第五章 覇王との交渉
会合の場所にあてられているのは、この雪月花村に用意されている唯一の外国からの客人のための旅館。
日本人街にある旅館とあって、その構造は古きよき時代の木造平屋のたてものであり、昔ながらの瓦屋根に積もる雪が黒と白との絶妙な配色により人々の心をたやすくゆれ動かす。
中にひとたび足を踏み入れれば、そこはロシアの森ではなく、まるで桃源郷の入り口をくぐったかのような……美しい日本庭園。
当然白に包まれたその場所で、華々しい桜や秋の名物である紅葉が見られるわけではない。
そこにあるのは白色のみで構成された……わびさびの世界である。
元は枯山水をイメージしたのであろう。まるで波紋を描くような雪の陰影に、その隙間から、目立つわけでもなく、己を際立たせるわけでもなく申し訳なさそうにたたずむスミレの花……。 白に包まれ、その中で一人寒さに耐えながらひっそりとたたずむそれは……意図せずとも雪の光の反射もあいなり、注目を集める。
誰かが言った。
この世の最も美しきは、 雪の白き世界にひっそりと咲く、月に照らされた花であると……。
まさにその通りであり。 雪月花村にふさわしい日本庭園である。
当然、庭だけの見掛け倒しというわけではない。
旅館に一歩足を踏み入れれば、そこに漂う、森の木で作られた旅館の香りがやさしく客人を包み込み、一歩足を踏み入れるたびに、ヒノキの柔らかく暖かい感触が人々を足元から暖める。
雪化粧を客人が楽しめるように、廊下は一面の断熱ガラス使用となっており、人々は雪により白粉を塗られた日本庭園を楽しみながら、部屋へと案内され、旅の疲れを肉体的にも精神的にも癒すことを第一に考えられており、サービスも当然ながら充実している。
その一室……通称茶室と呼ばれている場所で当主冬月桜はアメリカからわざわざ足を運んできたブケファラス社社長。 ギブソン プライムと会合を行っている。
ここは本来、外国から訪れた客人をもてなす為に、女将がお茶をたてるという場所であるが、今日に限っては女将が裏千家で学んだお茶を立てる腕を振るう機会は無く、立ち入ることも許されずにいた。
部屋にいるのは一人の少女と、身の丈二メートルを超えるアメリカ人の客人に、そして、白髪のスーツの老人のみである。
先にも述べたとおり、二人はただいま会合中であり、いかなる人間も立ち入ることを禁ずるとしたのは、そういう目的もあった。
商品を取り扱う会社にとって、情報の漏洩は恐ろしい。そのため、この場に立ち会うのは、自分と桜……そして桜の執事一人だけにして欲しいとのことだった。
しかし、桜は少しばかりそのことに疑問を抱き始めていた。
「……いやはや、お美しい庭ですね。 私も実は少し日本についてかじっているのですが……まさか雪で京都の枯山水を表現するとは……」
ギブソンと共にこの場にやってきたのは約一時間前……だというのに、この男が話すことはくだらない世間話であり、まったくもって本題に入ろうとしない。
まるで、何かを待っているような。
そんな感覚を桜は覚え始める。
「ミスターギブソン。あなたは世界最速の車を作るのですよね? その秘訣とかはないのですか?」
「秘訣ですか……そうですね、愛情をこめることですかね?それよりも桜嬢……」
この通り、さりげなく仕事の話題を進めようとしてもすぐに話題をはぐらかす。
彼女の感覚は次第に実感を帯びてくる。
この男は何かを待っている……。
と、確信に近い何かを心のうちに宿した瞬間。
張り裂けんばかりの勢いと共に背後の襖が開けられ、不知火深紅と、長山竜人が姿を見せた。
■
荘厳な空気と静かさが売りのその旅館に、俺たちは無作法と知りながらも強引に押し通り、会合が行われている部屋のふすまをこじ開けるように開く。
瞬間。 静かな空間は一瞬にして凍りつき、人々を落ち着かせることに重きを置いたその空間でさえも……俺の心臓の鼓動を落ち着かせることは出来ず……流れる血は潮流の様に全身を駆け巡り……その眼は桜の無事と……桜と対峙するその侵略者を見つめる。
「え、シンクンどうしてここに」
「……てめぇ……」
桜の言葉など聞こえず、目前のスーツの男に俺と長山は殺気を向ける。
「遅かったのぉ」
「随分姑息なことしてくれるじゃないの…」
「なぁに、手は一切出しとらんよ……」
「……だろうな、出していたら今、貴様の首は飛んでいる……」
「おお、怖い怖い。そんなタナトスのような恐ろしき目でみつめるな死帝よ……殺気がダダもれて桜嬢がおびえておるぞ?」
「くだらないことは良いんだよ……ジスバルク・ゼペット」
「え!?」
「なっ……」
その名を俺がつぶやくと、石田さんと桜は一瞬驚いたような顔をしてゼペットの顔を見る。
しかし、ゼペットは慌てる様子も無く茶をすすりながら。
「ふふふ、そう噛み付くなて。何も嘘はついておらんぞ?大神ゼウスに誓おう」
なんて事を言ってくる。
「まったく、ゴシップ記事もバカに出来ないな……まさかゴートシティの英雄が、世界を相手にケンカを吹っかけたテロリストだとは……」
「ふふん、我はしがない車会社の社長ぞ……名前はギブソン……今日はギブソンプライムとして冬月桜に話を持ちかけたのだ」
「ふざけるな……堂々と正面きって桜を殺そうとした奴が……」
「まあまあ落ち着け。 無益な争いは好まぬ。アレスに取り付かれるほど狂ってはおらぬ……ここは、知の神の意向に従い、我と相互利益を交えた商談と行こうではないか?」
「商談だと? 桜の命の変わりに何かをくれるってーのかい?」
「はっはっは、それが望みならそうするが?」
「ぐっ」
ゼペットは一瞬、うるさいと言わんばかりに殺気を放ち、長山はその強大な覇気に気圧される。
「落ち着いてシンクン……龍人君」
「桜様!」
「冬月家当主よ……騙すつもりは無かった……といえば嘘になるが、ゼペットの名よりギブソンの方が話を聞いてもらえると思ったからのぉ」
「ええ、あなたと話していて、殺意は感じられませんでしたので、戦いに来たのではないことは重々承知しております……何か理由がおありでしょう? 私も商いに携わるもの、交渉の可否問わず……今後戦闘行為を一切行わないという約を守れるのであれば……ここではいささか落ち着きませんでしょうから後ほど、わが城でお伺いしましょう」
「なっ何を言ってる桜!?こいつは」
「知ってるわ。でも、何かあったとき、私の城の方が有利に戦える。この意味、分かるわよね?」
「かまわぬ……むしろ、そなたの心遣いに感謝する」
「あなたが約束を守るという保障は?」
「………命をかけよう。 我が約をたがえることがあれば、その小僧にこの首を跳ねさせよ」
「……分かりました。 そこまで言うなら、長山龍人をあなたの背後に……不知火深紅、石田扇弦を私の背後に配置させます」
「良かろう。ただし、我も秘書である謝鈴をつれてくる。当然武装は全て解かせよう」
「かまいません」
「では、今度はいつ合間見えようか?」
「私には時間が無い。なので、二時間後、わが城で」
「はっはっは。強い女よ……よかろう。感謝する……冬月家当主よ」
そういい、ゼペットはゆるりと立ち上がり、スーツ姿のまま外に出る。
外にいたのは、同じくスーツ姿をした謝鈴であり、ただただ無言のままゼペットを車に乗せ、静かに走り出した。
帰り道は潜伏している森の中……俺たちはその姿を見送るような形で旅館の窓から見つめ続け、姿が見えなくなった瞬間……全身の力が抜け、額に流れる汗を袖で拭った。
■
「申し訳ございません桜様……不貞の輩と知らなかったとはいえ……情報収集を怠っておりました」
「……森のゴーレムも、EMPみたいなもんで動きを全部止められちまってた。すまない……気付かれてないと思って油断してた」
「かまわないわ石田……現にあの人はギブソンプライムとして商談を持ちかけてきただけだったから」
「ったく、この前は正面きって侵略を仕掛けてきたってのに、何で今度は交渉なんだ?」
「……何かをたくらんでいるのか……それとも」
「分からないけど、あの人……まるでシンクンたちを待ってるみたいだった」
「どういうことだ?こうなることをわかっていたのか?」
「分からない。とにかく、二時間後に全てが分かるわ。石田、セッティングは任せたわよ」
「かしこまりました」
「龍人君もシンクンも……お願いね」
「任せておけ。桜には指一本触れさせん」
「殺気のかけらでも見せた瞬間に、その首はねてやるからよ、安心して交渉をしてくれ 今度はへまはしない!」
「うん。頼りにしてるよ……」
桜はそう笑みを浮かべながらも、そのひざは少し震えている。
当然だ、世界的テロリストと対峙するのだ……普通の人間なら緊張で倒れても不思議ではない……。
とても危険で……リスクが高い。
しかし、これはチャンスでもある。
ここで交渉を成立させれば……うまくいけばゼペットをこちら側に引き込むことが可能かもしれない……ハイリスク ハイリターン。
ゆえに、桜もそれにかけたのだ。
……武器の手入れは全て朝片付けてあり……あとは、交渉の時間を待つだけ。
城に戻った俺らはそんな少しの淡い期待と、大きな不安を抱えながら……そのときが訪れるのを待ち。
そして。
冬月家の城の門戸を叩く音が響き……その時が訪れる。
「待たせたな」




