爆ぜる魔物
「……ふぅ。これで三匹目で完了、と。中々順調だな」
解体を終えたホーンラビットを見下ろしながら、和樹は息を吐き出した。
言葉の通りこれで三匹目であり、中々どころかかつてないほどに順調な滑り出しだと言えるだろう。
このままいけば、一日に稼げた金額の更新どころか、大幅な更新さえ見込めそうである。
或いは、今度こそしっかりとした果物を食べることさえ出来るかもしれない。
だがとにもかくにも、今は続きだ。
足元から角と爪だけを拾い上げると、その場から歩き出した。
「さて、次はどっから出てくるかね。それも探知できれば楽なんだが……ま、さすがにそれは贅沢か」
適当に呟きながら周囲を眺めるも、魔物の姿は影も形もない。
広がっているのは一面の草原だけであり……しかし和樹に気を抜いている様子がないのは、いつ何処から魔物が現れても不思議ではないからだ。
それは文字通りの意味である。
魔物はそこに生息しているものではなく、出現するものだからだ。
「ったく、リポップとか……ゲームじゃあるまいし」
そう、リポップ。
つまり魔物というものは、幾ら倒しても、一定時間後に何度でも出現する、ということである。
まるでゲームの世界のようだが、ここはゲームの中なのではないか、などと考える時期はとうに過ぎていた。
ここはゲームの世界のようではあるが、確かに現実であり、同時に異世界でもあるのだ。
どうしてそんな世界なんだと文句を言ったところで、何がどうなるわけでもない。
ここがそういう世界だというのならば、そうなのだと受け入れるしかないのだ。
自身の能力のことなども含めて、である。
「……っと」
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
瞬間、背筋に覚えた悪寒に従い、和樹はその場から飛び退いた。
直後に和樹の居た場所に降り立ったのは、予想通りホーンラビットだ。
つい先ほどまでは周囲に何の影もなかったのに、こうして唐突に現れる。
これが、リポップというものであった。
ちなみに、別に常に見えないところから現れる、というわけではなく、これは単に和樹の運が悪いか間が悪いだけである。
状況によってはその瞬間を見ることも出来るが、どっちにしろ突然その場に現れる、ということに違いはないし、慣れてしまえばどちらであろうとも同じことだ。
着地と同時、腰から引き抜いた剣を構える。
一つ息を吐き出すと、地を蹴った。
――厳密に言うならば、先ほどの瞬間、和樹は反撃することも可能ではあった。
飛び退く代わりに剣を引き抜き、そのまま後方を薙ぎ払う。
可能であったし、間違いなく成功もしただろう。
だがそれを実行することがなかったのは、その成功というのは、魔物の撃退に関してだけだったからである。
確かに魔物を倒すことは出来ただろうが、代わりにその身体は跡形もなく粉々になっていたに違いない。
それは予測ではなく、確信だ。
何故ならば、これまた実際にやったことがあるからである。
というか、昨日もやったばっかりだ。
力の加減が出来ないのは、何も解体に限ったことではないという、当たり前の話である。
特に反射的な行動に対してはどうしてもそうなってしまうため、際どいタイミングの時には和樹は無理はしないようにしているのだ。
そして逆に言うならば、余裕があるならば何の問題もなく倒すことが出来る、ということでもある。
振り抜かれた刃が、当然のように白い胴体を両断した。
「よし、っと。これで四匹目か……今日は本当に順調だな」
勿論まだ解体が残ってはいるが、今日の調子から言えば失敗する気はしない。
もう半ば以上、四匹目に成功したも同然であった。
今までの記録が一日五匹であったことを考えれば、これでリーチ。
記録更新どころか、果実のことすら本当に可能となりそうだ。
今までのことを考えれば嘘のようではあるが……いい加減慣れてきたと、そういうことなのだろう。
「まあ、男子三日会わざれば刮目して見よ、とか言うしな」
昨日の失敗からまだ一日も経ってはいないが、問題はあるまい。
そんな戯言を呟きながら、和樹は突き刺したナイフを動かしていく。
これももう慣れたものであり、淀みなく順調に――
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
「――っ」
瞬間、感じ取った悪寒に、和樹の身体は半ば自動的に動いていた。
判断は刹那。
体勢は片膝立ちであり、魔物の気配は真後ろ。
剣は腰に仕舞われ、手には解体用のナイフだけであり――否。
斬り裂くことが出来るのであれば、それが解体用であろうが特に問題は――
「……あ」
まずい、と思った時には遅かった。
迎撃のために動こうと咄嗟に腕に力が入り……だが今は、解体の真っ最中だ。
そんなところで、無駄に力を入れてしまったらどうなるか。
注がれた力は、膨らませた風船にさらに空気を込めるが如く。
眼下にあるそれが、周囲の地面を巻き込みながら、跡形もなく消し飛んだ。
しかしそれを悔いている暇などはなく、後方からは魔物。
だが失敗によって和樹の思考には、一瞬の空白が生まれ……故に、瞬間的に選択されたのは、最適な行動であった。
その状況での最適とは、即ち最も慣れ親しんだものである。
加減も躊躇も必要なく、当たり前のように、いつも通りに身体は動く。
得物は解体用ナイフで、体勢は不十分。
しかしそれがどうしたというのか。
その程度のことならば、何の問題もない。
身体の旋回と同時、腕を振り抜き――まずいと思った時には、やはり遅い。
――アクティブスキル、ソードスキル:奥義一閃。
振り抜かれた刃が触れた瞬間、視線の先の白い塊が、跡形もなく消し飛んだ。
草原のみが広がる視界の中、腕を振り抜いた体勢のまま、しばしの残心。
ゆっくりと腕を戻し、ナイフを仕舞い、立ち上がり――
「……やらかした」
和樹はその場で、頭を抱えた。
言い訳のしようもないぐらいの、やらかしであった。
状況が状況とはいえ、完全に和樹の油断がもたらした結果だ。
しかも自分で散々フラグを立てながらの回収である。
間抜けすぎて、溜息すら出てきはしない。
好事魔多し、などとはよく言ったものだが――
「……いや、やっぱり俺が間抜けなだけ、か」
空を見上げ、それでも、気分を切り替えるように息を吐き出す。
そう、まだ始まったばかりであるし、二度ほど連続して失敗してしまっただけだ。
これからまた頑張れば――
――パッシブスキル、サポートスキル:危険察知。
――パッシブスキル、サポートスキル:常在戦場。
そのためにもと後方に振り返り――広がっていた光景に、何度目かの溜息を吐き出した。
そこに居たのは、魔物だ。
ホーンラビットであり、それはむしろ当然のことではあるのだが……居たのは、一匹だけではなかったのである。
三つの白い塊が、そこには並んでいた。
これで一度に三匹も狩れると、そう喜ぶべきなのかもしれないが、生憎とそう上手くはいかない。
というか、そもそも複数の魔物が一度に現れて喜ぶ人は稀だろう。
魔物は連携攻撃などをしてくることはないものの、単純に数というものは脅威だ。
増えれば増えるだけ、危険は乗算して増えていき、割に合うものではないのである。
もっとも、厳密に言うならば、危険に関しては和樹は気にしていない。
ホーンラビット程度であれば、例え百匹程度に囲まれていようとも、どうとでもなるからだ。
だが、どうとでもなるということは、何の問題もなく倒せる、ということと同義ではない。
確かに倒せることは倒せるのだが……代わりに、消滅させてしまうことになるのである。
先ほどと同じように、だ。
そしてそれは、数匹であったとしても変わらなかった。
未だ集中していないと上手く加減の出来ない和樹にとって、一匹以外の魔物との戦闘は、全て手加減の出来ないものとなってしまうのだ。
つまりここから先は、どう考えても無駄にしかならないのだが……。
「まあ、逃げるのも何か違う気がするし、ここは割り切るしかないか」
腰から剣を引き抜き、構える。
このまま複数の魔物との戦いへの慣れを鍛える、というのもないではないだろうが……おそらくは、無駄にしかならないだろう。
一匹相手でさえ、ほんの少しの気の緩みで加減が出来なくなってしまうのだ。
それを試せるようになるのは、きっともっと先のことである。
とりあえず今は、今出来ることをやるべく、腰を僅かに落とす。
剣先も共に下ろし、足に力を込め、地を蹴り、一足飛びに踏み込んだ。
――瞬間。
――アクティブスキル、サポートスキル:怪力無双。
――アクティブスキル、サポートスキル:乱舞。
――アクティブスキル、ソードスキル:奥義一閃。
奔ったのは無数の剣閃。
息吐く暇もなく、またその必要もない。
着地し、振り返れば、そこには既に何も存在していなかった。
視界に広がっているのは、一面の草原のみ。
魔物の残骸どころか、剣閃の名残すらも残ってはいなかった。
まあどう考えてもやりすぎではあったが、時にはこういうことも必要ではあるだろう。
半ば以上は、ただのストレス解消であったことも、否定はしないが。
問題があるとすれば、解消したそばから、再びストレスが溜まっていくことだろうか。
「……はぁ」
草原の中に、諦めと疲れの混ざった溜息が、広がっていくのであった。