新居を求めて
「ふむ、なるほど……確かにそれは無理だね」
家に関する話をした直後、サティアから帰ってきたのはそんな言葉であった。
しかし和樹としては予想通りだったので、特に驚きはない。
雪姫も事前に和樹から言われていたからか、それほど驚いてはいないようであった。
「まあ、やっぱりか」
「えっと……どうして、ですか?」
だが驚かないということと、疑問を持たないということは別の問題だ。
雪姫の言葉に、サティアはふむと頷く。
「ボクが答える前に、一つ。和樹君はそれに対して、どう思ってるんだい?」
「本来俺は、奴隷を持てる身分ですらないからな。例外的な処置で財産に対する制限が緩んでるとはいえ、さすがに家までは無理だろ」
「うん、ほぼ正解だね。厳密には、家と財産は別の計上がされるからなんだけど……まあ、認識としてはそれで間違ってないかな」
「別の計上、ですか?」
「まあ、さすがに家というのは、財産という形で一纏めにするには色々な意味で大きすぎるからね。財産とはまた別の括りにしている……という、建前さ」
「ああ、やっぱ建前なのか」
「え? なんで、やっぱり、なんですか?」
「家は確かにかなりの財産だが、その程度ならランク四や五になれば稼げるはずだからな」
「さすがにそれは言いすぎかな? 幾らなんでも、そこまで稼げるランク四の冒険者は一握りだよ」
「絶対数から考えれば、一握り居るだけで十分だろ」
それに、ランク五に関しては最初から否定していない。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが――
「で、結局それは、本当はどういう理由によるものなんだ? それが建前ってことは、何かしらのやましい本音があるんだろうが」
「やましい、っていうのとは、少し違うかな? 敢えて言うなら自尊心と……あと、恐怖、ってところだろうね」
「自尊心と恐怖……自分達では家を持てないような人達が、冒険者が家を持つことに反発する、とかいうことでしょうか?」
「……いや、多分そうじゃないな。おそらくは……ああ、そういうことか」
「おや、何か分かったのかい?」
「確信を持ってるわけじゃないが……多分、冒険者が住む家が近くにあったらどう思うかと、それによる効果ってとこだろ?」
その言葉に返答はなかったが、その口元に浮かんでいる笑みが、その答えだろう。
まあ少し考えてみれば分かることであるし、当たり前のことでもあった。
「どう思うかと、効果、ですか?」
「そうだな……魔物で例えてみれば分かりやすいか? 家を買うことが出来る冒険者ってのは、要するに友好的だと分かっている上にギルドがその保証もしてくれてる魔物だ。対して家を買うことが出来ないのは、友好的かすら分からない上に、ギルドからも何の保証もされていない魔物ってことになる」
「後者は普通の魔物なのでは……ああ、いえ、なるほど。一般の人から見た冒険者というものは、そういうものだということですか」
ちなみに、厳密に言うと友好的な魔物という存在は有り得ない。
定義的な問題であり、友好的だと判明した時点で魔物という分類に含まれなくなるからだ。
だがこの世界の一般人からしてみれば、冒険者というのはそういう存在に見えている、ということである。
「まあ、大体そんな感じかな。冒険者が近くに住んでいるとなれば、気が気ではなくなるけど、同時にこれ以上ないほど安全にもなる。何せ冒険者がそこに居るということが分かっていれば、わざわざそんな場所で騒ぎを起こそうとする人なんていないからね」
「それも、その冒険者自身が騒ぎを起こさない上に、何かあったら解決の為に動いてくれれば、だろ?」
「なるほど……別の計上になっているのは、そういう人なのかを判断するため、ですか」
「ギルドとしては、別にそういう意図はない、としか言いようがないけどね」
まあ、ギルドは名目上、全ての冒険者に対して平等でなくてはならない。
例えそれが公然の秘密と化していようとも、堂々と認めるわけにはいかないだろう。
それを考えると、サティアの発言も割とアウト気味なのだが、サティアが今更そんなことを気にするわけがない。
多少言葉を濁したりしているところを見ると、一応多少は気を使っているらしいが。
「ふむふむ……事情は分かりましたが、そうなりますと困りましたね。私達では家を買うことは出来ない、ということですか……」
「いや……多分買うだけなら出来るとは思うけどな」
「……え?」
驚きに視線を向けてくる雪姫に、肩を竦めて返す。
和樹としても確信を持っているわけではないのだが――
「俺は冒険者で、市民ではないから色々と制限を受けてるが、普通の市民であれば制限なんて存在しないはずだからな。まあ、奴隷が普通の市民かが問題だが」
「ふむ……そこに気付いちゃったか。今回はあまりヒントを出してなかったと思うんだけど……もしかして、最初から気付いてた?」
「うっすらと、もしかしたら出来るんじゃないか、程度だけどな」
「うーん、そっかあ……あまり簡単に正解に辿り着かれちゃうと、ちょっと面白味に欠けるんだけどなぁ……」
「別に面白味とか求めてないから気にすんな」
「いや、求めてるのはボクなんだけどね?」
「くたばれ」
と、そんな戯言にもならないようなやり取りを続けていると、ふと視線を感じた。
いや、先ほどからずっと視線は向けられっ放しではあったのだが、その種類が変わった気がするというか、何と言うか。
何事かと隣を見てみれば、こちらに向けられていた目は、ジットリとしたそれであった。
「……可能なら何も見なかったことにしたいところだが、一応聞いておこう。その、如何にも面倒そうなことを今にも振りまきそうな目は、一体なんだ?」
「どんな目ですか。別に私は、二人の仲がよさそうですねと、そんなことを思っているだけですが?」
「どこをどう見たらそう見えるんだ?」
「確かにね。別にボク達は仲がよくなんてないさ。ただちょっと深い関係なだけで、ね」
「おいそこ、無意味に意味深に言うんじゃない。別に何もないだろうが」
「深い関係……くっ、つまり和樹さんの初めては、既に奪われてしまったということですかっ……! ……いえ、ですがどこの初めてなのか次第では、まだ私にも」
「さて、それはどうだろうね? まあ期待を持つことは悪いことじゃないし、止めはしないよ。例えそれが無意味に終わったとしてもね」
「っ……何ということでしょう、私が無駄な時間を浪費してしまっていたせいで……! いえ、まだです、まだきっと何か初めてなものが残って――」
「お前らとりあえず黙っとけ」
口元に浮かぶ笑みから冗談の応酬だと分かってはいるが、だからといって続けていて楽しいものでもない。
いや、そこの二人は楽しいのかもしれないが、和樹としては楽しくないのだ。
というか、何故この二人は揃ったことで相乗効果を発揮しているのか。
僅か数分で一気に疲れが全身に滲み出た気がして、和樹は重い溜息を吐き出した。
「まあ決着は後でつけるとして、今は話を先に進めましょうか」
「そうだね、お楽しみは後にとっておくとしようか」
「で、とりあえず買えるっぽいことは分かったが、まさか何の問題もないってわけじゃないんだろう? というか、そもそもその話をするのはここでいいのか?」
二人から乗ってくれなくて面白くない、とでも言いたげな視線を向けられるが、スルーだ。
乗ったらキリがないし、今はこちらの話が先決である。
いや、こっちが決まったとしても、後でそっちに乗ることはないが。
「ま、真面目に話をするとだね、話としてはここで問題ないよ。ギルドが冒険者への不動産の斡旋もしているってことは、キミも知っているだろう?」
「知ってるから話に来たんだが、厳密には俺への斡旋じゃないだろ? そこはいいのか?」
「こっちも厳密には、冒険者にしか斡旋してないわけじゃないからね。ただ、ギルドには冒険者しか来ないから、結果的に冒険者のみへの斡旋になってるってだけで。まあ、当たり前のことなんだけど」
「冒険者以外でギルドに来るとなれば依頼人ぐらいだろうが、そんな人が家の紹介されても困るだろうしな。まあそれはともかくとして、だ。結局のところ、家を買うにあたってどんな問題があるんだ?」
「おや、ボクは問題があるとは一言も言っていないけれど?」
「白々しいことを。最初にお前が言ったんだろ? 無理だって、な。雪姫が買えば解決する問題なら、あそこまではっきりとは断定しなかったはずだ。違うか?」
「ふむ、なるほど……さすがだね。いや、さすがボク達の仲だ、と言うべきかな? あれだけの言葉で、ここまでしっかりと意図が伝わるんだから」
「や、やはり二人は深い関係に……!?」
「それはもういい。で、どんな問題なんだ? まあ大方俺が住むことに関してだろうが」
裏技じみてはいるが、こんなことは少し考えれば誰だって思いつくようなことだ。
制限がないわけがないし、むしろなければ困る。
「まあ結論を言ってしまえばその通りだね。冒険者は何処に泊まろうと基本自由だけれど、冒険者を泊める方はそうじゃない。ちゃんと専用の許可を取る必要があるし、誰が泊まっているのかをギルドに知らせる義務もある」
「ふむ、そんな決まりがあったのか」
「まあね。基本的に冒険者は知らないし、知らなくていいようなことだけど、あまり冒険者を放任し過ぎると、今度はボク達が怒られちゃうからね。相応の対応はしてるのさ」
「えーと、つまり……この場合、私がその許可を取る必要がある、ということですか?」
「そうなるね。ま、キミの場合は不特定多数の冒険者を泊めるわけじゃないから、少し話が変わってくるけど。いや、キミ達、と言うべきかな?」
「俺も何かする必要がある、と?」
和樹の言葉に、サティアは口元に笑みを浮かべながら頷く。
そして。
「というわけで、キミ達が新居を手に入れるためには、とある依頼を受ける必要があるんだけど……どうする?」
ギルドの受付嬢らしく、そんなことを言ってきたのだった。




