第五章 上達
銃声はやはり遠くからでも変わらず鳴り響き、俺は良くやるなと半ばあきれ気味に武器庫を覗く。
「……む?」
こいつ、誰だ?
目の前に立つ少女は、今までの引け腰のような射撃姿勢に、たどたどしくトリガーを引く素人では無い。
……悠然と、鷹のように鋭い眼光。 射撃の振動をぶれさせること無く両腕からしっかりと衝撃を逃がす姿勢……そのすべてがまるで熟練の兵士のように研ぎ澄まされ、放たれる銃弾はことごとく標的を貫いていく。
「…………」
もしかして俺は、二年近く石田さんと話し続けてしまったのだろうか?
おかしい……絶対おかしい。
だって、まだ銃を持って2日目だぞ? だというのになぜ五十メートル先にある的をあんなにも正確に、平然と打ち抜いているんだあいつは?
……というか、俺が的をおいたのは20メートル先だぞ……。
「あぁ、シンク」
ボディーガードの一人が満面の笑みでこちらまで近寄り、ニコニコ顔で話しかけてくる。
「……何があったんだ?」
その姿はどこか満足げで、俺は固まった表情のまま、どういうことか訳を聞く。
「苦労しました!私達総出で桜様に手取り足取り丹精こめて教えて差し上げましたゆえです!」
……人間、丹精こめて教えたって限度があるだろう。
「……なんか桜に変な能力使ったり、脳にマイクロチップ埋め込んだりとかしていないだろうな?」
「はっはっは、シンクはXファイルが好きなんですね。大丈夫です、あれだけ成長したのは桜様の才能です。ほめてあげてください」
「……むぅ」
教えておいてあれだが、これのせいで余計に危険なことに顔を出すようになるんじゃないか?桜の奴……。
困った……教えるんじゃなかったと密かに後悔が頭をめぐり、冬のロシアだというのに冷や汗が頬を伝う。
「……あ、シンクンだ!」
隣に立つと、桜は気がついたのか銃を打つ手を止め、セーフティーをかけて俺のほうによってくる。:
……成長したな、本当に
「どうどう?私うまくなったでしょ!」
ほめてほめてと子犬のように尻尾を振りながら俺を見上げる桜。
……そんな目で見られたら教えるんじゃなかった……なんて言葉はのどの奥に戻っていき、気がつけば消えてしまう。
「……上手くなったな。才能があるとしか思えない」
やれやれ、代わりに出てきた言葉は、桜のやる気を助長するものでしかなく……俺は自分の阿呆さ加減にため息を心の中でもらす。
「本当!? やったー!シンクンに褒められたー!」
「おいおい、銃持ったまま暴れるな!?」
桜は子どもみたいに跳ね上がり、大喜びではしゃぐ。
そんなに俺に褒められたのがうれしいのか、注意を聞いて銃をしまった後も、俺の手をとってなおも桜ははしゃぎ続ける。
その姿はとてもかわいらしく……なんというか、こんなに喜んでいる桜を見たのは初めてかもしれない……。
「どうした桜……」
「だってシンクンが褒めるなんてとっても珍しいんだもん」
「そ……そうか?」
「うん!」
なるほど、気にはしてなかったがそんなに俺は他人をけなしてばかりだったのだろうか……いや、しかし……あぁでも長山には……。
「むぅ」
「ふえ?何難しい顔してるの?」
「いや、少し過去を振り返っている」
「過去?」
「なんでもない……とにかくよくがんばったな」
そう、桜の頭をなでると、桜は少し恥ずかしそうな表情をして。
「えへへへ」
まるで良かった成績を褒められた子どものように笑顔を見せる。
「さ、帰るぞ……そろそろ日も暮れる」
「うん。私も少し疲れちゃったから、今日はここまでにしとこうかな」
「えーもう帰っちゃうのかよ桜様!?」
「ごめんねみんな。今日はありがとうね、明日もまた練習しに来るから」
「はーーい♪」
……どうやら桜はこの二日ですっかり人気者になってしまったらしく、ボディーガードたちから発せられていた覇気は完全に腑抜けたピンク色のオーラに塗り替えられ、鷹をも射抜くほどの鋭い眼光は、その面影さえも消えうせてみながみな長山のようなにやけ顔になっている……。屈強な戦士達をここまで骨抜きにするとは、やはり冬月家の持つカリスマがなせる業なのだろうか……。
つくづく独裁者の素質があるなぁなどと道中考えながら、俺は桜を連れて帰路に着く。
「でね……ねえシンクン。聞いてる?」
「え……ああ、すまん考え事をしてた、何だっけ?」
「だから、私初めてあんなにたくさんの人たちとお話をしたの」
「ああそうだ……そうだったなそういや」
俺はそこで初めて気づく。 桜が先ほどから少し興奮気味であること……そして射撃の訓練にここまで熱中している理由。
桜はずっと城の中に軟禁状態でいた、だからあれだけの人間と触れ合うことがとてつもなく楽しいのだ。
「うん。みんなとっても優しくてね、私の事をずっと陰で守っててくれてて……おかしいんだよ?今までありがとうって言ったらみんな泣き出しちゃって」
「それだけ慕われていたってことだろう?」
「そうなのかな?」
「ああ、実際あんなに人気者だったじゃないか」
「人気者?私が?」
どうやら気づいていなかったらしい……なるほど、この純心さが人の心をひきつけるのか。正直見習いたいところだ。
「そっか。シンくんが言うならきっとそうなんだね。よかったー、ちょっとだけみんな仕事だから付き合ってくれてるのかなって不安に思ってたんだ」
「それは心配ない、俺が保証する。あいつらはきっと今頃、明日を楽しみにお前の為に銃弾と新しい的の用意に奔走しているところだろう」
「あはははは、まっさかー。そんなことないよー」
「そうか」
ちらりと後方を見やり、兵士宿舎と武器保管庫を見やると、せっせと弾倉を運び出している健気な男たちの姿が見える。
「あ、そうだシンくん帰ったら銃の分解方法と掃除の仕方教えて!」
「なに?まだやるのか……というか、まだそんなこと覚えなくても俺が」
「だめだよ……私が覚えたいって言ったんだもん。最後までしっかり責任もってやらなきゃ、教えてくれた人たちに失礼だよ……それに」
「……それに?」
「せっかくシンくんが私の為に選んでくれた物だもん…」
「そうか。 気に入ってくれたならよかった」
桜の言葉は正直うれしい。
思えば、誰かの為にこうして頭を悩ました贈り物は、父が生きていた時に送った誕生日プレゼント以来……長らく戦場に身を置いて来た俺にとって……桜の素直な感謝の気持ちは、無くしていた心を一つ言葉に乗せて取り戻させてくれたようで、胸が温かくなっていく錯覚を覚える。
本当に、桜は俺が無くしたものを一つ一つ丁寧に取り戻させてくれて……俺は日に日に自分が人間らしさを取り戻していくのを実感している。
「ありがとう」
「ああ……どういたしまして」
そんな心の温かさを抱いたまま、俺と桜は他愛のない会話を繰り返しながら冬月の城へと戻って行く。
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