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第五章 冬月家の地下迷宮2

暗く伸びる通路はまるで下水管のようなにおいがし、俺はこの前潜入した下水道を思い出す。

なんというかまあ、冬月の城には似つかわしくなく、その道中はまるで拷問室もしくは監獄への通路に似ている。

溶けた鉛の中を歩くような重苦しい空気が漂い、その鉛がだんだんと固まってきているのではないかと思うほど一歩一歩進むごとに足が重くなる。


本能が告げている。 この先に向かってはいけないと。

何があるのか分からない。

分からないからこそ恐ろしい。

人間は、理解しなければたとえどんなに危険なものであろうと恐怖を感じることは無い。

おろかなことに人はその都合のいい恐怖という形により破滅の道を歩み。

一方、その都合のいい形により、幸福を得ている。

そう、今はまさにそれだ。


俺たちは、知らなければ幸福だったそれに触れて、理解をしようとしてしまっている。


恐怖そのものに触れて理解してしまうという確信が、この通路には存在している。


「……なぁ、深紅」

「どうした?長山」

意気揚々とかけていく桜を追いかける道中、長山は思い出したように一つつぶやく。

「なんか、誰かついてきてね?」

「……カザミネは?」

「ここだけど」

「がくがくがくがくがくがくがく」

カザミネは長山の後ろに張り付いてマナーモードになっている。

怖いからはじめからこんなところに来ようなんていおうとも思ったが、なんだか不憫に思ってやめ、そして気配を読む。


こっこっこっこっこっこっ


ひたり。 ひたり ひたり ひたり。


桜の進んでいく足音に続き、俺と長山のゴム製の靴の音。


そして……確かに誰かが後ろから歩いてくる音がする。


しかも……この音、はだしだ。


「………お、おい桜?」

「ん?どうしたの?シンクン?」

「いや、この音に聞き覚えあるか?」

「音?」

桜は首をかしげて立ち止まり、耳を済ませるような動作をとり……。

「ぜんぜん?だあれ?裸足で歩いてるの」

なんて素っ頓狂なことを言い出す。

「現在進行形で歩いている奴はいない……そして石田さんがこの通路を裸足で歩いてる可能性はほぼゼロに近い……」


俺たちの顔が青くなるのが、このくらい通路でもはっきりと視認できた。

「ま、まさか幽霊なんているわけ無いよねシンクン?」

「あ……ああ」

「でででででも、誰が裸足で歩いてるんだよ!?」

「なむみょうほうれんげーきょーぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー」

「カザミネお経を唱えないで!」


ひたり ひたり ひたり


音は次第に大きくなり、気がつけばもうすぐ後ろにまでやってきている。


息を呑む。

もはや手に持った武器のことなどすっかり忘れており、俺達はただ固唾を呑んでその音のほうを凝視し。



ソレヲ ミテシマウ


「ぎゃあああああああああああああああ!?」

複数の叫び声が交じり合い、同時に俺は首をつかまれてそのまま後ろに引きづられる。

「なにあれ!?あれなんなのよ!?」

「お……落ち着け桜!?」

「ととと、とりあえず逃げるしかねーだろあんなの!?剣とか銃とか効果ありそうに見えた!?あの顔やばいって!何人殺したとか殺してないとか言う問題じゃないよ!聖水かけてもころっとした顔で司教様とか殺しちゃうタイプのやつだよあれ!?」

「ぐふっ……い、いいから早く、俺の首を離してくれ……がばぁ」

幽霊に殺される以前にお前らに殺される。

「ねえねえ、お友達になれないかな?」

「バカ言うな!?」

「でも何もしてこないし」

「いいか桜ちゃん!?ああいう奴らはゾンビと違って物理的攻撃はしてこないっさ、日本の幽霊はにらまれるだけで殺されちゃうの!!」

「日本のお化けはこえーんだよ!?こっちの攻撃は通らないくせにあっちの攻撃は全部通っちまう!?ご都合主義の塊で出来てんだよ日本の幽霊は!!ハリウッドスターでも倒せないの!?」


「じゃあ、あっちが握手しようとしたら出来るのかな」

「今までの話聞いてなかったの!?」

カザミネと長山はすっかり幽霊に精神的全面降伏をしているらしく、戦う気はなく、長山にいたってはいちいち単語を間違えまくっているまったく除霊効果の期待できないお経を唱え始めている。

やれやれ、同じ部隊の人間としてはずかしい。

「離せ長山」

「あだっ!?ななな、何しやがる深紅」

「あっちの方が早い、追いつかれるのも時間の問題だ」

「ややややややばいっさやばいっさやばい」

「うるさい黙れ……どうせあの形状人間じゃない……それに、一心の作ったものだ、十中八九たかが知れてる」

「いやいやいや、だからあれ見ただろ!?どう見たって幽霊だろ!」

「アホは黙ってとにかく手を離せ……さっさと壊してかえるぞ」

「えええい、俺はもう知らないからな」


離れると同時に俺は強制的に止められていた呼吸を取り戻し、同時にクローバーを構える。

「ったく。面倒ごとを増やしやがって」

問答無用に、ファーストアクトを顔面に叩き込む。

「トリガーオン……消えな。 ファースト……」

「だめっ!」

「んな!?」


まさに予想外……俺の射撃を阻んだのは敵による攻撃でもなければ、どこからとも無く現れた新手の妨害でもなく。 不意に俺のクローバーを弾き飛ばしたのは、何を隠そう護衛対象であるはずの桜自身であり、俺はかんぜんなる不意打ちにより対処することも出来ずに、なすすべも無くファーストアクトを不発させ、クローバーをその場に取り落とす。

「な……何をする……」

「まだ襲ってきてるって決まったわけじゃないもん!何もしてないのに殺すのは良くないよ!」

「お前……そんなこと言っている場合じゃ!?」

文句も、もう片方のクローバーを引き抜くのもすべてが遅い…。

桜の奇襲は完全に俺と桜を窮地に立たせ、気がつけばソレは俺たちを解体の射程距離に収める……。

まずい……まにあわねえ。

「っち!下がれ!」

防護術式の高度を最大にし、桜の盾になるように両手を広げてその刃を受けることにする……。


走る仮面は速度を殺さぬまま俺へと疾駆する。

その速度、威圧感で理解する。

これは人間でも幽霊でもない……紛れも無く仮身であるのだと。


理解はすれど、すでに間合いは相手のもの。

なすすべも無く俺は、一足で俺の懐へともぐりこむその不気味な仮面を正面から見据え。 

その仮面は脊髄まで染み入るほど不気味なその笑みを俺の眼前で浮かべたまま。

「!?」

停止する。

「……………む?」

まるでマネキン人形のように、それは俺たちに近づくと、そこに停止をしてそのピエロのお面のような笑みをこちらに向けてくる。

……襲ってくる気配は無く。

敵意も、殺気も……よくよく見るとそれには人の命を奪えるほどの凶悪性は微塵も感じらら得ない……。

「ほらね、何もしてこないでしょ!」

桜はすこし自身間ありげに胸を張り、俺は脱力してため息を漏らす。

「あはは、まったく慌てん坊なんだからシンクンは」

桜はそれを安堵のため息ととったのかそう笑いながら俺の肩を叩き。

「私達が迷子にならないように後ろから付いてきてくれたんだよね、きっと」

そんな聖人君子ばりの解釈をして、その仮面にありがとうとお礼を言うと、

仮面は少しだけ俺から桜へと視線を移動させ、顎を二ミリほど引いて答える。

一応声は届いて、理解はしているようだ。

「もう少し分かりやすく出てきてくれ……お前のせいで迷子が二人できてしまった」


まあ、ここから出口が見えるというのに迷子になるバカにも非があるのだが……。


仮面の仮身は首をかしげ、その後うなだれるように顎を少しだけ引いてうなずくような動作を取る。

……了解、ということか? それともうなだれてるのか?

その姿は無言だが感情があるみたいで、俺はなんだかむず痒い感覚を覚える。

いや、別にこいつに感情があろうがなかろうが関係ないな……俺には関係の無い話だ。

其れよりも問題なのは。

「いつからこいつはここにいるんだ?」

……よくよく見てみると、その仮面は女性型のようで、ぼろぼろで浮浪者のような身なりになってはいるが、身につけているのはメイドや乳母が着るような貴族の使用人が身に着けるような洋服だ。

「……お前の父親は、こういうメイドが好みだったのか?」

「違うよ!……」

桜は一度否定した後、一度考えるような素振りをして多分と付け加える。

まぁ、さすがにこんな仮面をつけているようじゃ愛人と言うわけではなさそうだが。

「まぁ、お前の父親がここの道案内とかを命令してそのまま放置されたってとこだな」

「むむ……お父さんも何か一言言っておいてくれればよかったのに、放置されて辛かったでしょ」

「辛かったか辛くなかったかは良いとして、好都合だ……このメイドに案内してもらえればあの二人の居場所も分かるだろう」

「そうだね、お願いできる?」

桜のお願いに、メイドは一度だけ頷き、駆動を思い出したかのように全身を駆動させ、ゆっくりと道案内するように歩き始める。

「……優秀だな」

「冬月家に遣えるんだからそれ相応の能力を持ってるわよ!!石田を見れば分かるでしょ?」

自信たっぷりにそう桜は言い、鼻高々に後を着いて行き俺はどこからその自信がくるのだろうと考えながらふらふらと後ろを付いていく。


                    ◆

「あたたた」

状況を確認しよう。

俺達はあの殴ることも切ることも撃ち殺すこともできない一方的に俺達を弑逆する半透明な無生命反応物体の襲撃を受け、命からがら逃げだしたは良い物の、出口を見えなくするという視覚的攻撃を受けて俺とカザミネは暗中模索で闇の中を疾駆した末、地盤落下式トラップにより、高さ二十フィートから落下……監獄に叩き落とされ今に至る。


(幽霊とは言いません だって怖いから)

「おーい……生きてっかー」

「何とかねーん」

瓦礫の中から聞こえるカザミネの声……と同時に初代ゾンビの登場シーンの様に腕が伸びる。

「案外お前も化物だよなぁ」

「誰が化物っさ!赤い人!ちゃっかり自分だけ受け身を取りくさってからに!?」

「取れてねえよ……だからこうして脳震盪で二秒くらい伸びてたんじゃねーか……ただ自分の周りの瓦礫を払っただけだって」

「全部私の上にかかってるじゃないさ!」

「あれ?マジで」

「どうしてくれるっさ!?あんたのせいでこの私の雪のような柔肌に傷がついて……」

「ないな」

「あれ!?なぜに」

「やっぱり化物じゃないですか」

「誰が化物かー!狩人だからっさ!私は狩人だから君たちとは鍛え方が違うんさ!きっとそうさ」

一応カザミネの周りに盾を張っといたおかげなんだが……面白いから黙っとけ。

「そうだな、流石狩人だ」

「ふはははは、私の素晴らしさに恐れ入った見たいっさね、崇め奉るっさ」

「ははーっカザミネ様、そのお力でぜひ先の不届き物を退治していただきたい」

「ふはは!任せるっさ私の手にかかればあんなふわっとしたものに負けるわけが」

「あっうしろ!」


「あふゃああ!龍人!龍人!助けて、御願い見捨てないでー!?」

「さて、じゃあカザミネちゃんは俺の後ろにのそっと付いてきな」

「ああああ!?騙したっさね!赤い人の分際で!首剥いではく製にしてやるから覚悟しろっさぎにゃあああ!」


「あたたっ!痛いって痛いって!?やめっかみつくの反則だってあだだだだ!?」

                    ◆

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