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模擬戦

 どうやら彼女には、気になる男の子がいるらしい。

 羨ましい話である。

 自分にはついぞ、そんな相手が出来ることはなかった。


 彼女がこちらを気遣うような素振りを見せたが、笑ってみせる。

 そんなこともう、どうでもいいのだ。

 どうせ出来るはずもない。

 期待もしてないし。


 それでも気にしてくれるらしく、理想を聞かれたのでちょっと考えてみるも、特に思い浮かばない。

 何だろうか……昔何か、考えていたことがあった気がするのだけど。


 ……あ。

 思い出したが、やっぱり特に思いつかないと嘘を吐く。

 だって、ガラじゃないし、似合わない。


 ――困ったときに助けてくれる、王子様なんて。













 ――アクティブスキル、ソードスキル:ブレイク。


 地面が爆ぜる音を聞きながら、和樹はふむと頷いていた。

 少し前にも似たようなことがあったばかりだが、その時と比べ響く音は小さめだ。

 まあ今使われたのは、あの時よりも下位のスキルなのだから当然ではあるのだが――


「喜び方はこっちの方が遥かに上だな」

「まあ、今までと比べて分かりやすいですからね。スキルを覚えることが出来た、という実感が大きいのでしょう」

「ま、何となく分かる話ではあるけどな」


 覚えがある、という方が正確かもしれないが。

 記憶を遡ってみれば、和樹も始めたばかりの頃は、スキルを覚える度にああして喜んでいたものである。

 その頃のことを思い出しながら、喜び合っている三人の姿を眺め、和樹は口元を緩めた。


 テオ達にスキルを教え始めてから、早くも一週間ほどが経過していた。

 経過としては順調と、一応は言うことが出来るだろう。

 ソードマスタリーを全員に覚えさせるのに結局三日ほどかかってしまったものの、そこからは一日に一個のペースで覚えさせることが出来ている。

 出来ればもう少しペースを上げたい気もするのだが……まあ、無駄に急がせたところで良いことはない。

 これで問題はないだろう。


 ただ気になることがあるとすれば、三人の顔が時折曇ることがある、ということだろうか。

 正直今が一番楽しい時期だと思うのだが……或いは、覚えたらすぐに次のスキルにいってしまい、碌にその効果を確かめることが出来ていないのが気になっているのかもしれない。

 特に今まで覚えたものはパッシブばかりだから尚更だ。


 だがもしそうであるならば、やはり問題はないだろう。

 これからしばらくの間は、今まで覚えたスキルを本当の意味で習熟していく段階になるからだ。


 スキルは覚えればすぐに使うことは出来るが、使いこなすことが出来るわけでない。

 使いこなすためには、実際に何度も使い、具体的な知識を得、実戦に結びつかせなくてはならないのだ。

 ならば一つずつそうしていった方がいいと思うかもしれないが、スキルというものは単独で使用することの方が少ない。

 実戦を意識すればこそ、共に使うようなスキルを覚えてから、一緒に試していった方が効率がいいのである。


「さて……そろそろ気は済んだか? なら次に行きたいんだが」

「あ……す、すみません。つい」

「ま、気持ちは分かるから気にするな。しばらくはその感覚も味わえないしな」

「……どういうことっすか?」

「今日からは一旦スキルを覚えるのは止めにして、模擬戦を行なう予定になっているからです」

「……模擬、戦?」

「スキルを習熟するには、結局のところ実践が一番だからな。本当は魔物相手に色々試すのが一番いいんだが、さすがに早すぎるだろうから、まずは模擬戦、というわけだ」

「えーと……つまり、二人で模擬戦をやって、余った一人は解体をする、という感じですか?」


 確かに今までスキルを覚える際には、そんな感じでやっていた。

 ローテーションを組み、二人が素振り等を行い、残った一人が解体。

 解体が終われば二人のどちらかと交代し、その繰り返し、という感じである。


 勿論解体のペースはさらに落ちるが、スキルの取得を行うことが出来るということを考えても、効率は悪くない。

 だから今回もそうすると思ったのだろうが――


「いえ、今日は討伐は行ないません。二人で模擬戦をするのは同じですが、一人は見学です。見学とはいえ、見ることで分かることもあると思いますから、馬鹿には出来ませんよ?」

「え、カズキさん達はどうするんすか?」

「俺達は基本的に待機だな。別に俺達だけで解体もやってもいいんだが……まだ色々と慣れてないだろうから、危ないことがあるかもしれないしな」

「……いい、の?」

「魔物が現れないとも限りませんからね。一応その警戒という意味も含めています」

「いえ、というよりは、僕達はそもそも解体の手伝いをするために雇われていた気がするんですけど……」

「ま、俺達が好きでやってることだから気にするな。今まで十分手伝ってもらったしな。勿論向こうから現れたら狩るが、基本は探したりすることはなく、今日はずっと模擬戦の予定だ。ただそのせいで、今日はいつもと比べると報酬が安くなるか、最悪ゼロになるが……」

「い、いえ! そこは気にしなくても大丈夫っす!」

「そうか? ならまあ、今日はそんな感じだ」

「……ん、分かっ、た」


 念のため周囲を確認し、魔物の姿がないのを確認した後で、そうしてテオ達による模擬戦が始まることとなった。


 最初の組み合わせは、テオとラウルである。

 公平なじゃんけんの結果であり、ちょっとフィーネが不満そうではあったが、まあ仕方の無いことだ。

 それにどうせ何度も回すつもりだし、すぐに回るだろうとも思ってはいたのだが――


「ふむ……これは、思ってたよりも酷いかもしれん」

「そうですか? まともにスキルを使用した戦闘というものが始めてなのでしたら、こんなものだと思いますが」


 そうだろうかと思い、自分の時はどうだっただろうかと思い返そうとするも、すぐに無意味だと気付きやめる。

 環境や状況が違いすぎる以上、何の参考にもなりはしないからだ。

 和樹と雪姫でさえそうだろうに、テオ達とであれば尚更だろう。


 まあ、だとしても、眼前に展開されている光景の意味が変わるわけではないのだが。


 端的にそれがどういうものかを説明するならば、模擬戦と言ってしまっていいのかすら疑問を覚えるようなもの、というところだろうか。

 多分どちらかと言うならば、泥仕合と言った方が正しいかもしれない。

 何せ互いに足を止めながら、スキルの撃ち合いをしているような状況なのだ。

 これを見て、模擬戦をしているのだと考える人は、あまりいないだろう。


 二人が真面目にやっていないというわけではない。

 むしろ真面目にやっているからこそと言うべきか……要は、スキルを使用した場合の身体の動きというものが分かっていないが故の、これなのだ。


 今までは一つのスキルを覚えたらすぐに次のスキルを覚えるようにしていたため、二人は当然のようにそれぞれで覚えているスキルを使い慣れていない。

 そして慣れていないからこそ、どうしても動きをぎこちなくさせてしまい……さらには、半端に魔物と戦った経験があるのがまずかった。

 戦闘経験がなれば、今の身体の動きをそういうものだと最初から認識出来ただろうに、以前の動きを覚えているために、そこで齟齬が生じてしまうのだ。


 だが齟齬があるからといって、目の前には既に相手が存在しており、さらにはその相手は待ってはくれない。

 しかも齟齬があるために、体勢を崩しやすく、しかしそこで咄嗟に出る動きは、以前のそれだ。

 結果さらに体勢を崩すこととなってしまい……そうしたことを何度か繰り返しているうちに、二人は結論付けてしまったのである。

 無駄に動いて失敗するよりは、足を止めて撃ち合ってた方がいい、と。

 それで出来上がったのがこの状況だと、そういうことだ。


「ふーむ……まあだが考えようによっては、変な癖を残す前に矯正できそうでよかったと考えることも出来る、か……?」

「何事も最初が肝心ではありますからね」


 とはいえ、二人の今の問題点は、足を止めてしまっていることではない。

 それもそれで問題ではあるのだが……それよりも問題なのは、スキルにのみ頼った戦い方をしてしまっている、ということだ。


 スキルは闇雲に使ったところで、その真価を発揮することはない。

 どのスキルをどのタイミングで使うのかという、そういった思考をすることこそが重要であり、最適の場面で用いてこそ、最大の力を発揮するのである。


 レオンの戦い方などを見ていると、何も考えていないようにも見えるのだが、あれは単純にその必要がないというだけのことだ。

 言い方は悪いが、以前戦うことになったゾンビ達と同じである。

 考えるまでもなく、最適な戦い方というのが身に付いているからこそ、考える必要がないだけなのだ。


 考える必要がないということと、考えることが出来ないということの間には雲泥の差があり……碌に考えもせず、場当たり的に使えば――


「ま、そうなるわな」

「意外と自分が今どれだけ疲れているのか、というのは分からないものですからね」


 二人は愕然とした表情で、自分の手元と地面に落ちた剣とを交互に眺めている。

 おそらくは何故取り落としたのか、理解できていないのだろう。


「……疲労?」

「そういうことだ。スキルっていうのは、使用するだけで相応の体力を消耗するからな」


 そして体力の消耗とは、疲労の蓄積と同義だ。

 そのことはちゃんと説明したのだが、今までパッシブスキルしか持っていなかった彼らには、いまいちピンと来なかったのだろう。

 それは数値に表すと分かりやすいのだが、彼らにそれを見る方法が存在しない以上は自分の身体で覚えるしかないのである。


 とはいえ、彼らは決して馬鹿ではなく、今は色々と戸惑っているだけだ。

 次の模擬戦では、きっとちゃんと動いてくれることだろう。


「お、クロスカウンター」

「綺麗に決まりましたね」


 二人の身体が同時に傾き、倒れていく。

 ダブルノックアウト。

 最初の模擬戦の結末は、そういうことになったのであった。









 意外、というわけでもないのだが、最も早くスキルを使う動きに慣れたのはフィーネであった。

 というよりは、最初の時点でそういう風に動けていた、と言うべきかもしれない。


「……ん、分かっ、た」


 二人をポーションで回復させた直後、フィーネはそう呟き頷くと、テオと入れ替わり模擬戦を始めることとなった。

 ラウルも先の自分の行動が、みっともなかったというのは自覚しているのだろう。

 今度はそうはならないと意欲に燃え――だが開始の合図がされた瞬間、ラウルの喉元にはフィーネの剣が突きつけられていた。


「……は?」

「……勝負あ、り?」

「ふむ……」


 フィーネの身体能力は、ラウルと比べそれほど違いがあるというわけではない。

 少なくとも、開始直後にラウルがここまで遅れを取るほどの差がないことは、間違いがないことだ。

 しかしとなると、今の結果はどういうことだということになるわけだが――


「なるほど、始まる前にフィジカルブースト使ってたのか」


 単純な話である。

 素の能力で差がないのであれば、事前にスキルで底上げし、差をつけてしまえばいいだけのことなのだ。

 勿論それは口で言うほど、簡単なことではないのだが。

 特に今の彼らからすれば、尚更に、だ。


「え……それってありなんすか?」

「ありかなしで言えば、ありですね。事前にスキルを使用してはいけない、とは言っていませんでしたから」

「ま、とはいえさすがにそれじゃあれだからな。今のはやり直しだ。次からは事前にスキルを使うのもなしでな」

「……残念」

「つか何でスキル使いながら普通に動けてんだよ?」

「……二人の動きを、見てたか、ら?」

「普通は見てるだけじゃ無理だと思うんだがな……ったく、相変わらず戦闘に関しては勝てる気がしねえな。まあ折角スキルを覚えたんだから、負けるつもりもねえけどな」


 ラウルの言葉からも分かる通り、三人の中で最も戦闘のセンスがあるのはフィーネだ。

 飲み込みも早く、ソードマスタリーを三人の中で最初に覚えたのもフィーネであるし、実は二人と比べ一つだけ余計にスキルを覚えていたりもする。

 それは一人だけ時間が余ってしまったということもあるが……それでも可能だろうと和樹が判断したからでもあった。


「そのことを考えれば、この結末も必然、か」

「ですね」

「まあ、正直なところ、今のは僕がやってても同じことになってたでしょうしね……」


 そしてその差というものは、そう容易に埋まるものではない。

 否……センスという明確な差があるからこそ、今この時は尚のこと差が生じると言うべきか。


 三合。

 再度の開始の合図から、ラウルが打ち合えた数だ。

 三度目にフィーネの剣を受けた瞬間に弾き飛ばされ、そのまま喉元に突きつけられたのである。

 結局は先ほどとほとんど変わらない、一瞬の決着であった。


 ただ、それ自体は見事なのだが、問題しかないのは明らかだ。

 どっちにしても、双方共にそれで身になることはないからである。

 圧倒的な敗北というのは一度経験しておくべきではあるが、それ以上は邪魔なだけだ。

 訓練にならないのであれば、する意味はない。


 かといって、テオとラウルだけでずっとやっていくのもアレであるし、フィーネの相手はどうするんだという問題もある。

 和樹は勿論のこと、雪姫相手でもまだまだ早い。

 加減すればいいだけなので、不可能というわけではないが……。


「さて、どうしたものか」

「ふむふむ……フィーネさんに、敢えて防御側に回ってもらうのはどうですか?」

「なるほど……そうすれば、防御の練習にもなる、か。時折攻撃に回るようにもすれば、ちょうどいい緊張感を保ちながらいけるか?」

「ですね」

「……それって、フィーネに手加減されながら模擬戦をやるってことですか?」


 声に視線を向けてみれば、テオの顔には明らかに不満です、といった表情が浮かんでいた。

 その気持ちは、まあ分かる。

 苦笑を浮かべ……だが。


「悔しければ、まともに打ち合えるようになるんだな。確かにフィーネのセンスはずば抜けてるが、そのせいもあってか基本的に自分の感覚に頼って戦ってる節がある。スキルを使いこなし、考えながら戦えば、その程度は可能になるだろうさ。というか、上手くいけば勝てるんじゃないか?」

「え? ほ、本当ですか?」

「見たところ身体能力的な差はほとんどないからな。そう感じるんだとしたら、フィーネがそれだけ身体の使い方が上手いってだけだ。決して追いつけないわけじゃない……まあ、のんびりしてたら駆け抜けてくだろうから、そうなったらもう追いつけないだろうけどな」

「……ちょっとフィーネと模擬戦してきます」

「ああ、頑張れよ」


 そう言って送り出し、その背中を微笑ましく見ていると、ふと視線を感じた。


「どうした? そんな何とも言えないような顔して」

「いえ……和樹さんもそんなことを言うんですね、と」

「お前は一体俺のことをどういうやつだと思ってるんだ?」

「いえ、和樹さんが優しい、ということは知ってるんですが……その」


 言いよどむ雪姫に、肩を竦める。

 実際のところ、自分でもらしくないというのは理解していた。

 それでも口にしてしまったのは――


「ま、経験談ってやつだ。それを知ってるのに、同じような失敗させるのも馬鹿らしいしな」

「……む。お相手は女の人ですね?」

「何を根拠にそんなことを言い出した?」

「女の勘です」

「つまり根拠ないってことじゃねえか」


 まあ、合ってはいるのだが。

 とはいえ、別にテオのようにそういった相手だったわけではない。


「むぅ……怪しいです」

「気のせいだ。そもそも、とうに終わってる話だしな。俺はとっくに諦めてて……テオがどうするかは、これから次第。それだけの話だ」


 話はそれで終わり、とでも言うようにテオ達の方へと視線を向ければ、ちょうどテオの手から剣が弾き飛ばされるところであった。

 あいつは加減というものを知らんのか、とか思ったが、テオは構わずに踏み込む。

 今度は身体ごと吹き飛ばされ……だが、それでも諦めずに向かう姿を見て、和樹はその口元に笑みを浮かべるのであった。

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