第一章 ~対大量破壊兵器専門部隊~
戦場で死に絶えた人々の中……俺は父親の亡骸を一人で埋めていた。
現場は壮絶。生きているものもなければ、街だったものは全て壊され、
あるのは赤い液体だけ。
こんな灼熱の大地で砂しかない場所で、こんな子供が生きていけるわけもなく。
俺は、死を悟りながらも英雄の墓を作っていた。
「……お父さん」
ぽそりとつぶやいて、出来上がった墓を見つめながら、俺は一人で座っていた。
未だにその時の父の顔は忘れられず、未だにあの時の英雄の戦闘が、昔聞いたおとぎ話のように心に深く響いていた。
そんなとき、
「すまなかった……来るのが遅すぎた」
そういったのは……。
11月 20日
「……夢……か」
暗い闇の中、俺はいつものようにいつもの時間に目を覚まし、いつもとは違う天井を見上げる。
「懐かしい夢を見た」
どうにも居心地が悪いというかなんと言うか……今まで横になって眠ったことなど最近無かったからか、どこか体に倦怠感がまとわりつく。
「それでもやっぱり朝には起きんだな、俺」
横の時計を体を起こしてみると、時刻は四時十三分。
季節は冬と言う事を差し引いても、おおよそ朝とは言い難い時間だが。
長年の癖のせいか、何故か俺はいつも決まってこの時間。
四時十三分に目を覚ます。
「あぁ、……帰って来てたんだっけ」
まだふらふらとする頭を二 三度掻き、立ち上がって俺は辺りを見回す。
カジュアルなポスターや、ゲーム機が散乱する何処にでもありそうなごくごく一般的な少年の部屋……しかし、この部屋にある俺のものはこのベッドくらいで、ここにあるのは全部俺の同居人のものだ。
「はぁ……前の任務に行く前に個室に引越しとくべきだった」
きっとこんな汚い部屋で眠ったから、あんな懐かしい夢なんかを見てしまったのだろう。
なんとも無しにそう思い、俺はいつもより不機嫌であることに疑問を持った。
「昨日あんなもん見たからかなぁ」
一瞬思い出しかけた頭を二三度ふり、着替えて外へと向かう。
手に馴染んだ扉の重さを感じ、絨毯が敷かれた廊下にびっしりと扉が等間隔に並んでいる空間にでる。
ホテルの廊下を何倍にも引き伸ばしたような感じのその場所は、俺たちが以前通っていた兵士育成所の訓練生が使用する寮である。
ここで数年訓練を受け、入隊試験に合格すれば晴れて対大量破壊兵器専門部隊に入隊することが出来るわけだが、その代わり外界との接触は任務以外完全に遮断されるため、ここにいるのは大抵戦争孤児か世捨て人。故に、日本人は30%ほどしかおらず、ほぼ外国人で形成されている。
まだ朝のためか、廊下はほの暗く足元がうっすらと見える程度に光が灯っているだけで、耳を澄ますと訓練生のいびきも聞こえてきそうなほど静かだ。
「この時間でも二階の売店は開いてたな」
そういや寮生だったころ、良くこの時間に売店で飯食ってたっけ……
そんな事を考えているうちに長い廊下を抜け、学生使用禁止のエレベーターにかけられた術式の解除コードを入れ、迎え入れるように開いたエレベーターに乗り込む。
殺風景なエレベーター。
良く見てみると壁に落書きのような傷跡が残っている。
どうやら今期の訓練生は優秀な奴が多いらしい。
BF4と表示されたフロアから、食堂のあるBF6と表示されたボタンを押し、扉を閉める。
………ォォォォォン
ドアが閉まり、真っ暗な世界をエレベーターが抜けていき、獣の咆哮のような音が耳にかすかに届く。
BF1が一番の最上階であるこの建物は、BF13階まで存在するいわゆる地下施設であり、最下層に最高司令官を始めとした少将以上のこの部隊のトップ達の円卓会議施設がある。
その上から順に隊長専用施設がBF12~BF9に、BF9~BF7に隊員施設があり、その上に食堂、訓練施設、訓練生寮、術式開発局、医療施設、准将執務室となっている。
そういえば、このエレベーターを使ったのも久し振りだ。
……良く見るとエレベーターのボタンが13よりも多い。
まぁ、後で行ってみようか?
聞いたことがあるようなないような古風な音が響いてドアが開き、
BF4階とは打って変わって明るい場所が広がる。
相変わらず売店は年中無休のようだ。
エレベーターを降りて売店へ向かうと、見慣れた人影が店番をしていた。
「久し振りだな、ラン」
癖のある茶色の髪を無造作に結び、まるでお洒落には興味がございませんと全身で主張をするように着られた【弱肉強食】とプリントされたダサいTシャツとハーフパンツ姿のまま、ノーメイクであくびをしている同僚に声をかける。
「あら、深紅じゃない!?しばらく見なかったけど何処行ってたの?」
「帰ってきてないわけじゃなかったんだが、最近とんぼ返りが多くてな。
ランも相変わらず元気そうだが、なんだ、売店でバイトしてるのか?」
「違うわよ、バイトじゃなくて給仕部隊に回されてね、ま~死ぬことも無いからラッキーッちゃラッキーだったんだけど、代わりに忙しくて大変よ」
頬を膨らませる少女ランは、俺より一年早く訓練生になった少女で、色々と世話という名のお節介をかけてくれた先輩だ。
「……俺らだって結構忙しいが……」
「何言ってんのよ、忙しいのは仕事回される准将のいる第一部隊と、長山の第六部隊そしてあんたの第十三部隊だけじゃない。後はぜ~んぶ閑古鳥がカンコーカンコーうるさく鳴いてるわよ。確かにあんた達が出動する事態になったりしたら一大事だけど、それならどうして十三も部隊を作ったのかしら?無駄よね無駄。近々経費削減されるとか噂されてるわよ」
「……言い返せないな」
確かに、俺たち対大量破壊兵器専門部隊は文字通り国家、若しくは世界秩序を崩壊させうる兵器を闇の中へ葬るのを仕事とする特殊部隊であり、その戦力は自衛隊程度では比べ物にならないほど。
しかし、軍隊では手に負えないほどの大量破壊兵器など、今の現代では核爆弾と仮身位しか存在せずそれを何処かの国へ打ち込もうなどと考える国もあるわけが無いため、
事実上俺たちは各国の戦場に派遣される傭兵として狩り出されている。
しっかりと憲法9条違反なのだが、もともと表にはでない部隊のため、いとも簡単にまかり通ってしまっているというのが現状だ。
「はぁあ、兵士は戦争がないと食いっ逸れるのよね~」
ため息をつきながらランは首を振り、何故か商品のビールを手にとって缶を開ける。
「……おい、それ」
「なによ、別に良いじゃないお金は払ったし、後少しで交代だし」
「いや、お前まだ十六だろ」
「相変わらず細かいわね~あんた、その年は私が親父に拾われてからの齢でしょ。大丈夫よ、多分もう越えてるから」
「多分って……はぁ」
思い出した、こいつのいい加減さに付き合わされて俺も停学食らったことあったんだった。
「何よ、あんた私よりも偉くなったからって命令する気じゃないでしょうね?」
「……やめておく。 鎖骨だけでは済みそうに無いからな。そんなことよりいつもの頼む」
「はいはい、シーチキンおにぎり三つでしょ?こんなんばっかり食べててよく栄養失調にならないわね?」
「余計な心配は要らない。 これでも栄養には気を使っている」
「そうなの?」
意外そうな顔をするランに顔をしかめ、俺はそのまま訓練場へと脚を運ぶ。
と。
「あ、そういやアンタの相棒も帰ってきてるわよー」
そう、ランは売店から身を乗り出して俺にそんな聞きたくなかった情報を最後に届けてくれた。
あたり一面をコンクリートで固められた部屋。 明かりは完備されてはいるが、その光を断てば完全なる闇を得ることが出来るその空間は、自分を中心に最大半径十メートル全方向から的が約二秒ごとにランダムに起き上がる。
的の総数は全部で二十、その全てを打ち抜けば訓練終了。
眼さえ見えていれば訓練生以外は外すことは有り得ない初歩の初歩もいいところの訓練ではあるが、
「………」
俺は暗視の術式は起動せず闇の中で一人訓練を開始する。
この暗闇でやれば肩慣らし程度にはなるだろう。
「っ!」
微かに響く目標の起き上がる音に反応し、その目標に照準を合わせ。
クローバーの銃弾を一斉に放ち、次弾を装填して背後の四つの目標に三発ずつ同時に着弾させる。
リロードに一秒はかけず、二丁の拳銃を自らの腕よりも自在に操り、
暗闇の中ひたすらに木材を打ち抜く音だけを響かせる。
「……!」
すべての標的を貫いた後、不意に背後に二十一個目の標的が現れる。
それに対し即座に右のマガジンを入れ替え背後至近距離に現れた標的にFirst act十二発を一気に叩き込む。
「!?」
響く轟音は訓練施設に響き渡り、それとほぼ同時に全ての銃弾が弾かれる。
「……なんだ、長山か」
暗闇のそれに声をかけると明かりをつける音が鳴り、目前に黒髪のつんつん頭の
男がひょっこりと現れる。
「お前……友人にいきなり銃ぶっ放しといて第一声はそれなのか?」
相変わらず変わらないそのふざけた笑顔は何処までも懐かしく、
俺はようやく帰ってきた実感を覚えて息をつく。
「俺の勝手だろ?それに、死んだら死んだで別に構わない」
「ひでぇなオイ!?」
軽い冗談を叩き、俺はクローバーをしまう。
長山龍人
フードのついた赤いコートとウニのようなつんつん頭は相変わらずで、軽薄な印象を与える笑い方はさらに磨きがかかったと言える。
俺とほぼ同時に育成所にやってきたいわゆる幼馴染と言う奴で、俺のように戦場で拾われたのではなく、育児放棄を受けた少年という比較的普通の不幸を背負った人間だった。
不幸に普通も異常もないのだろうが、しかし育児放棄程度なら軍ではなく施設に預けられるのだが、自らの意思でこの部隊に入ることを決めたという変り種。
性格はいい加減で能天気。
規則は破るためにあるんだ~、なんていって最多停学記録の保持者となったある意味伝説の男だ。
「何の用だ?」
「何って?久し振りに帰って来たら親友が隣で寝てるから、起きた頃に懐かしくなって会いに来るのは当然の流れだろ?」
さながら劇団の団員のように芝居がかった笑みを浮かべながら長山はそう笑う。
相変わらず調子のいい奴だ。
「お前がそんなに友人を大切にするとは思えないし、コートから新しいタバコの臭い
がする……銘柄はグロリア キュバーナプリトス。准将の執務室の匂いだ、ということは大方准将からの呼び出しだろ?」
お前は犬かよなんて言葉を漏らしながら、
感心したようにも呆れたようにも見える笑みをこちらに向けて、長山はコートの匂いを嗅ぎ首をかしげる。
まったく見ているだけでイラッとできる性格は相変わらずだな……。
「せっかくイタリアでの~んびりしてたのに親父がいきなり帰って来いって言うから帰ってきたんだけどよ、顔出したら深紅もつれて来いって言うからしょうがなく呼びに来たんだよ」
長山を緊急招集したという事にすこし疑問を覚えるも、そこはあまり真面目に考えないようにする。
「放送使えば良いだろう?」
「そこはほら親父優しいから、まだみんな寝てるだろうからって」
軍隊とは思えないな……その発言。
「んじゃぁ俺とんずらこくから真紅、任務内容聞いておいて」
「は?」
「堅苦しい話聞くの面倒くさいし、時差ぼけで眠いんだよね~そんなことよりランちゃんに挨拶しといた方がまだ健康に良いじゃん?」
「お前!何言って!?」
そう言って長山は俺の制止が入る前に扉を開けて、さっさと階段を駆け上がって行ってしまう。
「そんじゃーな~」
「……あのヤロウ」
本当に久し振りにあったのに積もる話もなくあっさりと立ち去るとは……。
一度脳天に鉄槌を下す必要があるかもしれん……。 うん、そうしよう。
伽藍と開いた訓練施設のドアを見ながらそう決意を固くし、俺はため息混じりに施設を出て、ドアすぐ横にあるエレベーターに乗りこむ。
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