表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/68

三人の過去と未来

 ふと目が覚めた瞬間、テオが覚えたのは困惑であった。

 視界に広がっているのは、見覚えのあるボロボロの天井だ。

 間違いなく自分達が拠点にしていた安宿のそれであり……だがそれは、一週間も前のことのはずである。

 何故今更こんな場所に……と思い、そこでようやく寝ぼけていた頭が覚醒した。


「ああ、そっか。そうだった……今日はそのために……」


 今日の予定を思い出しながら、起き上がる。

 途端に感じた匂いに、ふと懐かしさを覚え……次いでその口元に浮かんだのは、苦笑であった。


「まだ一週間だってのになぁ……」


 一週間ほど前に、テオ達はここを引き払っている。

 それでどうしたのかと言えば、カズキ達の屋敷で世話になっているのだ。

 そうした理由は幾つかあったのが、中でも最も大きかったのは時間の短縮だろう。

 討伐にしろ鍛錬にしろ、屋敷のすぐ傍で出来るのである。

 そうしない理由の方がなかった。


 厳密に言えば、討伐の方は解体した素材をギルドに持っていく必要があったが、実際のところこれは毎日行なう必要がない。

 何故ならば、そもそもカズキ達は討伐の方の報酬ではなく、素材の換金で以って稼いでいたからである。

 元々荷台を使っていたとはいえ、四分の一程度しか積んでいなかったこともあり、何日か分の素材を纏めて持っていけばそれで済むのだ。

 勿論素材というのはどんなものであれ大抵は新鮮であるのが望ましいのだが……実はカズキは凍結系のマジックスキルを使うことが出来る。

 一日に一回掛け直す必要はあったが、それさえ怠らなければほぼ素材の痛みは発生せず、街に行くのは一週間に一、二度程度となっていた。


 しかも街への往復分の時間が抑えられるため、テオ達が貰っている報酬は以前よりも増しているほどだ。

 そのことを考えれば、自然と呆れの混ざった溜息がテオの口から漏れる。


「半年……いや、一ヶ月前の自分に言ったところで、こんなこと信じられないだろうなぁ……」

「まったくだ」


 声は、すぐ傍から聞こえた。

 それ自体は驚くことでもないのだが、それでもテオが驚いたのは、起きてるとは思わなかったからだ。


「起きてたんだ……珍しい」

「多分お前と一緒だろうよ。以前まではこれが当たり前だったのに、妙に眠りが浅かったみたいだしな……この匂いも、な」

「同感だね……」


 周囲を見渡してみれば、そこには嗅ぎなれた独特の匂いが漂っている。

 単純に古いということもあるが、その分色々なことに使われたのだろう。

 様々な匂いが混ざり合った結果、何とも説明しづらいものとなっている。

 まあ確かなのは、出来れば嗅いでいたくはない匂いだということだろうか。


 カズキにはよくこんな場所で寝られるもんだ、などと言われたものだが、要は慣れである。

 慣れてしまえば、匂いも、虫も、嬌声も、意外と何とかなってしまうのだ。

 厳密に言えば、何とかなっていた、と言うべきかもしれないが。


 どうやら人というものは、一度贅沢を覚えるとそれに容易く浸ってしまう生き物であるらしい。

 一週間前までは何の問題もなく眠れていたこの場所でこうなってしまうのだから、短い期間で随分と向こうでの生活に慣れきってしまったものである。

 あそこを出て行った後は、酷く苦労することになりそうであった。


「それを考えると、それに関してだけは借りって言えるかは微妙だなぁ……まあ、勝手な話でしかないけど」

「別に出ていかなけりゃいいだけなんだから、借りでいいんじゃねえの?」

「いやいや、ずっとあそこに居るつもり?」

「多分可能だろ? というか、あの人達そのつもりな気がするぜ?」


 おそらくそれは、その通りだ。

 そのぐらいのことは、当然テオも気付いてはいる。

 勿論それが何の他意もなく、完全な厚意からのものであることも、だ。


「だけどだからこそ、それを受けるわけにはいかないと思う」


 何せこちらには、本当に返せるものがないのだ。

 仮に……そう、仮に、このままカズキ達に教えを請い、ランク三にまでなれたとしても、返せる見込みなどはまったくない。

 というか、その時点で莫大な借りとなっており、奴隷になったところで返せるものではなくなっているだろう。


「ま、そこはお前次第ってことだ。頼りにしてんぜ? うちの頭脳担当」

「……まあ、精一杯頑張ってはみるけどさぁ」


 そもそも、現時点で返せるはずもない借りが溜まっているのだ。

 何にせよ、それは考えるしかなかった。


「とりあえず、今はやることをやろうか」

「おう、そうだな」


 わざわざ以前拠点として使っていた場所を再度借りたのは、街でするべき用事があったからだ。

 勿論それは偶然空いていたからそうしたのではあるが、宿を借りたのは相応の時間がかかる用事だからである。

 今日は討伐も訓練も休みの日とはいえ、敢えてそんな真似をしたのに無駄にしてしまっては、それこそ金や時間の無駄だ。

 早々に動き出す必要があった。


「ところで、フィーネがどうした知ってる?」

「あん? ……そういえば、いねえな。また用事、か?」

「……その可能性が高そうだね」


 ここのところ毎日のように……いや、実際に毎日、フィーネは用事と言っては何処かに出かけていっている。

 街に来ることがあれば三十分程度で済むのだが、そうでない場合は数時間かかることもザラであるあたり、ほぼ間違いなく街で何かをしているのだろう。


 だがそのことに関しては、テオ達はもう放っておくことにしていた。

 というよりは、三度ほど追跡してその全てで失敗した時点で、それ以外に道などはなかったとも言うが。

 撒かれているのは明らかであったし、三人の中ではフィーネが最も身体能力が高い以上、そうされてはテオ達にはどうしようもないのである。


 まあそれに、何かまずいことに巻き込まれているようであれば、自分達に相談するだろうという、そう思う程度の信頼関係は築けているという自負があった。

 所詮半分近くが好奇心であったということも、諦めることにした理由の一つではあるのだが。


 ちなみに三人が泊まったのは同じ部屋だが、その程度は今更である。

 カズキ達の屋敷では別々ではあったものの、それ以前はずっと同じ部屋に泊まっており、今更その程度のことを気にするような関係でもないのだ。

 ともあれ。


「まあそれ自体は別にいいんだけど、そうなると帰って来るまで……ん?」

「お、噂をすれば、ってやつだな」


 安宿であるため、壁も薄い。

 近くを誰かが通れば、音からそれは分かり、外から響いてきたそれは、すぐ傍で止まった。

 扉がそっと開き、現れたのは、予想通り見知った顔である。


「や、お帰り」

「……ん、ただい、ま」


 驚いてはいない様子ではあったが、若干の気まずさぐらいは覚えているのか、その視線は僅かに泳いでいた。

 だが放っておくことは、既に決まっていることだ。

 テオはラウルと視線を交わすと、苦笑を浮かべながら立ち上がる。


「さて、僕達も目が覚めたことだし、そろそろ行こうかと思うんだけど、まだ何かやりたいこととかある?」

「……ない」

「うし、んじゃ行くとすっか。今日だけで、それなりのやつらと会う必要があるだろうしな」


 言うや否やラウルが歩き出し、テオ達も一歩遅れて部屋を後にした。












「一年、か……」

「んあ? 唐突にどうしたよ?」

「いや……今までの話を聞いて、僕達は本当に運がよかったんだと改めて思ってさ」

「ああ……ま、そうだな。半年……実際に冒険者として燻ってたのは三ヶ月ちょっとか? その程度で済んでんだから、破格だわな。もっとも、この街に来たばっかの頃に思ってた形とは、随分違ったもんになったが」


 テオ達がこの街にやってきたのは、今から半年ほど前のことである。

 それは冒険者になってからということとほぼ同義ではあるものの、厳密に言えば少し異なっていた。


 そもそも、本来テオ達はこの街に、冒険者になりにきたわけではない。

 何らかの仕事を求め、やってきたのである。


 テオ達が元々住んでいた場所は、ここから離れた場所にある小さな村だ。

 そして小さな村に生まれたからこそ、テオはそのうち村を出て行かなければならないということを理解していた。

 両親は雑貨屋を営んではいたが、所詮は小さな村である。

 人手などそれほど必要とせず、三男坊にやることなどがあるはずもない。

 必然的にテオが村を出ることは、生まれた時にはほぼ決まっていたのだ。

 或いは上の二人の兄のどちらかが死んでしまったり、村の何処かで欠員が発生すればその限りでもなかったが、幸か不幸かそんなことはなかった。

 かくして予想通りに、この街に来ることになった、というわけである。


 ――さすがに三人一緒で来ることになるなど、予想してはいなかったが。


 テオ達三人は、所謂幼馴染である。

 他に同年代の子供がいなかったこともあり、当たり前のようにいつも一緒に居た。

 とはいえ、ラウルは農家の長男であるし、フィーネは女だ。

 ラウルは当然自分の家を継ぐだろうし、年齢とかを考慮すればフィーネはその嫁に収まるはずである。

 そんなことは二人も分かってるだろうと思っていたからこそ、出立の前日に、元気で、いう言葉だけを残し旅立った――はずなのだが。


「……?」

「あん? なんだよ、ジッと人の顔見やがって」

「……いや? 別に何でもないよ」


 余計なお世話とも、嬉しくないなどと言うつもりもないが、ただ、馬鹿だなと、少しだけ頬を緩めながらそんなことを思うだけである。


 まあそれはともかくとして、この街に職を求めてやってくる、というのはそれほど珍しいことでもない。

 というか、商人を除けば、この街にやってくるうちの半数ほどはそうだと言ってしまっていいだろう。


 開拓最前線であるからこそ、この街は非常に流動的だ。

 人も物も、その動きと流れは速く、予測するのは難しい。

 忙しさに人手が足りなくなることも間々にあり、状況次第では市民でない者を雇うこともあった。

 そういうところを狙って人がやってくるのだが……結局のところそれは巡り合わせだ。

 運がよければ出会えるし、悪ければ出会えない。

 そして圧倒的大多数は運が悪く、奴隷か娼婦、或いは冒険者となるのが常であった。

 テオ達がどちらであったのかは、現状が示す通りである。


「つっても、運だけじゃこんなことになってなかっただろうけどな」

「……まあね。僕達はたまたまサティアさんから紹介されたわけだけど、僕達じゃなければ駄目な理由はなかったはずだ。僕達以外の人が紹介されてた可能性は、十分あった」

「だな。ま、それはともかくとして、んで、次はどうするよ? 今まではある程度知ってる連中だったが、こっから先はよくわかんねえやつらばっかだぞ? つか、もう諦めね?」

「いや、むしろ重要なのはここからだよ。というか、ここから先のよく知らない人たちに話をしておかないと、今回わざわざこんなことをしてる意味がない」

「……よく、分からないか、ら……テオに、任せ、る」

「お前は気楽でいいな……ま、つっても俺も変わんねえか。どうせ俺の頭じゃ考えたところで碌なもんが出てこねえんだから、素直に頭脳担当に従うとしますかね」

「少しでもいいから、考えて欲しいんだけどね……」


 言いながら、手元の紙に視線を落とし、溜息を吐き出す。

 そこに書かれているのは、名前であった。

 上半分には全てバツが書き加えられており、たった今バツを付けた人の下にあるのが、これから訪れようとしている人の名だ。

 

 テオ達が今やってることは、所謂勧誘であった。

 書かれている名は、自分達の知り合いのものと、あとはサティアに聞いて素行等が問題ないと思われる人達のものである。

 当然サティアも全てを教えてくれるわけがないから、あくまでも教えても大丈夫だろうと思われる人しか教えられてはいないが、それでもそこそこの数だ。

 あと半分と考えると、確かにそろそろ帰りたくなってくるも、さすがにそういうわけにもいかないだろう。

 先に自分で口にしたように、重要なのはここからなのだから。


「にしても、全員きっぱりと断ってきやがったな……これってどうなんだ?」

「基本予想通りってところかな。メリットとデメリットを天秤にかけると、普通は圧倒的にメリットの方に傾く。スキルを覚えることが出来る、っていうだけで大抵のデメリットなんて消し飛ばせちゃうからね」

「……ん、確かに、凄い」

「……ん? それっておかしくねえか? 何でメリットの方がでかいのに断んだよ?」

「メリットが大きすぎるから、だよ。自分達の身に置き換えてみると分かりやすいんじゃないかな? ランク一で燻ってるだけの冒険者だっていうのに、唐突に顔見知りからそんな話をされるんだよ? どう思う?」

「……あー、なるほど。怪しいことこの上ねえな」

「そういうこと。凄いことに違いはないんだけどね……そのせいで、こんなことをする羽目にもなってるんだし」


 そう、何故テオ達が勧誘などをやっているのかと言えば、まさにそれが原因であった。


 スキルを狙って覚えることが出来る、ということがどれほど凄いことであるのかについては、今更言うまでもないことだろう。

 スキルというものの存在が発見されてから、早二百年。

 それだけの年月が経っていながらも、未だにその方法は発見されていなかった……否、発見されていないのだから。


 何よりも、それが出来るということがどういうことかということを、テオ達は身を以って知っていた。

 何せ未だランク一であるはずのテオ達が、マッドベアーを倒すことが出来たのだから。

 勿論カズキ達のサポートありきであったので、完全に自分達の力のみではない。


 だがそれでも、テオ達がランク三の魔物を倒すことが出来たということに違いはないのだ。

 またあの様子であるならば、テオ達のみでも倒すことは出来ずとも、しばらくの間凌ぐことぐらいならば出来るだろう。

 それがどれほどのことなのかは、やはり言うまでもないことである。


 まあとはいえ、そのこと自体は喜びこそすれ、問題があるようなことではない。

 問題なのは……カズキ達がこの意味を理解していない、ということであった。

 厳密に言うならば、それによって付随し起こりえることをこそ、テオ達は危惧しているのだ。


 それは端的に言ってしまうならば、解体屋を敵に回す、ということである。

 多少想像の飛躍が混じっていることを否定はしないが、そうなるであろう確率が高いのは間違いようのない事実だ。

 特に話によればカズキ達は解体屋とまったく接触していないということであり、これがさらにまずい。

 テオ達の予想する通りに事が動いてしまえば、結果的に解体屋に喧嘩を売るような形になってしまうからであった。


 解体屋とは、その形態の性質上冒険者の大部分に影響力を持っている。

 それは大半の冒険者が少なからず世話になるからであり、その関わり方は様々ではあるが、影響力があることに違いはない。

 影響力がまったくないのは、一切関わってこなかったような者達であろうが、それは非常に少ないのだ。


 そしてつまりそれは、この街に対する影響力だと言い換える事も可能である。

 確かに冒険者は底辺だ。

 その大部分は市民ですらない。

 だが同時に、開拓において最も必要なのは冒険者でもあるのだ。

 素材の提供を行なうのも冒険者であれば、無視出来ないレベルの金銭を支払い経済を回してもいる。


 要するに、何だかんだと建前を並べたところで、この街の根幹には冒険者というものが存在しているのだ。

 その冒険者に対して影響力があれば、街に影響力を持っていたとしても何ら不思議はないだろう。


 そこで問題となるのが、カズキ達であり、テオ達だ。

 これから先、テオ達がカズキ達と共にいるにしろいないにしろ、他の誰の目にも留まらないというのは不可能である。

 そうなれば、必然的におかしいということにも気付かれるだろう。

 つい数週間前まではホーンラビットを相手にしていたような者達が、マッドベアーとまがりなりにも戦うことが出来るようになっているのだ。

 おかしいと思わない訳がない。


 その秘密を知ろうとテオ達に冒険者達は群がるだろうし、当然カズキ達にも群がる。

 そのほとんどは集り同然と最底辺ではあるが、中にはテオ達と同じような者達も居るだろう。

 そういった者達がやってきた時、カズキ達はその者達を突っぱねるだろうか?

 そうはならないだろうとテオ達は思っている。


 そしてそれはやがて、解体屋の持つ街に対する影響力にすら変化を与えるはずだ。

 冒険者に対し最も影響力を持つようになるのが、カズキ達になるからだ。

 多少の恩など話にもならないし、或いはどっぷりと首まで浸かっていたところで無視出来てしまうだろう。

 それほどの魅力と力が、カズキ達の教えるスキルには存在しているのである。


 だがそれを、解体屋がみすみす見逃すだろうか?

 今の状況は間違いなく解体屋が望み手にしたものだ。

 カズキ達のように、知らずに手にしてしまうものではない。


 さてではそれを失うことになってしまうと認識した時、果たして彼らはどんな行動に出るのか。

 街の上の方の者達とも関わりがあるとも噂されるような人達である。

 それは簡単に想像が付き……まあつまりは、そういう話だということであった。


「ま、あの人達だったら、諸共力ずくで突破しそうな気がしてならねえけどな」

「……同感」

「僕もそう思うけど……世の中には、力ではどうにも出来ないことも多いしね。最悪、この街への侵入を禁止されちゃったらどうしようもないし」

「は……? んなこと出来んのか?」

「あくまでも可能性の話だけどね。ただ、僕は有り得ないとは思ってないよ? キナ臭い噂もよく聞くし」


 所詮噂話ではあるが、そんな噂話としてでも、解体屋がトラブルを起こしたというのは聞いたことがない。

 やってることは狡いが、だからこそトラブルの一つや二つ起こっても不思議はないし……むしろ起こらない方が不自然である。

 街の上の方と云々というのは、何も根拠のない噂ではないのだ。


「ま、それにそんなことになったら、僕達もどうなるやら、って感じだしね」

「というか、俺達が動いてるのは結局それが理由だしな」


 自己保身が目的か、などと言ってくれることなかれ。

 カズキ達とは違って、テオ達は力で来られたらどうしようもないのだ。

 なるべくならばそんなことにならないよう、先手を打っておくのは当然のことである。


 それにひいてはカズキ達のためにもなることではあるし、多少なりとも恩を返すことが出来もするだろう。


「つっても、俺は何のためにこんなことしてんのかよく分かってねえんだけどな」

「……同じ、く」

「一応説明したはずなんだけどなぁ……」


 これは要するに、アリバイ作りだ。

 同時に、牽制でもある。

 こっそりやってたわけではなく堂々とやっていたし、こっちから誘ったけど断っただろうと、そういうことだ。


 まあだからどうした、などと言われてしまったらそれまでだし、多少恨みを買うことにもなってしまうかもしれないが――


「それでも、やらないよりはマシだろうしね」

「ま、さっきも言ったが、俺にはよく分かんねえ話だからな。お前に任せるぜ、頭脳担当」

「……頑張っ、て」

「絶対元雑貨屋の三男坊の役目じゃないと思うんだけどなぁ……」


 二人の言葉に溜息を吐き出すが、そこで止めようと思わないのは性分か。

 まあ今更ではあるし、慣れてしまったというのもあるのだろうが。


「何にせよ、この話題は続けたところで意味はなさそうだな……フィーネ、なんか話題ねえか?」

「それは無茶振りじゃないかな?」

「……ん、そういえ、ば」

「え、あるの?」


 正直に言って、まさかの、である。

 フィーネから話題を振られることがあろうとは。

 フィーネも変わってきているのかもしれないと、テオはそんなことを思いつつ――


「……テオ、明日、暇?」

「……え?」


 再度の驚愕に、目を見開いた。

 先のものと種類は異なるが、衝撃で言えばこちらの方が圧倒的に上だろう。

 これはもしかして……もしかするのだろうか?

 噂のアレへの誘いということで……?


「え、っと……一応明日は、カズキさん達の手伝いが終われば暇だけど?」


 最近ではむしろ手伝われているのはこっちだが、一応建前ではそうなっているのでそう言っておく。

 無駄にしている動揺が伝わらないように、速まる鼓動を抑え、平静を装いながら。


「けっ、いっつも暇してるそいつに、用事があるわけねえだろ」

「ラウルには言われたくないかなぁ……」


 嫌味のような言葉を投げてくるラウルに、それでも苦笑を浮かべるだけで済んでいるのは優越感を覚えているせいだろうか。

 そんなことはないと思いたいものの、あまり自信はない。

 というかこんな時は、どんな態度を取るのが正解なのだろうと、そんなことを思いながら――


「別に俺には関係ねえ話なんだから、俺のことはどうでもいいだろ」

「……? ……ラウルは、来ない、の?」

「……へ?」


 つい間抜けな声が漏れたが、それも仕方の無いことだろう。

 だがすぐにどういうことなのかを理解し……やはり苦笑を浮かべた。

 考えてみれば、そんなことあるはずがなかったのだ。

 だというのにこの有様はなんだと、ラウルと顔を見合わせれば、ラウルの顔にも苦笑が浮かぶ。

 どうやら自分達は未だに、フィーネに振り回されっぱなしのようだった。


 まあとりあえず、明日は何処かに行く予定だということは判明したわけだが……さて、何処に行くのだろうか。


「あ、あー……っと、そうだな、行く気はなかったんだが、気が変わった。仕方ねえから俺も行ってやるよ」

「……ん、分かっ、た」


 もうちょっと誤魔化しようがあるだろうと思いつつも、苦笑を深め……ふと、何となく、空を見上げた。

 懸念材料は幾らでもある。

 今まではいいことばかりだということはなかったし、今後もいいことばかりだということは、ないだろう。


 それでも、今は以前と比べれば十分に充実していて、何だかんだで自分達は、その関係も含めて変わっていない。

 ならば多分これからも、それは変わらず、こんなことが続いていってくれるのだろうと、そう思い――


「ま、明日のことを語るのもいいけど、それは後にしようか。まずはやるべきことをやらないと」

「それもそうだな」

「……ん」


 それを続けるためにもと、テオ達は次の場所へと赴くのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ