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伽藍の少女

 何が起こったのかを咄嗟に理解できなかったのは、きっとそれだけ腑抜けていた、ということなのだろう。

 こんなことが知られたら間違いなく怒られるです、などとリオはふと思ったが、そもそも知られることがないのだから無用な心配だということに気付く。

 まあそれで何が解決するわけでもないのだが。


 唐突に現れた人達が何事かを言っていたものの、何と言っていたのかは分からなかった。

 というよりも、単に理解する気がなかった、という方が正しいのかもしれない。

 だが登場の仕方などを考えれば、少なくとも碌でもない人達なのだということは明らかだ。

 ならば対応の方も、相応のもので十分である。


 ――などということを暢気に考えていたのだから、それだけ想像以上に腑抜けていたということなのだろう。

 そのことに思い至ったのは、事が起こり、全てが終わってしまった後のことであった。


 現れた人数は、五人。

 それぞれがフィーネとほぼ同格ということにはすぐに気付き、しかしだから油断していたというのは言い訳にすらならないだろう。


 動いたのは直後。

 どうやら最終的には自分に用があるようだ、ということに遅まきながら気が付いたものの、反応が遅れたのはきっとそのことも要因の一つであった。


 とはいえ、その程度の相手に、例え一斉に襲い掛かられたところで、どうにかなるわけもない。

 そんな当たり前の事実に……だがそれを当たり前だと知っていたのは、本人だけである。

 だから投擲された何かを、避ける必要がないと判断したということなど分かるわけもなく、反応すら出来ないのだと思うのが当然であり……それを防ぐために動くのも、また当然であった。


「……え?」

「……っ、逃げ、てっ」

「ここは僕達に任せて、って言えれば格好いいんだろうけど……生憎とそういうわけにもいかなそうだ」

「ま、出来ないことを言ってもしゃーねえしな。だから悪いけど、俺達が逃げるためにも、さっさと逃げてくれ」


 三人はそんなことを言っていたが、しかしリオは先ほどとは異なる理由で、それを理解することが出来ない。

 その視線の先にあるのは、フィーネの腕。

 咄嗟に伸ばされたそれは、先の一撃を防いだが故に、二の腕に薄っすらとした傷を生じさせていた。


 それは小さくはあるが、確かな傷であり、だからこそ当然のように、赤い雫が溢れ、落ちていく。

 地面に当たり、弾け……久しく嗅いでいないその匂いが、香った。


「……あ」


 呆然とした声が漏れる。

 全身が熱を持ったかのように熱くなり、視界が歪み狭まり、息苦しくて上手く呼吸が出来ない。

 まるで陸に打ち上げられた魚だ。

 すぐそこに求めるものはあるのに、手を伸ばせないから届かない。

 それをどんなに望もうとも、手には入らないのだ。


 ――本当に?


「……ん、大丈、夫。掠り、傷」

「この程度の傷を負うことなんて、いつものことだしね」

「むしろこれ以上のもよくあるしな……だから気にする必要はねえぞ?」


 三人の言葉が遠い。

 三人の存在が遠い。

 違う。

 そういうことではないのだ。

 そういうことでは――


「……ぁ」


 視線の先、彼女達の肩越しに、五人が動こうとしているのが見えた。

 三人もそれに気付き、僅かに身を硬くする。

 ぶつかるまで、あと数秒もないだろう。


 一瞬向けられた視線が、構わず逃げろと言っていた。

 だがリオはそこを動かない。

 動けない。

 だってそれは……ああそうだ、それは――。


 互いに地を蹴った。

 三対五。

 多勢に無勢であり、そこに勝ち目などがないのは明らかだ。

 しかしそれでも、三人が引くことはないのだろう。


 きっと、少しぐらいならばいい勝負もする。

 だがそれも所詮は、ほんの少しのことだ。

 数秒か、数十秒か、数分か……時間は分からずとも、三人は必ず敗北する。

 それは確定事項だ。

 覆す方法は、存在しない。


 脳裏をノイズが走る。

 その未来を否定することなど容易いのに、何故だか身体が動かない。

 相変わらず身体は熱く、鼓動は煩く、どうでもいい言葉だけは頭を埋め尽くしているのに、動く気が起こらない。


 何故だろうかと思い、眺め――ふと、何かがストンと胸に落ちた。

 ああ、そういうことかと、納得する。

 何も難しいことなどなかったのだ。


 その答えを、リオは最初から知っていた。

 知っていて、知らない振りをしているだけだったのである。

 いつの間にか、そんなことはないんだと自分に言い聞かせて……でもきっと身体は、最初から忘れてなどいなかったのだろう。

 考えてみれば、視線はずっと動かないままであった。

 フィーネの腕から流れている、それから。

 それが答えであった。


 だから当然のように、リオはそこから視線を外す。

 向けるのは、そのさらに前。

 向かってくる五つ。


 ――自身の目的を果たすのに、それらは余計だった。


「邪魔です」


 そう思い、思うが侭に一足飛びに踏み込む。

 一瞬で彼我の距離をゼロにし、腕を振るえば、面白いように正面の一つが跳ね飛んだ。


「――えっ?」


 突然のことに面食らい、驚愕を浮かべる者達の姿が何故か面白く、自然と口元が緩む。

 正面のそれらの勢いは僅かに衰えていたが、構わず再度腕を振るう。

 やはり簡単に跳ね飛ぶ姿は、滑稽そのものだ。

 口元が、さらに緩んだ。


「……あっ、えっ、と?」


 三つ目は、先のよりも愚鈍のようだった。

 何が起こっているのか分からない、といった風に瞬きを繰り返している。

 間抜けにも程があったが、結果に代わりはない。

 踏み込み――視界の端から飛来してきたそれを、握り潰した。


「……はっ?」


 呆然、といった声を漏らしたのは、それより奥にいたものだ。

 どうやら遠距離攻撃も出来たようだが、何故か今までで一番驚いているようであり、そのことにリオは首を傾げる。

 別に遠距離攻撃を握り潰すぐらい、誰にだって出来ることだろうに。

 例えそれが実体を持っていないようなものだったとしても、だ。

 というか、そもそもそれらは、一体何と敵対しているつもりなのか。


 そんなことを思いながらも正面を見れば、それはまだ状況を把握できていないのか、瞬きを繰り返していた。

 その姿が何処となく可愛らしく――大きく、口を開く。


「……あっ?」


 多分、最後まで何が起きているのか理解してはいなかったのだろう。

 或いは、する気が起こらなかったのか。

 ただ何にせよ結末は一つであり……力を失った身体が崩れ落ち、口の中に広がった久方ぶりの匂いに、ごくりと最後の一滴を喉の奥に流し込んだ。


 しかし久しぶりだったというのに、直後に覚えたのは不満だ。

 もっともそれは、不思議でも何でもない。

 それはそうだろう。

 先ほど目にし、すぐそこにあるものはもっとおいし――


「……ひっ!」


 思考を邪魔され、視線を向けてみれば、残った二つは何故か、顔面を蒼白にし腰が引けていた。

 先ほどまでの勢いも表情も微塵も残っておらず、身体を震わせながら、その口を開く。


「ば、ばけ……!」


 最後まで言葉になることはなく、その身体は吹き飛んだ。

 何故か酷く、耳障りだったのである。

 壁に叩きつけられ、赤黒い液体が吐き出され……反射的に、勿体無いと、そんなことを思った。


「……あ」


 ふと言葉を漏らしたのは、最後の一つがその時にはもう逃走していたからだった。

 追いかけることは可能ではあったが、何となくそんな気になれず、一つ息を吐き出す。

 後方へと振り返り……首を傾げた。


「どうかしたです?」


 三人は何かに驚いている様子だったが、そんな何かがあっただろうか。

 前方に向き直り、周囲を眺め、再度首を傾げ……ああ、そういえばと、ふと思い出す。

 自分のことを碌に話してこなかったし、どれだけ戦えるかなども話した覚えはない。

 だから先ほどは逃げるように言ったのだろうし、ならば驚いても不思議はないだろう。


 そんなことを思い、しかし続く言葉は口に出来なかった。

 瞬間、反射的に真横へと腕を振るう。

 その先には何もない、ただの空間が広がっているだけではあったが――直後、さらにその先にある壁が、轟音と共に吹き飛んだ。


 ――アクティブスキル、ガードスキル:ГБГ^ГЛГKБ[Гh


 おそらくはエネルギー系の攻撃だと判断し、咄嗟に腕をナノマテリアルで覆ったのだが、その瞬間に脳裏を何かが過ぎり、困惑に眉根を寄せる。

 だがそれについて考えている暇などはなく、腕に触れた瞬間、伝わる衝撃を無視し強引に弾き飛ばした。


 相殺できたわけではないため、逸らしたそれが後方の壁を吹き飛ばしていったが、それを気にしている余裕はない。

 今も腕に残る痺れが、さすがに今のを直撃されれば、自分でもただでは済まない、ということを示していたし――


「……? 追撃がねえです? 逃げた……いや、そんなことをする理由がねえですね」


 完全に気配は消えていたが、考えてみれば、先ほども攻撃される一瞬前までは何も感じられなかったのだ。

 であるならば、次の攻撃の機会を探っていると考えた方が自然だろう。


 そして今の感覚からすれば、次は間違いなく危険であった。

 食らえば間違いなく致命に届くような一撃であったのに、牽制のためのものだということが分かったからだ。

 或いは防いだところで、無意味と化すかもしれない……否、その可能性が高い。


 だからその場で周囲を見渡すと、リオは決断をした。

 まあそもそもの話、先の一撃で左右の壁を抜かれてしまった以上、この家はもう駄目だろう。

 崩壊するのも、時間の問題だ。

 どうせここから出なければならないのであれば、結果は変わらない。

 ならば――


「……リオ?」


 不思議そうに首を傾げているフィーネに応えるより先に、その身体を抱え、担ぐ。

 先ほどの言葉が事実であるならば、のんびりしている暇はない。

 先ほど狙われていたのは、明らかに三人の方であった。

 いつまで、何処まで逃げればいいのかは分からないが、ここはとっとと撤退すべきだろう。


 問題があるとするならば、三人は抱えられないということだ。

 そもそもリオの方がフィーネよりも小さい以上、現時点でかなり無理があるし、両手が塞がってしまうのも困る。

 フィーネを優先としたのは、あくまでも怪我をしているからだ。

 小さくとも、怪我であることに違いはなく……そう、それだけであり――


「……テオ、ラウル」

「こっちは大丈夫だよ。だから……任せて」

「……ん、任せ、た」

「俺が言うことが特にねえけど……ま、アレだ、心配すんな。人任せで悪いけど、きっと今回もあの人が何とかしてくれんだろうよ。何となく、そんな気がするしな」

「……ん」


 などということを考えている間に、どうやら三人の間で話が纏ったようであった。

 どういうことなのかよく分かりはしなかったが、纏ったのであればそれで問題はないだろう。


「とりあえず、逃げるです」

「……ん、よろし、く」

「……うん、フィーネのこと、よろしくね」

「……ああ、頼んだ」


 二人が何かを言いたげだった気がしたが、多分気のせいだろう。

 そう思い込み、視線を外に向けると、リオはそのまま駆け出した。

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