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雪姫の用事

「それじゃ、今日はありがとう。助かった。これが、今回の報酬だ」

「いえ、こちらこそ……え!?」


 報酬を渡すのは、全てを終えてから、ということは予め決めていた。

 だから依頼完了の報告――厳密には破棄ではあるが――と、素材の換金をし終わり、三人へと報酬が渡されたのは、その後のことだ。


 しかし金色の硬貨を目にするや否や、その表情に驚愕が浮かび上がった。

 それは三人全員に共通したものであり、普段表情の乏しいフィーネでさえも例外ではない。


 だがそれに首を傾げたのは、報酬を渡した本人である和樹だ。

 予想だにしていない反応だったのである。


「あれ? 色をつけたつもりだったんだが……もしかして、少なかったか?」

「いえいえ、そういうことじゃなくてですね……確か、一体分の素材で、一人銀貨一枚、って話でしたよね?」

「少なくとも俺の記憶ではそうなってるな」

「私もそう記憶してますね」

「え、じゃあやっぱり間違ってない……ということは残りが色の分、ってえぇ!?」


 先ほどからテオは驚きまくっているが、和樹としてはやはり首を傾げるだけであるし、それは雪姫も同様だ。

 和樹達からすれば、その報酬の額は妥当でしかないのである。


 確かに、一人金貨一枚、合計で三枚と聞くと、一般的にはかなりの高額だ。

 しかしそんなものは、先に換金したマッドベアーの爪一組分にすら満たないのである。

 つまりは、和樹達が今回手にした金額の、百分の一ですらないのだ。


 一方、もしも今回和樹達だけであったならば、おそらくはこの半分も持ってくることは出来なかっただろう。

 その差分を考えれば、むしろ妥当どころかもっと上げてもいいんじゃないかと思えるほどである。


 だがそうしないのは、一応彼らにとってそれが大金だということも理解しているからだ。

 実際和樹もほんの少し前までは彼らと同じ金銭感覚の側だったので、十分過ぎるほどに分かっている。


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。


 大金を持つことが出来れば彼らは喜ぶだろうが、それはきっと彼らに破滅をもたらす。

 大金ではあっても、程々の金額。

 しかも、彼らの働きに見合う程度のそれ。

 その妥協点が、そこだったのである。


「あ、いえ、でも、考えてみれば僕達はランク一ですから、金貨は……」

「ん? そこはサティアから聞いてないのか? 今回みたいな件に限り、報酬が金貨以上でも問題はないし、そこは別枠扱いされるそうだ」

「え、そうなんですか?」


 それは既に確認済みである。

 まあただし、それが認められてはいるものの、実際に金貨以上を払うものは稀だそうだ。

 色々と勉強になるし、一体につき一人銀貨一枚でも、ランク一の冒険者にしてみれば十分過ぎるからである。

 和樹はそれでは少ないんじゃないかと思ったからこその、この金額なわけだが。


「えっと……本当にいいんですか?」

「もう返せって言われても返さないっすよ!?」

「……今夜は、ごちそ、う?」

「あのさあ、二人とも……」

「勿論、返せなんて言わないさ。そうだな……ま、先行投資っていうか、手付金みたいなもんだ。これからもよろしくして欲しいからな」

「そうですね。今後ともよろしくしてくれると嬉しいです」

「むしろそれはこっちの台詞な気もするんですけど……まあ、分かりました。今度ともよろしくお願いします」

「よろしくお願いっす」

「……よろし、く」

「……はぁ。本当にすみません、この二人には後できつく言っておきますから……」

「いや、だから本当に気にしなくてもいいぞ?」

「そうですね。変に畏まられて距離を置かれるよりは、少しぐらい馴れ馴れしいぐらいの方がいいでしょうから」

「……それはもしかして、自分のことを言ってるのか?」

「……? 何がですか?」

「無自覚、だと……?」

「あー……いえ、お気を使ってもらえるのは嬉しいんですけど、それだとこの二人のためにならないと思いますから」

「そうか……ま、程々にな」

「いえ、もっと言ってやって欲しいっす。俺達はこれでいいんだって肯定して欲しいっす!」

「……ありのまま、が、一番?」

「だからさあ……!」


 また騒がしくなった三人に、和樹は苦笑を浮かべる。

 まあしかし実際のところ、もしかしたら自分達も傍目にはこう見えているんじゃないだろうかと、そんなことも思いつつ。

 それではと頭を下げ、去っていく三人の後姿を、何となく見送った。


「……また少し賑やかになりそうですね?」

「うん?」

「これからの日々が、です」

「……まあ、そうだな。どれだけ続くのかは分からんけどな」

「続けるつもりがないんですか?」

「こっちにあったところで、向こうにあるかは分からんだろ? まだランク一なんだし、これからどんな道を選択するのかは、あいつら次第だ」


 とか偉そうに言ってみたところで、結局和樹もランク一であることに違いはないのだが、まあそれはそれ、これこれ、というやつである。

 ともあれ。


「さて、俺達も帰るか。まだ買い物する必要はなかったよな?」

「あ、すみませんが、和樹さん一人で帰ってもらってもいいですか? 私は少し用事があるので」

「用事……?」


 珍しい、というか、初めてじゃないだろうか、などとも思うが、雪姫だって一人の人間である。

 そんなこともあるだろう。


 まあそもそもが、雪姫が一人で出歩けるように許可を取り付けることに成功したのが、つい先日の話である。

 それを考えれば、単に機会がなかったというだけな気もするし……何にせよ悪いことではない、いや、むしろ良いことだと言えるだろう。

 そのこと自体は、だが。


 問題があるとすれば、その内容の検討が付くということだが……だからといって和樹は何かを言うつもりもない。

 和樹は雪姫を束縛する気もなければ、それを止める気もないのだ。

 気の済むまでやってみればいいだろう。


「そうか、分かった。大丈夫だとは思うが、一応気をつけろよ?」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


 そうして、先ほどの彼らのように、雪姫もまたそれでは頭を下げながら去っていく。

 その背中を何となく見送りながら……和樹はふと、空を見上げた。


「ふむ……」


 そういえば、一人きりになったのは何時ぶりだろうか。

 寝る時など最近は一人で寝るようにはなったが、それともまた違う、完全に自分一人の時間。

 最近はマルク達も居るため、尚のことそういう時間はなかったように思う。

 そんなことを考えながら――


「……意外と何も感じないものなんだな」


 解放されたという清々しい気持ちもなければ、寂しさなどを感じるようなこともない。

 まあ、どうせすぐに会うのだから、当然のことではあるのだが……ともあれ。


 さて、ところで、自分一人の暇な時間というのを、以前はどうやって潰していたのだったか。


 一人になったからといって、特にやることが思い浮かばない自分自身に呆れるように、和樹は空に向かって溜息を吐き出した。













 結局のところ、適当に街をぶらつくことにした。

 屋敷に戻ってしまってもよかったのだが、戻ったところでやることがあるわけでもない。

 ならば少しでも暇を潰せる方を、というわけである。

 目的があるわけでもないので、本当の意味での散策だ。

 適当な店を覗くだけではなく、普段ならば歩かないような道を歩き、先へと進んでいく。

 傍から見たら酷く怪しいような気もしたが、幸いにも人を呼ばれるとかそういうことはなかった。


「ふむ……それにしても、意外と知らないもんだな」


 周囲を見渡しながら、ふと呟きが漏れる。

 それは本心からのものであり、不意に気付いたことでもあった。

 和樹がこの世界に……いや、この街にやってきてから、半年以上は経過している。

 だというのに、和樹はこの街のことをほとんど知りはしないのだ。


 勿論普段から使っているような場所は知っているし、大通りに面している店ぐらいならば割合楽に思い浮かべることが出来る。

 だが逆に言ってしまえば、それだけなのだ。

 それ以外の場所のことを……この街の大部分のことを、和樹は知らないのである。


 もっとも、それがどうかしたかと言われてしまえば、特にどうといったこともない。

 普段行かない場所のことなど知らない、などということは別段珍しくもないことだろう。

 だからそれは、ただの感慨だ。

 大通りから一本外れただけで、そこは何も知らない場所になってしまうのだということに、ふと気付いただけなのである。


「さて……まあそれはそれとして、どうしたもんか」


 これはこれで確かに暇潰しにはなるのだが、それでいいのだろうかという思考が浮かび上がってくるのは否定できない。

 同時に、もっと役に立つようなものを見てはどうか、という思考が浮かび上がってくることも、だ。


 とはいえ、それにはそもそも何であれば役に立つのか、ということから考えなければならないのだが――


「……ん?」


 ふと気がつけば、人通りがほぼなかった場所に、僅かながらも人の流れが生まれていた。

 もっともそれだけであれば、特に気にするようなこともなかっただろうが……その中の何人かは、こう、落ち着かず、そわそわとしているようにも見えたのである。


 端的に言ってしまえば、怪しい。

 もしかしたら何か怪しげなブツでも売っているのかと、訝しみながらも周囲をそれとなく見回す。

 やはり人の数は少なく、だが男女比で言えば圧倒的に男が多かった。

 女性も居ないわけではないのだが、女性は歩いているわけではなく、道の端に立ちながら男達を眺めているだけであり、時折話しかけたりもしてはいるものの――


「……って、あれ?」


 そこでふと、気付いた。

 いや、ようやく、と言うべきか。

 この雰囲気は……もしかして?


 とある可能性が脳裏を過ぎり、それに従うように周囲を見渡す。

 一度そう思ってしまうと、間違いなくそうとしか見えなくなってしまったが、当然のように確証を持つことは出来ない。


 だが答え合わせの機会は、意外にも早くやって来た。

 前方を歩いていた男の一人が、すぐ脇の建物へと入っていったのである。

 もっとも、それだけであれば、だからどうしたという話ではあるのだが――


「あー、やっと来てくれましたね。もー、遅いですよー。私ずっと待ってたんですからね?」

「いや、悪い悪い。俺も出来ればもっと早く来たかったんだけどさ、金溜めないといけなかったし」

「本当ですかぁ? 本当は、他の娘のところに行ってたんじゃないんですかぁ?」

「そんなことあるわけないだろ? 俺はずっとキミ一筋さ。今日だって、出来るだけ長い時間いられるように、この時間に来たんだし」


 そんな会話と共に、その横を通り過ぎる際に見えたのは、親しそうに話す男女の姿だ。

 ただしそこは、明らかに何かの受付といった様相をしていたし、女性の方はかなり扇情的な服装であった。


 それらのことや……道の端に立っている女性達も、それなりに扇情的な服装であることなども考えれば、まあ、間違いないだろう。

 男が入っていったのは娼館であり、立っている女性達は、所謂立ちんぼ――娼婦だ。

 要するに、ここは娼館が立ち並び、娼婦がそこかしこに居るような場所。

 色街というわけであった。


 それがこの街に存在しているのは知っていたが、訪れるのは初めてである。

 まあ、別に来たくて来たわけではないのだが……まさかそんなところにまで来ていたとは。

 というか、てっきり夜にならなくては活気のない場所だと思っていたのだが、意外とそうでもないらしい。

 もっとも別に今も活気と言えるほどのものがあるわけではないが、それでも考えていたよりは、遥かに人の姿があった。


 そんな中で、娼婦の人達が和樹に話しかけては来ないのは、その服装故だろう。

 和樹は基本的に防具に関しては一切金を使っていない。

 敵の攻撃など当たらないし、当たったところで多少痛いだけで済むのだから当然なのだが……つまりは、ランク一相当のものなのだ。

 娼婦の方も詳しいことは分からないだろうが、それでも一目で劣った装備だということぐらいは分かるはずである。

 そしてランクが低ければ、金払いは悪い。

 切羽詰っていれば、そういう相手にも声をかける者も居るのだろうが……幸いにもと言うべきか、この周辺にはそういった手合いは居ないようであった。


「ふむ……」


 そんなことを考えながらも、和樹の頭に浮かぶのは、さてどうしたものかという思考だ。

 このままさっさと立ち去るのが確実なのは間違いないが、折角訪れたのだからもう少し見て回りたい気もしているのである。

 勿論中に入ってみる気はないものの、欠片も興味がないと言ってしまったら嘘になるし――


「……ん?」


 と、そこで不意に足を止めたのは、見知った顔を見かけた気がしたからだった。

 視線の先にある、一目で高級なそれだと分かる店に入っていった男は、和樹の見間違いでなければ――


「……レオン?」


 視界に入ったのは一瞬だけだが、あのような巨漢が早々居るとも思えない。

 だがそうだと断言できなかったのは、その顔に浮かんでいた表情が理由だ。

 和樹もまだ、レオンのことをそれほど知っているわけではないのだが……それでも、そこにあったのは、似合わないと言ってしまえるような、そんな優しげで穏やかな笑みだったのである。


「ふむ……他人の空似。或いは、双子とか?」


 別にレオンも立派な成人男性だし、娼館に行くこと自体は不思議でも何でもない。

 ランク五の冒険者なのだから、金もあるだろう。

 が、あのレオンが、あんな表情を浮かべて娼館に向かうというということが、信じられないことだったのである。

 少なくとも他人からそんな話を聞けば、嘘だと断定してしまうだろうと思える程度には。


 と、そんなことを考えている時のことであった。


「あら、もしかしてそこに居るのは、カズキ君かしら?」


 聞き覚えのある声に、一瞬思考が停止する。

 別に和樹がその相手のことを嫌っているわけでもなければ、苦手だというわけでもないのだが……この場所に居るということを見られたということは、非常にまずくはないだろうか?

 嫌な汗が一筋頬を流れ、しかし一瞬頭に浮かんだ、声が聞こえなかったことにしてこのまま全力でこの場を離れる、という選択肢を没にした。

 それは後でどんな言い訳をしようとも、自分の非を認めるのと同義の行為だ。

 いや、非があるのかないかで言えば、気付いてすぐにこの場を離れなかった時点であるのだろうが、それでは間違いなく誤解を受けてしまう。

 同時に、非常に面倒なことになることも目に見えているので……諦め一つ溜息を吐き出すと、ゆっくり後ろを振り返った。


「よう。奇遇だな」

「本当にね。どうしてこんなところに?」

「それは俺の台詞でもあるんだけどな」


 いつの間に、何処から現れたのか、和樹の後ろに居たマリーは何かを悟ったような顔をしていた。

 どちらかというとそれは、面白がってる顔、と言うべきかもしれないが……何にせよ、このままでは誤解が解けることがないのは間違いないだろう。

 とりあえず、それを訂正しておく必要があった。


「一先ず弁明しておくが、俺は暇潰しに適当に歩いてたら、いつの間にかここを歩いてただけだ。他意はない」

「暇潰し……ええ、そうよね。確かにここは、暇潰しにはもってこいだものね? 大体二時間ぐらいは潰せるかしら?」

「あのなぁ……」


 くすくすと笑いを漏らしているマリーは、間違いなく分かった上でからかっているのだろう。

 だが状況が状況である。

 和樹としては、黙って受け入れるしかなかった。


「まあ、分かっているわよ。そもそも、わざわざ娼館になんて来る必要ないものね? ああでも、マンネリ対策として、たまの気分転換に来るのも必要かしら?」

「何に対してのマンネリだ、何の。というか、そっちこそ何でこんな場所に居るんだ?」

「わたしは勿論用事があって、よ。とはいえ当然、そっちの用事じゃないけどね?」

「分かってるっての」


 ただ場所が場所だからこそ、あまりここで立ち止まったまま話を続けるわけにもいかない。

 普通に考えて、邪魔だろうし。

 色々な意味で。


「ま、とりあえずそういうわけだから、俺は行くぞ。こんな場所で立ち話してたら邪魔だろうしな」

「そうね。ところで、わたしも移動するつもりなんだけど、着いていってもいいかしら?」

「別に拒否する理由はないが……本当に目的のない散策中だから、面白くないぞ?」

「いいのよ。わたしもちょうど暇になっちゃってどうしようかと思ってたところだから」

「ならいいさ。期待すんなよ?」

「ふふ、どうかしら?」


 そんな言葉を交わしながら、歩き出す。

 そのまま、先ほどの娼館の前を通り過ぎ……チラリと横目に眺めてみたが、やはりかなりの高級店のようだ。

 外観の時点で、金を使っているというのがよく分かる。

 レオンはここに、何の用だったのか……そもそも、本当にアレはレオンだったのか。

 レオンだったのだとすれば、まあ、娼館の用事など一つしかないだろうが。

 まさかこんなところで用心棒をしたりするはずもないだろうし。


「さっきも止まって見てたようだけど、やっぱり気になるのかしら? 別にわたしに遠慮しないで、行ってきてもいいのよ?」

「だからそういうんじゃないっての。ただ、気になってるのは確かだが……さて、これは口にしていいもんなんだろうか?」

「そんな言い方をされると、気になってしまうんだけど?」

「ふむ……まあいいか。レオンにはいつもこっちが迷惑かけられてるんだし、たまには構わないだろう」

「レオン? レオンがどうかしたの?」

「ん? ああ、いや……レオンがそこに入っていくのを偶然目にしてな。気になったってのは、そういう意味だ」

「そういう意味って……え、もしかしてカズキ君って、同性愛者なの?」

「そっちの意味じゃねえよ」

「くすくす、分かってるわよ」

「まあ、もしかしたら人違いかもしれないけどな」

「いえ、おそらく本人よ? でもそう……ここだったのね」

「ここ、って……何か心当たりでもあるのか?」

「そうね。本人から、聞いているもの」

「本人から……? え、あいつもしかして頻繁に通ってるのか? しかもそれを仲間に話してる……? どんな趣味だ、それは……?」

「ふふ……さあ、どんな趣味なんでしょうね?」


 何となく、そのままの意味ではなく、何らかの事情がありそうな気はしたが……さすがにそれをマリーに尋ねるのは、違うだろう。

 もっともレオン本人に尋ねるほど気になっているかというと、そういうことでもないのだが。

 まあ機会があれば、聞くようなこともあるのではないだろうか。

 と、そんなことを考えている時であった。


「……これはちょっとまずいかしらね?」


 不意に首を傾げながら、マリーがふと何かに気付いた、とでも言いたげにそんな言葉を呟いたのだ。

 だがその内容に反し、口元が緩んでいるあたり、どう考えても碌なことではない。

 出来れば何も聞かなかったことにしたいのだが……さすがにそういうわけにもいかないだろう。


「何となく何を言うか想像はつくが、一応聞いておこう。何がだ?」

「ええ、今の状況を客観的に考えてみて、ふと思ったのだけれど……ユキちゃんに見つかったら、浮気を疑われてしまいそうだわ」

「予想通りの言葉をありがとう」


 ついでに、おまけとばかりに溜息を吐き出す。

 こいつらは本当に、同じパーティーだと分かるような言動ばかりである。

 というか、実は雪姫も同じパーティーなのではなかろうか。


「さすがにそれは、ユキちゃんも怒ると思うわよ?」

「分かってる、冗談だ。だから本人にそんなことを言うつもりはないが……ふとそんなことを思ってしまうような言動を取るあいつが悪い」

「ふふ、愛されてる証拠じゃないのかしら?」

「ならせめてもう少しお淑やかなものにして欲しいもんだ」


 言葉と共に、再度の溜息を吐き出す。

 視線の先の人物に、向けるように、だ。


 そこに居たのは、今話題に上がった人物であった。

 とはいえ、それなりに距離が離れているためか、向こうはこちらに気付いていないようではあるが。

 というか気付いたら、本当に浮気云々を言ってきそうである。


「ところで、今日は一緒じゃなかったのね?」

「用事があるとか言ってたからな」

「用事……?」


 そこでマリーが疑問符を浮かべたのは、とてもそうは見えなかったからだろう。

 あっちにちょろちょろこっちにちょろちょろと、明らかに落ち着きがない様子であり、よくよく見てみたところで何をしているのかは分からない。


 しかしそこで和樹が溜息を吐き出したのは、大体どういうことになっているかの予想が付いたからだ。

 雪姫の用事がどういったものなのかの予測が出来れば、難しいことでもない。

 もっともそれでも、抱く感想に大差はなかったが。


「まったく、何やってんだか」

「ふふ……もしかしたら、浮気してるのはユキちゃんの方だったかしら?」


 冗談じみた……というよりは、明らかに冗談だと分かる物言いに、肩を竦める。

 別に流しても問題はないだろうが……。


「さて……むしろ浮気のがマシかもな」

「どういうこと?」

「浮気ならさすがに命の心配をする必要はないだろ?」

「……どういうこと?」


 二度、同じ言葉を繰り返されたが、受ける印象はまるで違った。

 最初のはただ疑問を口にしただけなのだろうが、次のは明らかに威圧を感じるものだ。

 目が僅かに細められており、こちらのことを睨みつけるように見詰めている。

 生半可な冒険者や魔物であればそれだけで縮み上がってしまいそうな迫力があり……支援特化とはいえ、ランク五なのは伊達ではない、ということなのだろう。


 だが和樹としては、やはり肩を竦めて返すだけだ。

 マリーがレオンの事情を喋らなかったように、和樹も雪姫の事情を勝手に話すつもりはないのである。


「そう……話す気はないってことね」

「お相子ってわけだ」

「こっちは別に話さなくても、レオンに何かあるわけじゃないけれど?」

「こっちも別に話さなくとも、雪姫に何かあるわけじゃないぞ?」

「命の心配があるって言ったばかりじゃない」

「あくまでも可能性の話だ。その可能性があるってだけで、実際にはほぼない」


 勿論変なところに深入りしてしまえばその限りではないだろうが……今の雪姫の行動は、悪あがきみたいなものである。

 何かをせずにいられず、しかし何をしていいのか分からない。

 おそらくは、そんなところだ。

 だからこそ、余計なことをしてしまう可能性もほぼないだろうと、そういうことである。


 そして和樹のそんな様子に、どうやらマリーも何か感じ取るものがあったらしい。

 気が付けば先ほどまでの雰囲気は霧散しており……ただしその代わりとでも言うかのように、その唇を尖らせていた。


「むぅ……いいもーん、ならユキちゃんに直接聞いちゃうもーん」

「拗ねんな。あとキャラ崩壊してんぞ」

「拗ねてないもーん、崩壊してないもーん」


 そんなことを言いながら、顔をプイッと逸らし前方へと進んでいく姿に、苦笑を浮かべる。

 だがその足が、唐突に止まった。

 顔はこちらに向くことなく――


「本当に、命の危険はないのよね?」

「ない。というか……もしあったとしても、俺が何とかするからな。何の問題もない」

「ふふ、そう……なら、確かに安心ね」


 そう告げると、また歩みを再開させた。

 それに溜息を吐き出し……少しだけ距離を離してから、和樹もまた、その後を追って歩き出す。

 正直に言ってしまえば、雪姫の気が済むまで好きにやらせておこうかと思っていたのだが、まあ、こうなってしまっては仕方がないだろう。

 ようやくこちらに気付くと、慌てるような動作をしている雪姫の姿を眺めながら、和樹は再度苦笑を漏らすのであった。

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