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第五章 冬月家の地下迷宮 1

「じゃあ長山、桜を頼むぞ」

「お前もまじめだなぁ。俺のゴーレムがいりゃ見張りなんて必要ないだろうに」

「……それは分かっている。お前のゴーレムの能力を疑うことは無い、だがなぜか嫌な胸騒ぎがする」

「自分の目で見張ってなきゃ安心できないってか?」

おじいさんかよと長山はそう一言苦笑を漏らし、手を振って俺を送り出すが

「えー!?シンくん今日こそは三人でゲームをしようよー!?」

桜は納得がいかなかったようで、俺の袖を引っ張って部屋に連れ戻そうとするが。

「悪いな桜、俺も長山と一緒にサボるわけにはいかない……」

「あれれー?なんか含みがあるようなきがするねーなんでかなー」

「むー。そしたらいつまで経っても一緒に遊べないじゃない!?」

「悪いな桜……また今度だ」

「今度っていつ?……」

「む……」

「まあまあ桜ちゃん。シンクだって意地悪してるわけじゃないんだから」

「……うん。でも」

龍人君とシンクンと一緒に遊びたいなあ。

その言葉を桜は飲み込んで、それの代わりにがんばってねという言葉を俺に送り、その言葉に少し罪悪感を覚えながら、俺は屋上へと向かっていった。


外は少し風が強くなり、頬を冷たい風が伝う。

雪は吹雪というほどではないが、明らかに午前よりはその量を増しており、屋上の黒い鉄柵は、雪により白い化粧をされていた。


俺はその白粉を拭い、スナイパーライフルを構えてあたりを見回す。


長山の言うとおり、ゴーレムがいれば敵の浸入、不意打ちに完全に対応できるはず。

しかし、ジェルバニス・ゼペット・ファントムが終結したあの日……

長山は、ファントムの侵入を察知できていなかった。

気を抜いていたわけでも、偶然ではありえない。

となると、ファントムはゴーレムの眼をかいくぐるすべを持っている可能性がある。

…………だからこうして、見張りを続けているわけだが。

「はぁ」

なぜだろう。

いつもなら桜のあんな表情も無視して、仕事に没頭することが出来たはずなのに、今では桜のあの寂しいのを我慢して作った笑顔が頭から離れない

「……はぁ」

最近ため息が多いな……もともと幸薄いほうだが、このままだと本当にスライスチーズみたいにぺらぺらの幸薄人生を送るハメになってしまいそうだ。

「………異常は無いな」

森の様子は至って普通。

敵が襲ってくる様子もファントムが潜むと思われる術式の結界が破られた様子も見られない。

まぁ、破られていたら困るのだが、とりあえず今のところは襲撃を受けることはなさそうであり、俺は少しだけ肩の力を抜き、スコープから眼を離してその場に座る。


眠い。

思えば昨日からなんだかんだで眠れていない。


座った瞬間に襲い掛かる眠気を少し振り払う。

本当に、人間には何で眠気なんてものがあるのだろう。無防備をさらすとても無意味な時間だ。

しかも、とらなければ体の機能が少しずつ衰えていくというのだから……本当に人間の体というものはままならないものである。


「少し仮眠をとろう」

森の状態に異常があれば、ここならすぐに対応が出来るし……。

何よりもそろそろ限界が近い……


決心してまぶたを閉じると、体は待ちわびたとでも言うようにすぐに体を睡眠状態へと移行させ、俺の意識は次第に深い闇の中に落ちていく。


不快だ……。

この意識が遠のいていき、何もかもの記憶が飛んでいく瞬間……。

「あぁ……夢は嫌いだ」

無意識に俺は、そんなことをつぶやいた。

                   ■


夜、一人訪問者は館を歩く。赤い廊下を明かりもつけず、誰にも気づかれること無く気配を消して……。


館はその訪問者を拒絶することなく受け入れ、ひたりひたりと階段を上る姿をその瞳に写すものはいない。

いや、仮にいたとしても……その存在を気に留めるものは一人もいないだろう。


ひたり ひたり

廊下を歩く音は、まるで滴る雫のような音であり。

その体からは、まるで獣が肉をむさぼっているような生臭い香りが部屋に充満する。

誰も気づかない。


それは一人、部屋を誰の眼を気にすることなく悠然と行進し……ひたりひたりと

目標である不知火深紅の眠る屋上へと向かう。


石田扇弦でさえも……眠りについていない長山龍人でさえも……その異常には気づかない。


悠然と階段を上る。

ひたりひたりと。


誰にも気づかれず、気配を消して……そして、深い眠りに付いた目標を、その眼で捕らえ……。

「動くな……」


コメカミに何か硬いものを当てられる。

どうやら、その進行はここで終了のようだ。

                    ■

「何だカザミネか」


「あららら、随分とご挨拶っさねぇシンクン……女の子の頭にいきなり銃を突きつけるなんて」

「……気配を消して不法侵入して近寄ってくる奴が悪い……ったく、いつでも訪問していって言われてても限度があるだろう。

人の仮眠中に余計なことをしやがって、安眠妨害の恨みでついついこの人差し指が引かれてしまいそうだ」

「ぎゃああ!?眼を覚ましてシンクン!ごめんなさい!?」

「カザミネのいちいち気配を消して動く癖は何とかならないものだろうか……いっそこいつの体に鈴でも縫い付けるというのはどうだろう……」

「もれてるっさ!?シンクンその心の中の怖い妄想が外に駄々漏れてるっさ!?」



「やれやれ。で?何のようだこんな時間に」

とりあえずカザミネに向けていたクローバーを懐にしまい、話を聞く。

「いやね、少し今日は相談があってきたんだよん」

「相談?」

「そうそう、この家ってさ、立ち入り禁止の場所があったでしょん?」

「立ち入り禁止の場所?」

少しだけ考えて、一つ思い出す。

桜に初めて案内されたあの通路。

空けた瞬間にとんでもない不穏な空気が流れ出し、その名状しがたいあまりの恐ろしさに存在を記憶から抹消していたあの謎の部屋……。

「……あそこがどうかしたのか?」

「いやね、入っちゃだめって言われると、無性に入ってみたくなっちゃうのが人のさがでしょ?だけどこんなうら若い乙女の身に何かがあったら大変っさ」

なるほどようするに、あそこの部屋がどうなってるのかをしらべたいという好奇心にまけはしたが、一人で行くのは少し怖いといったところか。

「こわくなんかないっさ!?」

カザミネは何も言っていないのにそうさけび、俺に絡んでくる。

「ああはいはい分かったよ……」

見張りの席をはずすのは少しばかり不安が残るが、まぁそんな時間もとらないだろうし、大丈夫だろう。



そうして俺は、カザミネと共に一階の部屋に向かう。

その部屋は会いも変わらず一つだけ開かずの間としての風格を失うことなく、気に留めなければなんの異常もないが、気に留めた瞬間人の恐怖を的確に付くような奇妙な雰囲気をかもし出す。


「あけるか?」

「うん」

確か、鍵はかかってなかったはずなので、俺はとりあえずドアノブに手をかける……と。

「む」

あかない。


ガチャガチャと扉を回しても何も反応が無く、俺は仕方なく思いっきり引っ張ってみるが、扉は頑として動かない。


「何してるっさ?」

「あかない」

「えー!?」

鍵がかかっているような様子は無いのに、まるで空間にぴったりと固定されたかのように開く気配が無いのだ……。

「……術式か?」

そう思い、俺は一つ思案をした後。

「カザミネ、長山と桜をつれてきてくれ」

そうカザミネに頼む。

「桜? まあ良いけど、今寝てるんじゃないかい?」

「いや、きっとまだゲームしているだろう。寝ているようなら今日じゃなく明日探索するとしよう」

「……わかったっさ。仕方ないさねえ」

そういってカザミネはちょっと残念そうに階段を上がっていく。


特にこの部屋に興味がわいたというわけではない。

しかし、この屋敷にここまで厳重なセキュリティをかけていた部屋は無い……となると、もしかしたらここには何かあるのかもしれない。

桜の話によるとこの中は広大な空間になっていたらしいし……まさかとは思うが…………。

「やっぽーい!つれてきたよーん」

「どうしたのシンクン?」

「ったく、いい所だったのによー」

どうやら二人ともまだゲームで白熱している最中だったらしく、想像通り早くやってきた。

「ああ、実はな」

俺はそのまま桜と長山に状況を説明する。

「面白そうじゃん!?やるやる!」

「うん、やろうやろう!」

まぁ、当然のように二人とも快く承諾をし、とりあえず俺は桜に術式の解除をお願いする。

「すごい、この術式……赤い」

「赤?術式って色が有るのか?」

「うん。なんか、効果によって色が分かれるみたい。たとえば、シンクンの防護術式は緑色で、医療の術式は青色……一番きれいなのはそうだねぇ……シンクンのクローバーの術式かな。発射するとピンク色の術式のチリがひらひらって紙ふぶきみたいに散って……とってもきれい」

……うむ、言われてもまったく分からないが……とりあえずは効果によって色が変化するらしい。

「……まぁ、それはそうとして、あけられそうか?」

「大丈夫、あけられるよ」

桜はそういうと始祖の目を開眼し、そのままなぞるように扉を開ける。

なるほど、術式はノブにかけられていたのか……だからこの前来た時は簡単に開けられたのか。


鈍い音が響き、口をあける扉は、そのまま粘っこい吐息のような空気を噴出させ。

「……なぁ深紅、やっぱり部屋でゲームしねーか?」

「だめだ」

「ですよねー」

とてつもなく名状しがたい不安をあおる。

「大丈夫大丈夫! ボディーガードでも帰ってこれたんだから!」

出てくるのに二週間かかったがな。

桜だけなぜかそんな空気はお構い無しといったように一人ずんずんと先へ進んで行き、俺と長山はそれをいつでも守れるように付いていく。

むき出しのコンクリートに割れたタイル。

まるで廃墟のような出で立ちのその部屋はおぞましく、知らず知らずのうち俺と長山は懐に忍ばせている武器に手をかけていた。


                   ■


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