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第五章 無痛症と不眠症


ミコトが開店してしまった店 謝々。

この雪月花村には娯楽施設らしきものが存在しないことに気づいた桜の相談に答える形で、ミコトが始めた店であり、人々は日々の疲れを暖かい店の中で騒ぎながら酒の力で吹き飛ばす。

いわゆる居酒屋兼ゲームセンターのような感覚であり、酒を片手に村の人々はマージャンや花札、果ては輪投げや射的にはまり、童心にかえっていく。

まぁ、桜が自信満々に設置したらしいアーケードゲームコーナーが、いまいち盛り上がっていないことは少々不安の種では有るが、(おもに桜の独裁者的な側面に対して)店は大繁盛。店主のミコトは忙しそうにしながらも今まで見せていた寂しそうな表情はどこへやら、今じゃいいお店の看板娘になっている。

「はーい、ウオッカに日本酒~。 ふふふ、これからも御贔屓にね、お兄さん」

『勿論だよ!ミコトちゃあん!』

なにやら宗教めいたものも感じるが、まあそれは見てみぬフリをしよう。

「いらっしゃい、守護者さん。うれしいわ来てくれて」

「何言ってる。来ることは分かってたんだろう?」

「そうよ、すべては星の導くまま」

「あーもういい」

「くすくす、そうね、このねたも飽きられちゃってるみたいだし。あなたの前では正直でいようかしら」

「そうしてくれ」

「そういえば、お昼ごろに英雄さんが来てたのだけどあった?」

「長山が?」

「ええ、ずーっとあそこのゲームの筐体に一日中へばり付いてるもんだから、何かあったのかと思っちゃった。私過去は見れないから」

「あの野郎、珍しく部屋にいないと思ったらそういうことか」

まじめに仕事をしてるとも考えてはいなかったが。


「ふふ、英雄さんの愉快な未来が見えたわ。まぁそれは置いておいて、何か飲んでいくの?」

「そうだな」

「あら意外、てっきり『仕事中だ』とか言うかと思ったのに」

「まあ様子を見に来ただけなんだが、このまま帰るのもなんだろ?」

「そうね、焼酎?ビール?」

「まだ未成年だ。 コーラで頼む。というか何を頼むか未来を見れば分かるだろう」

「まぁね、でもお仕事だから。無愛想よりはましでしょう?」

そう微笑むと、ミコトは次の客の所へオーダーを取りに行く。

ぱたぱたとかけていくミコトの後姿はふらつく様子は無く、しっかりとしている。

不眠症は治ったのだろうか?

「はいお待ちどうさま」

「む……餡蜜は頼んでいないが?」

「サービスよサービス、今の私があるのはあなたのおかげだから」

にっこりと笑みを浮かべるミコトの笑顔はとても美しく、俺は不覚にもドキッとしてしまう。

「……大げさだ。おれは何もしていない……。そんなことより客が待ってるぞ」

「うん、ありがとう守護者さん」

ううふ、とミコトはいつものいたずらっぽい笑みを浮かべ、わざとらしい投げキッスなんかをしてくる。

本当に、何を考えているか分からん奴だ。

そう考えながら俺はつい先月まで苦手であった黒い水を口に含み。


グラスからのどに滑り落ちる時に走る刺激。のどを焼くような感覚が俺を襲い、その後押し寄せてくるように甘い味が口の中いっぱいに充満し、つんとした香りが広がっていく。

「ッ~」

今日の疲れのせいもあってか、俺の体はその刺激に喜ぶように熱を持ちどくどくと心臓がはねる。

「良く冷えている」

ミコトも中々いい仕事をする。こうなると餡蜜のほうも中々に期待が出来そうだ……。

しかし、良く俺の好物を知ってたよなぁ。

まぁ、それもあいつの未来視の能力を持つゆえなのだろうと俺は勝手に解釈をして白玉にあんこを絡めて口に運ぶ。白と黒のハーモニー……少し漂うフルーツの香りが俺の食欲をそそり……。


「ん?」

おれは木製のスプーンを取り落とす。

……。

「あれ?」

瞬間。

世界が反転する。 

これは……。

瞬時に自分の体に起こった異変に気づき、何を盛られ、何があったのかを理解して逃れられないことを悟る。

なので、意識が完全に途切れる短い時間は、この状況を打開する方法ではなく、なぜこんなバカなことをあいつがしたのかを考える時間に当てる。

まぁ、考えれば考えるほど思いつくのはアホみたいな理由ばかりであり……。

俺は目を覚ましたらとりあえず一発どつくということだけを心に決める。


薄れ行く意識はもう限界であり、俺は机に突っ伏してあきらめる。

あぁ、それにしても。

餡蜜、食いたかったなぁ。


                   ■

「……君がそこで遊び始める少し前からいたよ」

質問に少女はそう答える。

「……そうなんだ、ごめん気づかなかったよ」

気づいていたら、一緒に遊ぶように誘っていたのに。

「気にしないで、私見ての通りだから」

そういって彼女は眼を指差して肩をすくめる。

「……そっか……そこで何をしているの?」

「何もしてないの」

「?」

「何もしたくないし、何も見たくない……だからせめて、音を聞いて世界を創造しているの……」

「よくわかんないな」

「ええ、分からなくていいのよ。分からないことが幸せだから」

「そっか。……ねえ君、名前は? 僕は不知火 深紅」

そう自己紹介をすると、その女の子は一度困ったように口ごもった後。

「……ミコト……息吹 ミコト」


                 ■

「さん………さん!守護者さん!おきてー、閉店の時間よ?」

「ん……うん……」

まだ痺れる体を起こし、俺は重たいまぶたをゆっくり開ける。

視界に移るのは、相変わらず薄ら笑いを浮かべるミコト。

よし、体は動く。

「みーーこーーとーー!」

「!?あららら、守護者さん思ったよりもご立腹のご様子?」

「当然だ、客の飲み物に睡眠薬を混ぜるような輩に碌な奴はいない。ぐりぐりの刑に処して頭パーンが妥当だろう」

「わ。わーお、守護者さんから発せられる殺気と怒りから本当に頭パーンさせられる未来が見えてるわ、比喩ではなく直喩で 息吹 ミコトこれはもしかしなくても絶体絶という場面に直面しているのでは?」

「慈悲は無い」

「あ、餡蜜サービスするから!」

「む……大盛りか?」

「お、大盛りで!」

「………しゃーねーな」



                   ■

餡蜜を食べ終え、少し落ち着きを取り戻した俺は時計を見る。

閉店してから約一時間……時刻は午前三時を回っていた。

「……で?何の様だ? わざわざ睡眠薬なんて盛りやがって」

「ふふふ、ごめんなさいね……でも、こうでもしないと、二人きりでお話しすることなんて出来ないから」

「……」

ミコトは少し申し訳なさそうにそう俺にいい、正面に向かい合うように座る。

「……で?話って?」

「愛の告白が出来ればいいのだけど、今日はその日じゃないの。今日は」

そういって、ミコトは一度息を呑み。

間を空けた後。

「私の、異常についてよ」

そう一言、俺に言う。

「……そうか」

今まで話そうとしなかったため、話題にはしていなかったが、それは大体予想がついていたことであり、俺は素直にミコトを受け入れる。

「……驚かないの?」

「まぁな」

「……本当に守護者さんは優しいのね」

「別に、あまり興味が無いだけだ。唯でさえ俺の周りには普通じゃない奴が多いからな。いまさら驚くのも馬鹿馬鹿しいだろ?」

「それでも、聞いてくれるのよね?」

「まぁな」

くすり、とミコトは笑みをこぼし。

「私の能力は、知ってると思うけど未来を見る力。あなたの主人である冬月桜が文字を操るように、私は運命を操る異能者よ」

そんなことは大体知っている。 こいつが隠しているのはその能力によって失うものだ。

「……何を失った?」

一瞬の沈黙が流れ、本当の静寂が店を包み。

「とっても、大事なものよ」

ミコトはその沈黙に耐えかねるように言葉を搾り出した後。

「!?」

隠し持っていたナイフを自分の人差し指に当てて、思い切り引く。

「何して……」


ぽたぽたと垂れる血液。

深く切られた指は嗚咽を漏らすように赤いものを吐き出し、痛々しく手を赤く染め上げる。

普通の女性なら悲鳴を、少なくとも苦痛に表情を帰るほどの怪我である。

しかし。

「……」

ミコトは表情一つ変えず、他人事のように自分の手を見つめている。

それで分かった。

彼女は他人の未来を得る代わりに、自分の存在を失ったのだ。

「気づいたみたいね……そう、私には感覚が無いの。痛みも、暖かさも冷たさも分からない……だから」

「ふざけるな!」

「え」

「痛いと感じないからって怪我しても言い訳じゃないだろ!ったくみせろ、血止めるぞ!」

「……あ、ごめんなさい」

ったく、何でこいつはここまでするのかね、別に手を切らなくたって俺がこいつの言葉を疑うわけが無いだろう。 人が嘘をついているのと真面目に語っていることの区別も出来ないと思われてるのか。抗議の意をこめて無意味と知りながらきつく包帯を巻く。

「まったく、そんなに信用が無いのか俺は……。確かに人からは鈍感とは言われるが……」

ぶつぶつと文句を垂れながら、ミコトの指に包帯を巻いていく。

ミコトはというと、珍しくおとなしく止血をされており、なぜかうれしそうに微笑みながら俺を見下ろしている。

「やさしいのね」

「やさしくは無い。てか何で指を切った。もっとやりようがあるだろう」

「だって、そっちの方が派手だし絵になるでしょ?」

「……アタマパ」

「ごめんなさい!」

「まったく。ほら、あんまりいじくるなよ?」

「……うん、ありがとう。守護者さん」

石田さんに比べれば多少不得手ではあるが、ミコトは満足そうにうなずき、俺の隣に座り込む。

「どうした?まだからかっているのか?」

「……ええ、慌てふためくあなたを見るのは楽しいわ」

「狐め」

「おほほほ、ってはぁ……だめね、私。 いつもこうやってごまかして。こんな話をするために、あなたと二人っきりになったわけじゃないのに」

「……」

ミコトは憂いを秘めたため息を漏らし、覚悟を決めるように一つ深呼吸をして。

「私ね……本当はずっと怖かった……。瞳を閉じると何も感じない真っ暗な世界。まるで一人だけ世界から切り離されたみたいで何が起こってるのかまったく分からなくなる。……まるで死んでるみたいで眼を開けるたび

私は戻ってこれたって安心できるの……でもね、あるとき、私はある人の死を見た。眼を閉じたまま、何も感じずにそのまま死んでいく人を。

二度と、もう二度と眼を開けられないのが怖かった。

自分はしにかけていても気づけない……音も無く、ただ、人形が壊れるようにとまるだけ。 だから眠るのが怖かった……どうしようもなく怖くて、眠れなくて……だから全部忘れたくて、お酒に頼って眠ってた」

壊れそうで、なくなってしまいそうな弱々しいその声。ああそうだ、時折ミコトが見せるこの表情こそ本当のミコトで、いつもの振る舞いは自分の弱さを守るために作り上げられた偽り……いや、そんなに確固たるものではない。唯の強がりで、本当はいつも不安で不安で仕方ないのだ。

いつも大人びた姿に騙されてしまうが、本当はとても弱い存在なのだ。

「ミコト」

「……でもね」

俺が何か言葉をかけようとするが、それをミコトはさえぎるように言う。

「でもね、あなたが来てから変わったの……なんでかな、あなたがそばにいると、安心して眠れる……ううん。あなたがここにいるだけで私は無条件で明日を信じられる。ありがとう守護者さん……あなたのおかげできっと私は救われたんだと思うの」

はじめてみせるミコトの満面の笑み、照れくさそうに少しだけ目元に雫を潤ませて、少女はそう感謝の言葉を伝える。

「……そうか。よかった」

「ええ」

多くの言葉は要らない。別に俺は何もしたわけじゃないし、全てを知って、ミコトと俺の関係がなんら変わることも無い。

だから俺は、短く言葉をつづり、ミコトはいつものように相槌を打つ。

これでおしまい。

後はいつものようにこんな関係は回りだす。

変わったことは唯一つ。

二人の距離が近く、深く、縮まっただけ……。

                   ■


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