残された違和感とこれからのこと
いつもの場所へと向かうと、和樹を出迎えたのはいつも通りの笑みであった。
それだけを聞くと何やら素敵な感じもしてくるのだが、実際にそこにあるのはそんないいものではない。
そのことを思えば、和樹の口からは自然と溜息が吐き出された。
「やあ、キミか。無事依頼は達成出来たようで何よりだね。それで、どうだったかな? 楽しんで貰えたかい?」
「ぶっ飛ばすぞ。思ってた以上の厄介事じゃねえか」
もっとも、分かっていたことではあるし、諸々承知の上で受けたことでもある。
何よりこれ以上言う気力もなかったので、和樹は大人しくその場に座ることにした。
眼前に座っているのは、改めて言うまでもないかもしれないが、サティアだ。
即ち、今回の依頼について、報告に訪れたのである。
「ふむ……ところで、キミ一人のようだけど、彼女はどうしたんだい?」
「先に宿で休ませたよ。さすがに色々と疲れただろうしな。平気な顔をしてはいたし、言ってもいたが、幾らなんでも今回は平気じゃないだろ」
「ああ、まあ、さすがに今回はねぇ……」
「元凶が何言ってやがる」
「やだなぁ、今回のこともちゃんとキミ達のことを考えて推した依頼だったじゃないか」
「どうせ俺達のことはついでだろ?」
「そんなことはないよ? ボクはいつだって、キミ達のことを一番に考えているさ」
「言ってろ」
戯言を切って捨て、息を一つ吐き出す。
正直に言って、和樹も和樹でそれなりに疲れていた。
まあ調子に乗ったのが原因なので、完全に自業自得ではあるのだが。
「ふむ……どうやら割と本気で疲れているみたいだし、端的に事務的な処理をしてしまおうか。とりあえず色々な確認作業があるから、すぐにとはいかないけど、それさえ終わればあそこはキミ達のものだ。おめでとう、と言っておいた方がいいかな?」
「はぁ……まあ、やっぱそういう話か」
「おや、驚かないのかい? ボクとしては結構なサプライズのつもりだったんだけど」
「依頼の話を聞いた時点で、何となく分かってたことではあるからな」
「ふむ……これはちょっとヒントを出しすぎたかな? キミの驚いた顔が見れないとか、サプライズを仕掛けた意味がないじゃないか」
「やかましい」
事は単純であり、そのままだ。
和樹達が今日更地と化したあの場所を、和樹達に与えるということである。
厳密には貸与という形にはなるが、土地を手に入れることに違いはなく……つまりはそこに、家を建てることも可能になるということであった。
「ところで、家の方は俺達で建てるのか? 自力でって意味じゃなく、自分達で手配するのかって意味だが」
「家の方も今回の報酬に含まれているから、心配無用だよ。いやあ、ボク達って本当に太っ腹だよね」
そこに同意することなく、胡散臭いものを見るような視線を向けたのは、その視線がそのまま和樹の心境だったからだ。
それを言葉通りの意味で受け取れるほど、和樹は純粋ではないのである。
「誤解がありそうだから先に言っておくけれど、これは本当にボクの厚意によるものだよ? 特に家に関しては、完全にそうだ」
「厚意、な……それはもしかして厚意じゃなくて、これからやってくる厄介事に対しての報酬の前払いとか、そういうのじゃないのか?」
「さて、どうだろうね?」
誤魔化すようにサティアは笑みを浮かべるが、まったく誤魔化せてはいない。
そもそもがあそこに住むという時点で、厄介事を背負うも同然なのだ。
それ以上の何が来たところで不思議はないだろう。
まあそれを理解していながらも、住まないという選択肢がないあたりは和樹達も和樹達ではあるのだが。
「ま、拒否したところで結果は変わらないだろうから、貰えるものは貰っておくが……それってどれぐらいかかるんだ? 元々金を溜めてからのつもりだったから、それなりの時間が必要だとは思っていたが、一から作るとなるとかなりの時間がかかるんじゃないか? 場所も場所だしな」
「そんなにはかからないと思うよ? 多分かかっても三時間ぐらいじゃないかな」
「……三時間?」
さすがにそれは有り得ない時間であった。
確かに建築系のスキルも存在していたはずだし、それを使えばかなり時間の短縮にはなるが、どれだけ極めたところで限度というものがある。
幾ら何でも――
「ギルドには専属の魔法使いがいるからね。彼女の力を借りれば、そのぐらいで済むだろうさ」
「ああ……そういえばそんなチート野郎共がいたな」
「彼女達もキミには言われたくないと思うけどね」
以前にも少し触れたが、この世界には魔法というものが存在している。
では具体的にそれがどんなものかというと……分かりやすく言ってしまうならば、要はチートだ。
望んだ通りの結果を、過程を無視して顕現させる。
つまりは、そういう類のものだ。
まあ和樹が直接的に関わりになることはないだろうから、そういったものがある、という程度の認識で問題はないだろうが。
とりあえず、魔法使いが居るのならば、確かに家は問題なく、しかもその程度の時間で建てることが出来るだろう。
「そしてその方法なら、本来あまり人が近付くべきではないような場所でも問題はない、か」
「彼女もあそこがどんな場所なのかは知っているからね。浄化済みの土地だってことにも、疑問を持つことはないさ」
「面倒事が増えなさそうなら何よりだ」
浄化とは、魔物を寄せ付けないために特殊な結界を張ること、ということに対する正式な名称であり、もう少し詳しく言ってしまうならば、その土地で魔物がリポップしないようにし、且つそこに魔物を近づけないようにするための大規模儀式の総称、というところだ。
人が生きていくためには必須のものではあるが、大規模儀式というだけあって簡単に出来るものではない。
それなりの準備と対価が必要であり、さらには維持するにもそれなりのものが必要だ。
しかもそれは範囲が広くなるほどに増え、そのせいでそれぞれの街や一部の村、主要な街道ぐらいにしか行なうことは出来ないのである。
つまりはそんなものが行なわれている時点で、そこは重要な場所だと言っているも同然なのだ。
普通に家を建てるとなれば沢山の人の出入りが必要となるが、さすがにその全ての人に秘密を守らせるのは無理だろう。
予めそのことを知っている一人のみで建てられるというのならば、それに越したことはないのだ。
あと今回の件で重要になるのは、今述べたことのうち、維持、というところにあったりもする。
要するに――
「俺達がそこに住むのはその維持のためってのもあるんだろ? 折角浄化したのを無駄にするのもアレだし……或いは、また後で再利用するため、か?」
「さて、どうだろうね?」
意味深な笑みを浮かべるサティアに、和樹は溜息を吐き出す。
まあ聞くまでもなく分かっていたことではあるのだが……せめて、自分にはなるべく関わりがないといいなと期待するだけである。
無駄に終わるのだろうということも、理解してはいるのだが。
「ああところで、家を一から魔法で作るってのは分かったんだが、それってどのぐらい融通は利くんだ?」
「というと?」
「そもそも俺達が家を欲しいのは、料理をするためだからな。あとは風呂も欲しいし。それが作れないっていうなら、こっちで何とかする必要があるしな」
「ふむ……料理に風呂、か。正直こっちでは両方とも求める人が珍しいからねぇ……それでも、確実にとは言えないけど、大丈夫だとは思うよ? まあいざとなればそれもこっちが面倒見るよ」
「そうか?」
「家は建てたけど要望は叶えられませんでした、じゃあ片手落ちだし、沽券に関わるからね。ギルド、というよりは、ボクの、だけど」
「さよけ。まあじゃあそこは任せるが、家具の類はどうなるんだ?」
「それも一般的なものは揃えておくかな? とは言ってもベッドとかそういうのぐらいだけど。キミ達がどんなものを欲しているのかはさすがに分からないからね……細かいことは、実際に家が完成してから揃えてもらう、って形になるかな?」
「なるほど……了解だ」
まあ最悪の場合、寝る場所さえ確保出来ていればどうとでもなるだろう。
場所を考えれば、色々なものが必要となった場合、運び込むのは面倒くさそうだが、さすがにそこら辺は我慢するしかあるまい。
「他にも色々と気になることはあるが……ま、そういうことは少しずつ詰めていけばいいか」
「そうだね。さっきも言ったけど、色々な確認作業でそれなりの時間は必要だろうから。多分長ければ二週間ぐらい、かな?」
「二週間、か……」
つまりあの料理をさらに二週間食い続ける必要がある、ということだが、ここまで来たら二週間ぐらいは誤差範囲である。
雪姫にはちょっと厳しいことになってしまうだろうが……そこは我慢してもらうしかない。
その間に金を稼いでおけば、例え何が必要になったとしても大抵の場合は何とかなるだろう。
「ふむ……とりあえずはこんなところか?」
「ボクの方としても、これ以上報告することは特にないかな」
「そうか……」
なら話はこれで終わりとばかりに、和樹は席を立つ。
当然と言うべきか、引きとめるような言葉はなかった。
「もう行ってしまうのは残念だけど、疲れているキミの邪魔をして嫌われたくはないからね。じゃあ、また」
「……ああ。またな」
と、だがそのまま去ろうとしたところで、和樹はふとその足を止めた。
不意に思い出したとでも言うかのように、顔だけを後ろに向け――
「……そういえば、一つだけ聞き忘れてたことがあるんだが」
「何だい?」
「あそこは……本当にゾンビが原因で壊滅したのか?」
「さて……どうだろうね? 生憎と、真実を知る人は、今頃のんびりとお休み中だろうしね」
その言葉に小さく舌打ちを残すと、顔を前方へと向け直す。
そして。
「……ああいや、聞き忘れてたことは、もう一つだけあったか」
「ふむ……二つも聞き忘れることがあるなんて、キミにしては珍しいことだね」
「そうだな……で、だな」
息を一つ吐き出す。
「あのゾンビ達は、本当にアレで終わったのか?」
「ふむ……? そのことはボクよりも、キミの方がよく分かっているんじゃないのかい?」
「そうなんだけどな……」
確かに一匹残らず消滅させた。
周囲の半径十キロ以内にも、残っていないのは確認済みである。
だが。
「最後の手応えが、どうも妙だった気がしてな」
「ふむ……それはボクには分からないことだからね。疲れから来る錯覚という可能性は?」
「確かにあの時点で、既にそれなりの疲れを感じてはいたが……」
何となく、自らの掌を見詰める。
あの時の感覚を思い出そうとするが、どうにも曖昧だ。
記憶が既に曖昧だということではなく、得られた感覚が曖昧だったのである。
手応えがなかったというわけでもなく……しかし。
「……ま、考えたところで分かるものでもない、か」
「まあ、またこっちで何か異変でも掴んだら、知らせるよ。キミなら、それからでもどうとでも出来るだろう?」
答えることはなく、ただ肩を竦める。
出来ればそんな状況にならないことが一番なのだが……さて、どうなるものやら、というところだ。
まあ、サティアが断定することはなかったという、それが答えのような気もしたが、それ以上は何も言うことなく歩き出す。
後ろに向かって軽く手を振りながら、和樹はそのまま立ち去っていくのであった。