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第一章 ~対大量破壊兵器専門部隊~ 2

エレベーターを降りたその先は地下一階、第一階層准将宿舎であり、

食堂とも訓練施設とも違い、一面を赤い装飾と赤い絨毯で埋め尽くした一直線の道が

まるでどこぞの城の廊下のように俺を出迎える。

天井にかけられた豪華絢爛なシャンデリアはきらびやかに景観を損ねることなく彩り、不吉な印象を全く与えずに炎を表現する。

そして視点を壁に向けても、かけられている装飾の剣は白銀に輝きながらその明かりを一身に受けて自らの装飾の美しさをひけらかす。

詩人であったならこの廊下に目から鱗の良い名付け親になれるのだろうが、芸術に興味などさらさらない俺にとっては唯の趣味の悪い道であり、無味乾燥のまま俺は扉の前に立つ。

「……」

赤の世界の中に聳え立つ唯一の焦げ茶色の扉。


それが放つ威圧感は扉から放たれるものではなく、その奥にいる化け物の気配が漏れ出しているのだ。

「……第十三部隊隊長不知火深紅、入ります」

ノックはせず俺はそう一言扉に向かって言い、扉を開く。


「……良く来たな深紅」

中にいるのは初老の細身の男性。勲章の無い軍服を身に纏い、椅子に座りながら書類に眼を通す金髪に青い瞳を有する初老の男こそ准将 ジューダスキアリーである。

今の対大量破壊兵器専門部隊を作り上げた事実上のこの部隊のトップであり、この部隊に二人存在する最強の生物の一人である。

「……召集に応じて参上しました」

一応は上司であるため言葉を選んで接するが、それを聞くなりジューダスは判を押す手を止めて。

「相変わらず堅苦しい奴だなお前は、そう構えないでも良いだろう。お前ら部下と俺はもはや家族も同然、社交の場であるならまだしも、それ以外の時は砕けて接して構わないといっておるだろう。なのに一向にお前は普通に接してくれないなぁ」

なんてため息混じりにそうつぶやいた。

「生憎俺には本当の親父がいるんでな、他のやつのように親父と呼ぶわけにはいかないんだ」

「呼び方の話をしているわけではないのだが……はぁ、まぁいい、今に始まったことではないしな。ところで龍人はどうした?」

「あんたの長話が嫌で逃げてったよ」

「……はぁ、まったくお前らは」

眉間を指でつまみ肩を落とす素振りを見せた後、寂しそうな顔をして判を押す手をまた再開させる。

「相変わらず書類の仕事ばかりか」

「……まぁな、お前も知ってるだろう?この部隊は今、政府から派遣された能無しの上層部と、下層部の兵隊とに勢力が分かれている状態だ。 我らはいずれ政府から独立する、故に上の奴らに仕事を任せるわけには行かない」

「……独立か、あんたが昔から言っているその独立だが、確かにあんたの言うとおり上層部でふんぞり返ってるお偉いさんに、俺たちの命を握らせるなんてことは出来ない。しかし唯でさえ俺達は政府に保護されて存在を隠している状態だ、そんな状態で独立などできるのか?」

俺たちの独立はすなわち、世界に俺たちのことが露見するということ。

それは世界にとっても俺たちにとってもメリットにはならないし、ただ混乱を招くだけの行為に聞こえなくもない。

そうでなくともこの部隊の資金源は日本政府なのだ。

「ふん」

しかし、その問いにジューダスは鼻を鳴らす。

「我らの部隊の本来の仕事は、全面核戦争の阻止にあるというのは知っておるな?」

「……ああ」

「第二次世界大戦後、長崎広島に投下されたファットマンとリトルボーイ。たった二発の爆弾で死者二十万人を越えた異常なその破壊兵器。いつしかその兵器は、兵器という枠を超え、人類を根絶やしにする為の道具へと変貌した」

「キューバ危機の話か」

「そうだ、所詮兵器など人の手にかかれば簡単に作れてしまう。核兵器を所有するアメリカを恐れた各国は、一斉に核兵器開発に着手し始め最終的にはソ連とアメリカの間に生じたキューバ危機により、人類は滅亡の危機に瀕した」

「……それは何度も習った。その境地にいたって始めて、世界は核戦争を阻止するための部隊を作り上げることの重要性に気がついたと」

そして、そうは考えなかった人間は、新たな兵器の開発に着手したと……。

「つまり我らは保険なのだよ深紅」

「保険?」

「そうだ、世界が崩壊しないための抑止力。我らが動くような事態が起こるなんてことは、そうそうありはしないということだ」

「それは分かるが、今のと独立はどう関係するんだ?」

今のだと俺たちの生い立ちのようなものを話されただけだ。

しかしジューダスはそれにため息をついて、出来の悪い息子に刻み込むように言い放つ。

「たしかに、我らが動く事態はなかなか起こることはないだろう

しかしな、人とは不安を抱え生きていく人間であり、さらには自らの欲に忠実だ。

人間は支配することでしか安心を得られない生き物。

故に、誰よりも栄え誰よりも強力にと言う思想は兵器を産み、

その思想こそが互いの競争意識を生み、我らは異常な速度の進化を遂げた。

そうなるように我らは作られておる。

いくら理性があると言っても人に感情を持つことを拒否できないように、その流れに逆らうことは出来ない。

いいか?このままでは第三次世界大戦は必ず起こる。

核兵器の使用は自らをも滅ぼすと学び、この三十年間大戦争に発展するような戦争は起こってはいない。

しかし、今この世にはそれに取って代わるクリーンかつ核よりも強力な兵器が生まれた。

それが仮身だ。

奴らは確かに放射能を撒き散らしも、後遺症を残すことなく人を殲滅する。

殺傷力にムラはなく、人の感情が絡まない分核兵器とは違い迷うことも遅れることもなく最適に人を殲滅するだろう。

貴様も体験したはずだ、あの村こそ新時代の世界大戦の形だ」

「……」

人一人残らなかった地図から消えた町。

あれが世界規模で始まったらと想像し、俺は全身が脈打つ。

「今は時代の節目だ。そしてこの十年間の間に仮身を登用した大規模な世界大戦が勃発する、必ずな。 そのために、我らは抑止力とならねばならぬ。 世界にはその流れと折り合いをつけながら成長するための調整者が必要になる。

それが我々だ……だからこそ、一つの国ではなく中立の軍隊として我々はあらなければならぬのだ」

「戦争の調整者……アンタの野望は大体理解してるつもりだ、だがその野望のためには今の予算の何倍もの資金が必要になりそうだな」

「なに、あんずるな。資金繰りについても既に手はうってある」

「……そうなのか?」

「ああ」

その資金繰りの方法についてはジューダスは余り触れずに

こちらから視線を外して話を続ける。

「無駄な話をしたな、話を戻そう。昨日の仮身工場の件だが、帰ってきて早々ほとんど情報も与えず送り出してすまなかったな」


確かに、飛行機から降りたとたんに仕事ですと言われたときは流石に気落ちしたが。

「いや、あれだけ危険な任務で被害が極小に抑えられたからな、久し振りに楽しめたよ」

そう感想を漏らすとジューダスは口元を緩め。

「中にいた仮身(少女)たちを全員救えたからか?」

含み笑いをして、ジューダスはこちらを上目遣いでみる。

言い逃れを許さないその瞳は、口元が笑っているにも関わらず威圧がのしかかる。

……なるほど、俺が中の仮身を逃がしたことがばれてたのか。

そんでもってこの呼び出しは罰則の言い渡しというわけか。

「俺の中では仮身だろうと人であろうと命の重さは同じだからな。

俺の眼から見て、助け出した仮身を人と俺は判断しただけだ。ゼペットに渡したのは女達の実験場付近の起爆スイッチだけ、そのほかは滞りなく破壊した。

任務は兵器の破壊のはずだ……彼女達は兵器じゃなかった。

それでも任務違反だというならば、始末書ならレバノンに出るまでに書いておく、用件がそれで終わりならそろそろ失礼するぞ」

「まて、話は終わっていない」

そう言って立ち去ろうとすると、ジューダスはそれを引き止める。

「……なんだ」

「お前のしたことを咎めることはせん。確かにゼペットの奴はテロリストとして我らと敵対はしているが、爆破跡から仮身の残骸が見つかっている、奴等に破壊兵器はわたっておらず、少女達の死体を政府が目にすることも無かった……むしろ正しい判断だと評価しておる。 大事なのは、お前のその状況判断能力だ」

「……どういうことだ?」

その質問にジューダスは書類を取り出し、それを俺は渡される。

「先日届いたロシアからの依頼、これが雪月花村というロシアの日本人街の資料だ」

書類に軽く目を通すと、依頼主の欄に雪月花村当主という名前が視界に入る。

「村の依頼程度の為に俺たちが動くのか?」

そうだとしたら、世界の抑止力だ何だ言ってた割には随分と薄っぺらな抑止力だことだ。

「唯の村ならもちろんそんな依頼捨て置くさ。だがな、ロシアの永久凍土の森に存在する小さな日本人集落だが、雪月花村の当主はなかなかの資産家だ、資金提供をする代わりにこの任務を請け負ってくれと直々に連絡が来れば、むげに断ることは出来まい?」

資料を見るところ、どこにでもありそうな村と、深々と続く雪の積もった針葉樹の木々が写っている。

それだけの資産があるような村には見えないが、ジューダスが騙されるということもまた有り得ないため、俺は話を続ける。

「つまり独立のための資金提供を得るために、ご機嫌を取っておこうという魂胆か」

「まぁ、簡単に言えばそんなところだ。雪月花村が俺たちのスポンサーになれば、政府の援助など必要なくなる上、この部隊の拡大を図ることも可能だ」

「……依頼内容は?」

「単純な仕事だ。 雪月花頭首冬月桜を、一ヶ月間護衛することだ」

その言葉に、俺は瞬時に資料をジューダスにつき返す。

「っ……悪いがほかを当たってくれ」

「深紅……」

「言ったはずだ。俺は正義を実行する。正義とは人を最も多く救うこと。 たった一つのもののために多くの人間を犠牲にする~守る~という行為は、決して正義にはなりえない」

「だからこそお前を護衛に当たらせるのだ」

「……ジューダス!ふざけるな」

「ふざけてなどいない。この任務は決定事項だ、貴様が行かねば俺は他の人間を投入しなければいけなくなる。

この任務はやりようによっては被害者がゼロにもなる可能性も、一ヶ月間泥沼の戦争が繰り広げられる可能性もある任務だ。

ロシアとは今いがみ合うのは得策ではない。だからお前を向かわせるのだ」

その言葉は重く、その青い眼光が金色に輝き俺を射抜く。

「……」

その威圧感、重圧。 最強の男という肩書きそのままに空気を張り詰めさせながらも、俺は引かずにそのままジューダスをにらむ。

「……もう一度、対大量破壊兵器専門部隊 准将として命ずる。雪月花へ行け、そして正義を実行しろ」

だが、そんな反抗もそこでバッサリと断ち切られる。

命令として切り捨てられては、上司であるジューダスに俺が逆らうことは許されない。

諦めて俺は殺気を解き、踵を返す。

「……了解した。だが一つだけ条件がある」

「なんだ?」

「もし俺が護衛対象が悪になると判断したら、俺はそいつを殺す」

返事は待たず、俺は扉を開けて胸糞悪い廊下を歩き准将の部屋を後にする。

               「ふん、好きにしろ」

そんな言葉が後ろから聞こえたような気がしたが聞く耳持たない。

言いようのない怒りと、一ヶ月間という時間の長さに絶望を覚えながら、俺は

その場を後にした。


その日の俺はイライラしていて、次の日俺は、二十分の寝坊をした。


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