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見知らぬ場所へ

 向かう場所は違えども、街から出る場所は同じだ。

 いつも通りの城門から、外へと踏み出す。

 雪姫がポツリと言葉を零したのは、そんな時のことであった。


「街の外は、こうなっていたんですね……」

「ん? 見たことなかったのか?」

「はい。私はこの街には、馬車で来ましたから」

「あー、確かに他の人に連れられてきたんなら、徒歩で来るわけがない、か」


 そもそも歩いて街に来れる人間など、それこそ冒険者ぐらいのものである。

 理由は単純であり、街と街とを結ぶ街道上でも、魔物に襲われることはあるからだ。

 そのほとんどはランク一の魔物とはいえ、普通はどんなランクだろうとも魔物と遭う事はほぼ死を意味している。

 その確率をわざわざ増やす上に、逃走がほぼ不可能となってしまう徒歩で移動するような物好きなど、普通はいないだろう。


 別に和樹は物好きだからそうしたというわけではないが。


「ということは、和樹さんは違ったんですか?」

「俺はステータスが適用されてることも、スキルが使えることも早いうちに気付くことが出来たからな。普通に魔物を倒しながらここまで来た」


 最初に来た街がここであったのは、果たして運がよかったのか悪かったのか……多分、どちらかと言うならばよかったのだろう。

 どの街に行ったところで結局は冒険者になるしか道はなかっただろうが、今の状況はこの街ならばこそ、だ。

 普通の街での冒険者の扱いは、これよりも遥かに悪いと聞いている。


「これで、ですか……? 買い物をすると随分ぼったくられているように見えますし、先ほども門から外に出るのにかなりアレな目で見られていましたが」

「俺も話に聞いただけだから正確には分からないが、もっと露骨に嫌がらせされたりもするらしいからな。金を払えばちゃんと品が出てくるだけマシ、とかサティアは言ってたな」

「ちゃんと品が出てこなかったら、詐欺になる気がするんですが……?」

「善良な一般市民と、市民ですらない冒険者、どっちの言い分を信じるのかとか、そういう話になるらしい。そしてそこで力に訴えれば、ギルドに通報されて冒険者の資格を剥奪されて野垂れ死に、だとさ」

「……本格的に嫌われてるんですね」

「その話を聞いた時、心底この街に来てよかったと思ったからな」


 そんな会話を交わしながら、街から遠ざかっていく。

 途中、一瞬だけ和樹が足を止めたのは、街から最寄の狩場の近くを通り過ぎたからである。


 そこで狩りをしていたのは、昨日の少年達とは違う者達だ。

 六人パーティーであり、かなり手際よくホーンラビットを倒していることからも手馴れていることが分かる。

 何となく見覚えがあるような気がするので、多分いつもこの狩場を利用している者達なのだろう。

 昨日は偶然休みの日だったとか、そんな感じだったというところか。


 そんな日にここを取れたあの少年達は、果たして運が良かったのか、悪かったのか。

 とりあえずちゃんと治療もしたから、あの後も問題はないとは思うが――


「和樹さん? どうかしましたか?」

「ん、いや、悪い。何でもない」


 彼らがこの後どうするのかなど、和樹には関係のないことだ。

 軽く頭を振ると、すぐにその場から視線を外した。


 そうして歩き続け、二時間ほどが経っただろうか。

 草原ばかりが続いていた景色に、ようやく変化が現れだした。

 視界の奥に、はっきりとした緑が見え始めたのである。


「あれが、目印の森、でしょうか?」

「だな。あの森を越えたあたりがランク四の魔物が出るようになる境目って話だし、大体ここら辺か?」


 その場に立ち止まって周囲を見回してみれば、ポツリポツリと幾つかの影が見えた。

 人ではない――魔物だ。

 未だ遠いためはっきりとは見えないが、何となく赤いようにも見える。

 それが合っているとするならば、ここがサティアの指定した狩場とみて間違いないだろう。


「確か倒すべき魔物は、マッドベアーという名前、でしたか?」

「ああ、真っ赤な体毛を持つ熊って話だが……何となく、アレを思い出すな」

「あ、やっぱり和樹さんもそう思いましたか?」

「まあ、知ってるやつなら大体同じことを思うんじゃないか? 姿形や戦闘方法も聞いたが、どう考えても初心者殺しそのものだったしな」


 初心者殺しというのは、魔物の名前ではなく、通称だ。

 ただしこの世界のではなく、和樹達のプレイしていたゲームに出てきた魔物の、ではあるが。


 その名前がそう呼ばれていた所以は、そのまま初心者がよくそれに殺される、云わば最初の壁である魔物だったからだ。

 和樹も最初の頃はよく殺されたものであり……しかしかといって、その魔物が特別な何かをしてくるというわけでもない。

 ブレスを吐くわけでもなければ、初見殺しじみたスキルを放ってくるわけでもなく、単に硬く、素早く、痛い……防御力と敏捷力と攻撃力が高いという、要するにただ単純に強い魔物だったのである。


 だがだからこその、初心者殺しだ。

 最初の内は何も考えず、ただ敵を攻撃していればよかったのに、そこら辺を境にして、色々なことを考えなければならなくなる。

 そういう意味では、壁であると同時に、ちょうどいい練習相手だったとも言えた。


 そしてサティアから聞いた、和樹達が狩るのに手頃だろうと思われる魔物――マッドベアーの特徴が、まさにそのままであり……おそらくは、そういう意味でも手頃だということなのだろう。

 ホーンラビットは幾ら何でも弱すぎる。

 色々試すにしても、せめてこのぐらいでなければ意味がないという、そういうことだ。


「ま、とりあえず早速試してみるか」


 何にせよ、一度戦ってみなければ色々と分からないことが多すぎる。

 適当に相手を決めると、気軽にそちらに向かって一歩を踏み出した。


「えっと、大丈夫なんですか? 仮に強さの方も初心者殺しと同じだとしても……」

「ん? ああ、まあ、確かにゲームじゃなく実際に戦うとなると色々と勝手も違ってくるが……ま、一応これでも半年ほどは魔物と戦ってるんでな。そこで安心して見といてくれ」


 ゲームと現実が違うことなど、百も承知だ。

 ゲームと違って怪我をすれば遥かに痛いし、死んでしまったら復活も出来ない。

 和樹がホーンラビットとばかり戦っていたのは、正直なるべくそういうことを避けるためでもあったのだが……さすがにいい加減、そんなことを言ってばかりもいられないだろう。


 それに和樹にもまあ、たまにはいい格好をしたいという思いもあるのだ。

 故に。


「さて、と」


 小さく呟いた瞬間、思い切り地を蹴った。


 瞬時に身体が加速し、遠くにしか見えていなかった影との距離が一気に近付く。

 真っ赤な熊の姿をはっきりと目で捉え、間違えていなかったことを安堵するのも束の間、次なる一歩でさらにその距離が近付いた。


 しかしそこで少しまずいかもしれないと思ったのは、移動速度が思った以上のものであったからだ。

 思い切りとはいえ、全力にはほど遠いのだが……どうやらそれでも、今の自分には速過ぎるらしい。


 だがここで速度を落とせば間抜けにも程があるだろう。

 とはいえこのままだと、勢いが付きすぎて通り過ぎてしまう可能性だってある。

 と、なれば――


「いっそやりすぎた方がマシ、か」


 勿論速度をこれ以上上げたところで、状況が悪化するだけだ。

 だから手を加えるべきところはそこではなく――


 ――アクティブスキル、サポートスキル:忍び足。

 ――アクティブスキル、サポートスキル:隠遁。

 ――アクティブスキル、サポートスキル:影纏い。

 ――アクティブスキル、サポートスキル:気配遮断。

 ――アクティブスキル、ソードスキル:霞朧。


 踏み込んだ瞬間、景色が切り替わった。


 それは文字通りの意味であり、少なくとも和樹にはそうとしか認識することは出来ないようなものだ。

 視界に映っている光景が、直前までのそれとまったく異なるものになっているのだから、そうとしか言いようはないだろう。


 しかしそれでも思考に混乱が生じなかったのは、そのことは事前に予想済みであったからだ。

 ついでに言うならば、現状がどういったものであるのかも、理解している。


 だからこそ、眼前に赤色の背中があることにも、そこに向けて右腕を振るっていることにも驚くことはなく、次の行動への一瞬に迷いが生じることもない。


 ――割り込み:スキルキャンセル。

 ――アクティブスキル、サポートスキル:振り直し。

 ――アクティブスキル、サポートスキル:一意専心。

 ――アクティブスキル、ソードスキル:奥義一閃。


 それの首に触れた腕が、一瞬の抵抗を置き去りにし、そのまま反対側へと振り抜かれた。


 おそらくは相手は何が起こったのかすら理解することはなかっただろう。

 その暇すらも与えることはなかった。

 そのことを証明するかの如く、既に遺体と化したそれは、それでもしばらくの間そのまま佇み……やがて、思い出したかのようにゆっくりと倒れこみ、周囲に小さな地響きを立てる。

 そして。

 首から上が消滅したそれを見下ろしながら、溜息を吐き出すと、和樹はその場で頭を抱えた。







「いや、違うんだ」

「何がですか?」

「確かにここまで来たらやりすぎた方がいいんじゃないか、とかは思ったが、ここまでやろうと思ったわけじゃない」

「ですが、結果は結果ですよね?」

「……まあ、そうなんだけどな」


 雪姫から視線を外しつつ、和樹は溜息を吐き出した。

 何のことかと言えば、当然のように眼下に存在している魔物の死体のことである。


 いっそやりすぎた方がいいんじゃないかと思ってスキルを無駄なまでに使用した結果がこれであり、だがそれ自体は上手くいったのだ。

 無様に通り過ぎてしまうようなことはなく、魔物を倒すことは出来た。

 少なくとも魔物を倒すということだけを考えれば、これ以上はない成果だと言えるだろう。


 しかし問題は、その頭部が文字通りの意味で消失してしまっていることだ。

 和樹達はここに魔物を討伐にしにきたとはいえ、その目的は素材の剥ぎ取りにこそある。

 頭部がなくなってしまえば、毛皮としての価値は半分以下となってしまい、さらには牙すらも回収できなくなってしまうのだ。

 爪は問題なく取れるだろうが、完品状態から考えれば、換金額は半額程度になってしまうだろう。

 それだけでも今までの稼ぎからすると遥かに上等なのだが……まあ、事実だけを言ってしまえば、間違いなく失敗であった。


「まあとはいえ、実際には私はそれほど気にしてはいないんですが。むしろ、それよりも驚いたというのが正直な感想です」

「驚いた……? そんな驚くようなことあったか?」

「いえ、今の挙動は誰が見ても驚くことだと思いますが……」


 雪姫の言葉に、和樹は首を傾げた。

 冗談でも何でもなく、雪姫が何に驚いているのかが分からなかったのである。


「そう言われても、使ったスキルは初級から中級レベルってとこだし、別に珍しくもないだろ? ああいや、奥義一閃だけは別だが、あそこは何使ったところで大差なかっただろうし」

「私は翻訳を使えないので、スキルの同時使用という時点で珍しいのですが……というか、そういえば和樹さんのレベルを聞いていませんでしたが、幾つなんですか?」

「ん? カンスト済みだが?」

「……エクストラスキルを使用できる時点で私より遥かに高いだろうとは思っていましたが、廃人じゃないですか」

「いやいや、ただのカンストだぞ? 廃人ってのは限界突破してるようなやつらのことだろ」

「一般人からすれば、どちらも大差ありません」

「俺達からするとまったく違うんだがなぁ……」


 そもそも和樹がレベルをカンストしてるのは、ただの最初期からずっと続けているが故だ。

 後から初めて上限突破してるような者達も知っているため、和樹は自分のことを廃人だとは思っていないのである。


「まあそれはともかく、とりあえず解体だけでもしておくか。この調子だと、ランク三でもあんま耐久力に差はないっぽいから、注意してやらんとまた消し飛ばしそうだが」

「……解体ってそういうものでしたっけ?」

「ゲームと現実では色々違うってことだ。少なくとも俺は、ホーンラビットを解体すると九割方跡形もなく消し飛ぶぞ?」

「それはどう考えても和樹さんがおかしいだけな気がしますが?」

「ま、そうなんだろうけどな。ステータスが高すぎた弊害か、どうにもこの世界に来てから力の加減とかが上手くいかなくてな」

「その割には、普通に生活出来てたように見えましたが?」

「日常生活を送る分には、な。戦闘とかになると駄目らしい。ま、だがずっとそういうわけにもいかないからな。こうして少しずつ慣れていくしかないってことだ」


 言いながら、腰から引き抜いたナイフを振り下ろす。

 瞬間、腕に嫌な感触が伝わるも、既に慣れたものだ。

 構わず動かし続け――


「ああ、別に見てなくてもいいぞ? 見てて気分がいいもんでもないだろうしな」

「いえ、大丈夫です。手伝うと言ったのは私ですし……それに、こういうものは女の人の方が慣れている、と言うじゃないですか」


 それは血に限定した話であって、別にグロい光景に耐性があるわけじゃないだろう、と思ったが、下手に口を出すとセクハラになる気がしたので、和樹は黙ってただ腕を動かしていく。

 まあこの世界にセクハラなどという言葉は存在しないとは思うが、これから少なくない時間を共に過ごすことになるのだ。

 気を使って使いすぎるということはないだろう。


「ところで、それってスキルを使っているんですよね?」

「さすがに俺も元の世界では屠殺の経験はなければ知識もないからな。ああ、勿論ゲームの中では別だが」

「ふむふむ……ということは、私もやろうと思えば、そうやってスムーズに解体が出来る、ということでしょうか?」

「解体スキルは持ってるんだよな?」

「はい」

「なら出来るだろうな。まあやってて面白いもんでもないが」

「そうですか? 見てる分には、結構面白そうに見えますが」

「どうにもこの感触が慣れないと言うかな……肉を捌いてるのと変わらないはずなんだが、どうにも、な」

「なるほど……」


 そんなことを言っている間に、毛皮を剥ぎ終わった。

 今までホーンラビットしか解体したことがないため、もう少し手間取るかとも思ったものの、そんなことはなかったようだ。

 スキル様様といったところである。

 そのまま解体を続ければ、そこに残されたのは、かつてマッドベアーであったものの爪と毛皮、そして肉のみであった。


「さて……さすがに元が元だけあって嵩張りそうだな」

「大きかったですしね。三メートルぐらいはあったでしょうか?」

「もう少し小さかった気もするが、まあそんなもんだな。丁寧に折り畳んで……一人三つも持てれば十分か?」

「三つって……そんなに持てますか? これ一つで限界な気もしますが……」

「ん? ああ、肉は持ってかないぞ? ランク三の肉ともなればそこそこ美味いって話だし、換金額もそこそこにはなるが、大きさとかを考えると割りに合わないからな。持ってくのは毛皮と爪だけだ」

「そうなんですか……勿体無いですし、少し悪い気もします」

「まあな。アイテムボックスが使えれば何の問題もないんだが……ま、使えないもののことを言ってても仕方ないしな」

「……そうですね。ところで、この肉はこのまま置いておくんですか?」

「いや、それやると匂いに釣られて余計な魔物が集まることがあるからな。この場で処分するのが基本だ」

「処分、ですか……?」

「ああ。普通は匂い消しを蒔いた後で地面に埋めるんだが……面倒くさいしこれでいいだろう」


 右手に持ったままのナイフを、再度その肉へと振り下ろす。

 そのまま肉を続けて解体するように――だが、ほんの少しだけ余分な力を加えてやればいい。

 瞬間、響いたのは轟音ではなく、小さな音だ。

 言葉に直せば、ポシュンと、そんなものだろうか。

 それだけで、そこにあった巨大な肉は、跡形もなく消滅した。


「……え? 今の、どうやったんですか? スキルとか使っていませんでしたよね?」

「いや、使ってたぞ? 解体スキルだけどな。言っただろ? 注意しないと消し飛ぶ、って」

「消し飛ぶって、こういうことですか……」

「こういうことだ。ちなみにさっきの解体も、何気なく危ないことが何度かあったぞ?」


 軽い感じで言っているが、実際のところは軽い問題ではない。

 何せ消し飛ばしてしまった時の損失がホーンラビットの比ではないのだ。

 しかもマッドベアーのリポップ間隔はホーンラビットのそれよりも長く、また生息個体そのものが少ない。

 気軽に消し飛ばしていいものではなく……だがそもそもの話、別にホーンラビットの時だって和樹は気軽に消し飛ばしていたわけではないのだ。

 幾ら注意したところで注意しきれるものではなく、開き直りと言われようとも、ある程度仕方ないと割り切っていくしかないのである。


「いえ、そうとも限りませんよ?」

「ん? どういうことだ? この問題はもう気長にやってくしかないんじゃないかと思ってるんだが……何か方法がある、と?」

「和樹さんの力の加減が利かない、という問題は確かに気長にやっていくしかなさそうですが、解体に関してならば他に方法があります」

「ほう……どんなだ?」


 和樹の問いかけに、雪姫は一呼吸置いた。

 そして。


「簡単な話です。私が解体すればいいんですよ」


 笑みを浮かべながら、そんなことを言ったのだった。

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