第五章 我 覇王 也
「おい……お前のFirst actも止めるゼペットが、石田さんにぶっ飛ばされたぜ?」
長山が驚いたように、隣で何かを考えるように顎をさすっている深紅に声をかけると。
「なるほど」
深紅は上の空で一人納得したようにうなずいていた。
「何が成程なの?シンくん」
「ん?ああ」
桜に声をか聞いて初めて深紅は我に返ったのか、前に身を乗り出そうとしている桜を片手で引き留めて、説明を始める。
「石田さんは、攻撃のすべてを神経にあてている」
「神経?」
「ああ、暗殺術で伝えられる経絡秘孔。少林寺開祖が編み出した全身に存在する人体急所を、石田さんはあの乱戦の中で的確についている。…あの人、相当な暗殺者だ」
「……そうなの?」
「ああ」
そう、石田扇弦は最初の一撃。あの一撃でゼペットの感覚器官をマヒさせていた。
その為ゼペットは石田を殴るという錯覚を覚え、石田の攻撃にも痛みを感じていなかった。
「……っぐ」
ゼペットはよろよろと立ち上がり、ようやくそのことに気づき笑みを零す。
「なるほどのぉ……アメリカで唯一、死神の異名を与えられた伝説の兵士……ジャック・D・モーガン……ふふ、術式も何も使用せずにその技術。重さ。速度とは、恐れ入ったのぉ」
顔には赤い血が流れ、足は震えながら、ゼペットはそう一言つぶやき、石田を称賛する。
「……そんな称号はとっくに捨てた。今は桜様を守る執事ですよ……だからこそ、桜様を傷つけるものは早々に排除する!」
「ふん!何も知らぬことこそが幸福というわけか!否!!それは貴様の押し付けであろう!すべてを知り、未来を己で切り開く。その先にあるのが望みなき絶望であろうとも、運命などに縛られて何故!幸福が得られようか!!」
響く怒号に、石田は一瞬だけ隙を作る。
「そのことを!貴様が一番良く知っているはずだ!」
「しまっ!?」
だが、覇王であるゼペットにとってその一瞬で石田の目前へと踏み込み。
「運命とは、抗うものなり!」
左腕からの一撃を至近距離で放つ。
「ぐっ!!」
ゼペットの至近距離からの一撃を、石田はギリギリで回避する。
しかし。
「ぬぅ!?」
掠っただけだというのに、掠めた頬が切り裂かれ、赤い血液が噴出する。
「……っち」
石田は一度舌打ちを漏らし、飛んで間合いを開く。
「気づいたようですね」
「あぁ、感覚を失っても、それさえ理解できればどうということはない……五割の力しか出せなくなったのであれば、今までの二倍の力を出せばよい。これでまた条件は互角よ」
「むちゃくちゃなやつめ」
ゼペットはにやりと笑みを零し、拳をボキボキと鳴らす。
「……さぁて。そろそろ決着と行こうではないか……死神よ」
「……えぇ、我が最高の奥義を持って……殺してあげますよ」
双方は互いに対峙し……。
お互いを殺すことを誓い……間合いを取ってにらみ合う。
木々が震え、白い雪はしんしんと二人の元へ降り注ぐ。
白い地面のキャンパスには二人の血液が付着しており、それを上塗りするかのように、雪は積もっていく……。
長い沈黙が続き、深紅達はその光景に息をのむ。
もし今制止をするために動けば、それが衝突の引き金になる恐れもある。
その為に、深紅は止めることが出来ずにただ、その動向を見守っていた。
……雪が舞い、キャンパスはまた白に戻って行く。
と。
「……行きますよ……」
「応!!」
短い会話が交わされ……。
決着がつく。
◆
先に行動を起こしたのはゼペットであった。
「我に呼応せよ!! 我が戦友たちよ!!」
掲げた腕が光り輝き、丸太のように太い腕から文字が浮かび上がる。
あれが切り札。
そんなものは、どんな人間でさえも一目見れば本能的に理解できてしまう。
それほど強大で膨大で壮大。
覇王の名前にふさわしき……存在する次元が違う、とにかく巨大なものがゼペットの左腕からあふれ出ている。
「何……あれ」
始祖の眼を開眼した桜は、驚愕に言葉を漏らす。
「……桜。何が見える?」
深紅は首を傾げて問うと、桜は息をのんで淡々と語り始めた。
「……なんていうのかな……あの術式の光……人の形をしてる」
「……何?」
「本来線のはずの術式の光が、あの左腕につながれるように……人の形を形成してる。緑色の光……とてもきれいでいて……そして、とっても悲しい……っつ!?」
「!?桜、どうした?」
「……ごめ……ちょっと視すぎた。もう平気」
桜は始祖の眼を引っ込め、二三度目を擦ったあと、両者の衝突に視線を戻す。
荒れ狂う光の渦は、敵を威嚇しながら辺りに咆哮を上げて膨張する。
「……その術式は……」
対峙する石田はそのすさまじさに息をのみ……同時にその術式を理解する。
「そうよ……この左腕に宿るは我が歴戦の戦友……我とともに生き、そして果てていった仲間たちを今一度この世に具現する……死してなお、我が兵士は我とともに歩む。死してなおその魂は我が所有する……それこそが覇王……失わず!ただ得るのみ!それが……」
収束。
放たれた光が一瞬にして消え去り、ゼペットの左腕に宿る。
「我 覇王 也!!」
……ゼペットの周りが爆ぜる。
「ぬぅうぅ!?」
曇天の空は雪を増やし、覇王の到来を称賛するかのごとく、嵐のように雪を猛らせる。
石田は息を飲む。 先ほどまで戦っていた男は、その場から消え失せていた。
ただいるのは……覇王。
その二文字をまとった英雄だけ。
「……これが……ジスバルク・ゼペット」
誰もがその変貌に息を飲む……………。
外見は何も変わっていない。
変わったのはその覇気。
威圧は先ほどまでとは比べ物にならず、対峙している石田でさえもその姿に冷や汗を垂らして凍りつく。
「……奥義とは常に……一撃必殺を謳わねばならん」
石田は見る。
ゼペットの背後にそびえる、ゼペットの戦友の影を。
その影全てがゼペットに従い。彼を守るように刃を石田へと向けている。
圧倒的。
圧倒的戦力差がそこには生まれており……石田の死はその時確定した。
覆すことも、抗うことも出来ない。
ただぼろ雑巾のように打ち据えられ、蹂躙され……死ぬ。
その運命が石田へとその瞬間降り注いだ。
そう……もう敗北はとっくに見えていた。
「石田!!無理よ!にげて!」
彼の主人は、逃げろと声を張り上げる。
確かに、石田の脚であれば逃げることは可能だ……。速度は石田の方が上であり、何よりも疾走に関しては、石田の右に出るものは不知火深紅を除いて他にはいない……。
ましてやこの入り組んだ森の中ではなおさらだ。
だから……彼が生き残る道は、もはや逃走しか残されていない……。
だというのに。
「…………やれやれ」
石田は満足そうに……静かに笑った。
「え?」
「最初で最後の……命令拒否をさせていただきます」
笑顔を一度桜に向け……石田はゼペットと対峙する。
「だめえええええええええええええええええええええ!!」
「桜!!だめだ!?」
「桜ちゃん!?巻き添えを喰らっちまう!」
「だって!?だって!石田が!石田が!」
絶叫し、飛び出そうとする桜を深紅と長山が必死に止める。
「離して!」
「っ!桜!」
「桜ちゃん!」
桜は二人の制止を振り切り、石田を止めるために駆けだす。
が。
……その時にはすでに……冬月桜を守り続けた執事は……敵に向かって最後の疾走を開始していた。




