人類最強の一角
とりあえず簡単な自己紹介だけは済ませた後で、和樹達は早速とばかりに先へと進んでいた。
別に急ぐ必要があるわけではないのだが、のんびりとする理由もない。
それに、話をするだけであれば、道中でも可能である。
もっとも、すべき話などはあまりなく、精々が互いの情報のすり合わせ程度ではあったが。
「なるほど……つまり僕達の得ている情報に、大した違いはない、というところかな?」
「多分な。まあ、必要な情報を出し渋って依頼を失敗しても仕方ないしな。両方に同じ情報が渡されてるんじゃないか?」
「道理だね」
そう言って頷く優男風の男――マルクの横顔をそれとなく眺めながら、和樹は僅かに目を細めた。
ランク五――人類の最高峰にして、最強の一人。
先ほどの自己紹介を思い出しながら、考えることは何故そのような人物がこんなところにやってきたのか、だ。
状況から考えれば、ただの冒険者が来るとは思っていなかったが……さすがにランク五が来ることは想定外である。
とはいえ、騙りの可能性はないだろう。
幾らなんでもリスクが大きすぎるし、風格は十分にある。
レベルの方も同様であることを考えれば、本当なのだと考えるのが自然だ。
だがとなると、結局のところ何故そのような人物が、という話になる。
今回の依頼は、色々と不明瞭な点が多い。
依頼そのものに関してもだが、討伐対象であるゾンビに対しても、だ。
いや……それでも明らかになっている性質と、万が一のことを考えれば、ランク五が出張ってくるような依頼ではないだろう。
しかもマルク達は、他の街に住んでいる冒険者なのだ。
まあ、あの街には現在ランク五の冒険者はいないから当然なのではあるが……そうなると、尚更何故ということになる。
これがもっと、ゾンビの劣悪さが知れ渡り、状況の拙さが伝わった後なのであれば、分かるのだ。
むしろそういう時こそが、ランク五の出番である。
しかし……。
「ところで、君がどう思っているのかを聞いてもいいかな?」
と、向こうから声を掛けられたのは、そんなことを考えている時のことであった。
仕方なく、そのことは一旦保留とする。
サティアから振られた話である以上、そこまで気にする必要もないのかもしれないが、警戒するに越したことはないだろう。
まあ、とりあえず今は――
「別に構わないが……それは、何についてのことだ?」
「勿論、この先で起こったことについて、だよ」
言葉と共に向けられた視線に倣うように、和樹もまたそちらへと視線を向ける。
今自分達が歩いている場所の先――森の奥へと、だ。
そこに件のゾンビ達が居るはずであり……だが先に述べたように、ゾンビとは理由なく出現するものではない。
だからこの先には、その理由があったのだ。
まあ厳密に言うならば、和樹は何故ゾンビが現れたのか、ということは知らないが、この先で何があったのか、ということは知っている。
それは所謂秘密裏に行なわれていたことであり……しかし、それはやましい事などではない。
少なくともあの街に住んでいる者ならば、それを誇りこそすれ、やましく思うことなどはないだろう。
それは――
「元開拓最前線が、ゾンビに襲われて壊滅したことについて、ってことか?」
「そういうことだね」
公的な発表によれば、未だ開拓は進められていないし、今は準備段階ということになってはいるものの、端的に言ってしまうならばそれは嘘である。
一度秘密裏に進められ、そして、失敗したのだ。
この先には、その際に建築された中継地点とすべき場所が存在していたが、その全てはゾンビの襲撃によって儚くも崩れ去ってしまったのである。
まあこの話は考えるまでもなく色々と怪しいのだが。
とはいえ。
「事実だけを考えれば、多分起こったのはその通りのことだろ? 何でゾンビがそこを襲うことが出来たのかとかの疑問を置いておけば、だけどな」
「なるほど……その事情は、君も聞いてはいない、か」
「というか、ギルドも把握してないんじゃないか? その話を伝えてきたのも、物資を運ぼうとしてた連中だって話だしな」
当たり前の話ではあるが、中継地点とすべき場所に何もしないなどということは有り得ない。
魔物が近寄らなくなる類の結界等を張ってあったはずであり……だからこそ、本来であれば、襲撃などということもまた、有り得ないのだ。
しかし起こってしまった以上は、そこに何らかの要因があった、ということなのだろうが……それを説明することが出来る者が全員死んでしまったとなれば、知る術などが存在しているわけもないのである。
「知ってるけどこっちに隠してるっていう可能性は?」
「なくはないが、それメリットあるのか? そもそも、今回の依頼の目的の一つが、その原因の調査だろ?」
「その通りなんだけど……ああ、いや、ごめん。これも性分かな……どうにも色々と疑っちゃうことが多くてね」
「ああ……まあ、そういうこともあるだろうな」
ランク五という存在は、冒険者でありながらも、時には英雄のような扱いすらもされることがある存在である。
だが一見煌びやかに見えても、その全てがそうだとは限らない。
そこに辿り着くまでには色々とあったのだろうし、それは今も変わらないのだろう。
だからその気持ちも分からないでもないが……今回のことに限って言えば、無用の心配であった。
「無用の心配、か……それを羨ましいって思ってしまうのは、贅沢なことなのかな?」
「さあな? ただ、自分に持っていないものを羨ましがるってのは、よくあることなんじゃないか?」
「なるほど……隣の芝生は青い、だったかな? 確かに、その通りだね」
まあ、色々と気になることがあるのは確かだが、今は考えていたってどうにかなることでもない。
とりあえずは和樹の方も、今の話し合いで心が決まった。
即ち、気にしても仕方ないので好きにやる、である。
つまりは、最初から決めていた通りのことだ。
問題が起こるかもしれないが……その時はその時である。
なに、いざとなれば、ギルドに放り投げてしまえばいいのだ。
ギルドは冒険者の役に立つためにある。
建前とはいえそんなお題目を掲げているのだから、その程度のことをしても罰は当たらないだろう。
まあ、今最も気にしなければならないことは、そんなことではないのだが。
「ところで、話は変わるんだが」
その言葉と共に、和樹は視線を後方へと向けた。
何事かと問われなかったのは、その意味するところが向こうでも理解できているからだろう。
それは――
「なるほど……やはり既成事実が重要、ということですね?」
「結局のところ、それがなければ幾らでも言い逃れが出来てしまうもの。時には強引になることも必要よ?」
「ふむふむ……勉強になります」
「あれはどうにかならんのか?」
それに対する返答は、苦笑であった。
それがどういう意味であるのかは、言うまでもないだろう。
やっぱり無理かと、溜息を吐き出す。
というかあいつらは、こっちが真面目な話をしているというのに一体何をしてるのか。
確かに確認等はこっちでしておくから親交でも深めてろとは言ったが、そんな話をしろとは言っていない。
まあ、そんなことを言ってしまったのが迂闊と言えば、その通りではあるのだが。
そんなことを思っていると、ふと肩を叩かれた。
真横を見てみればそこにはやはり苦笑があり……だがそれが何処か妙に疲れたようなものに見えたのは、おそらく気のせいではないのだろう。
同時に同調するような気配もあり、そっちも大変そうだねと、そんな声が聞こえたような気がしたのも、多分気のせいではない。
同感だったので、こちらも苦笑を返しておいた。
「あれは……まさか……和樹さん、やはりそっちだったんですか!? 私に興味がなさそうだったので、もしかしたらとは思っていましたが……」
「レオンに何の反応もないから違うと思っていたのだけれど……ただタイプじゃないってだけだったの!?」
疲れたような溜息が吐き出されるのを耳にしながら、同意するように頷き、こちらも溜息を吐き出す。
とりあえず、後で説教は必要そうであった。
ただまあ、どうやら言葉は問題なく通じているようなので、そこは一安心というところだろうか。
雪姫がこうして問題なくマルク達とも会話が出来ているのは、もう翻訳を覚えたというわけではなく、和樹が使用した拈華微笑というスキルの効果である。
あくまでも言葉の障害がなくなるのは効果の一つでしかないのだが……とりあえず問題なく作用しているのであれば、問題はないだろう。
ともあれ、そんなことをしている間にも、道行は順調に進んで行く。
まあ、それはそうだろう。
何せ魔物が一匹も出てこないのだ。
順調に進まないわけがない。
「それにしても、順調ですね? もう少し魔物に襲われたりするかと思いましたが」
「ここら辺はまだランク三の魔物しか出てこないはずだからな。あそこまで不機嫌そうに周囲に殺気をばら撒いてたら、寄ってくるよりも先に逃げるだろうさ」
和樹のその言葉に釣られたように、皆の視線が前方へと向く。
自分達より数メートル先を歩く巨漢の男――レオンへと、だ。
この依頼によっぽど不満があるのか、先ほどからああしてそれを隠そうともしていない。
或いは本当にその矛先が向いているのは和樹達になのかもしれないが、どちらであろうとも大した違いはないだろう。
「レオンもこちらにきて皆とお話すればいいのに……まったく、強情っ張りなんだから」
「悪いね。本当は僕達が注意すべきなんだろうけど……」
「まあ、別にこっちに害があるわけでもなく、むしろ敵を退ける結果になってるからな。無駄な戦闘が省けるんなら、それに越したことはないさ」
「そうですね。ただ少し心配なのは、あの態度についイラッときた和樹さんがつい殺ってしまわないか、でしょうか。大丈夫ですか、和樹さん? 一緒に依頼を頑張る仲間なんですから、殺っては駄目ですよ?」
「お前は一体俺を何だと思ってるんだ? 生憎と、ああいった手合いは慣れてるんでな。あの程度のことで今更どうこうする理由がない」
まあ何も感じないということはさすがにないが、それもまた慣れたものだ。
この世界の話ではなく、ゲームの中での話だが……態度という意味であれば大差はない。
何せ高レベルプレイヤーなど、大体半分ぐらいはあんな感じなのだ。
ある程度力を持った者は時に傲慢となりやすく……だが時としてそれがプラスに働くこともある。
勿論マイナスになることも多々あるのだが、外付け良心回路があるようだしその心配はないだろう。
色々な意味で、気にする理由はなかった。
「なるほど……つまり、やはり和樹さんはマゾ、ということですか?」
「何故そうなった? あとやはりってどういうことだ? ちょっとお前とは小一時間ほど俺のことをどう思ってるのか話し合う必要がありそうだな……」
「え、小一時間、ですか? えっと……小一時間で足りるんでしょうか? あの、そういった行為をするのに、大体二時間ぐらいはかかるのが相場だと聞いたことがあるのですが……あ、もしかして和樹さんはそうろ」
「よーしとりあえず黙っとけ」
不用意に不適切な言葉を放ちそうになったやつの頭を上から抑え、それ以上の発言を阻止する。
不満気な視線が向けられたが、それを向けたいのはこちらの方だ。
「くくく……でも確かに、レオンもこっちに来て話をしてみるべきかもしれないね。何せ、こんなに楽しい人達なんだから」
「ふふ、本当にね」
是非とも反論をしたいところであったが、今のやり取りの後では何の説得力もない。
代わりとばかりに、和樹は溜息を吐き出すのであった。