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第五章 覇王と桜


面会の場としてあてがわれた場所は、冬月一心が昔使用していた応接間。

以前桜に案内された時は使用されておらず、閑散とした風景であったが、石田さんの配慮により今日この日だけは花瓶や額などが飾ってあり、もはや別空間となっていた。

ゼペットと桜は向かい合うように黒いソファに腰を掛け、ガラスでつくられたテーブルを挟んでお互いの様子をうかがっている。

いや、正確には、様子をうかがっているのは桜のみで、ゼペットは飾り程度に置いてあったマトリョシカ人形をもの珍しそうに眺めている。


ゼペットと桜の様子がうかがえるように俺達は部屋の端で待機し、石田さんは桜の背後に立っている。

謝鈴は背後を警戒するためか、石田さんと顔を合わせるようにゼペットの隣に立ち、我感知せずと言わんばかりに無言のまま。

静かに瞳を閉じて事の成り行きを静聴する腹のようだ。


「さて、このように話し合いの場を用意してくれ、感謝する。冬月桜よ」

マトリョシカを一通り見終わった後、ゼペットは桜に向き直り、話を始める。

ゼペットから放たれる威圧は強大であり、殺気こそないがとなりにいる俺と長山でさえも、奴から発せられる存在感により、全身を強張らせる

「ろくなもてなしもできなくて申し訳ありません、人形師さん」

しかし桜は動じずに、ゼペットの眼光をまっすぐに見つめ返す。

ゼペットの眼が、何もかもを押しつぶすような巨獣の眼光だとすれば、桜の眼光は鷹。

鋭い視線で、ゼペットの一挙一動をその青い瞳で補足している。

「ほう」

ゼペットはそんな桜に一つ笑みを浮かべると、ゆっくりと腕を桜に伸ばす。

「おい。若僧」

握手をもとめるゼペットに対し、石田さんは今までに聞いたことのない言葉遣いと殺気をゼペットに放つ。

その殺気はすさまじく、肌を焦がすほどにまで膨れた殺気は、ゼペットを飲み込んでいく。

この様子では、ゼペットの吐息が桜に触れただけでも彼を殺そうとしかねない。

無表情だが、彼にはもはや恐怖という言葉しか似あわない。

こんな化物みたいなものが暴れたら、俺達ではもはや止められないだろう……。

しかし。

「下がれ、石田」

その殺気を桜も感じたのか、凛と一言当主として桜は石田に命令する。

「……かしこまりました」

小鳥のさえずりのような声で、桜は鉄よりも重い威厳を放ち、石田さんはその言葉を聞いて殺気を収める。

「そうかっかするなて執事よ、我とてあんな物騒なもんを向けられている状態で、冬月桜に手出しなどできんわい。握手くらいよいではないか」

ゼペットは笑いながら、のう、と俺を見て口元をゆるませて片眉を上げる。

やはり気づかれていたか……。


鼻を鳴らしてコートのポケットの中に突っ込んでいたクローバーを見せ、またポケットにしまいこむ。

「流石は、ジスバルク・ゼペットと言った所か」

武器を隠すことには自信があったのだが。

しかし問題はない。 この距離なら、ゼペットが何かを仕掛けるよりも早く、 SECOUND ACT を喉元に放つことが出来る……。

「ふふん、主よりもうまい奴がおるからのぉ」

「人形師さん?あなたは私に何か用事があってここに来たんじゃないのかしら?ご存じのとおり私にはあまり時間がないの……その時間を削ってお相手をしているというのに、そういう態度を取られるのは心外よ」

桜はゼペットに対して、不機嫌そうな表情をしてそう漏らす。

「おぉ、すまんすまん。しかし、我を前にしてその余裕。よほどの大物か唯の間抜けか。我は主を殺しに来たのかもしれんのだぞ?」

試しているのか、それとも冗談か、ゼペットは口元をゆるめて桜を見下ろすが。

「っ」

桜はそれを口元を緩めるだけで躱し、会話を紡ぐ。

「……まさかあなたともあろう人が、こんな姑息な手を使ってまで私を殺そうとはしないでしょ?そんな人間は、世界にケンカなんて売るわけないわ。それに、あなたじゃ私を殺せない」

威風堂々。

今の桜にはその言葉が良く似合う。 

相手の挑発には挑発で返し、かつゼペットよりも上の立場に立ち、会話をリードしている。

「ほう、ほざくのぉ小娘。我が主に劣るとでも?」

「いいえ、そこまで自惚れているように見えるかしら?ただ私は、不知火深紅と長山龍人そして石田扇弦を信じているだけ。 もしあなたが私に触れれば、その時点であなたは死ぬわ」

桜は一瞬だけ、俺に視線を送り、俺はそれに小さくうなずく。

信頼にこたえるだけの働きはしよう……。

「ふむ。なるほどのぉ。それはまた随分な自信よのぉ」

「……もう、やめにしません?無意味です」

桜は赤い瞳を開き、ゼペットを睨む。

表情には表しはしないが、その眼はくだらない話はここまでだと告げている。

と。

その姿に、ゼペットは一瞬面食らった顔をして。

「がっははははははははっはははははっは」

突然笑い出す。

「なるほど面白い。この齢でこの迫力、そして冷静さと気品は欠片もこぼれん。いやぁ冬月家当主よ、試すような真似をしてすまなかったのぉ。しかし、これから我が攻め入る城の領主が腑抜けではつまらんからのぉ、少しばかりハッパでもかけてやろうと思ったのだが、いやはや恐れ入った。その小さき矮躯に大海の如き器を有しておる。これはもはや、人の上に立つべくして生まれ落ちたというべきよのぉ」

「そういうあなたも、生まれたときからそんな性格だったのでしょうね?」

冷たい表情でそう皮肉をもらし、桜は話を続ける。

心底嬉しそうにゼペットは笑みを零し。

不意に術式を起動する。

「何のマネだ……小僧」

石田さんは静かに眉を顰め、静かにゼペットに問いかける……と。

「我は主が気に入った。冬月家領主よ。お互い腹を割って語りつくそうではないか!」

特に意識はしていないのだろうが、壊れたラジオのようにゼペットはそう大声を上げ、同時に酒樽のようなものをその場に出す。

特に変わった様子もない酒樽。 大きさは見たこともないほど巨大で、中にはやはり酒が入っているのだろう。 ゼペットが自慢するかのように軽く樽を叩くと、少しだけ鈍い音が響く。

「飲み比べ……と言うことかしら?」

「がっはっは。そう固くなるな、これは唯の土産よ。このようにお互い険悪な中で、円滑に会話を進めるには、互いに何か楽しみながらするに限る……だろう?」

「……ゼペット、桜にそれを飲ませるつもりなら、俺は止めるぞ」

「むぅ?なぜだ?死帝よ」

「なぜも何も、桜はまだ未成年だ」

「安心せい、我とて年端もいかぬ少女を酒におぼれさせるなどと言う無粋なマネはせんよ」

「……?」

ゼペットは一言そういうと、酒樽と一緒に出した盃に中の液体を汲み、こちらに投げて渡す。

「?」

中身を零さないように受け取り、俺は盃の中を確認する……と。

そこには酒ではなく、なにか茶色い色をした液体が入っていた。

「……まぁ飲んでみろって」

含み笑いをしたまま進めるゼペットに言われるまま、俺は首を傾げながらそれを口に含む。

甘い香りと、口の中ではじける感覚……そして、あの焼けるような刺激。

「コーラか?」

「!」

あ、桜が少し反応した。

「うむ、そなたはコーラが好きと聞いての、無理を言って押しかけるのだ。土産の用意でもしておかねば失礼と思っての、どうだ?不服か?」

ゼペットの表情には邪気も威圧感もなく。まるで友人と会話をするようにからからと笑い。

俺は飲み干した盃をゼペットに投げ返す。

まさか、酒樽に杯でコーラを飲むことになるとは夢にも思わなかったが…。

悔しいことに……普段口にしているコーラよりも美味く感じた……。

「ほれ」

ゼペットは桜に今度は杯を渡し、からからと笑いながら自然に飲めと促す。

「……」

桜はこちらに顔を向け、どうしようかと視線を投げかけてくる。

俺はそれに目を閉じて頷いて、飲むように促す。

少し心配なところもあるが、奴は一応話の分かる人間だ。

上手くいけば戦いを回避できるかもしれない……あちらは手を出さないと言っているわけだし、ならば試す価値は十分にあるはず。

「わかった」

桜は俺の意図を表情から読み取ったのか、小さく了解の言葉を零しその杯に唇をつける。

……揺れるコーラが桜の唇に触れ、ゆっくりとその量を減らしていく。

大きな杯の為、一口だけでは収まる筈もなく、桜の喉が小さく動き、ゴクリ……という音を鳴らす。

ゴクリ ゴクリ。

次第にそのペースは速くなり、一度飲むたびに、杯の中のコーラが揺れ、同時に桜の持つ杯の角度も急になっていく……。

「……っぷはぁ!」

飲み干した盃を片手で口元から離し、開いた手で口元を豪快に拭う桜……。

絵にかいたような酒好きのようなその仕草と表情は、よほどおいしかったのだろう。

その一瞬だけ、幸せそうな顔をしていた。

「はっはっは。気に入ってもらえた用だのぉ」

「えぇ、保存状況もいいし、炭酸も抜けていない。きわめて美味よ」

「そうかそうか。では、ゆるりと飲み交わすとするかのぉ」

ゼペットは笑いながらもう一つの杯を取り出し、コーラをすくって放り込むように喉に押し込む。

「ふむ、確かに美味よ……」

二三度うなずく仕草をしたのち、ゼペットは小さく咳払いをする。


「さて、始めるとするかのぉ」


「えぇ、始めましょうか人形師さん」


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