第五章 最後の疾走
昔々の話……。 男はひたすらに人を殺した。
何度も何度も人を殺して……いつの間にか死神と呼ばれるようになり……さらに人を殺すことが多くなった。
誰の為かと聞かれれば……彼は愛国心と答えた……。そう、彼はその身をすべて国に捧げ、国の為に人を殺し続けた。
真の愛国者。
その言葉が似合う人間が……彼以外に誰がいるだろうか?
それほどまでに彼は国を愛し……そして、国を守っていた。
祖国……アメリカ合衆国を。
だが……彼はその力を振るい国につくし過ぎた……。
何も文句も言わず、どんな激戦区だろうと死地だろうと顔色一つ変えずに承諾し、傷一つ負わずに涼しい顔をして任務を完了して帰ってくる。
彼をよく知らない人々は……次第に彼を恐れ始めた。
彼は、本当に死を嗜好する殺人鬼なのだと。
……そうして、愛国者は……国に捨てられた。
ロシアでの任務中の仲間による襲撃……それは紛れもない国の裏切り行為であり……そして同時に、彼は一度そこで死に絶えた……。
銃弾が入り乱れる中、彼は逃げた……。
死から逃れるためではなく……間違っても仲間を傷つけないために。
愛国者は、仲間に裏切られながらも……決して仲間を傷つけないように逃走し、全身に銃弾を浴びた。
◆
……今でもその光景を覚えている。
白い雪……吹き荒れる吹雪に……失われかけた視界。
寒くて、悲しくて……。
何度も何度も自分に問いかけた。
何が間違っていたのだろう?
何がいけなかったのだろう?
それだけがただ、頭の中を渦巻いて……私はとうとう力尽きた。
体は動かず……血は止まらない。
国に忠を尽くし、ただ機械のように任務を遂行した……。
それが国の為であり……アメリカ合衆国を守ることだと思っていたから……。
それの何がいけなかったのだろうか?
答えは出なかった……。
ただ、私は捨てられたのだという事実だけが……私を包み込んだ。
足音が聞こえる……どうやら追いつかれたようだ……。
本当に……つまらない人生だった……。
このまま私は、仲間に裏切られて死ぬ。
だけどなぜだろうか? どうしても、国を恨むことが出来ない……。
本当に……私は悲しい人間だ。
「……」
足音が止まった……。
と……同時に、あれだけ降り続いていた雪が……ぱったりと止んだ。
そして。
「……おじいちゃん……大丈夫?」
女の子の声が響き、その温かい手が、私に触れた。
「……ん?」
瞼を少しだけ開けて……ぼやけた視界でその声の主を視る……。
ぼやけた視界の中でもくっきりと映る白銀の髪……。
そこに居たのは……小さな少女だった。
まるで天使のような容貌に……聖女のような微笑み……。
血にまみれた私の体を恐れることなく……少女はそっと……私に自分の首にかけていたストールをかけてくれた。
「……桜……何をしている」
「あ……お父さん。えと……おじいちゃんが」
「……む? お前」
なんだ……見たことのある森だと思ったら……ここだったのか。
一度私は運命のようなものを感じて……内心で苦笑をする。
そして私は……桜様に拾われた……。
◆
懐かしい記憶をよみがえらせ……死神はひたすらに疾駆する。
その速度は神速であり、ゼペットは我 覇王 也を起動していてもそれを完璧にとらえることは不可能であった。
「ぬぅ!」
「はぁああああ!」
怒号とともに、石田は下段から顎へと一撃を放つ
「っく!?」
しかし、ゼペットにその一撃が通るよりも少し早く、術式の影がちらつき、あごが砕ける音と同時に一つ術式により生まれた亡霊が姿を消す……。
「っち」
ゼペットのその術式は全て攻防一体……ゼペットの死の代わりを、死した亡霊がその身をもって代替する。
この亡霊たちは、ゼペットの力を増幅させる刃であり、同時に鎧でもあるのだ。
「ならば……その鎧をすべて引きはがすのみです!」
石田は身をひるがえし、少しだけ間合いを取る。
敵の数は数百……。一体0,5秒として……五十秒の全力疾走……。
あまりにも短く石田にとってその程度の疾走はなんの足かせにもならない。
が。
「……耐えてくださいね」
石田は一度自らの心臓をなで、トンファーを握り直す。
「この術式は、死したものをこの身に纏わせる邪法……故に、術式の領域を超えた神秘を体現できる。 ……この戦友一人一人が我が仲間であり、その一人一人の五感をすべて共有している!つまり、我に死角はなく、この者たちにも死角はない……単純に軍隊を相手にするよりもタチが悪いと思え!」
ゼペットは高らかに笑いながら拳を構え、自らの軍隊を誇示する……。
だが、死神にとってそんなことはどうでもよかった……。
問題なのはそれが殺せるものなのか殺せないものなのかという一点……。
だが、その疑問も先の一撃で吹き飛んだ。
ゼペットは無傷であったが、先の一撃で確実に亡霊は顎を砕かれ死んだ。
つまり殺せると言うことだ。
「はぁ……」
息を一つ抜き、 死神は身をかがめる。
「ぬ?」
疾走の時間は十秒。
最大速度は音速を超え、自らが一つの誘導弾となる。
………………全神経を脚部に集中させ、脳は唯疾駆するという命令だけを送る器官へと変更させる……。
ドクン……
心臓が撥ねる。
ドクン……。
全てを刈り取る……。
自らこそが一本の鎌……。
全てを忘れ 何もかもを忘却し……ただ、死神の異名のままに、生きているものをすべて刈り取りつくす!!
「……………………タナトス」
呟きと同時に……。
石田扇弦は消失した。
「!?」
一秒。
「ぬぅ!!?」
二体の影が消える。
微動だにすることも、反応もすることもできずに、死神は英雄二体の首をへし折る。
二秒……
既に十体の影が消え去り、ゼペットは敵を視認することは出来ず、ただ戦友が殺されていく音のみが響く。
「まさかここまでとは……」
速度は神速……もはやその速度は視認できることなどできず、わずかにとらえられるのは地を蹴った時に生じるわずかな衝撃のみ……。
「……ぐぬああああ!」
瞬間、ゼペットは拳を振るい、迎撃を図るが、敵の位置は捉えられるが石田はその拳を完全に回避してみせる。
「っく!」
ゼペットはなす術もなく、すでに七秒が過ぎた、百の軍勢は、すでに数を十に減らし、石田の進撃は間もなく終了しようとしていた……。
「ぬぅ!?」
ゼペットは石田を捉えることは出来ない。
「……ッ!?」
十秒……同時にゼペットの術式は完全に停止をする。
「これで……おわり!」
「!?」
背後からの一撃……鎧をすべてはぎ落され、無防備になったゼペットに向かい、石田 扇弦は渾身の力をもってして一撃を振るう。
「!そこだ!」
瞬間……。
ゼペットは石田に向かい一撃を放つ。
「!?なっ!」
防がれた……。
ゼペットに向けて放った最高速の一撃に、ゼペットはついて来たのだ。
「この十秒間で、私の動きを見切ったのか?」
「……言ったであろう?五感はすべて通じておると……。百度も殺されれば、貴様の神速の動きも理解できるわ」
「……そうか」
石田はそう嘆息し、敗北を認める。
既に全身は死に体……先ほどの十秒間の疾走で、彼の体は限界を超えていた。
「……よく戦った……死神よ。我をここまで追い詰めたのは貴様が初めてよ」
「……ふん」
ゼペットは石田を称賛し、同時に死したはずの戦友たちを復活させる。
「我……覇王也」
振りかぶった拳はゆっくりと……石田に振り下ろされる。
「……さよならです……桜様」
その瞬間……石田 扇弦の意識は……消えた。




