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少年二人と少女二人

「それでは、今日も色々とありがとうございました」

「いや、こっちこそ今日も助かった」

「ですね。また明日も、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 頭を下げ、二人が去っていくのを見送りながら、テオはそっと息を吐き出した。

 それと共に、緊張していた身体から、力が抜けていくのを感じる。


 別にあの二人のことを怖いなどと思っているわけではない。

 だが気を抜くわけにはいかないという考えからか、あの二人の前ではどうしても緊張してしまうのだ。

 例え多少の失敗をしたところで、あの二人は笑って許してくれる、ということは分かってはいるのだが、それはそれ、これはこれ、である。

 頭を上げ、二人が完全に去っていったのを確認した後で、再度息を吐き出した。


「毎回思うんだが、お前はちょっと緊張しすぎじゃねえのか?」

「正直ラウルには言われたくないんだけどね。まあ、大分表には出なくなってきたみたいだけど」

「どっちにしろ俺のは緊張ってわけじゃねえしな。緊張なんてする理由がねえし……まあさすがに今日はちとびびったけどな」


 ラウルが言っているのは、間違いなくキマイラを解体した際のアレのことだろう。

 確かにあれは驚いた。

 しかし。


「アレは僕達のことを考えてのものだしね」

「わーってるよ。あの時言った言葉は本音だ。いつの間にかあの人達が居てくれるのが当たり前になってて、正直甘えてた。びびったのは事実だが、怒る気なんてならねえし、むしろ安心した自分に腹を立ててるぐらいだ」

「まあね。まったく……返せる当てなんてないのに、借りが増えてくばかりだ」

「あの人たちはそんなこと考えちゃいねえだろうけどな」

「だから尚更なんだけどね」


 冒険者の間では、知識や技術を教え合うのはそれほど珍しいことではない。

 しかしそれは、互いに得るものがある場合の話だ。

 ギブアンドテイク。

 自分の知らぬものを教わる代償として、相手の知らぬことを教えるのである。


 それは自分よりランクが下の冒険者が相手の場合でも、同じことだ。

 ただしその場合は、求めるものが若干異なる。

 それは云わば先行投資であり……世話をしてやるから、後で役に立てと、つまりはそういうことだ。


 逆に言うならば、あくまでも将来的に利益を得られそうな相手に対してのみ教えているのであり、見るからに見込みのない相手であれば、その限りではないのである。

 テオ達のように、だ。


 まあとはいえ、幾ら冒険者とはいえ、全部が全部そういう者達ばかりかといえば、そうでもない。

 中には、心からの親切心でそれらのことを教えてくれる者もおり、幸運にもテオ達はそういった人に巡り合うことが出来たのだ。

 そうして何とか、最低限の知識と技術だけは教わることが出来……だが、こんな世界、こんな職業である。

 心優しい、そう言える……そうと言うことしか出来ない者の辿る道など、一つしかなかった。


 最初から結末が決まっていたかの如く、ある日あっさりとその人は魔物に殺されてしまったらしい。

 そしてそんなお人好しがそう何人も居るわけがなく、それからは最低限のものだけでやっていくしかなかった。


 テオ達があの人――カズキに出会い、助けてもらったのは、そんな時のことである。


「それからこんなことになるなんて、思ってもいなかったけどな」

「だね。最初サティアさんから、荷台買って解体屋の真似事しろ、とか言われた時は何事かと思ったけど」

「まったくだな。あの人は未来でも見えてんのか?」

「そう言われても僕は驚かない自信があるよ」


 そう、何故テオ達が荷台などというものを持っているのかと言えば、サティアからのアドバイスによるものなのだ。

 そしてそのことを訝しみながらも、今までの経験から何か理由があるのだろうと思い従ってみれば、それから大して時間も経たない内にカズキ達を紹介されたのである。

 まるでそうなることを予め知っていたかのような流れであった。


「ま、別にそこら辺の理由はどうでもいいけどな。頭が上がらねえことには違いねえし」

「まったくだね」


 そこからは色々な意味で驚きの連続だった。

 最初に向かったのが、ランク三の狩場であった――というのは、別に驚くようなことではなかったのだが、それよりも驚いたのが、カズキのランクが自分達と同じだということである。

 助けられた時の動きは、どう考えても同格などでは有り得ず、それはその後の狩りの様子を見ても明らかであった。


 だがそこでそのことを聞かなかったのは、何らかの事情があるのだろうと察したからである。

 単にそんなことがどうでもよくなるぐらい、続けざまに色々なことが起こった、ということも出来るが。


「ランク一の手伝い程度に金貨を報酬として渡してきたりね」

「あれは本当にまさかだったな……あの人じゃなければ、俺達を騙そうとしてるんじゃねえかって真っ先に疑ってただろうしな」

「僕は正直、しばらくそのことを疑ってたけどね」

「おいおい……幾らなんでも、助けてもらった相手にそれは恩知らず過ぎんだろ」

「仕方ないじゃないか。それだって、その時点から何か企んでたんじゃないかとか、疑い出したらキリがないんだし」


 勿論疑いたくなどはなかったが、ラウルがこんなだしテオがその役目を負うしかなかったのである。


「ま、さすがに今ではそんなこと微塵も思ってないけどね。色々魔物の特長とか教えてくれる上に、解体って形で実際にそれを確かめさせてもくれるし……もっとも今度は逆に、不安になってきたけど。次はポーションの作り方を教えてくれるとかも言ってたし」

「それが終わったら、そろそろスキルを教えてくれるとかも言ってたよな」


 そのことに関して思うことは、二人とも同じだろう。

 即ち、有り得ない、である。


「絶対あの人それがどんだけ重要なことなのかってこと、理解してねえよな……」

「だろうねえ……」


 ポーションが自分達で作れるようになるのであれば、それは非常に助かることだ。

 何せ冒険者で最も金がかかることは何か……そして、かけなければならないことは何かを考えた場合、真っ先に上がるのがポーションだからである。

 当然武器や防具も重要ではあるが、それ以上にポーションというものは、まさに冒険者の命とでも言うべきものなのだ。


 何故ならば、冒険者が魔物と戦う際、無傷ということは有り得ない。

 さらには、長時間魔物と戦うことにもなるわけだが、それだけの時間体力が続くということもまた、有り得ないことだ。

 だがそれでも冒険者は、戦い続ける必要がある。

 戦い続けなければならない。

 そうしなければ、満足な生活をすることすら、出来ないからだ。

 そして疲労や傷を回復しそれを可能にするのが、ポーションというわけである。


 しかしそんな冒険者必須のものであるにも関わらず、ポーションというのは非常に高価だ。

 単純に、需要に対し供給が追いついていないからである。

 だからランク一の冒険者では、各人一つずつ持っていればいい方であり、テオ達も以前はそうであった。

 ランクが上がれば報酬が上がるため、必然的にポーションを持てる数も増えていくが……それでも、その所持数に満足している者はいないだろう。


 さてではそんな現状の中で、ポーションを作ることが出来るようになったらどうなるだろうか。

 先に述べたように非常に助かる……それは事実である。

 だが実際のところは、その程度では収まらない。

 おそらくは、魔物の討伐をする必要すらなくなるだろう。


 その理由は単純であり、魔物を討伐する代わりに、ポーションを納品すればいいからだ。

 ポーションを求める依頼はランク不問で常に出ているものであり、報酬も高額である。

 安全に、多くの金を稼ぐことが出来るようになるだろう。


 それどころか、直接ギルドに納品するようにすれば、それだけで貢献度は十分だと判断され、魔物の討伐を行なわずともランク三に認定される可能性すらある。

 それは、それほどのことなのだ。


 ポーションに金がかかって困っているという話をしたら、なら作り方を教えてやろうか、などと気軽に言ってしまえることではないのである。


 もっともそれ以上に問題なのが、スキルの方――より正確に言うならば、それを教える、ということなのだが。


「俺の記憶が確かなら、スキルってのは覚えようと思って覚えられるものじゃなかった気がするんだが?」

「僕の記憶でもそうなってるから、それで間違いないよ。スキルをどうやったら覚えられるのかは、今も色々な人が研究してることのはずだし」


 もしそれが本当に可能なのだとしたら、各方面が大混乱になるだろう。

 特にスキルのことを、神の思し召しなどと言っている教会連中は、間違いなく大騒ぎするに違いない。


 まあ、本当の問題は、カズキ達であればそれを本当に知っていてもおかしくはない、などと思ってしまえるようなことにあるのかもしれないし――何よりも、そんなことを簡単に口に出し、実行してしまおうとしていることなのだが。


「本当にあの人は、なんかこう色々とちぐはぐっていうか……力や知識と、常識が乖離してんだよなぁ」

「ユキさんも似たような感じだしねぇ……以前は果たして何をしてたんだか」

「別にその程度のことで、今更どうこうってことはねえけどな」

「まあね」


 と、期せずして何故かこれまでのことを話し合う感じになっていたが、そこでふとここまで話し合いに加わっていない最後の一人に気がつく。

 視線を向けてみると、フィーネは一人でぼんやりとした様子で周囲を眺めていた。

 何と言うか……心ここにあらず、という感じである。


「……フィーネ? どうかした?」

「……? ……なに、が?」

「いや、何って……何だかぼんやりしてるみたいだからさ」

「フィーネがぼんやりしてんのは、割といつものことだけどな。でも確かに、何かあったのか?」

「……ん、なに、も?」


 明らかに何もないという感じではなかったが……考えてみれば、昨日からこんな感じな気もする。

 正確に言うならば、昨日フィーネが宿に帰ってきてからだ。

 昨日もいつものアレが来て、フィーネ一人を置いて先に戻っていたのだが……そこで何かがあったということだろうか。

 少なくともカズキ達と一緒に居た時は、いつも通りに見えたのだが――


「……ま、とりあえず今日の仕事はこれで終わりだし、一先ずいいや。あとは帰るだけだけど……ああいや、駄目か。解体用のナイフ買いに行かないと」

「そういやお前の壊れちまったんだったな。まあ、俺達も良いのに変えといた方がよさそうだが」

「そうだね、色々なのに挑戦させてくれそうだし。どうする? 一緒に行く?」

「そうだな……ま、改めて別々に行く必要もねえしな」

「だね。フィーネはどうする?」

「……私は、用事があるか、ら。……二人で、行って、いい。……また後、で」

「あっ、えっ……?」


 予想外の言葉に驚いている間に、フィーネは何処かへと歩いていってしまった。

 思わずラウルと、顔を見合わせる。


「フィーネが、用事……?」

「いつものやつじゃ、ねえよな? あの場合は用事とか言わねえはずだし……おいおい、初めてじゃねえのか? なんか聞いてたりしねえのかよ?」

「聞いてたら、驚いたりしてないと思うけど?」

「だよなぁ」


 フィーネの方へと視線を戻すも、こちらのことなどもう知らぬとばかりに、その背中は少し足早に遠ざかっていく。

 このままでは見えなくなるのも時間の問題だろう。

 再度ラウルと顔を見合わせ――


「どうする?」

「決まってんだろ?」

「だね」


 二人して頷いた。

 あのフィーネに用事があるという。

 しかもこちらには、それ以上のことを何一つとして伝えてはいないのだ。

 気にするなという方が無理な話だろう。

 或いは昨日あったのだろう何かと、関係があるのかもしれないし。


 フィーネは余程大事な用事なのか、脇目も振らずに先へと進んでいく。

 テオ達はその後を、距離を置き、気付かれないよう気をつけながら、そっと追いかけ……しかしふと、首を傾げた。


「何処向かってんだ?」

「さすがに街の外じゃないだろうしね……」


 その言葉を肯定するかのように、フィーネが途中で横の道へと入る。

 それは突然のことであったので、テオ達は少し慌てながら、見失わないようすぐに追いかけ――だがその先に、見知った後姿はなかった。


「あれ?」

「おい、あいつ何処行った?」

「もしかして、さらに曲がった、とか?」

「ちっ……どうする?」

「口に出して言う必要ある?」

「ま、だな。速攻で見失うってのもシャクだしな」


 それほど距離は離れていなかったし、すぐにここに来たから、曲がったにしても近くの何処かのはずだ。

 適当に検討を付けながら、二人は頷き合うと、フィーネの姿を探しに走り出した。











 そしてフィーネは、そんな二人のことを、上空から眺めていた。

 厳密に言うならば、建物の上からではあるが。

 二人が後を着いてきていることに気付いたために、敢えて途中の道を曲がった後でここに昇ったのである。

 二人の尾行に気付くことも、気付かれぬうちにそこまで昇ることも、二人よりも遥かに戦闘を得意とするフィーネにしてみれば、朝飯前であった。


 二人はフィーネがそんな場所に居るとは予想だにしていない様子で、てんで見当違いの場所を探している。

 二人が追いかけてきたのは、どうせ好奇心が半分といったところだろう。

 残りの半分は――


「……おせっ、かい」


 そのことを思い、口元を僅かに緩めながらも、フィーネは本当の目的地へと向かうために、早々にその場から動き出した。


 実のところ、二人が追いかけてくることは予想していたため、最初から別の方向へとやってきていたのである。

 なので二人と別れたところまで戻ると、そのまま逆方向へと進み……途中で色々なものを買い込み、両手で抱えながら、さらに十分ほど歩いたところで、足を止めた。


 視線の先にあったのは、ぼろい家である。

 というよりも、この周辺は全てそうだというべきではあるが。

 入植当時に建てられたものであり、古くなったから捨てられたとも、敢えてぼろくすることでこの街から出て行って欲しい人をここに集めた、などとも言われている場所ではあるが、実際にどうだったのかなどフィーネにはどうでもいいことである。

 重要なのは、ただ一つ。

 ここに、会いたい人物が居るということだ。


 周囲の様子をそれとなく窺いながら、目の前の扉を、二度ほどノックする。

 反応は、すぐに返ってきた。


「だ、誰でやがるです……!?」


 相変わらずの言葉遣いに、苦笑にも似たものが口元に浮かぶ。

 だが言葉遣いに関しては、自分も人のことが言えるほどでもない。

 そのことには特に言及することなく、端的に自身の名のみを告げる。


「……フィーネ」

「な、なんだ、フィーネでやがったですか……驚かすなです」


 一応前回の反省を活かし、驚かさないようにとノックをしてみたのだが……どうやら、これでも駄目らしい。

 ならばどうすればいいのだろうかと思いつつも、とりあえず存在は確認できたので、中へと踏み入る。


 部屋の中は、薄暗かった。

 これはわざとであり、どうやら彼女はあまり陽の光が得意ではないようだ。

 陽が沈んでからが本番、などとも言っていたので、本来は夜行性なのかもしれない。

 そんなことを考えながら足を進めていけば、さほど時間はかからずにその姿を目にすることが出来た。


 部屋の隅で膝を抱えて座っている、フィーネよりも二、三歳は年下だろう少女だ。

 もっとも、年齢はあまり問題ではない。

 それよりも目に付くのは、血のように赤い瞳と、病的なまでに白い肌の色である。

 とある青年がこの場に居れば、ある単語が頭を過ぎるだろう姿ではあるが……しかしそれもまた、フィーネにしてみれば関係のないことだ。


 こちらに向けられたその顔が、安堵によって僅かに緩み、笑みを形どる。

 フィーネにとって重要なのは、ただそれだけであった。


「……ん、来た」

「よ、よく来やがったですね。仕方ねえですから、歓迎してやるです」


 その言葉は何処か尊大にも聞こえるが、そうではないのだということは既に知っている。

 否、或いは最初から分かっていたと、そういうべきか。

 大体その表情を見れば、そんな意図はないのだということは簡単に分かる。

 おそらくはただの口下手なだけなのだ。

 ついでに言うならば、不器用でもある。

 フィーネが少女のことを気になり、そして気に入っているのは、そういう自分と似ているところがあるのを知ったからでもあるのかもしれない。


「そ、それで今日は、何しにきたんでやがります?」

「……ん、色々、持ってき、た」


 両手に持っていたものをどさりと地面に落とすと、少女は即座に反応を示した。

 だがそれでも行動に移さないのは、意地故だろうか。

 もっとも、フィーネにすら簡単に察知されてしまっている時点であまり意味はないのだが……その微笑ましさにフィーネは口元を僅かに緩める。


「……いらな、い?」

「そ、そんなことは言ってねえです! む、むぅ……ほ、施しを受ける謂れはねえですけど……せ、折角だから貰ってやるです!」


 フィーネが持ってきたのは、主に食べ物だ。

 確かに施しや、或いは餌付けなどと言われても否定は出来ないが、フィーネにそのつもりはない。

 そのうちの一つを手にし、さっそくとばかりに頬張る少女の姿に、その口元をさらに緩めた。


 フィーネが少女と出会ったのは、つい先日――というか、昨日のことである。

 より厳密に言うならば、それ以前にも一度姿を見かけたことはあるのだが、あの時は見失ってしまったし、少女はこちらに気付いていなかったようなので、どうでもいいことだろう。

 ちなみに見失った場所はここのすぐ近くであったのだが……まあ、それもまた、どうでもいいことである。


 少女と出会った、というよりは、見つけたのは、フィーネが露店で買い食いをしていた時のことであった。

 別に小腹が空いていたわけではない。

 この前と同じように、何となく、そうした方がいいと思ったからだ。

 そうして、帰り際、宿への近道だからと、この周辺にある裏道を通り……そこで、行き倒れている少女を見つけたのである。


 まあしかし、別段それは珍しいことでもない。

 ほんの少し前のフィーネ達もそうであったが、常に腹を空かせているのなどは日常茶飯事、空腹のあまり倒れることも間々にある、というのが本当の意味でのこの街での最下層の人間の暮らしなのだ。

 勿論そんな者達は全人口の一パーセントにすら満たないのだが、それでもそこに属しているのならば、珍しいことではなくなるのは当然だろう。


 だから、というわけでもないのだが……少女が空腹が原因で倒れているというのは、一目でわかった。

 まあ見た限りで怪我などはなく、腹の虫が鳴っていたのだから、当然というべきかもしれないが。


 そして偶然にも、フィーネの手元には、特に食べるつもりがあったわけでもないのに、何故か買ってしまった食べ物が存在していた。

 カズキ達から連日貰っている報酬によって、フィーネの懐にはそこそこの余裕があり……それは、見知らぬ少女に、手元のそれを渡しても何の問題もないほどだ。

 故に、フィーネは自然と、少女へとそれを差し出しており……それに気付いた瞬間、少女は葛藤など欠片もなく、一瞬のうちに齧り付いていたのである。


 そうしてそれが、フィーネと少女との、出会いの瞬間でもあった。


「……む、な、何笑ってやがるです?」

「……ん、あの時と、同じ」


 一生懸命に食べ物を頬張っている姿は、その時のそれと同じであったのだ。

 この場には二人しかいないのに、誰にも取られまいとするかのような様子は、愛らしさすら覚える。


 もっともそんなことを考えることが出来るのは、フィーネが今恵まれているからだろう。

 少女を見つけたのが、カズキ達と出会う前であったならば、果たしてフィーネは同じ行動を取っていただろうか。

 まあその場合は、そもそも露店で食べ物を何故か買う、という行動の時点で発生していなかった気もするが……何にせよ、このような交流は生まれていなかったに違いない。


 そうやって考えていけば、少女と出会えたのは奇跡的なことですらあったのだろう。

 何かが違っていたら、この時間は存在していなかったのだ。


「むぅ……また笑ってやがるです。相変わらずフィーネは変なやつです」

「……こっちの、せり、ふ」


 人はこの関係をなんと呼ぶだろうか。

 傍目にはフィーネが一方的に施しているようにしか見えないかもしれない。


 だが少なくともフィーネは、そう思ってはいなかった。

 その顔に常に浮かんでいる笑みが、その証拠である。


 そもそもフィーネは、本来極端なまでに笑うことの少ない少女だ。

 もしこの場にテオ達が居たとしたら、その様子に酷く驚いたことだろう。

 別にテオ達と居ることが楽しくないというわけではないのだが、その二人とはまた別のベクトルでの楽しさなのだ。


 少女に何らかの事情があることは、分かっている。

 でなければ、こんな場所に隠れるようにして住んではいないだろう。

 さすがのフィーネも、そこまで鈍くはない。


 僅かに聞いた話では、何かを探しているという話であった。

 一応手伝うようなことは言ってみたのだが、自分の都合だからということで突っぱねられている。

 それでも、危険なことはしないと約束はしたので、それほど心配はしていないが。


 まあ、気にならないと言えば嘘になるだろうが……そこはあまり重要ではないのだ。

 フィーネにとってこの少女は、この愛らしい姿の少女でしかない。

 それだけで、十分であった。


「……そろそろ、行く」

「あ……も、もう行っちまうですか? べ、別にもう少し居ても構わねえんですよ?」


 出来ればフィーネとしてもそうしたいところではあったのだが、そろそろ陽が沈みそうであり、これ以上遅くなってはテオ達を心配させる恐れがあった。

 というか、下手をすれば今も自分のことを未だに探している可能性もあるのだ。

 少女との親交も深めたいが、それはテオ達を蔑ろにしていいというわけではないのである。

 それに――


「……じゃ、また来、る」


 別に、また会えばいいだけの話なのだ。

 どうせ、同じ街に住んでいるのだから。


「あっ……し、仕方ねえですね! 仕方ねえですから、また来るっていうなら、迎えてやるです!」


 言葉とは裏腹に、その口元に笑みが漏れるのを見て、フィーネもまた、笑みを向ける。

 暖かなものを胸の中に感じながら、フィーネはその場を後にするのであった。

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