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第五章 どうせ全てを失うならば貴方に全部奪われたい

雪月花の城、二階にある医務室。 赤で統一された屋敷の中で、唯一白で統一されたその世界は、前回入った際には清らかで、人を救う場所であるという感覚を与えたが、今は死のにおいが俺の鼻をからかうようにくすぐっていく。

……死神というものがいるとしたら、それは恐らくこんな感覚の事を言うのだろう


それは、懐かしくもおぞましい純粋な恐怖と死の予感であり、久々にその感覚を思い出し、俺は今までこんな世界に身を置いていたのかと唇をかみしめる。


「脈拍、微弱……心肺機能もいつ止まるか分からない危険な状況っさ」

カザミネはそう呟き、悔しそうな表情を浮かべる。

「なんでだよ、傷口はもう塞がってんだろ!?」

「落ち着け長山」

「これが落ち着いてられっかよ!?石田さんがやられたんだぜ?あの石田さんが!?桜ちゃんにとっては親も同然で、誰よりも長く、桜ちゃんと一緒にいた石田さんが死にかけてるんだぞ!? ……いまどれだけ辛いか分からねえか」

「分かっているさ」

「……じゃあ何でそんなに落ち着いてられんだよ!?」

長山は取り乱して俺にそう怒鳴る。

「……俺は、目の前で父親を仮身に殺されている」

「……っあ……」

長山はそのセリフに、小さく言葉を漏らして言葉を詰まらせる。

「……取り乱して状況が好転するなら、いくらでも慌てふためくさ」

「……」

長山は黙り込んで瞳を閉じ。

「!?」

自分の顔を拳で殴る。

「……」

鈍い音が響き、数滴赤い液体が長山の腕をつたい。

「ワリイな深紅。目が覚めたわ……」

そう一言つぶやいて長山は髪の毛をガシガシとかきむしって反省をする。

「……そうだよな、今一番つらいのは桜ちゃんだよな」

……長山は拳についた血液を舐めて苦笑いを浮かべる。

どうやらいつもの調子に戻ったらしく、バツの悪そうな顔をして舌を出し、カザミネに話しかける。

「……見苦しいところを見せちゃったな、カザミネちゃん。話を続けてくれ。

 どうして石田さんの傷口は全部塞いだはずなのに、心肺機能に異常をきたしてるんだ?」

「……」

長山の問いにカザミネは少しだけ難しい表情をして。

苦虫を口の中に放り込まれたかのように声のトーンを落としてゆっくりと続きを噛み始める。

「……石田さんは、心臓病を患っているっさ……しかも重度の」

「……」

一瞬、俺達はそれが石田さんの事だと理解することが出来ず、ただ何も言えずに、沈黙を生み出した。

「え?」

一泊間を開けて、タイミングであったが、それほど彼には似つかわしくない単語が、そこから飛び出してきたのだ。

「……心臓病って、どういうことだ?」

「……うん。多分四年前くらいからっさね、この進行具合を見ると……石田さんは今、狭心症を患ってるっさ。 だってのに、医者にもかからないで生活をしたんさねぇ、いつ倒れてもおかしくない状況だったっていうのに、今回の一件で体全体に負荷をかけ過ぎて一気にぶつん……そのせいで心臓がボロボロになってるっさ」

カザミネ顔をしかめ、眉を吊り上げて石田さんの腕に点滴を打つ。

「……桜の為に、ずっと心臓の事を隠してたのか?」

「……そういうことさね、私も気づかなかったくらいっさ

もはや意地だけで体を動かしてたんだろうね?自分の主に尽くすために」

「本当に……騎士の鏡だな……」

「何言ってるっさ、患者としては問題児さね」

呆れたようにカザミネはため息を漏らし、慣れた手つきで傷口に包帯を巻き始める。

「それにしても、術式って奴はすごいもんさね?あれだけの傷がたったの数分で治ってしまうんだから」

「……治ったわけじゃない。細胞の壊れた部分をつなぎ合わせて、血を止めただけだ動かせばすぐに傷は開く」

まぁ、医療を極めたエキスパートなら、本当に三日で腹部に空いた穴を治してしまう奴もいるが、そんな人間はそうそうそこら辺には転がっていない。

「……石田さんは、そのなんだ、助かるよな?カザミネちゃん?」

長山は心配そうな表情を隠そうと笑みを浮かべながらカザミネに声をかけると、

彼女は自信たっぷりに笑って。

「……治せないなら、最初から助けようとなんてしないっさ」

「……」

カザミネは力強く俺に笑いかけ、俺の背中を軽く叩く。

「?」

「君は、桜のところに行くさね……今の桜を支えられるのは、君しかいないんさ」

「……なんでだ?俺よりも、お前たちの方がよっぽど話術には長けて……」

「つべこべ言わずにさっさと行くっさ!」

「……了解」

カザミネの剣幕に、逃げるように俺は病室を出る。

白い世界から一転して、赤の世界が俺を包む。

……少しだけ香る甘い部屋の香り。消毒液の臭いが充満した部屋から出て来ただろうか、かぎ慣れたアロマの臭いが、何故だか優しく感じる。

「……」

なんだか、自分だけが死人みたいだ。

そんな感想を抱きながら、俺は桜の部屋の前に立つ。

手を伸ばして、部屋の扉を三回ノック


返事が返ってきたら、中に入って、桜といつものようにくだらない会話をする。

とても簡単で、単純な動作。

だというのに俺は、何故だか扉の前でノックをためらっている。

「……」

一体何を話せばいい?一体俺がどんな言葉を投げかけられる。ゼペットと言う巨大な敵を目の当たりにし、一瞬だけちらついた希望も、最愛の家族を失いかけるという絶望へと変わった。

カザミネは俺しか桜を支えられないと言ったが、俺に本当に桜を支えられることが出来るのだろうか?

そう考えると

俺は桜に触れる勇気がなかった。

あのゼペットと戦うことも、それで死ぬことにもためらうことなく恐れずに立ち向かえるというのに、今は目前の少女と話すことが怖いとは……本当におかしな話だが、それでも俺は、前のようなに桜が泣く姿は決して見たくはなかった。


だが……

「何もしないのは……さらに傷つける結果になるか」

やれやれとため息を突いて、俺は一つ深く息を吸い込み、ドアを開けた。

ノックに意味はない。なぜなら、桜が何をしているかは分かっている。

「……シンくん」

大きな窓。雪を叩きつけられながらも、しきりに森の風景を映し出す窓際に、桜はいつものように立ち、外を見つめている。

彼女は何か落ち込んでいるときは、あの窓から外を見ている。

そして、俺が中に入ると、今みたいに悲しそうな表情をして振り返るんだ。

「……石田は?」

小さく桜は漏らす。

「……今カザミネが見ている。……容体はあまり芳しくないようだ」

「そう……」

桜は一度顔の影を濃くし、ふらふらとした足取りで、書類の積まれた机の元まで歩き。

「……?」

書類を一気に、両手で床にばら撒いた。

木材が床に落ちるような音がし、紙のこすれる乾いた音が部屋中に響く。

「桜!?」

今まで桜が書き続けていた書類。契約書……彼女をずっと縛り続けた、彼女の存在理由が雪崩のように崩れ落ちて行き、神の書類は桜の感情に呼応するかのように、部屋の中を舞う……。

やがて、机の上はばら撒くものがなくなり、すべて床に四散する……。

それを桜は拾い上げ……乱暴に一枚一枚破り捨てていく……。

「桜!? 落ち着け!」

その中で桜は、狂ったように書類をばらまき、機械のように書類を破き続ける。

その姿は自分で自分の体を傷つけている様と酷似しており、一枚紙を破くごとに、桜の命が削れているような気がして……。

「やめろ、 やめるんだ桜!」

俺は思わず、その行動を後ろから両手をつかんで停止させる。

「こんなものが……あるから!?」

「え?」

「こんなものがあるからいけないんだよ!」

桜は俺の腕の中でもがきながらそう叫ぶ。

「私は……普通に生きたかっただけなのに!!お金なんていらないのに!本当は……本当はお父さんと石田と三人で普通に暮らしたかっただけなのに!どうして?!どうしてこうなるの!? 何でよ……なんで……そんな願いもかなえられないの?」

「……桜!」

桜の眼には、俺の姿は映らず、己の不幸に対してひたすらに呪いを吐き続ける。

「殺したいなら殺しなさいよ!?もう二週間しか生きられないんだから!殺して、お金でも土地でもなんでも奪ってよ!!」

その絶叫に近い呪いのあと……桜の力は弱まり、俺はゆっくりとその腕を離すと、

桜はその場に座り込んでうつむく。

その表情に光は無く……。 本当に、悲しい顔をしていた。

「……なんで、なんでみんなを傷つけるの?どうして私じゃなくて、みんなが傷つくのよ。分からないよ……どうして? どうして!!」

「……」

「私のせいで、もう誰も傷ついてほしくない……」

その言葉を、俺は唯々立ち尽くして聞くことしかできなかった。

かける言葉も、どうすることもできず……彼女の姿を間抜けな姿で……見守ることしかできず……俺は唇を噛んだ。

「……はぁ……はぁ……はぁ……けほっ……」

暴れ疲れたのか、桜は苦しそうに息を切らし急に静寂がその場を支配し始める。

部屋の中にあるのは、桜の悲痛な叫びの残響めいたものと、嗚咽を漏らしている桜のみ。

この一ヶ月……桜は精神的負担がかかる出来事が多すぎた……。人生が壊されたと言っても過言ではない程……彼女の運命は揺さぶられ、そして、音を立てて崩れ落ちていった。

気丈に振舞っていたが、彼女の精神的負担は限界に近い。

短期間で父親を失い、命を何度も狙われ、そして今度は心の支えであった石田さんまで失いかけている。

結局……俺が守るなどと言って、俺は桜の心を守ることは出来ていなかったのだ。

「……シンくん」

「なんだ?」

ふと桜は、地面を見つめたまま、どこか次長めいた明るい声の調子で俺に声をかける。

「……君の正義は……人の命の数を尊重するんだよね?」

それは、確認するというよりも……懇願するような質問で……。

「あぁ……誰かの命が複数の命を堂がいても消すことになった時、俺はそれを排除してお複数の命を救う……そんな汚れ役を背負うのが俺だ」

俺はどうして……こんな返答をしてしまったのだろうと後悔をした。


……だって、今の説明じゃまるで……お前を殺すと言っているようなものだから……。

「……なら、私を殺して?」

数式の答えを導き出すように、桜はうつむいたまま無機質にそう呟く。

「……な」

何を言っている。 

そう俺は言うことができない。

だって、桜が言ったことは、当たり前の事だから。

自分が今現在説明をして……それに自分の状況をあてはめただけの簡単な答えだったから。

俺は、その理由を頭で理解してしまっていた……。

「ゼペットを殺したとしても、私は二週間後に死ぬ。 もし私が逃げても村人が死ぬ。どっちにしても正義にはならないよ」

「……」

「今の状況で正義はたった一つ。私を殺すこと。そうすれば、君は正義の味方でいられる」

「……俺の仕事はお前を」

「死ぬのは二週間後!!今死んだって同じことだよ!」

「……っ!?」

「あなたには、まだ未来がある!……今ここで湾曲したら……君はもう、不知火真紅じゃいられなくなる……」

「そんなことはありえない。俺は正義の味方だ。それを一度も曲げたことはない。いや、これからも間違えたりはしない!」

「無理だよ」

「……なんだと?」

「だって今ここで私を殺さなかったら正義じゃないのに……君は今 嫌だって言った」

そう……嫌だ。 

その時点でこの時点で俺の言い分は全て瓦解していた


だがそんなことはどうでもよかった。 嘘でも偽善でもいい。

唯、桜を思いとどまらせる言葉を……俺は子供の屁理屈のように並べ続ける。

「……まだゼペットを殺すと決まったわけじゃない」

「殺さずに制する? 無理だよ、私だってばかじゃない。手加減をして勝てる相手じゃないことぐらい分かる!」

「そんな事、やってみなければ分からない」

「やらなくても分かる!君はただ、現実から目をそむけているだけ……」

「そういうお前は、生きることから逃げているだけだ!」

「私は……君を守りたいだけ!」

「ふざけるな!お前を殺すことなんて……できるわけないだろ!」

「シンくん!……お願い。 私……君の人生を壊したくない」

「壊されてなんかいない……。ゼペットを殺さず退け、任務を遂行してみせる」

「ううん……私を殺さないと、君の人生は完全に壊れちゃう」

桜は泣きそうな表情で笑顔を作り、懇願するように俺の顔を見上げてくる。

初めてであった時に感じた……今にも壊れそうな笑顔。

……あぁ、やっぱり彼女はこんなにも繊細で、壊れやすいんだ……。

「私は君にいろんなものをもらったよ。映画も見れたし、雪合戦もできた。

君がいてくれたから……この三週間は、君に出会うまでの人生全部よりも幸せだった」

桜は笑顔を無理して作るが

その表情は寂しそうで、立ち上がって俺にそう告げる。まるで、最後の言葉を告げるかのようだった。

「……やめろ……そんな最後みたいな事……」

言葉が詰まる。 心臓が凍てつき、思考は一つに絞られる。

どうしたら、桜を生かせるだろう。

ただそれだけが、頭の中を駆け巡る。

本当は理解していた、自分が正義をつらぬくには、ここで桜を殺さなければいけないことを……だが、それでも俺は、桜だけは殺せない……。

自分がおかしいことは理解している。今まで多くの人を殺し、正義を実行してきたくせに、まだ何十年も生きていられたはずの人間をより多くの命の為と殺してきたくせに、余命一週間の少女を殺せないということがどれだけ矛盾しているか……頭の中では理解している。

しかし、たとえ正義を捨てることになると分かっていても、俺は彼女を守りたいと思ってしまっている。

「……そんな事、できるわけないだろ」

本当に矛盾している。……本当に最低だ……。

今まで殺してきた人間の死を、すべて無駄死ににして、それでもいいと思っている。

「……シンくん」

桜は散ってしまいそうな表情のまま、俺の胸に頬を充てる。

「ごめんね……ごめんね……でも、君じゃなきゃ嫌だ……」

涙は見せないが、きっと桜は泣いている。

体の震えは収まらずに、俺の肌から伝わってくる。 体温は氷のように冷たく……今にも消えてしまいそうだ。

「……なんで……お前が死ななきゃいけないんだよ」

そのセリフに……そっと桜は顔を上げて微笑む。


その笑顔はまるで天使のようで……。 

泣きそうな顔を必死で隠す桜の姿を見ていられなくて……。


だから。


「それが、私の生み出された理由だから」

そんなセリフはとても……我慢できなかった。


「ふざけるなよ……生きる理由なんて、他人から与えられるものじゃない、自分で見つけるもんだ!!」

「……うん。それは君に教えてもらった」

「じゃあ」

なんでそれを実行しない……。

そう口を開きかけると、桜はそっと俺の言葉を遮るように首を振り。

「……だから、自分で見つけたんだよ?」

桜はそうしっかりとした瞳で俺を見つめ……そっと胸から離れる。

よほど動揺していたのか……自分の懐にあった重みがなくなったことに気がついたのは、桜が手に持っているものを見た後だった。

「!?おい、桜!」

その手には、クローバーが握られていた。

細い腕には似合わない銀色の銃身は、オレンジ色の明かりに照らされて金色に光り輝く。


命を奪い続け、俺とともにあったその銀色の銃は、彼女の意志に呼応するかのように……自然に、彼女の手に収まっている。


「あなたが正義の味方であることを……私は守りたい」

少し前、桜が口にしていた決意。

あの時は何を言っているかは分からなかったが、今彼女が何をしようとしているのか十分に理解できる。


「君が決して絶望しないように……君が悪にならないように、私の命を持って、君の正義

を証明する。それが、私自身が見つけた嘘も偽りもない本当の生きる理由で……死ぬ理由

どうせ全部失うなら、誰でもない、貴方に全てを奪われたい」

「……なんだよそれ」

なんで……なんでお前はそんなに笑ってられるんだ?

……どうしてお前は、そう簡単に命を諦められるんだ……。


本当なら……俺なんかよりもお前の方が幸せにならなきゃいけないのに……。

こんな人殺しなんかより、お前の方が未来を受け取らなきゃいけないはずなのに……。

どうして……、お前はそんなにも……美しく生き続けるんだ……。


桜の心情なんて理解できない……何を考えて、何を感じているのかなんて知りたくもない。

例え、正しいことを言ってるのだとしても、何の矛盾もない合理的なことを言っているのだとしても絶対に理解なんてしてやるものか。


今俺の考えることは一つだけ……彼女の言葉を否定したい。

そんな子供の我がままのような思考だけが、頭の中を駆け巡る。

桜を殺さないで、正義を実行する方法を見つけたくて……しきりに頭を回転させて思案する。

だが……そんなもの思いつくはずがない。


だから俺は……疲れた表情で微笑んで手渡してくる桜を殺す物を……拒むことなんてできなかった。

「……どうせ死ぬなら君の手で、君の為に死にたい。誰にも束縛されず……君の腕の中で永遠に眠りたい………うん。私は 私の意志で君を守りたいの」

それが、最初で最後の、冬月桜の願いだから。

最後に桜はそうつけたし、自分の額をクローバーの銃口にあて、瞳を閉じる。


「信じて……シンくん。 君は、誰よりも正義の味方だよ」

桜は俺の背中を押す。

決して自分のせいで俺が悪になってしまわないように。

自分の命が短いにも関わらず……誰よりも生きていたいはずの彼女は……。誰よりもこれから幸せにならなければいけないはずの彼女は……俺の為に死のうとしている。

「お願い」

懇願するように……桜は俺の瞳をそっと見つめる。


俺は……。

「……できるわけ……ない」

「え?」

「出来るわけないだろ!!」

俺は、クローバーを床に投げ捨てて、空いた腕で……今度は桜をしっかりと抱きしめる。

「し……シンくん?」

「なんで……お前はすぐに自分の命を簡単に諦めようとする!!……なんで俺なんかの為に自分の人生を捧げられる!!」

「……だって、どうせ死んじゃうんだよ?どんなに頑張ったってどんなに苦しんだって、結局は全部意味なく終わる……たった後十四日……三百三十六時間ぽっちの為に……もう誰かが傷つくのなんて見たくないよ!!」

泣き出しそうな声で、桜は俺の腕の中でもがく……。

「もう疲れたよ……どうせ死ぬなら、私は誰かを救って死にたい……胸を張って、笑って死にたいよ」

腕の中で桜はしきりに叫ぶ。

どうせ死ぬなら、その死に意味が欲しいと……桜はそう望んでいる。

だが、俺はそれが気に食わなかった。

「死なせはしない」

「え?」

桜は、おれのその言葉に耳を疑ったように顔を上げる。

「……え?な……何言ってるの?ありえない事」

「……覚えているか? さっきのゼペットのセリフ。……お前の寿命を延ばせると言ったあの言葉が本当なら、まだお前は生きていられる!」

「……あんなセリフ信じるの? ……それに、先に手を出したのはこっち……仮に本当だとしても」

「だが可能性はある!!もし駄目なら、その時は勝手に死ね……だけどな……最後まであきらめんじゃねぇ!!」

「……」

その言葉に桜は黙り込む。

俺はその時、正義なんてものも、冷静な判断だなんて言葉も頭から消えていた。

ただひたすらに、彼女を守りたかった。

彼女の悲しい運命を変えてやりたかった。

そして……俺はずっと桜と一緒に居たかったんだ。


あぁ……単純な話だったんだ。 俺は、こんなにも桜に惚れていたんだ。

自分のすべてを投げ打ったとしても……俺は彼女を守りたい。

そう思えるほど……俺は桜に焦がれていた……。

……迷いがないと言われれば、それは嘘になる。

きっと俺は……正義を実行できなくなれば、結局は自らに刃を突き絶えるだろう。

……この感情は、自分を殺すことになる。

それが分かっていながら、俺は桜を殺すことなんて死んでもできなかったんだ。

「……」

長い沈黙……その間、俺は桜の心臓の音を聞いていた。

静かで……弱々しい音。 今にも止まってしまいそうに弱い鼓動が……俺に触れてから少しずつ、早くそして強くなって行く。

……そして。

「君を信じてもいい?」

桜はそっと呟いた。

「……ああ」

お互いに涙はない、泣くのは、全部終わってから。

まだ……絶望するには早すぎる。 だから、泣く時はうれしい涙を流させてほしい。

俺はそう、柄にもなく祈った。

「……シンくん……一つ聞いていいかな?」

「なんだ?」


桜は一瞬だけ間を取って、小さく息を吸う。

その間は一瞬だったにも関わらず、数分に感じられ。


「シンくん……一生私の傍にいてくれますか?」

……それは、二週間後までということか……それともこれからもずっとということか。

はたまた両方か……。


しかし、答えがどれであるにせよ、答えは決まっている。

「……ずっと。お前の傍にいる」

それは誓いとは程遠い願望。

……だけど、そんな物は些末な問題に感じられる。

今は唯、ここに桜がいる。

それだけで十分だった。

「……っ……」

俺は桜の肩を持ち胸から引き離し、そっと桜の青い瞳を見つめる。

そこにはもう、絶望した瞳はなく。

子犬のように怯えたようにも、少し困ったようにも見える顔をして、頬を赤く染めている少女の姿があった。

「……シンくん」

透き通る瞳に、俺の姿が写りこんでいる。

「……」

桜はそっと、瞳を閉じる。

少し表情は硬かったが、それが拒絶ではないことは十分に伝わった。

桜の唇が、俺の眼に映り、ゆっくりと距離を縮めていく。

「……桜……あ」

「石田さんの容体が安定したぜん!?深紅!桜ちゃん!」

「わっふう!?」

「っんな!?」

突然の訪問者に、桜と俺は扉が開くよりも早く、お互いを突き飛ばす。

「おい!石田さんの容体が安定したってよ!もう安心だぜ!?」

中に入ってきたのは長山だった。

よっぽどうれしかったのだろう、隣の部屋からやってきたというのに、その息は切れており、興奮したように肩を上下させ、その眼からは少し涙がにじんでいる。

「そ……そうか」

「そ……それは良かったわ」

「え?あれどったの二人とも、何かあったのか?」

「どうしたって、何がかな?かな?」

「いや、どう見ても二人ともその立ち方不自然だし」

「気のせいだ」

「……お前らなんか隠してねえか?」

「と……とりあえず、石田がもう大丈夫なら、様子を見に行ってあげなきゃね!?」

「ん?……あ、ああ、そうだな桜。行ってやれ」

「う……うん。じゃあ行ってくるよ」

自分でも丸わかりな動揺のまま、三文芝居を打ち、俺は出ていく桜を見送る。

「はぁ~」

大きく息を吐いて、俺は桜のベッドの上に腰を掛ける。

「……どうしたんだお前?本当はなんかあったんじゃねえか?」

「……心臓が三つなくなった」

「すごいなお前、心臓のスペアがあるのか……一個俺にくれ」

「……ムリ」


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