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血塗れの少女はただ退かず

「ふむ……割と意識を刈り取るレベルで殴ったんだけどな……」


 殴ったそれが地面に叩きつけられることもなく体勢を整えるのを眺めながら、和樹は殴ったほうの手をぶらぶらと横に振っていた。

 別に痛いわけではないのだが、妙に硬い手応えを覚えたのだ。

 おそらくは何らかのスキルを咄嗟に使われたのだとは思うが――


「それでも普通なら問題はなかったはず……思った以上に厄介だな」


 和樹が注視するのは、その左腕だ。

 おそらく先ほどの手応えの原因は、頭との間に差し込まれたそれなのだろうが……何故か原形を止めないレベルでひしゃげ壊れている。

 当然だが、和樹はそこまでの力を込めてはいない。

 そんなものを頭に叩き込んだら、意識どころか命すら刈り取るレベルだ。


 では何故そんなことになっているのかいうと、多分敢えて自壊させたのだろう。

 衝撃のほとんどを左腕に集中させることで、頭に届く衝撃を最小限にしたのだ。


「普通なら対価に見合ってない、が……それなら納得か」


 言っている間に、その左腕は再生を始めていた。

 既に八割方元に戻っているあたり、恐ろしいほどの再生速度である。

 しかもスキルを能動的に使用した形跡がないあたり、おそらくはパッシブだ。


 その特色と、テオ達から聞いた話によって、一つの単語が和樹の頭を過ぎる。

 厳密に言えば、テオ達からの話の時点でそれは思い浮かんでいたし、以前から考えていたことでもあるのだが――


「今のところは、っていうのは、やっぱそういう意味か」


 厳密に言えばあれは、今のところ認定されていないとか、そういうことなのだろう。

 まあ何にせよ、それでやることが変わるわけではない。

 相手の特色は、異常なほどの再生能力と、特殊なスキル、それと吸血能力だ。

 後ろの二つは特に問題なさそうなので、問題は再生能力の方だが――


「……これは少し面倒そうだな」


 あの様子では、本来致死レベルの傷ですら瞬時に再生出来てしまいそうである。

 それだけ殺してしまう危険性が低いということでもあるが、そうなると逆に有効打となるべき攻撃の選択が難しい。

 破壊重視ではなく、衝撃で意識を失わせるようにすればいいのだろうが、先の一撃がまさにそれだったのだ。

 それを強引に腕を破壊することで回避できるとなれば、少し考える必要がありそうだった。


「それに厄介なのはそれだけでもない、んだが……」


 今の身のこなしや、こうして相対していれば分かる。

 間違いなく、マルク達よりもその実力は上だ。

 下手をすれば、雪姫をすら上回っているかもしれない。


 だが真に厄介とすべきは、そんなことではなかった。

 その姿を眺め、思考し――


 ――アクティブスキル、コモンスキル:ウィスパー。


『雪姫、ちょっと話があるんだが、いいか?』

『はい、こちら愛しいあなたのハニー、雪姫です。いつでも愛を囁かれる心の準備は出来ていますので、遠慮なくどうぞ』

『お前の頭がどうなってるのかはちょっと興味があるが、今は真面目な話だ』

『確かに私の頭は和樹さんへの愛でどうにかなってますが、徹頭徹尾真面目ですよ?』


「……はぁ」


 頭から響く声に、伝わらないと分かっていても溜息を吐き出す。

 この状況でもいつも通りなのはある意味感心すべきことだが、今はそんなことを言っている場合でもない。

 無視し本題を切り出した。


『話ってのは他でもない。今どのぐらいの位置にまで来てる?』

『そうですね……大体半分というところでしょうか?』

『そうか……さらに移動速度を速めることは出来そうか?』

『出来るか否かで言えば出来るとは思いますが……どうかしたんですか? 手加減して時間を稼いでいる暇がないほどに相手が厄介とか、そういうことでしょうか?』

『いや、別にそんなことはないんだが……まあ、時間をあまり稼げそうもないって意味では同じか? 厳密に言えば、出来ればそれはしたくない、ってとこだが』

『……分かりました。何故か妙にイラッとしますが、さらに急ぐとします』

『頼む』

『……この分は高く付きますからね? どんなお詫びをしてくれるのか……期待しています』

『……善処する、と答えておこう』

『ならば私は、楽しみにしてます、と答えておきましょう。それでは』


 その言葉の直後に、プツリと繋がりが切れた。

 この場に居ない以上はそれ以上何を言うことも出来ず、想定外の約束を取り付けられてしまったことに、和樹は一つ息を零す。

 だがそのことに関しては、後回しだ。

 今は目の前の問題の方を、どうにかする必要がある。


「……かず、き?」

「お、目を覚ましたか」


 声の聞こえた方にちらりと視線を向ければ、フィーネが目を覚まし起き上がろうとしているところであった。

 何やら若干衰弱している様子ではあったが、到着と同時にヒーリングライトを使用しているので問題はないはずだ。

 とはいえ状況を考えれば、下手に動かれても困る。

 最善なのはここから避難してもらうことではあるのだが――


「……カズキ、あの娘は、悪く、ない。……その」

「ああ、テオ達から大体の事情は聞いてるから、心配するな。ただ、ちょっと絶賛暴走中っぽいからな……少し手荒な止め方になるのは勘弁してくれ」

「……ん、任せ、る」


 どうやら結果を見守るつもりのようだが、敢えて和樹は何も言わなかった。

 フィーネのことを気に掛けながらのことになるが、その程度大したハンデにもならないだろうし、フィーネの存在が少なからずあの少女に影響を与えるだろうと思ったからだ。


 別に和樹は止めるつもりはあっても倒すつもりはないのである。

 大体の事情は察しているし、その通りだとするならば、誰が悪いわけでもない。

 何にせよ、今するべきことは一つだけだ。


「さて、それじゃあ無理やりにでも止めさせてもらうぞ。……その顔を見続けてても、不愉快になるだけだしな」


 少女の口元は緩み、弧を描いている。

 一般的に言って、笑みと呼ばれる表情がそこにはあり――だがそれが、泣いているようにしか見えないのは何故だろうか。


 そんなことを思いながら、息を吐き出す。

 直後、地を蹴った。




















 意識はおぼろげではあったものの、フィーネは移動中のことを何も覚えていないというわけではない。

 特にリオが戦っていた際のことであるならば、それなりに覚えてもいた。


 とはいえそれは、どちらかといえば細かいことを覚える必要がなかったから、ということに他ならない。

 実際には戦闘とは名ばかりの、一方的な暴力で成り立っていたから、というだけでしかないのだ。


 だが実際のところは、それで十分だったりもする。

 単純に強い。

 それ以外の必要な情報などは、存在しないからだ。


 少なくとも、出会った冒険者の全てを、ランクに関係なく出会い頭に一撃で倒せるような人物を評するのに、単純に強い以外の言葉は必要ないだろう。


 ちなみにフィーネが和樹のことを評する際も、単純に強いということになる。

 こちらはどちらかといえば、その上限が見えないことによるものだ。

 それは実際に模擬戦とはいえ、戦ったことのある雪姫に関しても同じであり……むしろそれよりも遥かに強いという話だからそうなっている、といった方が正しいかもしれない。

 当然和樹が強いということは、予め知った上で、の話である。


 まあ何にせよ、フィーネにとってその三人は、ある意味で雲上人とでも呼ぶべき者達であり……その一人が完全に手玉に取られている様子は、何処か奇妙にも思えるものであった。


「暴走中とはいえ、愚直な攻撃一辺倒ってわけでもない、か。まあそれは最初の一撃の時点で分かってたことではあるんだが……ったく、本当に厄介で面倒だな」


 今フィーネの視線の先で起こっている事を言い表すならば、一言で事足りる。

 圧倒的。

 それだけであった。


 向けられる攻撃の全てを完膚なきまでに防ぎ、放つ攻撃全てを的確に当てる。

 言葉にすれば単純だが、それがどれだけ難しいのかは改めて言うまでもないだろう。

 しかも、相手にしているのがあのリオなのだから、尚更だ。


 意識がおぼろげだったとはいえ、フィーネはリオの戦闘を間近で見ている。

 そのことと、自身のセンスのこともあり、フィーネはほぼ正確にリオの戦闘能力を把握していた。

 勿論数値化出来るほどの正確さはなく、あくまでも相対的なものではあるが、それが正しいということに違いはない。


 具体的に言うならば、対象となるのは雪姫であり、一部勝っているが一部劣っている、というものだ。

 単純な力、膂力であるならばリオが上だが、技量は雪姫の方が上、瞬間的な速度ならばリオが上だが、先を読む力では雪姫の方が上、といった具合である。

 総合的には雪姫の方が若干上だろうが、再生能力のこともあって実際に戦うとなればリオの方が有利、といったところであり……だが、そこはあまり重要ではない。

 重要なのは、そんな相手に和樹は圧倒している、という事実のみだ。


 そしてフィーネは、その意味するところをやはり正確に把握していた。

 よく分からないということが、だ。


 これは思考の放棄ではなく、正確に把握してしまったが故の結論である。

 要するに、どれだけの力の差があればあそこまでのことが出来るのかが分からない、ということだ。


 これはフィーネがそこそこの実力を身につけたからこそ分かることでもある。

 強くなることで初めて相手の強さが理解出来るようになった、というアレだが、それでようやく何とか測れるようになったのが雪姫やリオであり、それでも分からないのが和樹だ。

 どれだけの才能と、どれだけの時間を費やせばあそこにまで到達できるのか。

 一年にも満たない経験しか持っていないフィーネではあるが、だからこそその予測すらも立てることは出来なかった。


 だが同時に、納得もする。

 今までずっと、不思議だったのだ。

 あのレオンが、和樹相手におとなしくしていることが、である。


 フィーネも同類だからこそ分かるのだが、アレは強いと思う相手が居れば自分の手で試さなければ気が済まない人種だ。

 実際雪姫と手合わせをしたことがある、というようなことを以前和樹も口にしていたし、ならば和樹とも、とならないわけがない。

 雪姫に負けたといったところで、それはまた別の話なのだ。

 フィーネがそこで止めたのは、そもそも今の自分の実力を測るためと、圧倒的差がありすぎて無理だということを即座に悟ったからである。


 しかし和樹の口ぶりからするとレオンと雪姫もそこそこの差があるようだが、あそこまで実力を高めているのならばそこで諦める理由にはならないだろう。

 戦闘にはある程度の実力差があっても相性や状況次第ではひっくり返る事があるし、相手が強いということは、その強さを体感するためという理由にこそなれ、諦める理由にはならないのだ。


 だがその実力差が感じ取れないほどに離れてしまっているならば、話は別である。

 それは手合わせをしたところで、何の意味もないからだ。

 隔絶された実力は、参考にすらならない。

 凄い、ということを思いはしても、それ以上には決してならないのである。


 それは複雑な数式が必要とされる問題で、答えだけを提示されてしまったという状況に似ているかもしれない。

 答えだけが分かったところで、何の意味もないのだ。

 それを自分の手で再現することが出来なければ、何の意味も。


 ともあれ、そういったことならば、レオンが口では色々言いながらも、実際に和樹に挑まない理由というものが分かったわけだが……それはつまり、一つの事実を示しているということでもある。

 レオンですら、和樹の力を測ることができない、ということだ。

 フィーネは当然のようにレオンと自身との実力差を正確に理解しており……だからこそそれに納得と、驚愕を覚えるのである。

 どれだけなのか、と。


 尚、そんなことを考えている間も当然のように戦闘は続いているのだが、フィーネはその内容を把握するのを開始直後に諦めていた。

 その理由は先に述べた通りであり、それは直接戦闘だろうが傍からの見学だろうが変わることはない。

 要するに――


「……ん、よく分からな、い」


 しかも正直に言ってしまえば、両方であった。


 リオが唐突に何もないところから鉄の塊を作り出し発射するのは、そういうスキルだと思えばそれはいい。

 だがそれが壁や地面に当たるたびに別の方向へと跳ね返り続け、最終的に和樹の死角を突くように撃ち出されるのはどういうことなのか。

 しかもあれはおそらく、スキルではなく単純な技量だ。

 跳ね返る先と和樹の動きを予め計算し、放っているのである。


 勿論口言うほどそれは容易いものではない。

 果たしてどれだけの未来予測を重ねれば出来ることなのか。


 それの厄介なところは、そうだと分かっていても非常に防ぎづらいということである。

 必ず死角を突く、ということが分かっていても、当然そこだけに意識を集中させておくことは出来ない。

 その間も当たり前のようにリオは攻撃を放ってくるのだ。

 塊の方に意識を向けていれば、呆気なくリオ自身にやられてしまうだろう。


 さらに言うならば、塊は一つとも限らない。

 一つが跳ね回ってる間にもう一つ追加されることもあるし、それらがぶつかり合って軌道を変えることすらもある。

 傍から見ていても把握するのは困難だというのに、あそこに放り込まれたら数秒も持たない自信がフィーネにはあった。


 だというのに――


「……なん、で?」


 どんなことをすれば、当然の如く死角を突いたそれを、そちらを見ずに軽々と掴むことが出来るというのか。

 さらに直後に迫っていた鈍色に輝くリオの拳を、和樹は指でその塊を弾くことで僅かに逸らし、生じた間隙に踏み込む。

 そこで何が起こったのかは、フィーネの角度からは見えなかったが、おそらくは顎に拳でも叩き込んだのだろう。

 リオの首が跳ね上がり、がら空きの胴体に、さらに一歩。

 轟音と共に、その身体は吹き飛ばされた。


 そのまま路地裏から出てしまいそうな勢いではあったが、そうならなかったのは、その寸前で見えない何かに遮られその場に打ちつけられたからだ。

 おそらくは結界でも張られているのだろうが、リオがそんなことをする理由はないのでそれも和樹の仕業だろう。

 しかもそれなりの衝撃があったのだろうに軋む気配すらなく、誰もこの場に現れる様子がないことから、音の遮断と人払いの効果もあるはずだ。

 この街でそんなものを使用すれば逆に目立ってしまうはずだが、そうなっていないということは隠密性にも優れ……端的に言ってしまうならば、出鱈目な代物であった。


 結界などに余り詳しくはないフィーネがそう思うのだから、実際にはもっと酷いのだろうと考えてもいるのだが……和樹が出鱈目なのは今更である。

 まあそういったことも全て含めて、一言で言い表すならば――


「……理解、不能?」


 だがそういった部分にさえ目を瞑れば、安心して見ていられるのも事実ではあった。

 多少なりとも心配していたのは最初の頃だけであり、理解の放棄と共にそれも投げ捨てている。

 アレは心配するだけ無駄だ。


 そしてある意味では、もう片方の心配も無用であった。


「ちっ……しぶといな。幾ら再生出来るとはいえ、痛みは正常に感じてるはずだし、そろそろ心が折れてもいい頃だとは思うんだが……というか、どうしてそこまで耐える?」


 ゆっくりと立ち上がるリオの身体からは、血煙のようなものが立ち昇っている。

 和樹の言からすると、再生の際の余剰熱で血液の一部が沸騰し蒸発しているということであったが、どういうことなのかはいまいち理解していない。

 とりあえず分かることは、幾ら怪我をしてもすぐに治るからその部分の心配は必要ないということと……そのために、かなりの無茶をしているということだ。


「まあ、とはいえ、飢餓感も含めてそろそろ限界だろう……いい加減、後は任せて、寝ろ」

「……っ!」


 それでも、和樹の言葉を拒絶するように、リオは和樹へと突貫していく。

 塊を放ち、自身も飛び跳ね、その全てを容赦なく、完膚なきまでに叩き潰されながら、諦めずに突き進む。


 それは駄々をこねる子供のようでもあったし、風車に挑む愚者のようですらもあった。

 しかし確かなことがあるとするならば、ただ一つ。

 それは無駄なことなのだということが、誰の目にも明らかだったということだ。


 どうしてそこまでするのだろうか。

 フィーネにはその理由が分からない。

 和樹は暴走と言っていたが、ならば尚更本能的に敵わないと思った時点で諦めるはずだ。

 そうしていないというならば、そうしない理由があるはずであり……でもフィーネには、その検討も付ける事は出来はしない。

 友達だというのに……だがだからこそ、フィーネはどちらも止めようとはしなかった。

 理解も、把握も出来ないけれど、ただ二人の戦いをジッと見詰め続ける。


「……リオ」


 呟きは風に乗り、だが肝心な相手の耳には届かずに消えていった。

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