第五章 ストレイチルドレンとデルタ部隊
「……むぅ」
城に戻り、談話室をのぞいてみると、そこには難しい顔をして書物とにらめっこをしている石田さんの姿があった。
「どうしたんだ?石田さん?」
「あぁ、シンク様。お帰りなさいませ、桜様は?」
「射撃訓練中だ」
「……はぁ、やれやれ。私としては、あまり危険で野蛮なことはしていただきたくないのですが……」
ため息をつきながら石田さんはそう一言つぶやくも、実際教えている俺には文句を言わなかった……。
「そういってやるな、桜も分かっているから、今までやってこなかったんだろ?最後の我侭くらい許してやったらどうだ?」
「むぅ……しかしですねぇ」
「命を狙われる身、少し護身術を学ぶ程度に考えておけばいい。そうだろ?」
「……あなた様がそこまでおっしゃるのなら、しかたありませんねぇ……まぁ、私がいかに小言を言おうとも、桜様はそんなことに耳を傾けることの無いお人ですからね……」
「それが、アウグストゥスになるならいいが……ヒトラーになられると困り物だな」
「ふふふ、それを言うならネロの方が適役かと?」
「あぁ、確かにな」
二人で軽口をもらして二人、ため息にも似た苦笑をもらす。
なんだかんだで、石田さんも俺も、桜が幸福を感じている事をしてほしいのだ。
「……そういえば、あんたはいつからここで執事をしているんだ?」
そう聞くと、石田さんは少しばかり考え込むような表情をして。
「……桜様が幼少の時、桜様専属の執事として一心様に雇われました」
「桜が子どものころ?随分と最近だな。 てっきり、初代のころからいたのかと」
「いいえ、私はもともと軍人でして。60を超えて転職をしたのですよ」
「転職……やれやれ、ロシアは経済難とは聞いていたが、そこまでなのか?」
「ははは、確かに少しばかり傾いた時期はありましたが、プーチンは有能な男です。経済も雇用も、彼一人の力で相当上向いていますゆえ、問題はありません」
少しばかり、子どもには住みにくい国ですけどねと石田さんは付け加える。
「そうなのか。じゃあなぜ?」
「そもそも、あなた様は誤解してらっしゃる。私はロシア人ではありません……生まれはアメリカのジョージア州で、名前はジャックといいます」
「アメリカ人?」
「ええ、アメリカで軍人をしておりました。第二次世界大戦こそ経験はしておりませんが、入隊直後はGHQに……その後、色々ありましてCIA直属部隊 特殊部隊 デルタに所属しておりました」
「デルタ部隊って……その年だともしかして」
「ええ、あの馬鹿二人は私の部下でしたね……」
どうりで、ジューダスが快く桜の護衛を引き受けたわけだ。
「意外だな、ジルダやジューダスのいるデルタ部隊は、相当な変人集団と聞いたが」
「ええ、変人集団でしたよ?頭の中殺し合いしか考えてないジルダアーミカに、それと一緒に問題を起こすジューダスキアリー……そのほかにも、食べることにしか興味が無い奴とか……あぁ、一人雪だるまにしか欲情できないとか言う奴もいましたね」
「雪だるま……」
変態とかそういう次元じゃないだろそれ……。
「まぁ、私とあの馬鹿以外はみんな死んでしまったのですけどね」
石田さんは少し遠くを見るような表情を見せる。
その表情は逝った仲間達を思ってなのか、少し楽しそうで、少し悲しそうでもあった。
「聞かせてくれないか?」
「え?」
「気になる。 ジルダやジューダスのこと。 そして、あなたがどうしてここに来たのかを」
他人の人生に興味を持つことはあまり無い俺だが、それが父親代わりの人間だったら話は別だ……。
唯でさえあいつらは自分の過去を語りたがらない……ここは一つ、石田さんづてに面白い過去話でも仕入れてやろう。
なによりいい暇つぶしにもなる。
そんな思惑を抱きながら、俺はそう石田さんにお願いをすると。
「……少し長くなりますからねぇ、場所を移しましょうか?」
そういって、俺を案内するようにゆっくりと背を向けて歩みだした。
その背中は、昔の自分を思い出して懐かしさに浸っているような……そんな背中だった。
■
つれてこられたのは、いつものように談話室。
薄明かりが照らされた部屋は、石田さんがスイッチを入れると思い出したかのように、白い光を一面に広がらせて鮮明に部屋を映し出す。
「……何かお飲み物をご用意いたしましょう。何になさいますか?」
「そうだな……コーラで頼む」
「おや、珍しいですね?あなた様がコーラを御所望とは」
「あぁ……甘いものは嫌いだが、最近コーラだけはうまいと感じるんだ」
「ふふ、桜様が聞いたらお喜びになられますね」
「そうだな」
そういうと、石田さんは冷蔵庫からビンのコーラを二本取り出し、グラスに注いでいく。
ガラスに閉じ込められていた黒い液体は、ふたを開けられた瞬間忘れた呼吸を取り戻すかのように激しく一つ音を立て、次々に注がれていきはじける泡は生きているように膨らみながらも、盛者必衰を体現したかのように消えていく。
しかし、それは失われるわけではなく、はじけた粒の一つ一つから甘く独特な香りを放ち、俺の鼻を刺激する。
それはまるで、一瞬だけ開花し、人を魅了する花のようで。
俺は、それに魅了されたおろかな人間であるのを認めながら、そっとグラスに口をつけ、激痛とともに訪れる喜ぶべき甘い香りと感覚に心をゆだねる。
のどをすべる感覚は、始めは確かに苦痛に感じるかもしれないが。
今ではもうそれら一つ一つが己を楽しませる要因の一つになっている。
……一口つければ、すぐにまたもう一口を欲しくなる。
まるで麻薬のような魅力が、俺の心をつかんで離さず、俺もそれに抵抗する気などまったく無いのだ……。
「ふふふ、とても気に入られたようですね」
「ああ、桜があれだけ夢中になるのもうなずける」
「ならば、桜様と一緒にお飲みになってはどうですか?嘆いておられましたよ?深紅様が中々構ってくれないと。最近は少し距離が近づいたようですが……まだ、長山様のように桜様と二人で遊ぶことは無いのでしょう?」
「……俺の仕事は桜の護衛だ。 桜の望みをかなえることは仕事の範囲内だが、それでも、自分が楽しむわけにはいかない」
そう自分に言い聞かせるように俺は石田さんに断り、コーラをもう一度口に含む。
「真面目ですね。きっと、桜様はあなたのそんなところに懐いているのでしょう」
「……俺は人殺しだ」
「私も人殺しです……」
石田さんの寂しそうな顔は、俺を自らと照らし合わせているような寂しい表情で、俺はその表情の真意を確かめるすべも無く、黙って石田さんの話に耳を傾ける。
「……そろそろ、約束どおりお話しましょうか……私達の過去を」
「あぁ、頼む」
石田さんは小さく息を吸い、言葉を選ぶように語りだす。
「私達デルタ部隊は、第二次世界大戦後に失われた兵力を補うために雇われた、各国貧民街の子ども達で構成されています。 敗戦国の捨てられた子ども達ストレイチルドレン……当時戦争が終結した直後で、米国は表向きでは平和を主張する一方、裏ではロシアとの派遣争いのため兵力を必要としていました。そのため、アメリカは本土ではなく、敗戦国の子ども達を兵力として登用しようと考えたのです」
「……野良の子ども達」
「ええ、ジルダとジューダスは日本からつれてこられました」
「日本!?ジルダとジューダスは日本人なのか?」
「ええ、二人とも日本人の娼婦とアメリカ軍人の間に出来た子どもです。当然、二人とも父のことは知らないでしょうし、母は双方とも病で死んだと言っていました」
「……そうだったのか」
知らなかった……今までの口ぶりからして二人とも純粋なアメリカ人だと思っていたが……。
「まぁ、二人についての詳しい話は後に本人達から聞いたほうがいいですね。勝手に他人の過去を明かすのは、あまりよろしいことではないですから」
「……ああ、そうだな。あんたがGHQからそのデルタ部隊に配属になった経緯を教えてくれ」
彼は自分をアメリカ人といった、それは精神の話ではなくおそらくはアメリカで生まれアメリカで育ったということだろう。
だというのに彼はなぜ、GHQに配属されていたはずの石田さんが、ならず者部隊のようなそんな部隊に配属されたのだろうか?
「……簡単な話です、私の父方の祖父が黒人だったのです」
「……人種差別」
「ええ、まだケネディもキング牧師もいなかった」
「……ベトナム戦争前か」
石田さんは短くええとだけつぶやき、肌は白かったんですけどねと冗談めいたことをつぶやいた後、淡々と話を続ける
「デルタ部隊成立は1949年……そしてその一年後、アメリカはデルタ部隊はすぐに最強の部隊と認識した」
「1950年……朝鮮戦争か」
「ええ、朝鮮半島の主権をめぐった、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との戦争……実際はアメリカとソ連の代理戦争」
残ったのは屍と、いまだに消えることの無い一本の線だけ。
「そこにわれわれは、司令官マーク ウェイン クラークの元、大韓民国軍の援軍として派遣されました。 当時、第二次世界大戦を経験した軍人はそのほとんどが退役……彼らにとってはいい捨て駒だったのでしょう。こういうときのために集めた、都合のいい他国の血……それゆえ私達ストレイチルドレンは前線に立たされました、表向きは国連軍として……しかし」
「デルタ部隊が、苦戦していたアメリカ軍に勝利を導いた?」
「ええ、戦争未経験者が多い国連軍は、大した用意も出来ずに苦戦を強いられていました……しかし、9月15日スレッジハンマー作戦。ソウル近郊の仁川への奇襲攻撃」
息を呑む。
スレッジハンマー作戦 朝鮮戦争に行われたダグラスマッカーサー立案のソウル奪還作戦。
敗戦続きであった国連軍の流れを逆転させたまさに奇跡の大逆転劇である。
「何があったんだ?そこで」
「ふふふ、われわれデルタ部隊はその初陣にて、敵兵1000人の殲滅をし、奇襲攻撃を成功させました」
「殲滅? たしかあの戦いは大規模な衝突があったと」
「表向きはそうですね、しかし我々は確かにあの大軍と対峙し、うち勝った。そして……朝鮮戦争を強引ながら、停戦へと持って行った」
硬直する。
世界最強の生物 ジルダアーミカ。 そして、皇帝ジューダスキアリー。
1950年といえばその二人の全盛期である。
その二人が暴れたとあれば、そこに広がる惨劇はおそらく想像も出来ないほど壮絶であったはず。
……考えただけでもおぞましい。
「その後、われわれは大きな力を持った。同時に、周りの兵士達からは恐れられた……彼らは化け物だとね」
「力が大きすぎたのか」
「ええ、化け物は英雄にはなり得ない。それにわれわれの血は、純粋な白の色ではなかった、外国の怪物はアメリカにとっては少々脅威に感じていたのでしょう……隅に追いやられ、デルタ部隊は解散……このまま我々は消えていくだけと考えていました。しかし……1960年」
「ベトナム戦争」
「ええ。第二次インドシナ戦争。アメリカははじめこそ直接的な介入をしていませんでしたが、戦局が思わしくなかった為、直接介入に踏み切ることを決断しました」
「……トンキン湾事件。駆逐艦マッドドックスへの魚雷攻撃への報復を口実に、アメリカの直接介入が始まった……とんだ自作自演だ」
「ええ、ですが兵士には関係の無いこと……命令に従いそれを遂行するだけ。我々はかつての栄光を取り戻すため再結集した……デルタ部隊としてね。良いように利用されているだけだとみな知っていましたが、誰もそれに怒りは感じない……それが兵士の存在意義であり、軍人として生きるという意味ですから」
兵士としての存在意義……。
「当初すみに追いやられていた私達は出動の予定は無かった……誰もが、すぐに終わると思っておりましたし。武器も国力もすべてにおいてわれわれが上回っていました」
「だが、ベトナムは大規模なゲリラ戦を仕掛けてきた」
「ええ、アメリカは苦戦を強いられた。だからこそ私達の力を求めたのです……他国の化け物の血をね」
「……良いような捨て駒だ」
「我々は兵士。愛国心を示し、そして銃声を子守唄に死んでいく」
「……」
「ですが、アメリカは一つだけ……たった一つだけミスを犯した」
「?」
「……ジルダアーミカを敵に回したのですよ」
「……ジルダを?」
「ええ。 1965年末……アメリカ陸海軍を大々的に投入した時期……われわれもそこで特殊殲滅部隊として上陸したのですが……。同時に、アメリカ軍将校ジェームス D アーミカを処刑しました」
「……ジルダの父親?」
「正確には義父ですが、ジルダは大変慕っていました。ベトナム戦争時、彼はスパイ容疑をかけられ軍法会議を待たずして殺害されました……結果は冤罪」
「……」
「スパイは別にいて、彼は何の理由も無く殺害されたのです。その知らせを受けたジルダは……いや、それよりも前に彼は何かを感じていたのかもしれない……ジルダアーミカはベトナムに下り、我々は敗北した。彼のせいで、戦線は拡大し、アメリカ軍の被害はすでに予想をはるかに超えるものに膨れ上がってしまったのです……そして、アメリカ軍は何度か攻略に手を伸ばしましたが1975年……」
「……………………アメリカ軍全面撤退」
「ええ……デルタの息は完全に止まってしまった。残ったのは私とジューダス……そして、ベトナム兵を率いたジルダ アーミカの三人だけ」
一度石田さんは一つ息を付き……長い沈黙を作る。
俺は続きを催促するでもなく、唯黙ってその沈黙に付き合い、一つ思い出したようにコーラを口に運ぶ。
……刺激はない。
「その後ジルダは行方不明……ジューダスも軍を去った。私だけが国に忠義を尽くし、一人冷戦の道具であり続けた」
「……冷戦はまだ続く。ケネディが死んでも」
「ええ。ケネディ暗殺後、私はある任務を任されました」
「ある任務?」
「兵器開発者……仮身を世界に普及させた男。 冬月 一心です」
「え」
息を呑む。石田さんは今、一心の暗殺をしようとしたといった。
「まぁ、失敗してしまったんですけどね」
「……そうなのか」
「ええ、一心は強く、何度か暗殺に赴いたのですが結局勝負は付きませんでした」
まるで旧友とのケンカを懐かしむような口ぶりで、石田さんはそういい、あれが人生で始めての任務失敗でした……なんて付け足した。
「……しかし、だとしたらなぜ桜の護衛をしている?」
「冷戦終結後、やはり私は疎まれたのです。国に忠義を尽くし続けていても……彼らにとっては私はやはり化け物だった。 私の最後のミッション……ロシア偵察。核実験場の偵察という名目でロシアに送り込まれた私は、そこで仲間に銃撃を受けました」
「……………………」
「仲間に刃を向けることは出来ません。 私は、そのままに続け……森をさまよった」
それは、どれだけ辛かったことだろう。
信じたものに裏切られ……それでもなお、国に忠義を尽くした彼は……誰も恨むことなくただただ森をさまよい続けた。
そこにある悲しみは深く……何を思い、何が彼を歩かせたのか……。
それはまだ、俺にはわからず……ただただ、石田さんから目を離すことが出来なかった。
「ふふ、私は死ぬものだと思ってました。 いいえ、事実ジャックは死んだ」
「……」
「ロシアの雪の中、仲間に捨てられ、ジャックは死に……そして、桜様に拾われ、私石田が生まれた」
「そうなのか」
「ええ」
石田さんはあえて、詳しくは語らず……そうして昔語りは幕を閉じた。
「つまらない話を聞かせてすみません」
「いや、俺が聞き出したことだ。それに、色々勉強にもなった」
「そうですか……それなら良いのですが」
石田さんはそういって手元の時計に目をやり。
「おっと、もうこんな時間だ……申し訳ございませんが、私はそろそろ仕事に戻ると致します」
「……あぁ、ありがとう」
「こちらこそ、こんな爺の無駄話に付き合っていただき、ありがとうございました」
丁寧なお辞儀……そして、後悔は何もないと訴えるような笑顔。
それを見ながら俺は石田さんを談話室から見送り。
「……俺も、桜の様子を見に行くか」
重い腰を持ち上げて一人、武器保管庫へと歩を進めるのであった。
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