急転直下の始め時
明日、ついに男の子のことも連れてきてくれるらしい。
こちらを気遣ってくれているのは分かっていたが、むしろ気にしないでとこちらから頼んだのだ。
渋々ではあったけれど、同時に嬉しそうでもあったので、やはり嬉しいのだろう。
まったく羨ましい話である。
それにしても、どんな子なのだろうか。
あの娘を任せられるような人なのだろうか。
そうでなかったらどうしてくれよう。
次々と楽しいことが思い浮かび、自然と顔には笑みが浮かぶ。
ああ、本当に楽しい。
そういえば、最近は痛みも渇きも感じていない。
もしかして、彼女と一緒に居たことで癒されたのだろうか。
だとしたら、彼女は天使か何かなのだろう。
そんな娘に相応しい相手なのかどうか、やはり厳重に見極めなければならないようだ。
口元の笑みが、深まる。
明日は――ううん、もう、今日か。
今日はきっと、最高の一日になる。
そんな気がした。
「やあ。最近は随分派手にやってるみたいだね?」
久しぶりにギルドへとやってきた和樹は、唐突にかけられた覚えのない言葉に、首を傾げた。
テオ達に色々と教えていたせいもあり、一週間ばかり顔を出せていなかったのだが……派手、などと言われても、割と本気で覚えがない。
可能性があるとするならば、調子に乗ったレオンが新しく覚えたスキルでマッドベアーを挽肉にしたり、マルクがストレス解消とか言ってはやはり新しく覚えたスキルで小規模のクレーターを作り出したことぐらいだが、その程度別によくあることだろう。
和樹も失敗という形の結果ではあるものの、たまにそのぐらいであればやるし。
最初はテオ達もそういったことに恐れ戦いたり驚いていたりしていたが、最近では慣れたのか、またやってるぐらいのリオクションに落ち着いているのがその証拠だ。
「その顔は心当たりがないみたいだね」
「まあな。なんかやったっけか?」
「まあ、そんなことだろうと思ってたけど。キミがそんな面倒なことをするとは思えなかったし」
「面倒……?」
やはり覚えがないというか、そもそも何のことを言っているのかが分からない。
面倒と言われても、最近それで思い付くようなことは冒険者殺し関連だけだが、それにしたってここ最近は音沙汰がないはずだ。
マルク達はそのせいで若干肩透かしを食らった形となり、ストレス解消とかはそこら辺も関係しているのだろう。
ただ何にしろ、和樹には関係のない話であった。
「やっぱり分からん。一体何のことを言ってるんだ?」
「テオ君達のことだよ。最近ずっと組んでる上に、囲い込み始めたみたいじゃないか」
「いや、別に囲い込んでるわけじゃないぞ? そりゃまあ、いいやつらだし、色々と助かってはいるが、今屋敷に住まわせてるのはそっちが便利だからだしな」
実際それ以上の意味はない。
まあ、和樹が初日で心が折れたあの宿のような場所で寝泊りしているという話を聞いて、同情したのも確かではあるが。
だがテオ達が望めばすぐに解放するつもりである以上、やはり囲い込みとは違うだろう。
派手にやるということともどう考えても無関係だ。
或いは考えられるとしたら――
「……もしかして、あいつら何かの厄介事にでも首突っ込んでるのか?」
「んー……さて、どうだろうね? 当たらずとも遠からず、というところだけれど」
「随分と勿体ぶるな……というか、何か嫌な予感しかしないんだが?」
「さあ、それこそどうだろうね? ボクは預言者じゃないし、不確定要素が混じった未来を確定させるのは不可能だ」
「厄介事が待ち構えてるって言ってるようなもんだろそれ……」
思わず、溜息を吐き出す。
だがそれはある意味で最初から分かりきっていることではあった。
何せサティアがわざわざ紹介してきたのである。
そこに何の意味もない、などということが有り得るはずもない。
そもそもそれが分かっていた以上、嫌ならば最初から断っておけばよかった話なのだ。
「何だかんだ言っても、キミって結構お人好しだよねえ。まあ、ボクとしては非常に助かってるんだけど」
「放っておけ」
それにお人好しという評価は、多分正しくない。
和樹は単に、知っている人間が苦しんだり、困ったりしている姿を見ているのが気に入らないだけであり、目の前のそれも例外ではないという、それだけのことなのだ。
「そういう人のことをお人好しって言うと思うんだけど……ま、いいさ。で、聞くかい?」
「それは、何を、だ?」
「そうだね、端的に言ってしまえば……彼らが遭遇しようとしている厄介事について、かな?」
「やっぱ厄介事あんじゃねえか」
「ないとは言っていないからね」
その通りではあるし、あると分かりきっていたことでもある。
それでも溜息を吐き出し……和樹は首を横に振った。
「おや、いいのかい?」
「お前が勝手に喋りださないってことは、知らなくても問題ない情報か、あいつがそのうち話してくれるってことだろ」
ならば個人の情報を、勝手に聞き出す必要はない。
そういうことだ。
「ふむ……これはまた随分と信頼されたものだね。ボクが」
「……強ち間違ってもいないところが腹立つところだな」
「ま、でも分かったよ。そういうことなら、話さないでおこう。話したところで既に遅いしね」
「……おい」
その言い方は非常にこちらの不安を煽るものであった。
まるで――
「ああ、大丈夫だよ、手遅れってことはないから。まだ、ね」
「……さよか」
サティアがそう言うならば、実際まだ大丈夫なのだろう。
あくまでもこの瞬間は、ということであり、それ以上の保証はまるでないが。
「本当に我ながらよくここまで信頼されたものだね……まあでもなら、一つぐらいは余計な情報をお披露目しようか」
「余計じゃ駄目だろ」
「まま、細かいことは気にしないで。まあそれは、彼らにも言えたことなんだけど。要するに、彼らはちょっと気にしすぎちゃったんだよね。確かにそのままであればいつか爆発はしただろうけど、和樹君ならその程度どうにでも出来た」
「何の話かは分からんが……まあ力でどうにか出来るようなことなら、大体どうにかなるか」
「むしろだからこそ、キミはそれ以外のことも可能になるんだけどね。何でも使い方次第、ということさ。だけど彼らは考えすぎた。と同時に、ちょっと予測が甘かったかな。あれらは彼らが想像するよりも、もっと辛辣で性質が悪い。噂の大半は事実だし、実は最適解は、何もしない、ということだったんだよね。余計な刺激は与えるべきではなかったのさ」
「つまりあいつらは何か余計なことをやらかした、ということなのか?」
「まあ一概にそうとは言い切れないんだけどね。そのおかげで、今回のことに繋がったと言うことも出来るし」
「今回のこと、ね……」
何となく流れは理解出来たが、だからどうということでもない。
いざその時が来た際に、状況の把握が容易になるぐらいだろうか。
それはそれで役には立つのだが――
「ま、一応礼を言っておくか」
「じゃあボクは一応どういたしまして、と言っておこうかな」
そんな言葉を交わし、肩を竦めると、これ以上は何もなさそうなので立ち上がる。
その、間際。
「あ、そうそう、それとこれはついでというか、おまけなんだけどね」
「……なんか碌でもない予感がするのは気のせいか?」
「いやいや、これは真面目にちゃんとした朗報だよ? きっとキミも喜ぶに違いないさ。いや、キミ達と、そういうべきかもしれないけれど」
笑みを浮かべている顔は胡散臭く、つい訝しげな視線を向ける。
だがそれはそんなものを気にすることもなく――
「――キミ達が探してる人が見つかったよ」
本日最大級の爆弾を投下してきた。
「ったく、アレは……」
ギルドを後にした和樹は、日の沈み始めた空を眺め、先ほどのやり取りを思い返しながら、溜息を吐き出した。
特に問題だったのは、最後の最後だ。
というよりは、何故その情報を開示するタイミングが今だったのか、ということである。
偶然先日知った、などということは有り得ない。
間違いなく以前から知っていた情報を、敢えてこのタイミングで出してきたのだ。
「ということは……まあ、そういうことなんだろうな」
呟きながら、意識を後方へと向ける。
遠く、肉眼では捉えられないだろうほどの距離にまで、意識を伸ばし……そこに居る誰かに向かって溜息を吐き出した。
和樹がそこに居る誰かの存在に気付いたのは、もう一月近くは前のことだ。
誰かがこちらを見ている、ということに気付き、それでも半ば放置していたのは、向こうから何もしてこなかったのと……あとは、そのことに雪姫が気付いていなかったからである。
雪姫は特別探知系に強いわけではないが、弱いわけでもない。
少なくともレベル相応にはあり……その雪姫が気付けなかったということは、相手はそれだけの実力を持つということだ。
そんな相手を無駄に刺激して、いいことなどあるわけがないだろう。
状況を考えれば、尚更だ。
そもそもそんなことをされる理由が分からない、ということもあったが。
それでも今日サティアから話を聞き、何となくその相手の所属には検討が付いた気がしていたのだが、最後のそれからすると――
「……いや、所属は間違ってないのか? 問題は、それが誰なのかってだけであって」
まあ何にせよ、やることに違いはなさそうであった。
どんな事情があるのかなどは、知ったことではないが――
――パッシブスキル、サポートスキル:隠蔽感知。
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
「ったく、相変わらず良い勘してる。鈍ってないようで何よりだ……!」
振り向きながら、剣を引き抜き――
――アクティブスキル、ガードスキル、
轟音が、響いた。
左手側、自身の居る場所とは、まるで関係のない位置から、だ。
「……は?」
偶然そっちの方で爆発でも起こった、というわけではない。
和樹は間違いなく、その場所から何かが放たれたのを感じ取っているのだ。
だとするならば、敢えてそっちを狙ったということになるのだろう。
外したということは有り得ず、また和樹が読み間違ったという可能性も薄い。
あの瞬間、間違いなく向こうはこちらに挨拶をするつもりであって――
「ならその間に、それどころではない何かがあった、ってことか」
視線を向けるのは、音が聞こえた方向だ。
そこできっと、何かが起こっている。
それが具体的に何であるのかは……まあ、直接向かってみるしかないのだろう。
あっちに聞こうにも遠すぎるし、間違いなく逃げられる。
それでも追いかければ捕まえることは出来るだろうが――
「その暇はなさそう、か」
あんな派手なことをやったのだ。
そうしなければならなかったか、或いはその必要があったということなのだろう。
ならば今和樹のすべきことは、すぐにそこへと向かうことである。
「ったく……話をするのは、また今度、だな」
それだけを呟くと、意識を切り替え、音の聞こえたその場所に向けて、走り出した。




