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デートからの一騒動

 最初に感じたのは、痛みであった。

 衝撃があったのは聞いていた通りだったので問題はなかったのだが、それは聞いていなかったことである。

 当然のように予測できるはずもなく、これだからジジイ共は信用出来ない、などと悪態を吐きながら身体を起こし、そこでようやく違和感に気付いた。


 痛みは治まることなく、むしろ増していき、何よりもその身を襲ったのは、激しい渇きだ。

 足りない。

 まるで足りていない。

 身体を引き裂かれるような痛みに、それを癒すことしか考えられなかった。


 それを見かけたのは、そんな時のことだ。

 飛び掛りそうになった身体を咄嗟に抑える事が出来たのは、それ以上の生存本能故である。

 今出て行けば、死ぬ。

 何が分からずとも、それだけは分かった。


 だが正面からぶつかりさえしなければ、何とか出来る自信はある。

 そうして息を整え……しかし意を決した時には、既に見失っていた。

 何という間抜けと肩を落とし――そこで愕然としたのは、自分が何をしようとしていたのかを理解したからだ。


 だがそれでも視線は、見失ったものを探し出そうと動いており……ふとそれが、止まった。

 視線の先にあったのは、先のそれに似た、しかし異なるもの。

 それでも熱を持ち、朦朧とし始めた頭は、そこで一つの判断を下す。

 もうアレでいいかと、そんな思考を最後に、意識がぶつりと途切れた。













「和樹さん、デートしましょう!」


 その戯言が雪姫の口から放たれたのは、話があると言われ耳を傾けた、その直後のことであった。

 てっきり先日の件に関しての返答かと思っていただけに、和樹の落胆はひとしおだ。

 あの日から既に、約二週間。

 そろそろ来るかと身構えていただけに、一気に馬鹿らしくなった。


「とりあえず無駄だと思いながら問いかけてみるが、俺が今どんな気持ちでいるか分かるか?」

「え? そうですね……やはりこれから私とデートだということで、かなりドキドキワクワクしているのではないかと」

「そうだな、その可能性はたった今微塵も存在しなくなったな」

「そんな馬鹿な……!?」

「馬鹿はお前だ馬鹿」


 本当にこいつは、と思いながら溜息を吐き出す。


 それにしても、二週間以上が経つというのに未だこの調子だというのだから、つまりこれは素だということなのだろう。

 警戒だとか何だとか考えていたこともまた、馬鹿らしくなってくる。

 とはいえ、それはそれで別の疑惑が湧いてくるわけだが――


「ま、別にいいか」

「え、いいんですか!?」

「そっちじゃねえよ」


 こんな様子の少女を見ていると、つくづく思う。

 もうどうでもいいや、と。

 それが正直な本音であった。


「むぅ……じゃあ、何ですか? 何がいいんですか? いえ、それはどうでもいいので、とりあえずデートをしましょう」

「……はぁ。そもそもデートをするも何も、この街に遊ぶようなとこはないだろ?」

「何を言っているんですか、和樹さん? デートというのは、お互いのことが好きな人同士が共に居ることを言うんですよ? 何処かに遊びに行くとかいうのは、ただのおまけです」

「その理論から行くと、デートだからといって何処にも行く必要はないということになるな? つまり極論、今この状況もデートの真っ最中ということになるぞ?」

「……は!? 実は私が誘う前から、私達はデートをしていた、ということですか……!? さすがは和樹さんですね!」

「お前はもう無敵だな」


 まあとりあえず分かったこととしては、このままでは話が先に進みそうもない、ということだろうか。

 吐き出しかけた溜息を飲み干し、代わりに言葉を放った。


「で、何処に行くんだ?」

「え?」

「何処か行きたいとこがあるから、デートとか七面倒くさい言い方をわざわざしたんだろ?」

「え、ええ、まあ、はい、そういうことになりますが……いえ、デートの方も本気ではあるんですが」

「それはもう分かったっての」

「むぅ……分かってくれていない気がするのですが。まあいいです、その話は後でじっくりとしましょう。それで、ですね、私が行きたいところ……というよりは、やりたいことは、買い物なんです。明日引越しの予定だというのに、結局色々と揃えきれていないじゃないですか」

「ああ……そういえば、そうだったな」


 引越し先は、当然のように新しく出来る予定の家だ。

 予定という言葉の通り、実際にはまだ出来てはいないのだが。


 確認の方は一週間程度で終わったらしいが、件の魔法使いがちょうど忙しくなってしまったらしく、何だかんだで明日にまでずれ込んでしまったのだ。

 そのせいで、予定が決まったら必要なアレコレを揃えよう、などと言っていたのに、今の今までそれが実現されることはなかったのである。

 まあ半分ぐらいは、単純に忘れていただけでもあるのだが。


「とはいえ、さすがに出掛けるのが面倒だから後で、というわけにはいかないか」

「最低限の用意はしてくれるらしいので、それでも問題ないと言えば問題ないのでしょうが……出来れば私としては避けたい事態ですね。最低限ということは、間違いなく調理器具とかはないでしょうし」

「まあ……だろうな」


 別にそれは死活問題というわけではないが、和樹としても出来れば避けたい事態だ。

 とはいえ、雪姫の方はもっと深刻だろう。

 何せ結局あれから二週間近くこの世界の料理を食べ続けることになったのである。

 おそらくは今が一番辛い時期だ。

 これを乗り越えてしまえば、少しはマシになるのだが。


 勿論慣れるという意味ではなく、諦めるという意味で、である。


「そんな境地に達したくはないので、さっさとデートに出掛けてしまいましょう」

「言葉だけを聞くと見事なまでに意味不明だな。が、まあ、賛成だ。いい加減俺としても元の世界の料理の味が恋しいとこだしな」

「え、私の肌が恋しい、ですか?」

「耳腐ってんのか?」


 そんないつも通りの会話を交わしながら、一先ず宿を後にした。









 二週間も狩りを続けていれば、相応に金が溜まっていくのは当然のことと言えるだろう。

 特にアレからはずっとランク三の魔物を中心に狩っているとなれば、尚更だ。


 だというのに、何故和樹達が真っ先にやってきたのが青空市場なのかと言うと、単純に調理器具を専門に扱っている店というものが存在していないからである。

 サティアが珍しいことだと言っていたように、どうにもこの街の住人というものは、基本的に自分達で料理というものをすることがないらしい。

 必然的に、調理道具を探すとなればこの場所にやってくるしかないと、そういうことであった。


「ふむふむ……やはり専門店がないというのは、些か以上に不便ですね。見つけるのが大変ですし……何よりも、そもそもこの世界に何が存在しているのかが分かりません」

「まあとはいえ、こればっかりはサティアに聞いたところで役に立たないだろうからな」

「サティアさんって料理出来ないんですか? 何となく、出来そうな気がするんですが」

「あいつはそんなことをする必要がないからな」

「え……もしかしてサティアさんって、何処かのお嬢様とかだったりするんですか?」

「そういうわけじゃないが……まあ、自分の手を煩わせる必要がないって意味では大差ないかもな」


 勿論実情はまるで異なるが、そんなことはどうでもいいことである。

 ともあれ、そうして調理器具を探してはいるものの、やはりと言うべきか、中々見つかる気配はない。

 何よりも雪姫が言うように、何が存在しているかの時点で分からないのだ。

 何処までのものを探していいのかすらも分からず――


「とはいえ、さすがに包丁やまな板、フライパンの類ぐらいはあるだろ」

「え、和樹さんはまな板胸の方がタイプ、ですか? 大きくするのはともかく、小さくするのは少し難しい気がするのですが……」

「本当にお前の耳と頭はどうなってんだ? というか、ここ往来だからな? 少しは気を使え」

「そういえば、もう迂闊に変なことは喋れなくなってしまったんでしたっけか……ところで、往来という言葉で思い出しましたが」


 そこで言葉を一旦区切ると、雪姫はその場で周囲を見渡した。

 和樹も同じように見てみるも、特に何かがあるわけでもない。

 だが。


「以前にも同じことを思いましたが、私がこうして歩いていたところで、誰も気にしたりしないんですね?」

「それはつまり、奴隷が、という意味か?」

「はい。私が奴隷であることなど、一目で分かると思うのですが」


 その言葉は正しい。

 誰がどう見ても、今の雪姫は奴隷以外の何者にも見えないだろう。

 何故ならば、その首には首輪が嵌められているからである。


 それは隷属の首輪と呼ばれている、奴隷であることを示すアイテムだ。

 ただしそれ以上の意味はなく、別に嵌めた相手を強制的に隷属させる、などという効果はない。

 その必要がないからだ。


 奴隷が市民でいられるのは、あくまでも奴隷であるからに過ぎない。

 奴隷でなくなった瞬間市民ではなくなる身分でしかなく……それはつまり、その瞬間人間扱いはされなくなる、ということだ。

 自由は得られるが、それ以上に大事なものを失ってしまう。

 そのことをしっかりと教え込んでおきさえすれば、強制的に従える必要はないと、そういうことであった。


 だから奴隷は自分からその首輪を外すことはないし、一目で把握することが出来る。

 なのに何故気にしないのかといえば、それは単純な話だ。


「まあ、奴隷とかそこまで珍しいものじゃないしな。そもそも、何度も言ってることではあるが、奴隷とは言っても市民であることに違いはない。冒険者を半ば受け入れつつあるこの街からすれば、今更その程度気にすることはない、ってことだ」


 勿論他の街であったり、国であればまた話は変わってくるだろうが、何にせよ今は関係のない話である。


「ふむふむ……なるほど。まあ、私としましては、奇異の目などで見られないのでしたら、それに越したことはないのですが」

「なら素直に受け入れとけ。別に卑屈になる必要はないし、普通にしてればいい。それにしても、もう二週間も経つんだから、てっきりそこら辺のことは慣れたのかと思ってたが……」

「まだ二週間しか経っていませんから。それに外に出る場合は狩りに行く場合がほとんどで、こうして出歩く機会はあまりありませんでしたし」

「あー……そういえばそうだったか。なら今後は、もっとこうした時間を増やしていくかね」

「デート第二弾ですね!」

「もう否定するのも面倒だしそれでいいわ」


 雪姫は奴隷である以上、どこかに出掛けるにしても和樹が共に居ることが必要である。

 拠点に居たり多少距離を離す程度であれば問題はないが、あまり離れ過ぎてしまうと、その首輪を外したのと同じこと……つまり、奴隷という身分を捨て市民ではなくなったと判断されかねないのだ。

 要するに、和樹が狩りと飯以外でほとんど外を出歩いていないということは、雪姫も同じだということであり、さすがにそれはちょっとアレだろう。

 そこら辺のことをもう少し省みるべきだったかと思いつつ、反省することにした。


 雪姫の様子があまりに普通だったから、少し甘えすぎていたのかもしれない。

 雪姫だって色々やってみたいことや、見てみたいものもあっただろうに。

 とはいえこのままでは根本的な解決にはならないし、どうにも雪姫は奴隷から解放されるつもりもないらしい。

 その理由はともかくとして、だからといってそれを自業自得だなどと言ってしまうのもやはりアレだろうし――


「……ふむ、何とかならないか、サティアに聞いてみるかね」

「え? どうにかなるんですか? といいますか、それはサティアさんに言ってどうにかなるものなんですか?」

「奴隷の管轄は当然別のとこだが、あいつ色々なところに顔利くしな。最低でも何か方法がないかどうかぐらいは分かるだろ」


 そんな話をしつつも、調理器具は忘れずに探し続け……しかし結局、見つかることはなかった。

 たまたま運が悪かったのか、或いはそれほどまでに存在していないということなのか……。


「運が悪かった、の方だといいんだけどな……」

「最悪、自分達で作るしかないのでしょうか? ……作れるのかは分かりませんが」

「包丁はナイフで代用が利くし、まな板もまあ何とかなるだろう。問題があるとすればフライパンとかだが、さすがに鉄板じゃ駄目だしな……ちっ、こんなことなら鍛冶スキルの一つや二つ取っておくべきだったか」

「まあ、こんなことがあるなんて普通予想できませんし。それに、まだそうと決まったわけではありませんから」

「そうだな。他のとこにあればいいんだが……」


 青空市場は、何も一箇所にしか存在していないと言うわけではない。

 この街には東西南北に一つずつ、合計で四つほど存在しており、今はその二つ目へと移動している最中であった。


 店を出している人が違う以上、当然のように並べられている商品も異なっているはずであり――


「それでもなかったら、これまたサティア経由で鍛冶師の紹介でもしてもらうしかないかね」

「サティアさん大活躍ですね」

「出来れば余計な借りは作りたくないんけどな……」


 と、そう言って、溜息を吐き出し――その音が耳に届いたのは、まさにその瞬間のことであった。


「あ、あの、す、すみません……! 誰か、誰かわたしのご主人様を、助けてくれませんか……!?」


 切羽詰ったような声が周囲に響き、反射的にそちらへと視線を向ける。

 そこでふと目を細めたのは、その首元に見覚えのあるものが見えたからだ。

 しかしすぐに隣に顔を向けると、雪姫もこちらを見詰めているところであった。


 互いに頷き合う。

 例えそれが誰であろうとも、助けを求めているというのならば、それを厭う理由はない。

 自分達には力があるというのならば、尚更だ。


 視線をそちらに向け直すと、和樹達は即座にその少女の元へと、駆け出すのであった。

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