第五章 どんなにゲームが上手い人でもFPS酔いになる人はなる。
「あ、シンクンだー」
城に戻ると、玄関の前に丁度桜が現れる。
「あれ、石田さんは?」
いつもならここに現れるのは笑顔の石田さんであるはずなのだが。
「今は少し用事があってはずしてるのよ……で、そろそろシンクンが帰ってくるころかなーと思ってここで待ってたの」
「そうか」
桜はそう表情険しく俺に説明をし、肩に乗った雪を軽く払ってくれる。
「すまない」
「いいのいいの」
先ほどまで筋肉痛で悲鳴を上げていたというのに、桜はもうなんでもないといった風にくるくると楽しそうに回ってはしゃいでいる。
何がそんなに楽しいのかはよく分からないが……きっとまだ射撃をしたときのテンションを引きずっているのだと勝手に解釈をする。
「で?」
「ん?なぁにシンクン」
「どうして、俺を待ってたんだ?」
「ふえ?」
「いや、俺が帰ってくるのを待っていたんだろう?何か用事があったんじゃないのか?」
「……」
首をかしげる桜。
「無いのか?」
「特には」
「? じゃあなんで待ってたんだ?」
「……なんでかしら」
桜は確かになんて独り言をつぶやきながら、首をさらに横に傾けて深く考え込む。
挙句の果てには。
「なんでか分かる?」
なんて聞いてくる始末であり、俺はきりがないのでとりあえず上に上がるかと桜を部屋まで誘導することにする。
「なんでだろー?」
こっちが聞きたい。
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「よし!そこだ!うおっ!きたきたきたきたきた!どおりゃああ!回転旋風客ーーー!はっはっはっはっはどーだロシア人!日本の力思い知ったかがっはっは」
桜の部屋に戻ると、そこには護衛対象を放ってゲームに熱中する俺の相棒がいた。
「あだーー!」
「……何してやがる」
サボってるだけならいざ知らず、よくもまあいけしゃあしゃあと桜の部屋でこんなことが出来たものだな。
その度胸だけは認めてやろう。
「あー!龍人君自分だけ練習してずるーい!?それ私が買ってきたのに」
「わりーわりー。 ついついはまっちゃって……さすがは伝説の格闘ゲーム道闘士4だよな。原点にして頂点ってやつ?シンプルながらに奥深いシステムにこの俺も心を奪われちまったよ。もうちょっと待っててな、今五連勝中で……」
「長山」
「ごめんなさい!桜ちゃん一緒にやりましょう!」
「私を差し置いて一人で楽しんだ罰だよ罰!!私のギガンティックグラウンドバスターの前にひざまずいてもらうよ龍人君!このロシアの大地で磨き上げられた筋肉の力見せてあげるんだから!」
……ああ、そういうところは意外と愛国心を表に出すんだな、桜って。
「悪いが桜ちゃんだからって俺は手を抜いたりしねーよ? シンプルザベスト!基本にして最強を君に見せてごらんに入れようか!吠え面かかせてあげるぜ!」
「望むところよ!いつまでも負けっぱなしじゃ無いんだよ!」
『でやあああああああああああああああ』
静かに出来んのかお前らは……。
大画面に二人向かいながら、まるで本物の格闘技に熱中しているかのように大声で叫んだり笑ったりする二人……。
ゲームは人の本性を映し出すと言うが……確かにそうかもしれない。
まるで子どもに戻ったかのようにはしゃぐ長山に、負けず嫌いが前面に押し出され、やけに熱くなっている桜。
それを後ろであきれながら見ていると、俺は何かを蹴っ飛ばす。
「コーラビン……」
長山にあきれて気がつかなかったが、この部屋汚い。
きっと昨日二人でこれをしながら徹夜でもしたのだろう……あたりにお菓子やらコーラのビンやらが散乱しており、とてもじゃないが世界三大富豪のお嬢様の部屋には見えない……。
「やれやれ」
注意をしてもおそらくこの二人は今日一日このままであろうし……。
俺はやることも無いので仕方なく部屋の掃除を開始する。
石田さんも外にいるらしいし、見張りは必要ないだろう……
「あっ!ずるい!!龍人君ずるい!?」
「へへへへへ!悪いが桜ちゃん、君と俺とじゃ圧倒的にセンスが違うぜ!」
「そそ、そんなこと無いもん!私だって」
「無駄無駄ぁ!」
「うわあああああああん!?」
さすがは一日の大半をゲームに費やしている暇人……。
すでに桜の動きを見切り始めており、かつ行動パターンがワンパターン化してきた桜はなすすべも無くぼこぼこにされ、結果。
「よっしゃーーー!」
「……」
掃除が終わるころ、桜の戦意は完全に喪失していた。
「大人げない」
「勝負の世界に大人気ないもくそもあるかぁ!」
その熱意をもう少し仕事に分けてくれ。
「うわあああああああんシンクン私くやしいいいい!?」
「うおっ!?」
桜は桜でいつもは涙をやせ我慢するくせに、子どものように悔しがって大泣きをしている。
「あー……桜。あまり気にするな、あの馬鹿は昔からゲームやってたし……負けても気を落とす必要は……」
「だからって……私の得意なゲームで……何一つ勝てないなんて……悔しい!非常に私悔しい!? 一回でいいから勝ちたいもん!」
「はっはっは、十年早いぜー」
「私に十年も時間が無いこと知ってるくせにこのーー!」
調子に乗る長山に、面白いようにからかわれている桜……。
なんだか放っておいてもいいような気がしないでもないが……なんだろう、あれだ。
負けているほうを応援したくなる人間の心理を旨く付かれたのか、放っておけばいいものをついつい桜を勝たせたくなってしまい……。
「何でもいいなら、一つだけ方法があるが」
「え?」
「!ちょ!おいこら深紅!桜ちゃんと俺の問題に口出しは……」
「教えて教えて!」
俺は、長山の最大の弱点を桜に伝える。
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「もうやめてクレーーー!」
悲痛な叫びが冬月の城に響き渡り、それと同時に桜の胸をすくような笑い声がの周りに反響する。
「ターゲットダウンだよ!龍人君」
「も……もうむり……ちょ、ごめん。まじ誤るからトイレにいかせて」
長山が苦手なもの。それはファーストパーソンシューティングゲーム。いわゆる戦争ゲームだ。見てのとおり長山は主観視点のゲームにひどく酔う傾向があり……。
「くっ……ここらへんで少し反撃をぼぼぼぼぼ」
このように数秒でさえも画面を見続けることが出来ない。
ましてや、画面分割で行うなどもってのほかだ。
「……あははははは。どうりでシューティングをやりたがらないと思ったよ龍人君!」
反面、桜はこの手のゲームをやり続けてきた猛者である。
目の前も見れずにふらふらとふらついた酔っ払いのような動きをしている相手に遅れをとるはずも無く長山はなすすべも無く撃退され続ける。
「ぐおおぉ」
なんだか少し見ていて長山がかわいそうな気もするが……。
「あはははははっ」
桜が楽しそうなため、俺は長山を見捨て、そっと扉を閉めて桜の部屋から退出した。
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