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少女と戦闘

 確かに、和樹が解体することに拘る必要はなかった。

 この場には雪姫が居て、解体スキルも持っているというのだ。

 雪姫もまた和樹と同じように、力の加減が上手くいかずに消し飛んでしまう可能性もあったが、試してみる価値はある。

 だが。


「……いいのか? 多分、思ってる以上にきついぞ?」

「まあ、物は試しですし。本当に駄目そうだったら言いますから、大丈夫ですよ」


 そう言って微笑みを浮かべる雪姫は、見た感じ無理をしている様子はなかった。

 とはいえまだ一日の付き合いだ。

 細かい機微などが分かるわけもなく……しかし、本人がやると言っているのだから、あまり無理に止めようとするのも違うだろう。

 身分の上としては雪姫は奴隷だが、和樹はそう扱うつもりはないのである。


 まあもっとも、ただ解体するのを試す、というだけならば、和樹としても、一度任せてみよう、と気軽に思ったに違いない。

 だがそう思うことが出来ないのは――


「だが、別に戦う必要まではないんじゃないか?」

「確かに解体を試すだけでしたらそうですが、私がどれぐらい戦えるのかも一応知っておく必要がありますから。いざという時がないとも限りませんし、力の加減が上手くいくかどうかも、それで大体分かると思いますし」


 そう、雪姫は解体するだけではなく、実際に自分もマッドベアーと戦ってみると言い出したのだ。

 確かに和樹の見た限りでは、雪姫でも問題ないとは思うが……これはゲームではなく現実であり、雪姫はこれが初戦なのである。

 せめてホーンラビットと戦ってみてから、と思ってしまうのは、和樹が過保護なだけなのだろうか?


「何事も物は試し、です。試してみなければ、駄目なのかどうかすらも分からないではないですか」

「そりゃそうだが……そうやって気軽に試せるようなことじゃないってのが、一番の問題なんだがな」

「気軽に試せることですよ? だって、例え危ない目にあったとしても、和樹さんが助けてくれるんでしょう?」


 それはいつもの悪ふざけではなく、真剣で、信頼の篭った言葉であった。

 その言葉と同じように真っ直ぐに向けられる視線に、和樹はつい顔を逸らしてしまう。

 たった一日共に過ごしただけで、何故そこまでとは思わなくもないが……諦めたように、和樹は一つ息を吐き出した。

 そんなものを向けられておいて知らない振りをできるほど、和樹の神経は太くは出来ていないのである。


「なるべく期待には沿えるように頑張るが、あまり離れるなよ? さすがに限度ってもんがあるからな」

「分かりました。一時足りともお傍を離れません」

「……誰が隙間もないほどにピッタリと寄り添えと言った。邪魔だから離れろ」

「離れるなと言ったり離れろと言ったり……もう、和樹さんは我侭ですね」


 やれやれです、とでも言いたげな様子に何かを言い返そうかとも思ったが、無駄にしか思えなかったので、代わりとばかりに溜息を吐き出す。

 そして、とっとと始めてしまうことにした。


 ここまできたら、もう心配するだけ無駄だろう。

 それに確かに、万が一のことが起こっても、和樹が何とかすればいいのである。

 ならば、何の問題もない。

 そう開き直ってしまえば、かなり気は楽になった。


「それじゃ、やるか」

「そうですね」


 先ほどまでのやり取りなどなかったかの如く、間髪入れずに頷きが帰ってきたが、それを横目で眺めるだけでやはり何も言わずに溜息を吐き出す。

 そもそも、考えてみたらこんなことをしている暇などはないはずなのだ。

 或いは、余裕と言うべきなのかもいれないが……まあ、どちらであろうとも変わりはないだろう。

 もっとも、この世界の常識に則って考えた場合、の話ではあるが。


 そんな二人の下へ、緩慢にすら見える動きで、のっそりと一体の魔物が姿を現した。

 強者の余裕か、焦るでも急ぐでもなくそれは二人のことをゆっくりと眺め……雪姫もまたそれをゆっくりと見上げ、僅かに首を傾げる。


「ふむふむ、なるほど……改めて眺めてみますと、確かに外見は初心者殺しそっくりですね」

「だな。まあというかそもそもどっちも見た目は熊そのものだしな。体毛の色がちょっとアレだが」

「そうですね……何を考えてこんな色をしているんでしょうか?」

「いや、別にそいつが自分の色を決めてるわけじゃないだろうけどな」


 ランク三の魔物を目の前にして、ランク一の冒険者とその奴隷は暢気な言葉を交わす。

 この世界の住人からすれば、正気を疑うどころか自殺願望者だと断言されるような光景ではあるが……まあ、二人にしてみれば関係のないことだ。


 とはいえ、和樹はともかく雪姫はもう少し緊張してもいいような気がするのだが……それだけ和樹を信頼しているということだろうか。

 本当にどうしてここまで、とは思うものの、疑問の代わりに、小さく息を吐き出す。

 そしてそんな和樹の横から、少女は無造作に一歩を踏み出した。


「さて、それではちょっといってきますね」


 そう言って進むその足取りは、まるで買い物にでも行くかのように気軽なものだ。

 そのまま変わらずに進み続け――マッドベアーの攻撃圏内に入った瞬間、それの腕が振り上げられた。


 だがそれでもやはり、雪姫は慌てず騒がず急がない。

 ただその口をゆっくり開くと、自身へと向かってくる腕に視線を固定したまま、その言葉を吐き出した。


「――ウインドカッター」


 直後、腕が宙を舞った。

 勿論雪姫のではなく、マッドベアーの、だが。


 一瞬の間。

 相手は何が起こったのか分からなかったのか、即座に動くことはなく……しかし。


『ヴォォォォオオオオオオ!』


 それごと塗り潰すかの如く、咆哮と共に逆の腕が薙ぎ払われた。

 それは正確に、雪姫の頭部へと向けられ――だがその時には既に、雪姫の頭はその場にない。

 ほんの僅かに後ろ。

 一歩分下がったことでそれは空を切り、ただ風圧だけを巻き起こす。


 前髪一本すらも奪われることのなかった雪姫は、風に前髪を僅かに靡かせつつ、お返しとばかりに右腕を持ち上げる。

 指を開き、掌をマッドベアーへと向け――


「――ウインドカッター」


 先の言葉と同じものが紡がれた瞬間、それの胴の斜めの傷が入り、鮮血が舞った。


『ヴォォォォオオオオオオ!』


 怒りからか痛みからか、再度咆哮が放たれ、巨椀が振り下ろされるが、やはり寸前のところで地を蹴った身体が、それを文字通り紙一重のところでやり過ごす。

 ふむふむと頷くと、満足したようにその口元が緩められた。


「もう少し慣れる必要があるかとも思いましたが、意外と思った通りに動けますね。攻撃の強弱も、大体狙った通りに出来るみたいですし」


 そしてそんな雪姫の姿を眺め、和樹は、むぅ、と唸るように頷く。

 今の動きもそうだが――


「マジックスキル……それも風系か。割と珍しいタイプだな」


 マジックスキルというのは、要するに魔法のようなものだ。

 厳密には魔術系スキルというものであり、魔法とは明確に異なるのだが……効果から似たようなものであるし、とりあえずの認識としてはそれで問題ないだろう。


 もっとも、マジックスキルと一纏めにはされているものの、実際にそこに属しているスキルはそこからさらに細分化することが出来る。

 幾つかその方法はあるのだが、中でも最も一般的なのはやはり属性別といったものだろう。

 即ち、炎や水、雷や氷、などといったものだ。

 基本的にマジックスキルを覚える場合は、幾つかの理由により特定の属性のものだけを覚えることになるのだが……雪姫のそれは風であったらしい。

 メジャーではあるのだが、実際に覚えるとなると割と珍しい属性である。


「そうみたいですね。最初に私が風系のマジックスキルを覚えることに決めた時、友達にもそう言われました」

「個人的には、マジックスキルの中ではバランスの取れてる悪くない属性だとは思うんだが……まあ、正直な話器用貧乏でもあるからな」


 例えば、炎や雷は攻撃重視のものが多く、水や氷は補助重視、土など防御重視であるのに対し、風はその全てをバランスよく覚えることが出来る。

 故にある意味では万能とも呼べるのだが……そもそもの話、一人で何でも出来る必要などはないのだ。


 それに関しては、この世界の冒険者のそれとも似通っていると言えるかもしれない。

 和樹達のプレイしていたゲームのジャンルは、VRMMO――仮想現実大規模多人数オンライン。

 かつては2Dグラフィックで表示されていた頃からそうであるように、大規模多人数同時参加型、などと銘打たれているように、元々多人数で互いに協力し合うことが前提とされているのだ。

 だから一人で何でも出来るよりは、むしろ特化している方が望ましい。

 中途半端にしか出来ないのであれば、高火力でありそれしか出来ない方がいいのである。


 だからこそ、風系はあまり人気がなかったと、そういうわけだ。


「それに最終的には、バフとデバフを掛け合いながらの殴り合いになるしな」

「まあ、さすがにそこまでやりこむつもりはなかったですし。それに、私の目指す方向に最も適していると思ったのがこれだったので」

「ふむ……全距離対応か?」

「いえ、さすがにそこまでは。勿論それが出来るのが一番でしたが……本来の私は、中距離型です」

「なるほど。中衛でバフとデバフをばら撒きつつ、状況に応じて接近戦をしたり後方から援護をしたりとか、そういった感じか?」

「ですね。まあ、そういうのを目指していた途中、という方が正確ですが」


 などと雑談を交えてはいるが、別に戦闘が終了したというわけではない。

 先ほどから何度も豪腕が空気を揺るがし、地面を抉り取っているが、それを問題とはしていないだけなのだ。

 当たれば多少の意味はあるかもしれないが、生憎と雪姫はマゾではないし、仮にその素養があったとしても、わざわざ熊相手にそれが発揮されることはないだろう。

 意識は半ば後方に向いていようとも、視線はそれから外れることはなく、時に手を用いて言葉を紡ぎ、的確に傷を与えていく。


 そしてそんな光景を眺めていながら、いつまでも心配しているほど、和樹は心配性というわけではなかった。


『ヴォォォォオオオオオオ!!!』


 苛立ちも混じったのか、一際大きな咆哮が響き……だが、やはり無意味だ。

 振り下ろされた腕を掻い潜り、その胸に十字となるような傷が与えられる。


「ふむ……それにしても、ふと思ったんだが、もし雪姫が氷系のマジックスキル覚えてたら、わざわざ魔物退治とかやらずに済んだかもな」

「あまりに唐突過ぎて何故そういった思考に至ったのかが分からないんですが……どういうことですか?」

「いや、ぶっちゃけ暇だから、どうやったら楽に金を稼ぐことが出来るかを考えてたんだが……氷が作れればかき氷が作れるだろう? それを売れば割といけるんじゃないかと思ってな」


 何せ原価は非常に安く済ませることが可能だ。

 特に氷に至っては、ただである。

 勿論仮に作ろうとしたところで簡単に出来るものではないだろうが……。


「そもそも氷をあんな風に削ることがまず出来るんですか?」

「いや、そこは、アレだ……気合?」

「疑問系で言われても困るのですが」

「まあ、スキルを色々と試していけば意外と出来そうな気もする。それなりに色々なスキル持ってるしな」

「スキルを考えた人達も、まさかカキ氷を作るために試行錯誤されるとは思わなかったでしょうね」

「実際にはしないから問題ない。それに、あいつら割と適当に作ってたから特に気にしない気もするしな。それよりも、最大の難関はやっぱりシロップだろうな」


 何せ味は思い浮かぶというのに原料がまるで分からない。

 というか、そもそもブルーハワイが何味なのかが分からない。


「ブルーハワイは一先ず置いておきまして、基本的にそれぞれの果汁とかなのではないでしょうか? そうでなかったとしても、果汁で代用出来そうな気がしますが」

「まあ、香料の部分に関してはそうなんだろうけどな。カキ氷のシロップは全部味は同じらしいから、それがどうなってるのかが問題だ」

「え……そうだったんですか?」

「らしいぞ? 違うのは基本色と匂いで、それで錯覚を起こしてるんだとかいう話だ」


 まあ知っていてもクソの役にも立たない雑学である。

 特に異世界ともなれば尚更だ。


「ふむ……錬金あたりで何とかならんかね?」

「錬金ってそんな便利スキルでしたっけ?」

「違うが、レシピさえあれば結構何でもありだったからな。オリジナルレシピってことで頑張れば意外といけるかもしれん。まあ問題は俺が錬金を持ってないってことだが」

「私も持っていないので駄目ですね。……私の友達ならば、確か持っていたはずなんですが」

「あん? 錬金持ってたって……生産職だったのか?」


 錬金スキルとは、レシピと素材を揃える事で特定のアイテムを生成するためのスキルだ。

 ただし生成されるものは、基本的に他の生産系のスキルでしか使われないものなため、生産職の者しか取らないようなスキルなのである。


「いえ、主に後衛でしたが、戦闘系です。ただ、スキル所持数が変更になる前からやっていたらしいんですが、色々と面白そうなスキルを手当たり次第に取っていたらしくて……」

「あー、まあ、よくあったパターンだな。というか俺もそうだったし、何人かはそのせいで止めた知り合いも居たな」

「実際その友達も、そのことと、私生活の事情などもあって、そのまま一旦は止めてしまったらしいです。ですが、ふとまたやる気になったとかで……というか、その時ついでに彼女に誘われたことで私もあのゲームを始めることになったわけですが」

「出戻り組か……珍しくはあるが、聞かない話でもないか。それにそういったことなら、確かに錬金持っててもおかしくないな」

「まあ、結局は意味のない話ですが」


 それは二重三重の意味でだろう。


「というか、仮に作れたとしても、売れるんですか?」

「売れると思うぞ? まあ俺もまだ半年しかこの世界に居ない上にこの街しか知らないから断言は出来ないが……色々な店を見て回ったが、デザートの類は存在してなかったしな。というか、そもそも料理自体があまり発展してない気がする」

「……確かにそれは、少し思ったことですね。香辛料などの類もあまり見かけませんでしたし」

「或いはこの街では、ってだけの可能性はあるが、それはそれでここで売る分には関係ないしな」

「ふむふむ、確かに一考の余地はありそうですね……まあ、そもそも私のマジックスキルが氷の時点でどうしようもないんですが」

「だよなぁ」


 そんな雑談を続けつつも……気が付けば、マッドベアーの咆哮もほとんど聞かなくなってきた。

 戦闘は変わらずに続いているのだが、単純にそれだけの体力が既に残されていないのだろう。

 ちらりとそちらに視線を向けてみれば、身体中の至る所に傷があり、まさに血塗れといった有様であった。


「ここまで来るといっそ可哀想になってくるというか……傍目にはいたぶってるだけにしか見えんな」

「いえ、確かにその通りなのは分かっているのですが……もう少し私に気を使っていただけないでしょうか? 私も好きでこんなことをしているわけじゃないんですが」

「そりゃ分かってるけどな。というか、そろそろいいんじゃないか? 接近戦に関してはもう大体のところを理解しただろ?」

「まあ、確かにそうですね。それに、あまりこういったことを続けていると、和樹さんに引かれてしまいそうですし」


 その言葉に和樹は答えず、ただ肩を竦めた。

 そういうのが趣味だというのであればともかく、状況を考えれば十分仕方ないと言える範囲だろう。

 グロいことになっているのは、事実だが。

 ともあれ。


『ヴォォォォオオオオオオ!』


 止めを刺しに来たということが分かるのか、最後の力を振り絞るように、マッドベアーが吼えた。

 向かってくる雪姫に向けて一歩を踏み出し、その勢いを加え全体重が乗せられた振り下ろされ――


「――ウインドカッター」


 ――一閃。


 気合だけで現実を変えることは出来ず、それは人であろうと魔物であろうと変わることはない。

 故に。

 僅かに揺らぐ大気は違うことなく、その頭部を刎ね飛ばした。


 鮮血を噴き出しながら、ゆっくりと地面に倒れていくその姿を、雪姫はジッと見つめ、そんな雪姫のことを和樹はただ眺める。

 そして。

 小さな地響きが起こった瞬間、二つの溜息が重なったのであった。

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[気になる点] 私のマジックスキルが氷の時点でどうしようもない 風ですよね。
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