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望みを叶える為に

 念のために周囲を眺めた後で、和樹はもう一度息を吐き出した。

 連戦等の危険性はなく、今の戦闘は快勝。

 何も言うことはなかった。


「どうやら、問題はなさそうだな」

「そうですね……かなり思った通りに動けましたし、問題はなさそうです」

「むしろこっちが自信なくなってくるレベルだったからな。もっともそんなもん最初からないが」


 雪姫は完全に力を使いこなしている様子であったが、一方和樹は逆に碌に使いこなせていない状態である。

 正直どちらが現時点で上かと言えば、間違いなく雪姫となるだろう。

 仮に戦うこととなった場合、百パーセントの確率で和樹が勝つのだとしても、だ。


「私の場合、根本的にレベル差がありすぎて攻撃の全てが通りませんからね」

「逆に俺の場合、範囲攻撃でもぶち込めばいいだけだしな」


 何も考えないでいいのであればそれで終わる。

 攻撃した相手を殺さない、という手加減用のスキルがあるため、雪姫を殺してしまうこともない。

 ただしその場合、周囲に及ぼした影響などから、おそらくは直後にランク五の魔物にでも認定されるだろうが。

 手加減はあくまでも攻撃した相手を殺さない、というだけのスキルであり、周囲の建造物や環境までは考慮してくれたりはしないのだ。


「だからまあ、戦闘そのものの勝敗は別にしても、結果的には俺の負けとなるだろうな」

「例えこの世界の全人類を敵に回したとして、その全てを相手にしても勝てるとしても、ですか?」

「別に魔王になりたいわけじゃないからな」


 それに全人類を敵に回したとして、必ず勝てるという保障もない。

 冒険者や魔物のランクから考えればこの世界の人類の成長限界は低そうではあるが、それも絶対ではないのだ。

 単に理解していないだけなのかもしれないし、それが事実だとしても例外がいるかもしれない。

 例外がいなかったとしても、和樹達以外にも同じ境遇の者がいないとは限らないし、その者が和樹より強く敵に回らないとも言い切れないのである。


「私は絶対に和樹さんの味方でいますよ? 例え魔王になったとしても」

「だからならないっつの。そんな面倒なこと頼まれたってやるか」


 そしてだからこそ、和樹は雪姫に勝てないのだ。

 とりあえず今のところは、であるし、そうであることを切に願うところではあるが。


「さて、では現時点では和樹さんより上の私が、責任持ってこのまま解体もしてしまいますね。戦闘を行ってみた感じ、こちらも問題ないとは思いますが」


 そう言って始められた雪姫の手の動きは、非常に滑らかであった。

 下手をすれば……というか、ほぼ間違いなく和樹のそれよりも上手い。

 まあ、和樹は力の加減に意識を割く必要がある分、当たり前のことではあるのだが。


「それにしても、本当に解体スキルを覚えてたんだな」

「疑ってたんですか?」

「別にそういうわけじゃないが、珍しいからな」


 厳密に言えば、解体スキルの所持者が珍しいというわけではない。

 基本的にあのゲームでも金を稼ぐには魔物を解体し素材を売る必要があったため、解体スキルというのは必須スキルの一つだったのだ。


 だが同時に、絶対に覚えなければならないというわけでもなかった。

 要するに、パーティーメンバーの誰かが覚えていればいいからだ。

 そのため、特に後発の者ほど覚えている者は減っていくのだが……。


「そうらしいですが、私は友人が、いざという時のために覚えておいた方がいい、と言っていたので一応取っておいたんです。まあ……確かに、いざという時に役に立ちましたね」

「その友達様様だな。是非とも礼を言いたいもんだ」

「……そうですね。そのうち会えると思いますから、その時にでも言ってあげてください」


 何となくそうではないかと薄々感づいてはいたが、やはり雪姫の言っていた友達というのは、この世界に来た時に一緒に居た人物らしい。

 別々に逃げたという話だが……最悪――


「そうだな、そうするか。これで一先ず解体に関しては問題なくなりそうだしな……まあ、会う前に俺の方も何とかしたいところではあるが」


 しかしそのことについては、深く考えないことにした。

 そうして気分を悪化させたところで、意味などはないのである。


 まあそれに、復帰組ということは、それなりにレベルも高いはずだ。

 少なくとも雪姫よりは高いのは間違いなく、ならば生き延びている可能性も高い。

 雪姫のようにステータス等が適用されていることに気付いていない可能性もあるが、別に気付いているいないに関わらず、ステータスが適用されていることに変わりはないのだ。

 むしろ下手なところにさえ踏み込んでいなければ、生き延びている可能性の方が余程高いだろう。

 和樹は、割と本気でそのように考えていた。


 楽観的に考えすぎるのは問題だが……これに関してはそれぐらいがちょうどいいだろう。

 ともあれ。


「とりあえず、解体の方終わりましたが……これ、どうしましょう?」

「そうだな、毛皮は……何とも言えないとこだな。さすがに傷つきすぎて買い取り拒否されるかもしれん」

「えっと……もしかして私、やってしまいましたか?」

「いや、一応俺は気付いてたからな。確かに勿体無くはあるが、まあ必要経費ってとこだ。むしろ気にすべきはそれよりも……」


 その場で周囲を見渡す。

 血が飛び散りまくり、濃厚な匂いをばら撒いているそこを、だ。


「どう考えても他の魔物を呼び寄せそうなこれだな」

「……やっぱり私やらかしてませんか?」

「いや、話に聞いた限りでは、普通はこんな感じになるらしいからな」


 普通の冒険者は、和樹のように一撃で頭部を消し去れることはないし、一匹につき六人パーティーで三十分程戦い続けることも珍しくはない。

 その時の状況は、或いはこれより余程酷い事になっているだろう。

 だから問題は――


「普通の冒険者ではない俺達は匂い消しを持ってないってことだな。三十分戦うとは言っても、ちょくちょく匂い消しを使って他の魔物が乱入してこないようにするらしいし」

「つまりは、どっちにしろ駄目だということなのでは?」

「まあ、今に関していえば、そうとも言うな」


 だがだとしても、要はここから移動してしまえばいいだけの話だ。

 しばらくの間はこの周辺は少し危険度が増してしまうかもしれないが、サティアの話ではここは他の冒険者がやってくることはない穴場とのことである。

 ならば和樹達さえ気をつけていれば、何の問題もない。


 本当に他の冒険者がやってこないのかについては、仮に来てしまったとしてもそれは自己責任だし……まあ、心配はないだろう。

 以前にも少し触れたが、ランク三以上の冒険者の数というのは、極端に少ない。

 冒険者の数よりも狩場の方が多いぐらいであり、わざわざ他の狩場に移動するようなことはほとんどないのだ。


 これがランク一や二であれば、逆に狩場の方が――厳密には、魔物を安定して狩れる主要の狩場に限った話だが――少なく、他の冒険者が居て当たり前、というような状況になるのだが……それにしたところで、魔物が狩れないというわけではない。

 要は安定して狩れない人気のない場所に行けばいいのであり、以前までの和樹はそうしていたのだ。


 だがそんな状況でもなければ、わざわざ慣れた狩場から移動する意味は薄い。

 可能性の低いことを考慮して悩む必要はないだろう。


 それに、ここを穴場と言い切ったのはあのサティアだ。

 おそらくはこの場所には他の冒険者は来ないという、何らかの確証があるのだろう。

 それを考えるとあまり良い予感はしないのだが……まあ、今は言っても仕方がないことである。

 ともあれ。


「ま、とはいえ、さすがに肉をこのまま放置するのはアレか。……いらないよな?」

「そうですね……興味がないと言えば嘘になりますが、今はそれより試さなければならないことがありますから」

「了解」


 頷き、だが構えも何も必要はない。

 綺麗に分けられた肉の塊だけを見据えながら、腰の剣の柄を握り――


 ――アクティブスキル、ソードスキル:奥義一閃。


 その場で腕を振り抜き、跡形もなく消し飛ばした。


「……さすが、と言うべきなのでしょうか? というか、こういったことを気軽に出来る人に勝ってると言われても、欠片も実感が沸かないのですが」

「大雑把にこんなことが出来る程度じゃ、自慢にもならんさ。要は自分でも制御できない馬鹿力を振り回してるだけだしな」


 こんなものを自慢するようでは、それこそただの間抜けである。


「さて、と……それで、どうする? 本来の位置は中衛なんだろ? 移動してからになるだろうが、他の距離とかスキルとかも試してみるか?」

「いえ、そもそも最も苦手としているが接近戦ですし、とりあえずは大丈夫かと思います。スキルの使用方法も大体掴めましたし。とはいえ……やはり私は手伝いに徹した方がいいかもしれませんね」

「それはどういう意味でだ?」

「どういうも何も、そのままの意味ですよ? つまりは、魔物を倒すのは和樹さんに任せて、私は解体だけをする、ということです。あ、いえ別に楽をしたいとかそういうことではないのですが……要するに、そちらの方が効率がいいかと思いまして」

「効率っていうと、魔物を倒す効率か? 別に大差ない気がするんだが……」

「いえ、和樹さんであれば、先ほどのマッドベアーが何体いようとも、纏めて一撃で倒すことが出来ますよね? ですが私の場合、おそらく多少の時間が必要かと思います。例え中衛から攻撃をしたところで、私の攻撃の威力が変わるわけでもないですし」

「ああ、そうか……絶対的に火力が足りないのか」

「ですね」


 風系のマジックスキル使いの宿命ではあるが、単純にそれを放つだけであれば、他のスキルの方が火力的には上の場合が多い。

 しかしそもそもの話、中衛に求められるのは火力ではないのだ。

 そういったところから、雪姫はあまり火力のあるスキル構成はしていないのだろう。


「だが確かに俺がメインで動けば数は稼げるだろうが……その場合、確実にやり過ぎるぞ? さっきのも割とやり過ぎではあったが、それでもまだ加減が利いた方だ。下手すると上半身ぐらいは消し飛ぶかもしれん」


 その場合、当然ながら素材の売却値は減ることになる。

 上半身が丸ごとなくなった場合、最悪三分の一程度になってしまうのではないだろうか。


「別に問題はありませんよ。三分の一になってしまうのでしたら、三倍狩ればいいだけですし。和樹さんでしたら、出来ますよね?」


 小首を傾げながら気軽に言ってくれるが、当然そう簡単に出来ることではない。

 というか、普通であればランク四の冒険者だろうと不可能に近いだろう。

 まあ和樹に出来ないとは言っていないが。


「まあ、出来ることは出来るが……そこまでして狩る必要があるのか、という疑問はあるな。後々のことを考えれば、何体か狩った後は、慣れる為にも俺も解体に回った方がよくないか? 狩れる数も得られる金も減るが、生活していくには十分ではあるだろうしな」

「いえ、駄目です。生活するのに十分、では足りません。具体的には、お金が、ですが」

「金が足りない……? なんか欲しいものでもあるのか? ……ああ、もしかして、自分を買い戻すための金か?」


 奴隷になった者全てが自分の意思でそこに堕ちたわけではないし、当然のように奴隷のままでい続けたいと思っているわけでもない。

 故に、奴隷というのは金さえ払えば自分を買い戻すことが出来るのだ。


 奴隷にはそれを可能とする権利があるし、主人にはそのための金を払う義務がある。

 奴隷だからといって、ただ働きというわけではないのだ。

 ただし幾ら支払われるかは主人次第ではあるので、本当に買い戻すことが可能かどうかは、それこそ主人次第ではあるが。


 ちなみに、買い戻すために必要な額は、自身が売られた金額の十倍と決まっている。

 雪姫は金貨十枚で和樹が買ったということになっているので、金貨百枚が必要ということだが……実のところ、これは本当に支払う必要はない。

 要は、主人がそれを支払われたと認めればいいだけのことだからである。


「だから別に俺としてはいつ解放してもいいんだが、とりあえず最低限翻訳は必須だしな。一応それを覚えるまでは責任持って面倒を見る気でいるんだが……」

「いえ、そもそも解放とかされる予定もつもりもないのでどうでもいいのですが……というよりも、今のままでは十分な生活を送ることが出来ない、と言うべきでしょうか?」

「十分な生活を送れない? 何かまだ必要なものとかあったか?」

「……もしかしたらとは思っていましたが、本当に気付いていなかったんですね」

「何がだ?」

「では問いますが、和樹さんは昨日私に、一生自分の為に料理を作ってくれと言いましたよね?」

「そんなことを言った記憶はないが、料理を作って欲しいとは言ったな」

「私もそのことに異存はありません。ですが……どうやって、何処で料理を作るのですか?」

「何処でって、そりゃあ……あー、そうか」


 一瞬宿屋の厨房で、という思考が過ぎるが、そもそもあの宿に厨房などとはあっただろうか?

 ない……はずだ。

 一階部分が酒場にでもなってる宿であれば或いは、ということではあるが、生憎とあの宿はそうなっていない。

 となると……。


「……素材とかを持ってって、どっかの店の厨房だけを借りる、とか?」

「貸してくれると思いますか?」

「無理だろうな……」


 自分で言っておきながらなんだが、そんなことは元の世界でだって無理だろう。

 だがそうなると――


「ふむ……なるほど。完全に頭から抜けてたな」

「つまりそういうわけで、さらにどこかで料理の出来るような場所を探すしかないわけですが……あるかも分からない上に、正直に言ってしまえば無駄です。というか、そもそもどう考えても宿に泊まるという時点で無駄です。私は未だにこの世界での物価を正確に理解しているとは言い難いですが、それでも宿に泊まるのにあれだけの金額を払うのが間違っていることだけは分かります」


 ぐうの音も出ない正論であった。

 実際のところ必要だから泊まりそれだけの金額を払っているわけだが、無駄か否かで問われたら間違いなく無駄だろう。


 とはいえ、そんなことは宿に泊まっている者全員が分かっていることである。

 分かってはいるが、どうしようもないのだ。


「だが現状、どうしようもないのも事実だろう?」

「そうですね。ですから、数日程度は諦めます。その上で、その間にしっかりとお金を溜めるんです。そして、買うんです」

「買う? 何をだ?」

「勿論、家を、です。拠点を、です。新婚用の新居を、です」


 最後の戯言は聞き流しつつ、それでも提案そのものは真面目に考える。

 とはいえ、結論を下すのに大して時間は必要ない。

 悪くない話であった。

 あった、が――


「確かに、それはありだな」

「ですよね?」

「が……無理だな」

「無理……ですか? 確かに、かなりのお金が必要だとは思いますが、先ほど言ったやり方であれば、かなりのペースで溜まると思いますが」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 確かに家を買うことが出来れば、かなりの利点となるだろう。

 宿代を払う必要はないし、風呂も料理も自由だ。

 それに、雪姫と同じベッドで寝る必要もなくなる。


 まあそれが単純に利点のみに分類されるかは議論の余地があるところだが、一先ずはどうでもいい話だ。

 少なくとも、様々な点からいって、圧倒的に利点が上回るのは事実である。

 どれだけ金がかかろうとも、後々のことを考えれば手に入れるべきものだ。


 だがそれを理解しながらも、無理なものは無理なのである。


「ふむ……とはいえまあ、一応ギルドに行って話を聞くだけ聞いてみるのも悪くはないか? 俺の知らないことがある可能性もあるし」

「ギルド、ですか?」

「ああ。冒険者に家の斡旋を行なってるのは主にギルドだからな」

「……ギルドって本当に何でもやってるんですね?」

「というよりは、ギルドがやらなくちゃならなくなった、というのが本当のところらしいけどな。一般人は冒険者と交渉なんてしたくないだろうし」

「なるほど……」

「ま、だがギルドに行くにしても、後で、だな。さすがにこの程度の戦果で行くわけにもいかんし」

「そうですね……分かりました。では、家に関しては、ギルドに行ってから、ということで」

「ああ。ギルドに行けば、俺が無理だって言った理由もちゃんと説明してくれるだろうしな」


 別に今和樹が話してしまってもいいのだが、和樹とて何でもかんでも知っているわけではない。

 正確な情報を知るには、やはり本業の者に聞くべきだろう。

 ともあれ。


 一先ず今は、今やるべきこと――冒険者の本分とも言うべきそれを果たすために、和樹は雪姫を伴いつつ、その場から歩き出すのであった。

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