解体の危険性
今日は嬉しい事があった。
多分ここに来てから、初めてのことだ。
友達が出来たのである。
一見すると無愛想にも見えるし、言葉をあまり喋らないからその傾向がさらに増すが、そうではないことにはすぐに気付いた。
すぐに気付けた理由は、多分自分と何処となく似ていたからだ。
出会い方はちょっと情けないというか、出来れば忘れたいけれど……そのおかげで彼女と出会えたのだということを考えれば、結果オーライなのかもしれない。
そんなことを思う。
テオ達を雇うようになってから、一週間ほどが経過した。
その間に特質すべきようなことは、特に起こってはいない。
ただ、敢えて言うことがあるとするならば、雪姫が用事があると一人で行動したあの日……おそらくは、友人の姿を探していたのだろうあの日は、結局何の進展もなかった、ということだろうか。
まあ、居るのかも分からない相手を探しているのだから当然ではあり、進展がないのだから、やはり特質すべきことはないということなのだが。
もっとも、同じく進展がないながらも、変化があったということならば一つだけある。
それは、雪姫のそれともある意味で関係があるのだが……要するに、冒険者殺しに関してだ。
しかしそれは、あの日から続報がパッタリと止んでしまった、という意味で、であった。
何故だかは分からないが、あの日以降被害者が出るということはなくなったのである。
とはいえそれ自体はいいことではあるのだが……唐突に始まったことが唐突に終わったというのだから、これほど不気味なことはないだろう。
騒ぎになっていることにようやく気付き隠れたのか、或いは別に街に移動したのか……或いは、別の何かの理由があるのか。
まあ何にせよ、続報がない以上は特に出来ることなどもなく、現在その件に関しては、何処か宙ぶらりんな状態になっている、という感じであった。
ともあれ。
「……なるほど。解体と一言で言っても、闇雲にやるだけじゃ駄目ってことですか」
「種族は勿論のこと、個体によってすら色々と違うからな。別に無視しても解体することそのものは可能だが、それを分かってるのと分かってないのとじゃ効率が違う」
「それは相手の弱いところを知るということですから、戦闘にも応用できますし、経験を積んでいけば未知の相手にもある程度通用するようになりますしね」
「……勉強、に、なる」
そして特質すべきほどではなかったとしても、何の変化もないということは有り得ない。
端的に結論を言ってしまうならば、どうやら一週間という時間は、テオ達にとって解体をするということに慣れるのに、十分過ぎる時間であったようだった。
もっともそれは一般的なことかと言えばそうではなく、そういった意味でも、テオ達は当たりだったと言えるだろう。
あの日見て感じた通りに、テオ達には才能があり……どうもそれは、単純に戦闘に関するものだけではないようであった。
まあある意味で、嬉しい誤算と言ったところだろうか。
「ま、毒を持ってたりするやつを相手にする場合は相応の知識が必要になるわけだが、それも経験があればある程度は補えるしな」
「毒……ランク二のポイズントードみたいなやつっすか」
「あれは典型的なタイプですね。誤って毒の入った袋を傷つけてしまえば全身が毒に汚染され、素材が回収できないどころか害にしかなりませんし。逆にそこを無傷で手に入れることが出来れば、ランク二の中では上位の収入になります」
「毒ってのは色々と使い道があるしな。解毒薬は毒がなけりゃ作れないから、それなりの額で取引がされる。勿論売らないで取っておくのも手だ。そのまま毒として使ってもいいし、何なら解毒薬を自分達で作ってから売ってもいい」
「いえ、普通冒険者は解毒薬とか作れませんから」
「……魔物、倒し、て、買った方、が、早い」
「まあ普通はそうでしょうね。専門家になるならばまだしも、片手間に覚えようとして、実際に覚えてしまうような人は稀でしょうし」
「おい、何か俺が普通じゃないって言われてる気がするんだが?」
「ランク三の魔物を一撃で屠れて、解体の技術も知識も豊富で、簡単な錬金術なら片手間に出来るのを普通とか言ってたら、本当に普通の人達が怒ると思うっす」
「……解せぬ」
それは和樹の本音であった。
何故ならば、ゲームの頃であれば、それは特に珍しいことではなかったのだ。
これはどんなゲームでも共通することだとは思うが、序盤はとかく金が不足することが多い。
あのゲームもそれは例外ではなく、金策や節制のためのあれこれが必要であり、ポーションや解毒薬などは削られる筆頭項目であった。
金のかかる消耗品を使って回復するのではなく、自然回復に任せる者達も多かったのだ。
だが当然のように、それには文字通りに時間がかかってしまう。
そこで、素材さえあればポーションなどを自らの手で作成可能な錬金術の初級あたりを取るのが当時の鉄板だったのだ。
どうやら雪姫は持っていないようだが、それは友人と共にやっていたからだろう。
パワーレベリングなどはさすがにやっていなかったようだが、道具や金の融通程度ならばしてもらっていたようであり、ならばその分を他のスキルに割り振るのは道理だ。
もっとも和樹はそれだけではなく、ステータス的な意味合いもあって取ったのだが――閑話休題。
「まあ習うより慣れろとも言いますし、とにかく実際に色々と試していった方が早いでしょう」
「だな。ちょうどその実験材料が向こうからやってきてくれたことだし」
ちなみに今和樹達が何をしているのかと言えば、簡単な講義のようなものだ。
単純に解体をするということには慣れてきたようなので、次の段階に進もうということである。
教材ならば、周囲に幾らでも転がっているのだから難しいことではない。
それをすぐに実行できるかは、また別にして。
ともあれ、今まではマッドベアーを主に狩っていたのだが、そうした理由により、今日は場所を移動している。
そしてこの周辺に出現する魔物というのが、現在少し離れた場所からこちらへと猛然と向かってきているその獣だ。
ただし当然のように普通の獣ではなく、頭部がライオン、胴体が山羊、尻尾が蛇となっている合成魔獣――キマイラである。
ランク三の中でも上位を誇る魔物だが、和樹達からすればマッドベアーと大差ない。
その尻尾が毒を持っていることもあり、都合のいい相手でしかなかった。
「さて……後のことを考えると、出来るだけ傷つけない方がいいか?」
「そうですね。可能なら、首を斬り落とすのもやめた方がいいのではないかと」
「なら、心臓だけを狙って倒すのが最善か」
「毒のことを考えれば、少なくとも尻尾は避けなくては駄目ですね。安全面から考えると、真っ先に狙うべきなのは尻尾なんですが」
尚、雪姫が和樹と魔物のことについて話すことが出来ているのは、それだけ勉強したからである。
先ほど説明したしたように、ランク二の魔物などに関してもちゃんと調べているようであり、或いは知識量だけで言えば既に和樹は負けているかもしれない。
結局のところ、和樹はいざとなれば大抵の魔物を一撃で消し飛ばすことが出来てしまうため、あまり詳細に知ろうという気になれないのだ。
まあそれはそれで、役割分担が出来ていると言えるのかもしれないが。
閑話休題。
「すみません。なんか面倒なことをしてもらってるみたいで」
「気にする必要はないさ。これはお前達だけじゃなく、こっちにも利のあることだからな」
「……でも、助か、る」
「……俺も人のことは言えねぇけどよ、お前のそれはもうちょっとどうにかなんねぇのか?」
「……ん、無理」
「せめて悩む素振りぐらいは見せて欲しいかなぁ……」
賑やかな声を背に、口元を緩めながら地を蹴った。
現在テオ達に色々なことを教え始めている和樹達ではあるが、厳密に言えば解体以上のことを教える必要はない。
否、より正確に言うならば、解体に関してすら、何も言う必要はないのだ。
あくまでも彼らは、解体と運搬の手伝いとして雇っているからである。
では何故そんなことをしているのかと言えば……まあ、要するに、自己満足ということになるのだろう。
彼らの解体技術が上がり、多少なりとも身を守るようになれば、和樹達の利にもなる……などという建前を考えることは可能だが、所詮それは建前である。
和樹達であれば、そんなことはどうとでも出来るからだ。
故に結局のところは、自己満足に行き着くのである。
まあそもそもの話、精一杯頑張っているというのが傍目にも分かる彼らを少しでも手助けをしたい、などと思うのは、自己満足以外の何物でもないだろうが。
ともあれ。
「さて、というわけで解体の時間だ。こっちからは特に何も言わないから、好きなようにやってみろ」
宣言通り、心臓のみを一突きにして倒したキマイラを地面に放り投げながら、和樹はテオ達に向かいそう言い放った。
だが当然と言うべきか、テオ達の反応は、何を言っているのか分からない、というものである。
まあ、初見の魔物を唐突に解体してみろと言われているのだから、当たり前ではあるのだが――
「え……? あの、キマイラの解体に関しては、まだ何を聞いていませんけど?」
「ですから、今までの経験と知識から推測して挑戦してみてください、ということですね」
つまりは、そういうことだ。
「……それって結構難しくないっすか?」
「まあ確かに簡単ではないが、多少毒の部分で苦労するぐらいで、後はそうでもないと思うぞ? ポイズントードに関しては話しただろ? 毒に関しては、要はあれの応用でしかない。素早くやったり、綺麗に解体する場合はまた別だがな」
「……失敗、した、ら?」
「解毒薬を持っているので、素材が使い物にならなくなる、という心配はいりません。さすがにその状態で続けさせるわけにはいかないので、すぐに私達に変わってもらいますが」
その言葉に三人の視線が足元のキマイラへと向き、緊張に身体を硬くする。
解毒薬というのは、当然ただで手にはいるものではない。
特にキマイラの毒は多少特殊であり、専用のものが必要なのだ。
別に使うことになったところで、その分の金額を請求するつもりはないのだが……仮に請求することになったとしたら、三人がかりだったとしても借金漬け間違い無しだろう。
返そうとしたら、彼らであれば年単位でかかるのではないだろうか。
そんな可能性が脳裏を過ぎる状況で解体を行なうのである。
緊張しないわけがない。
だが勿論無意味にそんなことをするのではなく、ちゃんとした意味がある。
そもそも魔物の情報が完全に得られることなど、そちらの方が稀なのだ。
手探りで探るのが普通であり、ならば出来るだけ早くそれを経験しておいた方がいい。
まあ、常に和樹達と共に居るというのであれば、話は別だが……さすがにそうはならないだろう。
彼らには彼らの事情がある。
少なくとも、和樹はそう思っていた。
「じゃ、じゃあ……やってみます」
「ま、気楽にな。緊張感は必要だが、無駄に緊張するのは逆効果だ。失敗しても死ぬわけじゃないしな」
「そうは言われても……正直胃が痛いっす」
「……二人に、任せた、い」
「あなた達の役割分担からすると、それもありかもしれませんが……まあ、今回は挑戦してみてください。出来るに越したことはありませんから」
ちなみにキマイラの毒は、尻尾の付け根の袋のような器官によって精製されている。
しかもそこは同時に、精製済みの毒を保管する場所でもあるため、そこを傷つけてしまえば一発アウトだ。
というか、尻尾そのものが触ってはいけない場所だと言える。
吐き出そうとした毒が、そこに残っている可能性だってあるのだ。
故にキマイラの正しい解体方法というのは、まず尻尾とその先にある毒の精製器官を分離させる、というものである。
そしてそうなってしまえば、後は障害となるものはない。
ゆっくりと、他の魔物と同じようにばらしていくだけだ。
だから本当に気をつける必要があるのは毒の扱いだけであり、しかしそれにしたってポイズントードなどの対処法と基本的には同じであり――
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
「――あ」
テオの振るった解体用のナイフが、尻尾の付け根へと深く刺さりすぎたのを察知した瞬間、和樹の身体は動いていた。
――割り込み:任意行動。
――パッシブスキル、ソードスキル:蓮華。
直後、キマイラの胴体を両断し、返す刀でその尻尾を刎ね飛ばす。
衝撃によって切り離された下半身が吹き飛び、少し離れた場所に墜落した。
「――え? あ、え……何、が?」
突然のことに三人は呆然としているようであったが、これはある意味で予定通りである。
失敗した場合、こうすることは織り込み済みだったのだ。
当然こんな真似をしたことにも理由はあり――
「悪い。さっきのことだが、少し嘘を吐いた。キマイラの解体は、装備次第では失敗すると死ぬ」
「……へ? それは、どういう……?」
「口で言うよりも、あれを見た方が早いな」
「あれって……え?」
和樹の示した先にあるのは、飛んで行ったキマイラの下半身だ。
だが問題があったのはそれそのものではなく……突き刺さったままのナイフと、その周囲の地面とが、僅かに溶け始めていたのであった。
「……原因、は、毒?」
「ですね。間違えて毒の精製器官を傷つけてしまった場合、その毒は一瞬にして身体全体へと回ります。これはポイズントードでも同じことが言えますが……違うことがあるとすれば、その毒の強さ、ですね。幾ら解体用とはいえ、安物のナイフでは丸ごと溶かしてしまいますし、毒に犯された体液を触ってしまえばその部分が解けます」
「うげ……つまりあのまま解体を続けていたら、最悪全身が溶解していたってことっすか……。ところで、尻尾も斬り飛ばしていましたけど、アレは何でっすか?」
「精製器官を傷つけた際に尻尾が残っている場合、そこから毒が吐き出される危険性があったからな。その対処の為だ」
「……そこまで危険なら、言ってくれてもよかった気がするんですけど……?」
「言わなくてもあの緊張感だったんだから、言ったらもっと酷いことになってただろ? それに、知識もなく迂闊に何かをすればどうなるか、よく分かったはずだ」
「まああなた達ならば言わなくとも理解していたかもしれませんが……経験したことがあるのとないのとでは、いざという時の行動の仕方や危険に対する警戒心などが異なりますから」
「……あそこまでの反応が出来る自信がないんすけど?」
「さすがにあそこまでやれるようになれとは言わんよ。まあ出来るに越したことはないけどな」
「……頑張、る」
「……お前はそのうち本当に出来そうだから困る」
もっとも、偉そうに言ってはいるものの、実際のところ和樹達にそれが出来ているのかといえば、否、だ。
出来ているように見えているのは、あくまでも予測が出来ていたことと、単純な反応速度の差である。
レベルの差、と言い換えてしまってもいいが、要するに和樹達であれば、それを知ってから反応しても十分間に合うのだ。
だが彼らではそれは不可能であり、ならば知識と経験で補うしかない。
一応は、そんなことを考えての行動なのであった。
「さて、とりあえずあっちの解毒をするか。さすがにあのままじゃ迷惑だしな」
「……すみませんでした」
「謝る必要はない、というか、ほとんどこっちがわざとやらせたみたいなもんだしな」
「ですね。むしろ、謝るべきはこっちかもしれません」
「いえ……確かに俺達が何処か甘く考えてたのも事実っす。お二人がいればどうにかなるだろうと、そんな風に考えてたっす。後々のことを考えれば、それじゃ駄目なのに」
「……もう、油断しな、い」
「……そうか。ま、少しでも意味があったんなら、やった甲斐があったってもんだな」
何はともあれ、まずは解毒だ。
場所が場所だけに、早々他の者達が訪れることはないだろうが、それはこれを放置しておく理由にはならないだろう。
何よりも、あまりに無責任に過ぎる。
自分達がやらかした責任を取るためにも、和樹達はまずはそこへ向けて歩を進めるのだった。




