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冒険者殺し

 気が付けば、口の中が血で満ちていた。

 気持ちが悪くなったのは、しかしそれそのものではない。

 そのことに心地よさを、気持ちよさを、満ち足りたと思ってしまった自分自身のことを、気持ち悪いと思ったのだ。


 幸いだったのは、少しだけ痛みが引き冷静な思考が帰ってきたことだろうか。

 それでも気持ち悪さは薄れなかったが、一先ずどういうことなのかを考え続け、翌日再度の渇きと痛みが襲ってきたことで、何となく理解した。


 自分は、きっと化け物になってしまったのだ、と。


 理由などはどうでもいいし、きっと知ったところでどうにもならない。

 そのことは、何故か本能的に分かっていた。

 だから問題だったのは、自分がこれからどうするのか、ということだ。

 要するに、合流を目指すのかどうか、ということである。


 ――こんな化け物の姿で?


 ふと過ぎった思考は、しかし消すことなどは出来なかった。

 出来るはずもない。

 受け入れられる、などということは、楽観が過ぎるということなど、誰に言われるでもなく理解している。


 だがこれからこの化け物の身で、一人で過ごしていくのだろうか?

 それに耐えられるのだろうか?

 そもそも、本当に自分はいつまでも自分でいられるのだろうか。

 ふと、そんなことを思った。











「冒険者殺し?」


 和樹がつい声を上げてしまったのは、それが知らない言葉だったからではない。

 先日耳にし――より正確に言うならば、その一部を実際に目で見、気になっていたものであったからだ。


「その様子からすると、やっぱりと言うべきか、知ってたってところかな?」

「まあ……ちょっとな」


 だがそれが気になっていたのは事実ではあるが、それが現在最も気になっていることかと言えば、それはまた別の話になる。

 そんなことよりも、今はもっと気になっていることが存在しているのだ。


「ん? それより気になることって……他に何か話題になるようなことって起こってたっけ? 少なくとも僕達は聞いたことがないと思うけど……」

「いや、何か起こったっていうかだな」


 言った瞬間のことである。


「ただいまー」

「ただいまだにゃー」

「ただいま戻りました」


 不意に響いたのは、聞き覚えのある声であった。

 扉の閉まる音と共に足音が聞こえ、やがて見覚えのある姿が現れる。


「ふー、さすがに少し疲れたわね。まったく、レオンも少しぐらい手伝ってくれてもいいのに」

「まったくだにゃ。だからあの筋肉達磨は駄目なんにゃ。暴れ足りないとか野蛮人過ぎるにゃ」

「――お前らのことだよ」

「にゃ?」


 首を傾げる猫娘――ミアに、溜息を吐き出す。

 いや、というよりも、当たり前の顔をしてそこにいることに、だ。


「え、何? わたし達がどうかしたかしら?」

「べ、別にあちしは何もやらかしてないにゃよ!? やらかしたとするならレオンの仕業に決まってるにゃ!」

「確かにあいつが最もやらかしてるが、生憎と俺が言ってることはお前ら全員が対象だ」

「全員、ですか……? 私は特に何かをやらかした記憶はないのですが……いえ、もしかして、和樹さんの心を盗んでしまった件でしょうか? そのことに関してでしたら、甘んじてお叱りを受けるつもりはありますが」

「面倒だからスルーするが、厳密に言えばお前以外の全員だ」

「……ああ、なるほど。そういうこと?」


 どうやらマリーは気付いたらしく、苦笑を浮かべこちらを見ていた。

 隣の猫娘も気付いたような顔をしているが、もしかしてつまみ食いをしてたのがばれたにゃ!? とか見当違いのことで慄いてるので後で説教である。

 まあしかしそんなことは今抱えている問題からすればどうでもよく――


「確かにこれが完成した時、部屋は余ってるからいつ利用してくれても構わない、とは再会した時に言ったけどな……さすがにその三日後にやってきたと思ったら、そのままずっと今日まで泊まり続けてるってのは、どうかと思わないか?」


 聞き覚えがあるのも見覚えがあるのも当然のことであった。

 一週間もの間毎日顔を突き合せていれば、そうでない方がおかしいだろう。


 まあ当然のように、むしろおかしいのはその状況そのものの方なのだが。


「ふむ……いや、確かにね。事情が事情とはいえ、この状況は僕達としても予想外だったから、心苦しくはあるんだけど……いや、本当に申し訳ない」

「言葉だけを聞いてみると、本当に反省してるように思えるんだから、不思議なもんだな?」

「何を言うのやら。本当に反省してるに決まってるじゃないか」

「白々しいっつの」


 言葉だけは確かに殊勝である。

 が、その眼前にある執務机、その上に広がっている書類の束が全てを台無しにしていた。

 こうして話していても視線はずっとそこに固定されたままであり、さらに言うならばそれはここに来た初日からずっとである。

 そもそもここは客室の一つであり、ソファーとテーブルはあっても執務机などというものはなかった。

 そんなものを書類と共に持ち込んでいる時点で、最初からしばらく居座る気満々だったのは間違いないだろう。


 というか、事情などと言ってはいるものの、要は短時間では終わりそうもない依頼を受けているというだけのことである。

 それも依頼の性質を考えれば当然のことであるとくれば、やはり最初からそのつもりだったのは明白であった。


「まあまあ、いいじゃないの。わたし達はここを一時的な拠点として使えれば助かるし、あなた達だってこんな広い屋敷に二人きりじゃ寂しいでしょ? ちょうどいい賑やかしが出来たと思えば。……それとも、わたし達じゃ不満かしら?」

「いや、不満とかそういう話じゃなくてだな……」

「むむ? これは、もしや……浮気ですか!?」

「にゃ!? もしかして、あちしの貞操が狙われてるにゃ!?」

「……まあ、もう今更だから、別にいいっちゃあいいんだけどな」


 喧しい約二名をスルーしつつ溜息を吐き出す。

 実際のところ、それは本音だ。

 マリーの言うことも間違っていないし、そこそこ助かってるのも事実ではあった。


 が、それはそれ、これはこれ、だ。

 だからといって別荘のように便利に使われても困る。

 適度に釘を刺しておく必要があると、そういうことだ。


 それも含めて向こうは理解しているのだとは思うが、だとしても言わなくてもいいということにはならないのである。

 親しき仲にも礼儀あり。

 そういうことである。

 と。


「それで、何か話してたようだけど、一体何を話してたの?」


 話の切れ間を狙い、そんな言葉を繰り出してきたマリーに、つい苦笑が漏れた。

 それはあからさまに話題を変えるためのものであり……だがそれを邪魔してまで、続ける気があるわけでもない。

 この話はまた今度だな、などと思いながら、それに乗ってやることにした。


「ん、まあ、ちょっと冒険者殺しのことをな」

「とはいえ、ちょうどその話題を出したばっかりのところだったけどね」

「冒険者殺し……あれですか」


 言葉と共に雪姫が視線を送ってきたので、小さく肩を竦めてみせる。

 雪姫もあれは見ているだけに、他人事には思えないのだろう。

 もっとも、実際に気にしている理由としては、主に別のことが原因だろうが。


 今から一週間ほど前、今居るここが作られる前日、和樹達は小さな騒動に巻き込まれた。

 その発端は、とある奴隷の少女の、助けを呼ぶ声であり……その理由は、冒険者でもある自分の主人が何者かに襲われたからである。

 端的に結論を言ってしまえば、その冒険者を襲ったのが今話題に上がっている冒険者殺しであり、そこで変に縁を結んでしまったがために、和樹達は冒険者殺しというものを知ってしまい、気になっているというわけなのだ。


 まあ気になっている理由に関しては、実際には幾つかあるのだが――


「それにしても、物騒な名前ですよね。実際には人が死んでしまったわけではないというのに……ですよね?」

「にゃ。今日も犠牲者が出たっていう話を小耳に挟んだけど、いつも通りだったって話だにゃ」

「冒険者、それも高ランク冒険者ばかりを狙うことから、付けられた名前が冒険者殺し、か。まあ確かに大げさではあるわな。大体まだ最初に襲われた冒険者が出てから、一週間程度しか経ってないだろうに」

「だからこそ、でもあるんだろうけどね。二、三日程度ならともかく、ある程度そういうことがあるってことが周知されてきているにも関わらず、今日まで連続で襲われている人が出ている。どう考えても異常だし、注意勧告の意味も込めて物騒な名前にするのは間違っていないと思うよ」

「確かに、その名前を聞いたら、どういうことなのか気になるものねえ」


 冒険者殺しがどういうものかに関しては、今言った通りのものだ。

 端的に言ってしまうならば、高ランク冒険者のみを狙った通り魔、というところか。

 当然のように正体は不明であり、また目的も不明。

 これで冒険者が殺されているならばまだ分かるのだが、意識は刈り取られるものの、致命には届きそうもない一撃を食らうだけ、というのだから尚更意味が分からないというものだ。


 しかも襲われた冒険者の間に、共通点はほぼない。

 精々高ランク冒険者であるということと――


「あとは、襲われた時に奴隷を連れていたということ、か」

「それだって、襲いやすいタイミングを考えれば、自然とそんな感じになるだろうしね。冒険者が奴隷を連れてるのも、珍しいことじゃないし」


 以前にも少し触れたが、基本的に冒険者は奴隷を持つことは出来ないものの、高ランク――具体的には、ランク三以上になればそれも可能になる。

 厳密にはランク三になることで、一部を除いた制限が解除される、という形になるのだが……まあ、それはともかくとして。

 そうした冒険者達は、大体の場合奴隷を持つようになる。

 理由は単純であり、雑事などを手伝わせるためだ。


 ランク三ともなれば、様々な依頼を受けることが出来るようになるが、その分面倒なことも増える。

 こうしている間もマルクは目の前の書類を片付けているが、それなどはその筆頭だろう。


 だがそれを誰かに手伝ってもらおうとしても、手伝ってくれる者などは皆無だ。

 高ランクになろうとも、冒険者であることに変わりはなく……仲間内で頑張って分配し処理するか、奴隷を買って手伝わせるか、という選択しかないのである。

 だから奴隷を連れた冒険者というのはそれほど珍しくもなく、同時にその時は足手纏いを連れた状態ということだ。

 襲いやすいタイミングというのは、そういうことである。


「中にはそのことを理由に、冒険者殺しは冒険者から奴隷を解放するために冒険者を襲ってる、とか言ってる人もいるんにゃけど……」

「それはまた極端な意見だな。というか、それなら冒険者以外の奴隷所有者も襲われないとおかしいだろうに」

「そもそも、それって奴隷の人達からすると、どうなんでしょうか? 少なくとも私がそんなことを言われましても、大きなお世話としか思いませんが」

「ユキちゃんはまた別の理由からな気がするけど……でもそうね。多分意見としては、他の奴隷の人達も同じだと思うわ」

「世間のイメージはともかくとして、基本冒険者は奴隷を乱暴に扱ったりしないしね。似た立場っていうこともあるけど、それ以上に無駄にそんなことしても、結局自分達の首を絞めるだけのことにしかならないし」


 まあ、どうせそんなのは、関係ない人間が面白おかしく言っているだけだろう。

 ミアの情報源は主に冒険者だという話だし、自分達は関係ないと思っている低ランク冒険者が言っていたことなのかもしれない。

 ともあれ。


「で、結局のところ、それがどうかしたのか?」

「うん?」

「冒険者殺しに関して何か話す事があったから、話に出したんじゃないのか?」

「ああ、うん。何か知ってることがあれば、情報交換出来ればと思ってね。今はまだ大した混乱も起こってないけど、もしこのままこれが続くんだとしたら、そうも言ってられないだろうし」

「それでそうなったら、間違いなくあちし達に声がかかるだろうしにゃー」

「……なるほど。やはりランク五の冒険者というのは、色々と大変なんですね」

「他人事のように言っているけど、ユキちゃん達も十分大変だと思うわよ?」

「そうなんですか?」


 そこで雪姫の視線がこっちに向いたのは、他の冒険者というものをよく知らないからだろう。

 とはいえ和樹もそこまで知っているわけではないし、経験したことがあるわけでもない。

 だが否定出来るようなことでもないので、とりあえず肩を竦めておくことにした。


「まあ情報交換はいいんだが、話せるようなことがあるとは限らないぞ? そっちみたいに、積極的に情報を集めてるわけでもないしな」

「情報っていうのは多角的に見ることも重要だからね。君達が得た情報から、何をどう思ったのか、っていうことを知るだけでも、十分役に立つんだよ」

「そういうことなら別に構わないが……ふむ」


 しかしそうは言っても、知らない情報を提示出来た方がいいに決まっているだろう。

 自身の得た情報の中で、マルク達の知らないだろうことは何かと考え――


「そうだな……とりあえず、相手は遠距離攻撃の使い手、ってことは知ってるか?」

「ふむ……その根拠は?」

「小指大の鉄の塊が近くに落ちてたってことだな。傷口と一致してたし、凶器はそれだと見て間違いないだろう。まあ全部の詳細を知ってるわけじゃないから、遠距離攻撃も持ってる、ってだけなのかもしれんが」

「そんなのが落ちてたって聞いたことはにゃいけど……あちしが得た情報によると、どの被害者の傷口も全部一緒だったって話だにゃ。まあ、だから正体もよく分かっていにゃいのに、同一犯ってことになってるわけだけどにゃ」


 ならほぼ確定かと、和樹は僅かに目を細めた。

 鉄の塊が落ちていたことが報告されていなかったのは、単純にそんなものが凶器だとは思わなかったからだろう。

 この世界の人間であるならば、不思議でも何でもない。

 逆に和樹は、それを見た瞬間にどんな攻撃をされたのかを理解することが出来たわけだが……それは多分、雪姫も同じだろう。

 そちらに視線を向ければ、僅かに目を逸らされた。


 まあ、その可能性のことを考えれば、そのことに関してはあまり考えたくないというのも分かる話だ。

 和樹がわざわざ小指大の鉄の塊、などという言い方をしたのは、その単語を口にしたところで、マルク達には分からないと思ったからである。

 だが和樹達に分かりやすいように言うならば、それを表す言葉は単語一つで済む。


 ――弾丸。

 つまり攻撃方法は、銃によるものだということだ。


 しかし問題なのは、この世界に銃というものは存在していない、ということであった。

 厳密には存在してはいるのだが、現存しているのは三丁のみであり、そのどれもが厳重に保管されているという話だ。

 そう簡単に持ち運べてしまえるものではなく、それ以外には普及していない。

 つまり実際には銃ではない、という可能性の方が高いのだが……和樹達には少し心当たりがあった。


 端的に言ってしまえば、和樹達ならば銃を作ることが出来るのだ。

 正確には、錬金と鍛冶のスキルを所持している、和樹達の同類ならば、ではあるが。


 そして。

 現在行方が分からない雪姫の友人というのは、その二つを所持しており、銃を作ることも出来たという話だ。

 さらには、その友人の得意武器は銃ということであり……まあ、要するに、そういうことであった。

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