも思っとけ。実際には朝に俺の血を一滴飲む程度で済むらしいけどな」

「オメエの、です……?」


 そこに訝しげな視線を向けたのは、敢えてそんな言い方をするということは、そうするつもりがある、ということだろうからだ。

 だがその理由が分からず――


「……ま、助けるって言ったしな」


 何でもないことのように肩を竦める様は、果たして本心からだろうか。

 しかし考えても分かることではなく……それも保留しておくことにした。


 何にせよ、一応一通りの理屈は通っているし、嘘を吐いている様子もない。

 というか、嘘を吐く必要がそもそもないと言うべきか。

 嘘を吐くならば、こんな回りくどく面倒くさい話をする必要はないのだ。

 それこそ、そういう病気になってしまったのだとでも説明すればいい話だからである。


 まあそう考えると予想した上で、敢えて面倒な方法を取った、などと考えることも出来るが……そんなことを言い出せばキリがないだろう。

 とはいえ、だからこそ今の話が真実だとは即座に判断することは出来ないし……信じるかどうかも、また別の話ではあるのだが。


「……まあ、とりあえずは、分かったです」

「そうか、それは重畳だ。図らずも現状の説明を一通りすることになったわけだが……ま、どうせしなくちゃならなかったことだし、手間が省けたと考えるべきか。とはいえ、まだ色々と分からんことはあるだろうが……それは追々、だな」


 そう言うと、カズキはリオの方へと歩き出した。

 反射的に身構えるが、カズキはそれに苦笑を浮かべただけで、何をするでもなくその脇を抜けて行く。

 それにリオは、僅かな気恥ずかしさを覚えながらも、振り返り――


「さて、一先ず最優先で話すべきことは話したし、いつまでもここに居ても仕方ないからな。とりあえず行くか。待ってるやつもいるしな」


 待ってるやつ、という言葉に咄嗟に反応しかけるも、警戒し続けるのは忘れない。

 それでも、その背を眺め、一瞬その後を着いていくかを迷い……だがそれは本当に一瞬のことだ。

 どうせここで突っ立ってても意味ねえですし、などという言い訳じみた言葉を呟くと、リオは一定の距離を開けながらも、その背に向けて歩を進めるのであった。

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