第五章 冬月家の地下迷宮3
出口から離れ、メイドに連れられて歩いていると、ふとメイドロボットが足を止める。
「どうしたんだ?」
「さぁ?どうしたんだろう?……えーと……あ」
「?」
「来てシンくん。ここ、穴が開いてる」
「……ああ、落ちたな」
「降りてみようよ」
「いや、高さが高さだ……下も瓦礫だらけで俺はともかく桜が安全に着地は出来ないだろう」
「シンくんが私を抱えて降りるっていうのは?」
「!?」
その光景を想像して、俺は一度桜の体を凝視してしまう。
……和服の上からでも分かる、少し控えめな体のライン……しかし、目前にあるのは確かに女性の体であり……意識した瞬間にこの前の浴場での光景を思い出す。
……何を考えているんだ俺は、桜はクライアントであって、そして友達で……。
「駄目なの?」
……近寄り、上目づかいで俺の顔を覗き込んでくる桜……。
だめだ……考えれば考えるほど意識してしまう。
どうすればいい。
想像しただけでこれなんだ実際にやるなんて……そもそも、桜を抱きあげるなんて……そういうことは本来お互い好きあった人間どうしがやるもので……。
「い……いや、そそ……それは無理だ」
「なぜ?」
桜はそういうのが良くわからないだけ……何とか言い訳をして抜け出さなければ。
「お……重いから」
「ごふっ」
「悪かったわね!」
「いや、ちがっ」
「いいもん、この子に下に降りるルートを探してもらうからふーんだ」
とりあえず、この回答は間違いだったようで、桜はそのままメイドと一緒に奥へとズカズカと進んでいき。
「……あれ?」
「え?」
桜は変な言葉を発する。
直感で分かる。
ここの床は、長山とカザミネの二人が乗って崩れた床だ……つまり。
ここ以外の床も抜ける可能性があるという事。
「ちょっ!やっぱり私って重いのかなああああああ!?」
◆
「え!?なにっさこの音」
「真上からってことは……やっぱり」
「やっぱり?」
上を見やると、落ちてくる瓦礫が丁度俺達へと降り注ぐ。
その量は落下の時とは違い、一か所だけではなく恐らく廊下一体が崩れたのだろう……先の五倍はある。
「今度こそ死んだっさあああ!?」
「ちっ。カザミネ!」
カザミネを後ろへと下がらせ、俺は宝物庫から武器を引き抜く。
「まとめてぶっ飛ばすぜ!」
引き抜くは、雷神の槌……。 防いでも瓦礫で埋め尽くされる。
だったら、全て粉みじんにする!
「おおっりゃああ!」
一閃。
その一撃ですべてを粉微塵に吹き飛ばす……。
「おっす、カザミネ生きてるか?」
「……え……うん」
さらさらと粉塵となったコンクリート片が散り、俺はカザミネに粉がかからないように傘をさす。
「さて、帰り道探そうぜ?こんな所からはさっさとおさらばだ」
「……君、どうして幽霊が怖いんさ?」
◆
崩れたがれきは廊下一体へと繋がり、脱出不可能な落盤に、俺は桜を必死で抱き止め、着地する。
軽い……。
想像よりもはるかに華奢で……触れると手折れてしまいそうなその体を必死で抱きしめ、俺は瓦礫の上へと着地する……。
「桜! 無事か!?」
「え……あ、うん」
桜はまだ何があったか把握をしていなかったようでぽかんとした顔をしている。
よかった、見たところ怪我はないようだ。
「……」
とりあえず桜の無事に安堵の息を漏らした後、俺はそのまま隣にいたはずのメイドを探す。
あの高さから落ちて……故障とかされてたら長山たちを探せなくなる……。
と。
メイドは何事もなかったかのように、俺の後ろにピッタリと張り付くように佇んでいた。
「…………暗くてビビるから、もう少し存在感と言うものを出してくれないか?」
「……」
うむ、反応なし。
「あー分かった、分かったからさっさと長山たちを見つけてここから出してくれ」
「………」
メイドは一つ頷き、先ほどよりも少し早足で崩れた道を歩いていく。
どうやら長山たちは意外と近くにいるらしく、俺はそれについて行こうとし。
「し……シンくん、降りる。もう大丈夫だから」
「!お、おうすまん!」
桜を降ろし、俺は少し自分の手を見る。
桜を抱いた感触が、まだ手の内に残っている。
……。
「ほら、行こう行こうシンくん!龍人君たち行っちゃうよ!」
「あ、ああ。今行く」
暗い闇の監獄の中、俺は桜とメイドを追いかけるように、小走りで瓦礫の上を歩いていく……。
心臓はまだ激しく脈打ち……息は切れるくらいに激しい。
……本当に疲れた。
だというのになぜだろうか……少しだけ、残念に思っている自分がそこには居た。
◆
「そういえば」
二人で下水道のような場所から歩いていくとカザミネが不意に口を開く。
「ん?なんだいカザミネ」
「少し聞きにくいことを聞いてもいいかい?」
「どうしたんだよいきなり?俺とお前の中だろう?エロイことでもなんでも教えてあげるよ」
「君の頭の中はそんな事しかないのかい?……シンくんが苦労するわけっさね。
まぁ、君の期待に応えられるような質問じゃないよん」
「そうかい、そりゃ残念だ……で、どんな質問?」
「……君にとって……親ってどんなもんさ?」
「は?」
「私、子供のころの記憶がないんさ……何があったかも分からないまま、気づけば傷だらけでこの森に居た」
「……カザミネ?」
「だから私は、親を知らないんさ。だから聞いてみてるんさ……でも、君は孤児だって聞いたさ……だから聞きにくいことを聞くかなと思って」
「親か……俺にしてみればくそったれだな」
「……くそ……」
カザミネは、少しばかり困ったような表情をして言いよどむ。
そうだろうな、相棒の親父は英雄。 そして桜ちゃんは口では父親を恨んでるとか言ってるが……それでも本当は父親が大好きだから……そんな話ばっかり聞いてたカザミネにしてみりゃ、俺だけが異常に見えるのも無理はないだろう。
「悪いが、俺は深紅や桜ちゃん見たく特別な家に生まれたわけじゃない。
唯のくそったれな日本に生まれ、くそったれな時代のあおりを受けて……くそったれた親たちの犠牲になった……其れだけだ」
「……どうしたんさ?」
「教えてやるよ……面白くもねえ話だけどな」
どうしてだろうか……俺は、その時に限って久しぶりに親への怒りが込み上げてきた。
……多分、カザミネの過去を聞いたせいだろう。
記憶喪失で、森に捨てられた少女……。
「日本って国は、ガキに人権は無い」
「え?」
「てめえ勝手な爺達が作り上げた法律で、何も理解できねえくせにふんぞり返った馬鹿どもが、自分たちが衰退させた国を若者に押し付けて、若者のすねかじってえばり散らしてやがる。誰も子どもの視点にはたたない。自分の価値観、自分の主張を、子どもを使って主張したいだけ……親にとって、爺にとって子どもは唯の道具だ……危険という理由で子どもは遊び場を奪われた……公園はお偉いさんが寝泊りするホテルになって、図書館はいかれた差別至上主義者の格好の主張場所になりやがった」
「……龍人?何がいいたいっさ?」
「……つまりだ、日本人は子どもを道具としか思えねーんだよ。自分を正当化するための、しかも自分のしょぼくせえプライドを守るためのな」
「そんな……それは少し極論じゃないかい?」
「そうかもしれねえ。だけど俺の知ってる日本ってのはそういうところだ……あんたら外人が望むような、ヤサシイクニじゃあねえ。醜い感情とバカ娼婦が我が物顔で歩いてる……そんなクニなんだよ……少なくとも、俺の知ってる日本はな」
「…………どうしたっさ?らしくないよん赤い人……」
「ああ、分かってるよ。だけど必要だろ?世界観は……こんな世界観を持った人間の親ってのが、聖人君子にでも思えるか?」
「……アメリカンジョークだったら笑えるっさね」
「……ああそうかもな、だけど俺は日本人だ……残念だけどギャップはない。
生まれてはじめての光景は、親父がお袋を殺すところからだ」
「……え?」
「ああ、物心付いたときから体は傷だらけ……奴ら俺のことをサンドバックにでもしてたのかね、あちこち痛えし、最初の光景が当たり一面ブラッドバスだ……トラウマなんてもんじゃねーよ……ケンカの原因もしっかりと覚えてやがる。餓鬼にかけてた保険金が下りなかったんだと……自分で殴ったのがばれたからだとさ……間抜けな話だ、サンドバックの次は俺は貯金箱になる予定だったらしい。
そんで、男が女を殴ったら、動かなくなっちまった……男はそれでしばらく何か騒いでたな……んで、俺へと歩いてきた。悟ったよ、殺されるってな。餓鬼だから逃げられない……あー違ったな、確か両足が壊死してた。泣くことも出来なくても、自分が二度と動けなくなるってことだけはしっかりと分かったよ……。
あれは、怖かったな」
…………思い出したくも無い。
俺の恐怖は……そうだ、そこからいつも来てる。
「どうして、たすかったっさ?」
「あいつが来たたのさ」
「あいつ?誰?」
「英雄」
「?」
「窓ぶち破って、そいつは男の両足を切り取って、這い蹲る男の心臓をそのまま止めた…………神っているんだなって思ったよ……」
「それが」
「ああ、俺達のビッグボス……対大量破壊兵器専門部隊准将……ジューダスキアリー。それから、一年は治療……もう一年はリハビリ……そして孤児院に行くのを断って、俺を助けてくれたボスについていくことにした……もちろん、面倒くせーからみんなには孤児院出身と言ってある」
「じゃあ、ジューダスさんが親なんじゃないかい?」
「いいや、あいつは親なんてくそみたいなものじゃない……もっと大切な……もっと信頼するものだ……俺にとって親って言うのは唯の糞ったれでしかないからな」
つい感情的に話して、俺は後悔をする。
カザミネは暗い顔をして申し訳なさそうにこちらを見ている。
あぁくそ……そういうつもりじゃなかったんだが……。
「…………龍人。ごめんっさ、嫌なこと思い出させて」
「いやいや、こっちこそくだらないことを話してわりい……」
「そんなに辛い思い出なら、話してくれなくてもよかったっさ……ごめん」
「……いや、お前だからこそ話さなきゃいけねーと思ったんだよ」
「え?」
「……お前は、記憶を取り戻したいのか?」
「……う、うん」
「それは止めたほうがいい」
「え?なんでさ?」
「……無いほうがいい記憶だってあるんだよ……。詳しくは知らねえけどさ、こんな森の中に傷だらけで放置されてたんだろ……そんな餓鬼が、親に大事に育てられていたとは思えない……。思い出していない今が幸せなら、無理して思い出す必要は無いんだよ。過去を捨てたなら、それを拾って苦しむ必要は……俺はねーと思う……そう思ったから、俺はお前にこんな話をしたんだ」
「……龍人」
カザミネは、悩むような表情をして口を二三度もごもごさせて。
「それでも……」
「あ、いたいたー!」
ふと後ろから声が聞こえ、振り返る。
この声は……桜ちゃん!?
よかった無事だったのか……っていうか迎えに来てくれたのか!
「カザミネ、いくぞ!迎えだ、迎えが来たんだ!」
「あ……うん。わかったっさ!」
カザミネの手を引き、俺はもと来た道を戻っていく。
おお、後ろのほうには深紅も見えるし……助けに来てくれたんだ!?
あーー、やっぱり持つべきものは友達だよなあ!?
「おーい桜ちゃーーーん!シンクーーーー!って」
瞬間、うっすらと二人の後ろに不気味な仮面が浮かび上がり。
「……え……」
そのまま二人に憑いてくるようにひたりひたりと仮面が笑みを浮かべながら走ってくる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」
その後、俺とカザミネは二十分近く迷宮をさまよった挙句、道を暗記した深紅によって救助されたのであった。




