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嘆きの叫び

 どうしてここまでするのだろうか。

 リオは我ながら自分のしていることに内心で首を傾げ、それでも変わらず身体は動いていた。


 とはいえ、実際暴走が収まったわけではないし、結界があるせいで逃げようと思っても逃げられない。

 だからある意味で動き続けていることは当たり前のことなのだが……それでも、意識を手放すぐらいならば、可能であっただろう。

 否、厳密にはこう言うべきか。

 何度も意識を失いそうになったことがあったが、その度に必死になって意識を繋ぎとめていた、と。


 即ち現状は、完全にリオ自身の意思によるものなのだ。

 とはいえ、別に目の前の人を倒したいと思ってのものではない。

 ただ、このまま倒れたくないと、そう思っているだけであり――


「ったく、呆れた頑固さだな」


 言葉と共に衝撃が襲い、視界が跳ねた。

 途中に見えたその人の顔には、言葉通りのものが浮かんでおり、直後に視界がぶれる。

 何が起きたのかをすぐに理解出来たのは、もう何度も何度も同じような攻撃を食らい続けたからだ。

 背中に衝撃を感じ――だが、そのままずり落ちることはなかった。


 瞬間、右足の裏で後方を叩き付ける。

 結界とは言うが、要は壁と同じだ。

 そこを利用すれば踏ん張ることも出来るし……蹴り付け、前方に跳ぶ事だって出来る。


 今まで同じことの繰り返しだったのだ。

 この程度の小細工を取り入れられるぐらいには慣れたし、今までがずっと同じだったのだから、突然の変化は意表を突くには十分――


「――発想は悪くないけどな」


 前方に向けた視界に映ったのは、腕を振り被ったその人の姿。


「残念ながら、根本的に力が足りていない」


 接近と同時に振り抜いた拳などには目もくれず、衝撃と共に地面に叩きつけられた。


 それでも即座にその場を離脱できたのは、やはり慣れてきたということなのだろう。

 勿論何にというと、痛みに、だ。

 慣れただけで痛いことに変わりはないのだが、それでも痛みを無視して行動できるということは、かなりの無茶が利くということでもある。

 本来であればそれは褒められた行為ではないのだろうが、何故か即座に傷が言えるようになった肉体でならば、かなり有用であった。


「幾ら慣れたとはいっても、限界なのは変わらんだろうに。特に渇きに関しては、どうにか出来る段階をとっくに過ぎてるだろ?」


 その言葉は、事実だ。

 先ほどから……否、この世界に来てからずっと、喉の渇きは覚えていた。

 そのことを自覚したのは、つい最近のことだが。


 今思えば、無意識とはいえそれを明確に覚えたのは、この街に来てすぐのことだったのだろう。

 だが無意識であった故かよく覚えてはおらず、覚えていたことと言えば、それを覚えた相手の人が女の人で首輪をしていたことと、もう一人怖い男の人が居たということぐらいだ。


 だからリオはその人のことをずっと探していた。

 理由もよく分からないままに、何故だか探さないといけないということだけははっきりとしながら。

 それでも結局見つけることは出来ずに……代替品を手に入れていたのだということに気付いたのは、つい先ほどのことだ。


 自分でも何故理解しているのかは分からないのだが、欲していたのは血であり、だがただの血では駄目だということもリオは理解していた。

 不明の条件が合致していたのがその女の人であり、今ならばフィーネも該当しているだろう。


 しかしリオがフィーネと仲良くなったのは、そんなことが理由ではなかった。

 無意識にですら、そんなものを求めてはいなかったのだ。

 だけど……だから――


「まだ倒れてなんか……寝てなんか、いられねえんです……」

「どうしてだ?」

「……どうしてだ、です……?」


 そんなことを言われても、分からない。

 分かるわけがない。

 そもそも今リオに残っている思考は、僅かなものだ。

 残りかすのようなものであり、明確に思考の形を取っているわけでもない。

 倒れそうになる身体を、抵抗して留めておくのが精一杯なのである。

 だが、それでも――


「それでも、です……!」


 寝ているわけにはいかないということが分かるのであれば、それだけで十分だ。

 諦めずに、向かうだけであり――


「ったく……本当に頑固だな」


 やはり、結果は変わらない。

 地面に叩きつけられ、飛び退き、追撃に吹き飛ばされた。

 結界に衝突し、立ち上がり……それでも、前を、見据える。


「やれやれ……ここまで来ると、気分はもう完全に悪役だな。いい加減本当に倒れて欲しいんだが……別に倒れても、殺されはしない、ってことは分かってるんだろ?」


 それは分かっている。

 馬鹿みたいな速度で傷が癒えるとはいえ、その全てが一瞬で終わるわけではないのだ。

 例えば、頭を潰されてしまえばしばらくの間行動不能になってしまうだろうし……だがさすがにその状態になっても再生出来るかどうかは、自信がない。

 向こうがそういった手段を取らないのは、そうすることで、こちらを万が一にでも殺すつもりはないという意思を表明しているからなのである。

 ここまで圧倒されているのだから、やりようによっては幾らでも抑える方法はあるはずなのに、だ。


 つまり言い換えれば、リオは目の前の人物に甘えているということでもある。

 見ようによっては、駄々をこねているだけにも……いや、きっとその通りなのだろう。

 でも、それを分かっていても――


「何をしたいのかは分からないが、それは一度倒れて、落ち着いてからじゃ駄目なのか? 気を失えばさすがに暴走は収まるだろうし、収まっていなくとも、一度気を失ってくれさえすればこっちでどうにかする手段はある。やりたい何かをするのは、それからでも遅くはないだろう?」


 それはきっと、言う通りであった。

 それでも多分、問題はないのだろう。

 自分が何をしたいのかは未だに分かっていないしリオではあるし、それもただの勘には過ぎなかったが……そうしても問題はないのだろうという、予感はあった。


 だが同時に、確信もある。

 寝て、目が覚めたら、色々と問題は残っているものの、当座のそれは去っていて……自分はきっと一生後悔するのだろう、と。

 だから――


「それじゃ、駄目なんです……!」

「さっきも聞いたが……それは、どうしてだ?」

「分かんねえですけど……! でも、きっとそれじゃ……それじゃ、おせえんです……!」


 自分で口にして、ああ、そうだと納得した。

 そうだ、自分勝手に暴れて、寝て、起きて……それからじゃ、遅すぎる。

 それからじゃあ――


「許されねえ、です……!」


 多分、今からだろうと、それは変わらないけれど。

 許されるはずがないけれど。

 起こった事実は消せないけれど――


「自分で自分が、許せねえ、です……!」


 自分勝手でしかなかろうとも、それだけは最低限守らなければならないものだ。

 そうじゃなきゃ……全部が全部、後悔だけになってしまうから。

 だから……だって、まだ――


「……謝って、ねえんです」


 そうだ。

 結局のところ、それが全てだった。

 倒れていられなかったのは、謝りたかったからであって――


「誰にだ?」

「……フィーネに、です」

「じゃあ……何故謝りたいんだ?」

「それは……」

「それは?」


 それは。

 多分本当のところは、沢山あるけれど――


「……こんなことして、ごめんです、って。……フィーネの血を見ておいしそうとか思って、ごめんです、って。…………化け物で、友達失格で、ごめんです、って」


 言葉にしてしまいたかったが、同時に口にすれば最後だということも、きっと頭の何処かで理解していた。

 やってしまったことが事実であり、言葉にしてしまったのならば、そこにはもう反論の余地はない。

 そこを飾り、偽ったところで意味はなく……だから、そのことは考えたかったけれど、考えたくなくて――


「だ、そうだが……どうする、フィーネ?」

「……ん? ……ん。……ゆる、す」

「……え?」

「……テオが、言って、た。……友達の、馬鹿な失敗、は、笑って、許すものだ、って」

「あいつ良いこと言うな……まあそれを言ったのがどんな状況なのかがちょっと想像できるのがアレだが」


 返って来るはずのない言葉に、暴走とやらは何処へやら、呆然とした顔を向ければ……目の前の人は苦笑を浮かべていて、その向こう側に見える少女は、微かにその口元を綻ばせていた。

 いつも通りの、無表情にも見えるそれではなく、僅かな、それでもしっかりと笑みだと分かるものであり――


「それで?」

「……それで、です?」

「やりたいことはそれだけか? 他にも何かあるんだったら、ここでぶちまけといた方が楽になると思うぞ? 別に今出来ることだけじゃなくてもいいしな」


 そこで素直に口を開いてしまったのは、きっと謝ることが出来、許され……気が緩んでしまったからなのだろう。

 やりたいことと言われ、頭に浮かんだことそのままを――


「……お日様の下を歩きてえです」

「他には?」

「……日向ぼっこがしてえです」

「他には?」

「……フィーネと一緒にお昼寝がしたかったです」

「他には?」

「……もっとフィーネ達と一緒にお話がしかったです」

「他には?」

「…………もっと沢山、フィーネ達と笑い合っていたかったです」


 やりたいことはいつの間にか、やりたかったことになっていた。

 確かに、謝って、許された……でも、それだけだ。

 結局のところ、リオが化け物だということに違いはないのである。


 だから所詮それは夢物語でしかなくて――


「分かった。なら叶えてやる」

「……え?」

「そもそも助けろって言われてそれを請け負ったのは俺だからな。この場だけ助けるってのも片手落ちだろうし……ま、そのぐらいなら何とかしてやるさ」


 先ほどとは違う呆然を浮かべながら、目の前の人を見る。

 その瞳は真剣で、とても嘘やこの場限りの出鱈目を言っているようには見えなかった。

 だけど――


「……本当、です……?」

「嘘を吐く理由がないからな。ああ、俺一人じゃ叶えられないのがあるが、さすがにそこは自分で頼んでくれ」

「で、でも、リオ……化け物、です……」

「それがどうかしたか? というか、人とちょっと違うぐらいだろ? その程度で化け物になるっていうんなら、この世界は化け物だらけだろ」


 そうなのだろうか?

 本当に……本当に――


「……いいん、です? リオは……それを望んでも、いいんです?」

「何の問題もないし、文句を言うようなやつがいたら俺が黙らせてやる。だから――安心して、今は眠れ」


 その言葉に、リオは今まで張り詰めていた何かが、プツリと切れるのを感じた。


 だがこの身体は最初から、半分以上リオの言うことを聞きはしなかったのだ。

 だから当然のように、それまでと同じように続きを――否。

 完全に制御を外れた身体は、今まで以上に動いていた。


 ――アクティブスキル、サポートスキル:ГNГКГGГCГgГoГМГbГg。

 ――アクティブスキル、アタックスキル:ГpГЙГЙГCГYГVГЗГbГg。


 ナノマテリアルの生成限界である十八を同時行使。

 自身の周りに十八の塊が出現し、次の瞬間その全てを放っていた。


 しかもその全てが全てが、別の軌道を辿るものだ。

 一つとして眼前に飛んだものはなく、しかし演算した未来の通りに、それらは壁を、地面を、自身をぶつけ合い、跳ね返り、一つの線へと収束していく。

 跳ねるのが対象の前後左右上下であるならば、収束していく方向も同じだ。

 そしてそのタイミングも全てが同時であれば、訪れる未来は一つのみ。


 全方向からの同時多重攻撃。

 一つや二つどころか、その半数を防いだところで意味はない。

 先ほどまでのものとは速度も硬度も異なるそれらは、正真正銘リオの本気の一撃だ。

 後先どころか、自身の一瞬先のことも放棄したそれらは、自身のかつての仲間達ですら防ぐことは出来ないだろう。

 もしもこれを防ぐことが出来るのならば、それは――


「やれやれ、結局最後までこれか。分かりやすいだけマシ、とでも考えるべきかねえ?」


 代償として力を失い倒れていく視界の中、その人は呆れたような笑みを浮かべていた。

 自身へと迫る十八の死を、気にする素振りすら見せずに、ただ溜息だけを吐き出し――


 ――アクティブスキル、ソードスキル:奥義・三十六歌仙。


 リオに理解できたのは、訪れた結末だけだ。

 即ち、自分の放った攻撃が、跡形もなく消滅したということだけであり……そこで、リオの意識は完全に途切れた。

 視界が真っ暗に染まり、意識が現実と断絶し――その、直前。

 何か暖かいものに受け止められたような、そんな気がした。

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