友人と冒険者殺し
勿論雪姫の友人が件の犯人だと言っているわけではないし、むしろ和樹などは違うだろうと思っている。
当然雪姫もそう思ってはいるだろうが……その可能性が頭を過ぎってしまうのは、仕方のないことだろう。
と、そんなことを考えていると――
「ふむ……なるほど。それにしても、ミアですら知らない情報を知ってるってことは……もしかして、現場を直接見たことがあるのかな?」
「ん? ああ、まあ……一度だけ、少しな」
「にゃ!? なんで話してくれなかったにゃ!?」
「いや、そういう機会がなかったしな。そもそも、あんま言いふらさないようにとも言われてたし」
実際には、機会がなかった、という理由の方が大きいだろうが。
マルク達に話したところで、ギルド的には問題ないだろうし、サティアも何も言わないだろう。
だから話すことそのものに、問題はなかったのだ。
まあ、雪姫に気を使ったということも、否定はしないが。
「んー、まあ、確かに、僕達も今まで特に興味持ってなかったしね」
「今では興味持ってるってことは、何か言われでもしたのか?」
「具体的に何か言われたってわけじゃないけど、積極的に情報を渡してきてるからね。さっきミアもちょっと言ったけど、多分声がかけられるのも、そう遠い話じゃないんじゃないかな?」
「正直なところ、出来ればあまり関わりあいになりたくない相手だけれどね」
「そうなんですか? 確か今のところ襲われているのは、ランク四以下の冒険者だったという話だった気がしますが……」
「むしろ、だから、かにゃ。ランク四だろうと関係なく一瞬で昏倒させてるって話にゃし、カズキによれば遠距離攻撃の使い手だってことでもあるにゃ。間違いなくあちし達と同等以上ってことにゃし……どう考えても面倒なことになるにゃ」
実際のところは、そこら辺の要因も、雪姫の友人が犯人ではないとは断定出来ない理由の一つだ。
雪姫はマルク達よりも強く、雪姫の友人は雪姫と比べかなりレベルが高かったらしい。
さすがに和樹には劣るようだが……それならば、ランク四の冒険者を楽に倒すことも、その正体が不明なのもそれなりに説明出来てしまうのだ。
勿論あくまでも説明出来てしまうというだけで、それを肯定する材料になるわけではないのだが。
「ま、そうだね。出来れば関わり合いにならないで済むと有り難いかな。情報を集めているのは、あくまでも避けられなくなった時に困らないようにだし」
「そうなのか? 意外だな……レオンあたりが積極的に絡もうとするかと思ったが」
「あー、あの筋肉ダルマが最も駄目にゃ。やる気皆無にゃし。まったく肝心なところで役に立たない木偶の坊にゃ」
「――随分好き勝手言ってくれるじゃねえか。誰が木偶の坊だと?」
「にゃ!?」
その声は、唐突にその場に響いた。
反射的に声のした方へと視線を向ければ、タイミングを合わせたかの如く、その先にある扉がゆっくりと開いていく。
その先に立っていたのは、予想通りの巨漢。
たった今話題に上がっていた、レオンであった。
「全員で集まって何やってんのかと思えば、人の悪口たぁなぁ……随分と高尚なことやってんじゃねえかよ、えぇ?」
「ふ、ふんっ……あちしは暴力には屈指にゃいにゃ! それに、事実を言っただけで責められる謂れもにゃいにゃ! 相手が女の子だって分かったら、突然やる気をなくしたのは本当のことにゃ!」
「んだとぉ……やんのかてめぇ!?」
「やるかにゃ!?」
「はいはい、君達の仲がいいのは分かったから、人様の家で迷惑をかけないようにね?」
「気を使うんなら、そこだけじゃなく、別のとこにも使って欲しいんだけどな。というか、なんだ、レオンって意外とフェミニストだったのか?」
「ふぇ、ふぇみ……?」
「あー、えっと、そうだな……なんと言ったものか」
「まあ、要するに女の人に甘いってことだね」
「あぁ? 別にそんなじゃねえよ。……確かに、相手が女だとちとやる気は削がれるがな」
「にゃぁ!? たった今やりあおうとしてた相手を前にしてその言い草……もしかしてあちしに喧嘩を売ってるのかにゃ!?」
「はっ、オレは女相手ならっつっただろうが……何処に女が居るって?」
「買ったにゃ!」
「だから迷惑はかけないようにしなって」
一気に騒がしくなった光景を眺めながら、和樹は溜息を吐き出した。
どちらかと言えば賑やかな方が好きではあるのだが、何事にも限度というものがある。
もっとも何より問題なのは、最近ではこの騒がしさに慣れてきてしまったことかもしれないが。
「あれ? 今ふと思ったのですが、冒険者殺しが女の人だということは分かったんですか?」
「ん? ああ、確かに、今の話の流れからすると、そういうことになるな。どうなんだ?」
「その通りだけど……ふむ、その情報は得ていないんだね。ということは、ギルドの方でも最近確定したばかりの情報、ということになるのかな?」
そこで驚きがなかったのは、雪姫の友人のこともあって、何となく犯人は女だという印象になっていたせいだろうか。
とはいえそれは、どちらかと言えばいいことではないのだが――
「……どうやってそれはわかったんですか?」
「単純な話にゃ。冒険者を昏倒させた後、犯人がその場に現れてるからにゃ」
「正体不明なんじゃなかったのか?」
「現れたけど、不思議と顔とかは分からなかったらしいにゃ。まあそれは何らかのスキルが使われたんだと思うんにゃけど、それでも輪郭は分かったらしいから、それと、あとは声からそう判断したって話だったにゃ」
「声、ですか?」
「何だったかしら……確か、謝ってきた、のよね?」
「にゃ。そしてその後で、冒険者に近付いて何かをするとすぐその姿を消したって話にゃ」
「……それは間違いないのか?」
「一緒に居た奴隷の人が何人も証言してるからにゃ。ああでも、すぐに周りに助けを求めたって人もいたんにゃけど、そういう人は誰の姿も見てなかったって話だったにゃね」
その言葉に、和樹はなるほどと頷いた。
助けを求めている間に犯人は何かを済ませてしまい、だから遭遇することはなかったということなのだろう。
それならば、和樹達が知らないのも道理だ。
和樹達が遭遇したのは、まさにそちらのタイプだったのだから。
ついでに言うならば、和樹は、何をしたのか、に関しても、ある程度の予測を立てていた。
被害者の姿を見た時に気になっていたことがあり、それに何の意味があるのか分からなかったのだが……その予測が正しいとするならば。
「ちょっと聞きたいんだが、さっき全員の傷口が一緒だったって話があったが……もしかして、全員の首筋に、小さい刺し傷みたいなものが二つ並んで付いてもいなかったか?」
「確かに、そんな傷が付いてたにゃね。まるで牙でも突き立てられたみたいな傷が。まあだからこそ、最初あちし達はそれが襲われた際に付いた傷なんだと思ってたし、もう一つの方もそうだと思ってたんにゃけど……今の話からすると、違うんにゃよね?」
「……多分だけどな」
全ての事件で付けられた傷が同じだということは、攻撃方法が狙撃か、或いはそれに酷似した何かであることは間違いがないだろう。
ならば首筋に付いた傷は何なのかというと……そういったものから連想されるものが、一つだけある。
――吸血痕。
それを見た瞬間に頭に浮かび、しかしすぐに馬鹿馬鹿しいと破棄したものだ。
念のためサティアにも確認してみたが、所謂吸血鬼や、吸血種と呼ばれる存在は今のところこの世界には存在しない、という話であったが――
「今のところ、か……」
「にゃ? なんか言ったかにゃ?」
「いや、ただの独り言だ。まあ、とりあえずその傷の方は心当たりがなくもないが、確定したわけじゃないんで保留ってことにしといてくれ」
「分かったにゃ。まあ確定してにゃい情報を知ってても、あまり意味はにゃいしにゃ」
「個人的には謝った、ということが気になりますが……考えてもどうにかなることではありませんか。それに、女性、ですか……」
また余計な情報を一つ知ってしまったわけだが、まあ言っても仕方のないことだろう。
出来れば早急に否定に繋がる情報でも知りたいところが……それもまた、言っての仕方のないことである。
「まあ性別に関しては隠したり誤魔化したりしてもあまり意味のないことだし、間違いない情報なのでしょうね」
「いや、そうとも限らにゃいにゃ。ほら、女の人ってことにしておけば、何処かの戦いしか能がない木偶の坊はただの役立たずににゃるし」
「はっ、諜報特化とか言いながら、初見の二人組に速攻で看破されたやつはさすが言うことがちげぇな」
「にゃ!? あ、あれは違うにゃ! あれはカズキ達がおかしいだけで、あちしは悪くにゃいにゃ!」
「おい、お前達が騒ぐのはもうどうでもいいが、何故唐突にこっちをディスった」
「ディスったというよりは、褒めたのではないでしょうか?」
「あの言い方でか?」
「褒め方は人それぞれですから」
「なるほど、争いがなくならないわけだな。まさに今すぐそこで争いが勃発しそうだが」
ただしそれは価値観の相違や勘違いが原因ではないのでどうにもならない。
というか、どうでもいい。
こっちに迷惑をかけないのならば、どうぞ好きにやってくれ、というところだ。
「ちっ……テメエなんかとやりあったところで、面白くもなんともねぇ。おいカズキ、ちょっと狩り行こうぜ!」
「お前は今帰ってきたばかりだろうが……というか、そんなに元気余ってるんなら、冒険者殺しを何とかしてくればいいんじゃないか?」
「だからそれはやる気になんねえっつってんだろ。そもそも女だとか関係なく、つまらなそうな相手だしな」
「まあ、どうやら冒険者殺しは遠距離攻撃をしてくるみたいだしね。レオンとは相性悪そうだ」
「あん? そうなのか? ならなけなしのやる気が、今底をついたな」
「くすくす……相手の攻撃を防ぎながらも、悪態吐いて不機嫌そうな姿が簡単に想像できるわね」
「うるせぇよ。そうなんのが分かりきってるからやる気がしねぇっつってんだろ」
「だがギルドから言われれば、そんなことも言ってられないんじゃないか?」
そしてマルクによればそれは時間の問題だという話だし……実際その通りだろう。
ギルドはそう遠くない内に、マルク達に犯人の捕縛を命じるはずだ。
襲われるのが冒険者のみだと確定しているわけではないが、現時点で冒険者のみが襲われていることは事実である。
何より、そこにランク四も含まれているというところに問題があった。
――ランク四といったところで、実は大したことないんじゃないか?
そういった風潮が、ランク二以下の冒険者達の間に広まってしまうことを懸念するが故だ。
それは巡り回り、やがては冒険者全員の、ひいてはギルドの不利益となることだろう。
そんな状況で、現ギルドの最強戦力を遊ばせている理由はない。
「ま、何にせよ俺達には関係のないことだけどな」
「おいおい、つれねぇこと言うんじゃねえよ。折角だし、お前らも協力しようぜ?」
「何が折角なんだか……というか、自分がやる気ないことに人を引っ張り込もうとすんな」
「むしろやる気がないからではないでしょうか?」
「間違いにゃいにゃ」
その通りではあるのだろうが、こちらとしてはいい迷惑でしかない。
「そもそも俺達はそこまでギルドに対して何かをする義理も義務もないしな」
「あら、こんな立派な屋敷を貰っておいて?」
「本当に貰ったんなら考えなくもないが、生憎と厄介な依頼をこなした報酬だしな。しかも望みどおりかっていうと、そういうわけでもないし」
「こんな場所に建てられるって時点で、かなり羨ましいんだけどなぁ……」
「そうにゃねぇ……」
そう言って、マルク達はその場でぐるり周囲を見渡した。
つい先日完成したばかりの、屋敷の中を、である。
とはいえその言葉の通り、別にこの屋敷そのものを羨んでいるわけではないだろう。
まあ、和樹達が望んで建てたわけではないので、仮に羨ましがられても困るのだが。
厳密には、建てる事そのものは確かに望んだことではあるのだが……問題なのは、屋敷、ということであった。
そう、屋敷なのだ。
それは文字通りのものであり、現在和樹達の住むこの家を端的に示したものである。
間違っても家などと呼ぶことは出来ないようなものが、それなのであった。
ちなみに当然ではあるが、和樹はそんなものは頼んではいない。
確かに敷地面積から考えれば、ここにこれがあるのは必ずしも間違いとは言い切れないが……こちらが頼んだのがただの家である以上は、明確な間違いであった。
「ったく……無駄にでかいだけのものに興味はないってのに」
「それはつまり、私ぐらいがちょうどいい、ということでしょうか?」
「やかましい」
「まあでもそれはギルドからの厚意ってことで、それだけ期待されてるってことじゃないかな?」
「どっちかというと、余計なお世話だった気しかしないがな」
実際のところそれは、確かに厚意だったのだろう。
少なくとも、嫌がらせが目的ではなかったことだけは事実だ。
さすがにそこは確認している。
そしてだからこそ、現状のようになってもいるのだ。
それが嫌がらせだったり、或いは面白がってだったとしても作り直せと言えただろうが……厚意を無碍にするというのは、幾ら和樹であっても難しいことなのである。
「まあそのおかげでわたし達も助かってるわけだし、全部が全部悪かったってわけでもないんじゃないかしら?」
「おう、確かにすぐに戦いに行けるのは、オレとしては助かってるな」
「現状居座られてるに近い形になってるけどな」
マルク達が好んでここに留まろうとしている理由は、要するに距離の問題である。
何せここから街までは、普通に歩けば数時間はかかるのだ。
勿論走ったりすれば時間の短縮にはなるが、これから魔物と戦おうとするのにわざわざ疲れようとする馬鹿はいまい。
もっとも、ここはランク三の狩場の割に街からはかなり離れている方ではあり、普通はかかっても一時間程度だ。
それでも狩りに用いることの出来る時間は限られてはいるものの、ランク三ともなれば一度の平均討伐数は二から三体というところである。
それで十分元は取れるため、問題はなかった。
が、ランク四以上の狩場ともなれば何処も距離に大差はなく、少なくとも日帰りで行なうのは難しいものだ。
故にランク四以上ともなれば、魔物の討伐というのは二日以上をかけて行うのが基本なのである。
当然その場合は野宿になるが、安全な場所で休むことが出来るのであれば、効率は遥かに増す。
これに羨望を覚えない冒険者は、存在しないだろう。
「まあ俺達にしてみれば今のところ関係ない話だけどな。この周辺で狩ってる上に、ギルドとの往復があるから大差はないし」
「ですね。ああですが、素材の剥ぎ取りとかは幾分楽になったんじゃないですか?」
「ああ、確かにそれはあるな」
「素材の剥ぎ取り? 何でにゃ?」
「その場でやらなくても、とりあえずここの周辺に放っておけば後で纏めて出来るからな。後のことを考えなくていいから、雪姫だけじゃなく俺も参加出来るし。……ま、時間が無駄にかかるのは変わらないんだけどな」
「ああ、そういえば苦手なんだっけ? まあ、たまにそういう人も居るけど……ふむ。ところで、君達は二人だけでパーティーを組んでいることに拘りのあるタイプかな?」
「勿論です。二人できゃっきゃうふふするのに、正直他の人が居ましたら邪魔ですし」
「お前は黙ってろ。まあ、正直拘りとかは特にないが……そもそもそんなもんがあったら、お前達とだって一時的にしろ組まなかっただろうしな」
「それは確かにそうね」
「で、それがどうかしたのか?」
「いや、解体で苦労してるみたいだからね。いっそのこと解体屋でも雇わないのかなと思って」
「解体屋……?」
冒険者の中には、所謂魔物の解体・運搬のみを専門としている者達が存在している。
それが解体屋と呼ばれる者たちだ。
パーティーの人数が少なかったり、多数の魔物の討伐をするような状況の場合、利用する者は少なくない。
和樹もそういった者達が存在している、ということは知ってはいたが――
「まあ、基本歩合制だから、確実に儲けは減っちゃうけど、それ以上に楽になるとは思うよ? もっとも、割とよく素材の一部をくすねられたりするけど」
「……いいんですか、それ?」
「勿論駄目にゃ。ただ、向こうも弁えてるからにゃ。影響がない程度の量にゃし、それでも楽になるのも事実にゃ。それを最初から考慮に入れてれば……まあ、問題はにゃいって感じかにゃ?」
「随分と気前がいいもんだな」
「いえ、本当に効率は上がるのよ? 彼らは色々な意味で慣れているもの。もっとも、わたし達はこの街のそれはまだ利用したことはないのだけれど……多分同じようなものでしょうね」
「くすねるような人達にはもう頼まないようにすればいいだけな気がしますが……」
「解体屋って名乗ってる連中は大体そんなもんだからね。勿論一部そういうのに馴染めなかった人も居るには居るけど……そういう人達は基本解体に慣れていない新人だし、結局効率の面で考えれば解体屋に頼むことになっちゃうんだよ」
「損をするのは、真面目な連中だけ、か……」
和樹の呟きに、マルクは何も言わず肩を竦めた。
冒険者というのは、所詮弱肉強食の存在だ。
善悪に関係なく、強いものこそが正しい。
そしてだからこそ、どれだけランクが上がろうとも、底辺なのである。
「ま、ともあれ、確かに考慮に入れる価値はありそう、だな」
「むむ……確かにその人達を雇うことで和樹さんが楽になるのでしたら……いえ、ですがそうなりますと、ただでさえこの屋敷に住むようになって寝る部屋が別々になってしまったのに、さらに二人だけで居られる時間が……」
「そもそも討伐の時間はそっちに集中してんだから二人だろうがなかろうが大差ないだろ。あと、寝る部屋が別々なのは当たり前だ」
「あ、寝る部屋で思い出したんだけど……そういえば、この屋敷の壁ってしっかりしてるんだね? というか、防音がしっかりしてる、って言うべきなのかな?」
「確かにそれなりにしっかりしてるとは思うが……なんだ、誰かいびきが煩いやつでも居るのか?」
「あ、あちしは静かだし寝言を言ったりもしにゃいにゃ!?」
「おう、そうだな。夜中に突然、もうお腹一杯であちし食べられにゃいにゃー、とか言い出したりしねえよな?」
「またベタだな……」
「にゃ!? そ、そんにゃこと言わないにゃ! ていうか、今のもしかしてあちしの物真似かにゃ? 似てない、っていうかキモいにゃ!」
「あぁん? んだとぅ!?」
「はいはい。まあ実際別にそういうわけじゃないんだけどさ……夜中ギシギシと煩いんじゃないかと思ってたけど、そういうわけじゃないからさ」
「ああ、煩いかと思って気になってはいましたが……そうですか、響いてはいないようで安心しました。よかったですね、和樹さん?」
「あらあら……やっぱり、ヤることはやってる、ということかしら?」
「ぎ、ぎしぎし……? や、やる? い、一体夜中に何してるにゃ!? ふ、フケツにゃ!」
「とりあえず今の話の何処に信じる要素があったのか、小一時間問い詰めたいところだな」
「はっ、つーか処女のくせにそういう知識はあるんだな? さすが諜報特化だぜ」
「だ、誰が、しょ、処女、にゃ、にゃ!? あ、あちしは経験豊富に決まってるにゃ!」
「ほう? そうなのか? それは知らなかったなぁー?」
「にゃ……にゃー! そ、そういうレオンこそどうなんにゃ!?」
「あん? はっ……俺が経験ねえわけねえだろ。どっかの耳年間とはちげぇんだよ」
「にゃー!」
さてどうしてこんな話になったのだろうかと溜息を吐き出すが、視線を向けた先ではこの話の原因となった男が楽しそうに笑っていた。
一見すると真面目そうな青年にも見えるのだが、たまにこういった話を唐突にしだしたりするあたり、さすがそこの二人のリーダーというところである。
その中の一人なマリーに関しても、突然の下ネタを穏やかに笑って流しているあたりやはり只者ではないということだろう。
まあそんなことは、最初に会ったあの時から分かっていたことではあるのだが。
と、そんな中で、ふと壁へと視線を向けた。
この屋敷には各部屋に時計が常備されているのだが、それが指し示す時間が、ちょうどいい頃合だったのである。
何のかと言うと、空きっ腹を満たすのに、だ。
「ま、騒いでる連中は放っておいて、そろそろ飯にするか。そろそろいい時間だしな」
「そうですね。今日も腕によりをかけましたから、期待しててください」
「お前の腕前はもう十分分かってるからな。当然期待してるさ」
「ふむ……出来れば僕達も御相伴に預かりたいんだけど、いいかな?」
「さすがの俺も、お前達の分はないから街まで行って食って来い、とか言うほど非道じゃないぞ? というか、今までだってずっと一緒に食ってただろうが」
「いやいや、親しき仲にも礼儀あり、ってね」
「それはもっと別のとこで発揮すべきじゃないのか?」
「ふふ、今日もユキちゃんの手料理を食べられるのね……楽しみだわ」
「はい、楽しみにしててください」
「にゃ!? ご飯にゃ!? 筋肉ダルマ、一時休戦にゃ!」
「ちっ、飯か……しゃあねえ、食いっぱぐれたら癪だしな」
そうして食堂に移動しようとしたところ、そう言って唐突に騒ぎを収めた二人を眺め、苦笑を浮かべる。
随分と餌付けされたものだと、そう思ったからだ。
最初の頃は、見た目が気に食わないとかグチグチ文句を言っていたはずなのだが……まあ、それだけ雪姫の料理の腕が確かだったということなのだろう。
ついでに言うならば、思っていたよりもこの世界の人間と和樹達との間に味覚的な差がなかったということだろうか。
単にあの味に慣れていただけだと、そういうことらしい。
その割に、雪姫の作る料理の味にもすぐに慣れたのは、少しずるいと思うのだが……そう思ってしまうのは、和樹の心が狭いからなのだろうか。
まあ、今では美味い料理を食べられるようになったのだから、どうでもいいことかと思いつつ、ちらりと雪姫へと視線を向ける。
楽しそうに笑みを浮かべているその顔を眺めながら、唇の端を少しだけ緩めつつ、小さく息を吐き出すのであった。